第35話 それぞれの目的Ⅱ
サディスとヘラが今後を話し合っている一方、カルマはタマを連れて街を巡っていた。
目的は武器、ギルドで得た僅かな資金でできるだけ良い武器を確保したい。防具はギルドが貸し出してくれた軽装でどうにかなる。カルマにとって防御力はさほど重要ではなく、ここで選んだ武器がこの先の課程の明暗を分けるため、どうしてもそれ以外を捨てる必要がある。
タマに関しては既に上等な大剣を持っている。どこに隠しているのかはわからないが、戦闘時にすぐに出せるようにしているようだ。身ぐるみ剥がした後でもちゃんと所持していたのだから不思議ではあるが、こちらも剣奴にしたいとギルドに申し出たら、初心者用の防具を貸し出してくれた。タマの動きも損なわれず、耐久性は心許ないがとりあえずこれでいいだろう。
つまりこの二人なら余計な買い物をせず、カルマの武器だけに集中して選択できる。
ただ問題は、その武器やがどこにあるかわからないのだ。ギルドに内接された武器やはロクなものがなく、炎魔法を流し込んだらすぐにボロボロになってしまった。この先の戦いで「剣舞」を活かせない戦いは敗北を意味する。ならばそれに耐えうる武器が欲しいが、生憎猛者揃いのギルドにも「剣舞」を使えるのは勇者アルスのみだと言う。武器探しは困難を極めるだろう。
それでも、世界を救うには妥協してはいけない案件だ。少しでも良いものを求めて、カルマは街の個人武器屋を探して巡っていた。
「タマ、武器屋らしい建物を見かけたら報告しろ。」
「了解。ありました。2時の方向に数百歩程の場所です。」
「早いな。……そうは見えないが、根拠は?」
「鉄と木、皮や布の匂いが強く、また熱量が極端に高いです。更に魔石の反応も多数あります。ギルド内に内接されていた武器屋とパターンが酷似しています。」
「わかった。案内してくれ。」
「了解。」
カルマに催促されたタマは、その前に躍り出てて先を歩き出す。それを機に、カルマは改めてタマの観察を始めた。
現状、サディスも認める「最強の存在」。自身をアンドロイドだのとほざいてはいるが、その行動や様子はただの無機質な人間と大差ない。あの戦闘で傷になるような一撃は与えられていないため、肌の中から機械的な部分が露出したりというような事は無かった。そう、あの戦闘の中でタマに一撃らしい一撃を与えられたのはヘラの大魔法のみだった。カルマが繰り出した剣舞に近い一撃も、結局はたやすく防御されてしまった。そして並の戦士では生きていられない一撃を、三回も瞬間的に繰り出している。自分にとって圧倒的に有利な空間に誘い込み、その存在を持ってその心を折ったことでようやくの勝利。つまり、実力では三人がかりでも歯が立たなかったのである。
カルマに解せなかったのはそれだ。アンドロイドという割に、自分の言葉に理解を示し、絶望し、停止した。あの時、確かに心を折ったのだ。ありもしないはずの心を。確かに行動は性格は機械的だが、普通に飯も食うし水も飲む。機械というには、あまりにも動物らしい。
何よりも、タマの体の中に入り込んだ際の異質な魔力。サディスやヘラの時には感じなかった別々の魔力が共存する感覚。
(自ら語らない分、憶測を立てても確証に至らない……。)
仲間でいるうちはいいが、これが敵に回る事態は想像したくない。ならばまずは、これになにかがあった時に制御できる存在で在るべきだろう。カルマが力を求めるのには、懐刀に綻びがあるためでもある。
「……着きました。主様。」
「その呼び方はやめろ。……カルマでいい。」
「了解しました、カルマ様。」
綻びだらけの懐刀は、無表情のままその瞳の奥に光をしまった。
タマに案内され辿り着いたのは無機質な赤レンガの建物だった。それも劣化が激しく、所々レンガが剥がれ落ちて崩れている。そして先刻、タマが言ったような鉄の匂いも漂ってこない。
武器屋の様には思えないが、とりあえず半開きの扉の向こうへ入って行く。
内装は酷いものだった。床は痛み端の一部が抜け落ち、天井には蜘蛛の巣に埃が積もってしまったものが所狭しと空間を奪い合っている。武器が並んでいる訳でもなく、そもそも人がいるのかどうかすら怪しい。そういう空間だった。
「……本当にここでいいのか?」
「間違いありません。強い魔石の反応があります。」
「……俺は武器を探しているんだが。」
懐疑的な意識を向けても、タマの瞳はまっすぐに見つめ返してくる。これは嘘を言える程器用ではないし、言ったら言ったで奴隷の刻印が何らかの反応をするはずだ。
