第37話 昇る陽と沈む影Ⅰ
「行くぞ。」
「はい。」
交わしたのは言葉のみだったので、タマもそれに従い後につく。余計な詮索などする必要もない、それだけの何かがカルマには備わっていた。手にした水晶のような魔石の塊の剣と携えたその姿は様になっており、タマの目にはそれで十分のようにも思えた。
「タマ。」
「はい。」
呼ばれて返事をした、その瞬間の出来事だった。振り返りざまに突然カルマが剣を振りかぶり、その一撃をタマの眉間目がけて振り下ろす。何ともなしにそれを受け止めようと柄を握るが、カルマから放たれる感じたことの無いプレッシャーに重圧され、刹那気を入れ直して愛刀の陰に隠れる。
空気が圧される音が確かに聞き取れる程強く踏み込まれた一撃がぶつかり、全身を揺らして意識を沸騰させるような衝撃が体の感覚を支配しようと襲い来る。ギリギリと押し込まれたそれは、普段なら押し返せる程度のはずなのに、まるで鉛の塊を押し込まれているかのように重く押し返せない。
「ぐっ……。」
思わず喉が鳴った。しかしカルマがそれを聞き取ると力を抜き、鉛の一撃は緩やかに消えていく。
ようやく全身の力が抜けるぐらいになったところで、タマは神経をすり減らした反動でその場にへたんと座り込んだ。
「どうだ?この一撃は。」
そんな自分を見てにやりと喜びの形相を見せるカルマ。だが、冷静に物事を分析するしか能のないにタマには、負け惜しみでもなんでもない感想が生まれる。
「使い慣れていない武器とあって、一撃にムラがあるように感じます。それと、カルマ様の得手は力ではなく速さかと。武器の形状を変化させ、この威力の一撃を連撃させた方が無難に思われます。」
一撃を受けただけでここまでの助言が生まれるか、と感心していたカルマだったが、やはりアンドロイドとは言え、主従関係とはいえ、タマの口から驚愕めいた言葉が出るのを期待しただけに少し落胆する。
しかし、これが先代勇者の言った、「使い方は自分で覚えろ」という事なのだろう。むしろ自分なりの使い方を冷静に分析して提案してくれるタマの存在は、この状況において最も心強いものでもある。
「なるほど。……この剣、形を変えられるのか?」
「魔力を流し込めば自在に変えることが可能なはずです。剣の素材全てが魔石でできています。」
「そうか……そういうことか。」
確かに大剣は重いし幅があるため、入り組んだ街中や障害物の多い場所では不向きだ。それをなぎ倒して進むのが良いのだろうが、生憎そういう不躾な事は好みではない。
カルマは譲り受けた大剣に魔力を流し込み、自分の望む形をイメージし始める。
目指すのは鋭く、薄く、斬るという動きを追求した日本刀のようなフォルム。
「……よし、これだ。」
カルマの手に握られた刀、やはり刀身は透明で済んでいるが、所々ヒビのような模様が入り、それが刀身の中で反射し合っているような姿が幻想的である。だが見た目とは裏腹に、刃の部分はいかにも命を刈り取る形をしている。鋭く、薄く、触れてしまえば切れてしまいそうなその輝きはカルマの胸を高揚させる。
刃先を空気に撫でさせてみれば、しんとした音無き音が振動して指先に伝わる。館で拾ったナマクラとは違う、戦うための武器だと感じさせられる。
そんな新しいおもちゃを手に入れた子供のようなカルマを、無表情のままタマは見つめていた。それよりも、次に自分はどうするのかの命令が大事である彼女に、そこから上下する感情など存在しない。
タマにとって、カルマは命令さえくれればいい存在だ。それ以上もそれ以下もない。
「さて……今日は終わりだ。宿に戻るぞ。」
「はい、カルマ様。」
それがわかっているカルマも、タマに特別何かを求めるようなことはせず、タマもそんなカルマの背中を無表情のままついていく。
-同刻、城内広間にて。
芝生が敷き詰められただけの広間に、ウィッチスタイルに変身しているサディスとボロ衣を纏ったヘラ、その二人が向かい合っているだけで、それ以外は遊具の一つもなければ人一人もおらず閑散としていた。
「……それで、理解できたかしら?」
いつものように腕を組んで胸を持ち上げるような姿で立っているサディスは、心なしか不機嫌そうに言葉にした。