しかし、それが頭でわかっていてもこの空気は異質だ。
【……誰だ。】
歳のいった男の低い声がした。建物の奥からだ。
「姿を見せろ。……ここは武器屋か?」
【……そうだ。】
以前、声の主は建物の奥から姿を現そうとしない。しかし、武器屋か?という問いにだけは素直に答えた。カルマは建物の奥を見つめその中を垣間見ようとするが、建物自体があまりにも暗く、身の回りの視界を確保する事すら難しい。
「……武器が無いようだが?」
【……こっちだ。】
暗闇の声はカルマを惑わすように誘う。いかにも不気味だが、カルマにはサディスやタマと戦った時のような緊張を感じていた。
「……タマ、ここで見張っていろ。何かあれば刻印を使って念じろ。」
「了解。」
カルマはたまにそう言い残し、暗闇の中へと入って行く。
……奥の部屋の空気はあまりにも重く、肌にこべりついてくるようで気分が悪い。見るからに罠だが虎穴に入らざれば虎子を得ず、タマが言う強い魔石がその奥にあると信じて進む。
やがて、周りに広い空間の空気を感じ取って立ち止まる。
「……来たか。」
低い声が、暗闇の中で唸る。
「これは……魔力の空間だな。俺が前に作ったものとよく似ている。」
カルマは漂う空気を指で一撫でして、その感触を確かめた。まるで体の中に取り込まれたかのような生暖かい感触は、以前自分がタマに対して使用した黒い球体の中の様子と類似している。
「武器はどこにある?……気味が悪いな。さっさと姿を現せ!」
姿を見せない敵、どこから現れてもいいようにと身構えるカルマ。しかし武器は無く、体術も会得していないその様はあまりに不格好だ。
「……あるぜ、ここに。お前を断ち切る武器がぁッ!!」
声とともに、目の前の空間が揺れた。
「うおおおおおらあああああああああっっ!!」
直後、けたたましい気迫と共に現れたそれは、全身の毛穴を塞ぐような迫力を放ち圧される。そして怯む間もなく迫る衝撃波を、カルマは体を横に投げうってなんとか回避する。転がりながら体勢を立て直し顔を上げると、そこには自分より二回りは大きい図体の持ち主が、その身の丈が小さく見えるような大剣を携えて仁王立ちしていた。
「……なんだ貴様は?ただのゴミではあるまい。」
既に臨戦態勢へと入ったカルマは、標的を逃すまいとその目を凝らす。男は逃げるそぶりなどみじんも見せず、堂々と立ちはだかって見せる。
「強いて言うなら、時代の敗者だ。」
「時代の……敗者?どういう意味だ。」
「すぐにわかる。それよりもお前だ、その魔力量……魔王でさえ比較にならねぇ。てめぇは一体何者だ?なんでこの世界に生まれてきた?」
男の堂々たる立ち振る舞いは、歴戦の猛者という事をはっきりと示していた。そして何よりもこの魔力空間と先程の一撃、間違いなく出会ってきた中で最強だ。タマすら相手になるかどうか、街で出会った勇者など剣先一つ向けられないであろう。それはその口ぶりからも伺える。こいつは魔王を知っている。存在ではなく、実力を。その上で自分の中に眠る力を警戒しているのだ。それは魔王を凌ぐ、と。
これを笑わずにいられるほど、カルマの中に余裕は残されていない。
「……何を笑ってやがる?」
高々と笑い声をあげるカルマを呆れる様に見下す大男。カルマは何とか笑い声を喉の奥へと押し殺す。
「いや……よもや、こんなところでいらん目的まで果たせるとはな。本当によくできた世界だ。全てが用意されつくしている。」
今、目の前には魔王を知る者がいる。そして、その武器はここにあるという。
世界を救うため、強くなるための材料が今この場に全て揃っている。
「……ほう、どす黒い欲望だ。勇者らしくはねぇなぁ。」
「勇者では救えんよ、この世界は。」
その堅固な形相を険しくし、大剣を構える大男。それは万人が震えあがるほどの気魄であるが、カルマはむしろそれに快感を神経に走らせる。
「……なぁ、元勇者?」
歪んだカルマの笑みから発せられた一言は、大男の口元を引きつらせるには充分だった。
「……違いねぇ。ならお前は何だ?」
逼迫する二人の空気、先代勇者が向けた剣先が、カルマの心臓を睨みつける。
「俺は、救世者だ。」
カルマの一言が、お互いの踏み込む足を強くねじ込み、互いに睨み合ったまま相手の懐へと跳ねた。
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