「えっと……私が使ってるのは「陣魔法」と、簡単な「詠唱魔法」の合わせ技、他に「祈祷魔法」や「呪術」、陣魔法や呪術の基礎となる「魔術」があって、純粋な魔力の塊である「想像魔法」と、それを更に応用した「剣舞」……ねぇこれ本当に魔法?っていうのがいくつかあるんだけど、だいたいそれでいいの?」
それも、仮にも教えると言った相手が、言葉の限りを尽くしてもあまり理解できていない様子なのが原因だ。魔法を教えるのにも、まずそれがどうやって使われ始めたものであって、どうゆう用途でどういう性質・特徴があるのかをよく理解しておかなければならない。なのでそれらを踏まえた指導に踏み切った訳だが、案外うまくいかない物だと内心苦しんでいる。
「まぁ……魔術と魔法が別物で、どちらも独立したものだと理解できているならそれでいいわ。魔術には媒体があれば魔力は必要ないけど、魔法は基本的に魔力が無ければ使えないということもね。」
「はぁ。でもロッドがあれば魔力無しでも魔法は使えるよね?」
「それはロッドの魔力であって使用者の魔力ではないわ。そんなものは威力も低いし、魔石の負担も大きくてすぐ壊れちゃうわ。」
「そうなんだ……私、魔力には困ったことがないからわかんないな。」
「そう……これからはそうはいかないかもね。」
「?、どういう事?」
あれだけギルドの前で釘をさしておいたはずなのに、カルマの心配がよく伝わってくるようで嫌になる。
「あなた……本当に知らないつもりでいる気?カルマはあくまで「私と対峙する可能性」を否定しただけで、「魔王軍との衝突」は何一つ否定していないのよ。私やタマとはわけが違う、間違いなくあなた達を殺しに来る。それなのに、プラズマアメジストを手に入れたぐらいで強くなったつもり?」
現に、カルマはカルマで行動し、それに備えている。これから起こりうることに対して、ヘラはあまりにも危機感が無いのだ。
しかしそう言われればそう言われたで、ヘラの不貞腐れたような態度は言葉にせずとも不満を顕わにしている。
「そんなのわかってるわよ。今こうしてサディスがここにいるのも、本当はおかしなことなんだって。」
それが余計にサディスの神経を逆なでするとは、ヘラの考えには微塵もない。
「いいえ、あなたはわかってないわ。あなたは今、自分の命があることに油断しきっている。はっきり言って今すぐにでも殺せるわ。でもそうならないのはなぜか、あなたはそれをまだ一度も考えていない。」
その言葉には微々たる怒気があった。それをサディスは指先で空気をひらりと一撫でする。それが魔法の発動の挙動だと感じ取ったヘラだったが、既に背後にサディスが回り込んでいた。
「遅い。」
ヘラが魔方陣を展開した時には、既にサディスの指先が喉元目がけて突き立てられていた。しかし狙われるのが喉だと感じ取っていたヘラは、展開した魔方陣から衝撃を放ち、サディスの指を弾いて見せる。
どんなもんだ、そんな表情を見せた瞬間だった。胸元に鈍い重みがぐっとのしかかり、それがサディスの使った風魔法だと気付いた時には、自分の顔がみるみるうちに青ざめていくのがわかった。
「そして鈍い。誰が気付かれている背後の攻撃なんか宛てにするもんですか。戦は常に二手三手先を読む者が勝つ。魔法使い同士の戦いは特にね。準備さえしっかりしていれば魔術師が速攻魔法の使い手にだって勝つ事ができるわ。あんたにはそれが欠片も無いのよ。経験もセンスもね。」
胸にのしかかった重みが取れた直後、激しい動機がヘラの全身を眩ませ、耐えきれずに地に膝をついてしまう。抑え込んで落ち着けようとしても収まらない。それは確かに、静かに宿されていたさっきが肌に伝わったからであった。
表情や口調からでは読み取れない、ただ純粋な殺意。それは存在の性格の中に潜み、ただ粛々ととその命の灯を消し去ろうとする。
見えないからこそ、怖い。カルマが例え方向性を違えてでも、サディスを身内に引き込んだ理由がわかった気がした。
「あなたには魔法の使い方もそうだけど、何よりも戦い方を憶えてもらうわ。じゃなきゃ、いつかカルマに殺されるわよ?」
試すような視線、戯れるような淑女のような仕草に、まとわりつく静かな殺気。ヘラはそれを目の前にして、ただただ呆然とする他になかった。
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