第34話 それぞれの目的Ⅰ
ギルドでの用事を済ませたヘラは憤慨していた。
「ありえない!突然、「ここから先は別行動だ」なんて言い出すなんて!!」
その隣には、憂鬱そうに柱にもたれかかりながらそれを見つめるサディスの姿しかない。カルマはタマを連れて、武器屋に行くと言って消えてしまったのだ。ギルドである程度の服は借りられたものの、薄手の袖の無い肌着とボロ衣同然の短パン程度で、やはり街中を歩き回るにはまだ胆力の居る格好であった。
「しかもこれだけの資金で、どうやって装備を整えろって言うのよ……ッ!!」
怒鳴り声を撒き散らしながら、ヘラは親指大ほどの銀貨を三枚握り締める。これで見繕えるのはせいぜい、魔法耐性のエンチャントの付いたローブか、新人冒険者用の簡素な装備一式ぐらいだろう。
この街に来るまで幾多の死線を潜り抜けたヘラには、そんな程度ではどうにもならないと思えて仕方がない。なにせ、カルマの隣に居るには更に険しい道なりを越えていかなければならないであろうから。
(サディスとの話……カルマには魔王がまるで眼中になかった。まるで、それよりももっと大きな敵を見ているかのような……。)
サディスは強い。そして魔王は更に強い。しかしそれでもカルマは力を求める。まるで、その二人程度では足りないと言うかのように。
もちろん敵はそれだけではないが、それすら眼中に入らないような相手など、いったい誰が想像できるであろうか。
この先の戦いに備えるには、自分たちの手持ちは少なすぎる。だがカルマの様子からして、それを蓄えている時間的余裕は無い。
「……あああああああっ!!どうしろってのよ!!」
どうにもならないのはわかっていても、煮えたぎる頭を掻きむしりたくなる。
そんな不毛な四苦八苦を、サディスは溜め息交じりに眺めていた。
「……何よサディス?何か言いたい事でもあるの?」
それがどうにも不満で、ヘラは睨みつける様にサディスに詰め寄った。
「いえ、随分と無駄な事をしていると思って。」
「無駄ぁ?……ええ、そうよ。無駄よ。考えるだけ無駄。だからっていきなりほっぽらかして自由行動だなんて、じゃあなんで今まで演技なんてしてたのよってなるでしょ。これでいいんだったら最初っからこうすればよかったじゃない。」
ボロ衣の服を摘まんで伸ばしながら、やり場のない不満の塊をたれこむヘラ。その様子が、サディスの溜め息を更に重たく冷たいものにしていく。
「あのねぇ……少しは頭を回転させたらどうかしら?」
「……まさかサディスまで私を馬鹿にするの?」
「元からしているわ。そうじゃなくて、タマとの小競り合いの時の事を忘れたのかしら?」
「………あっ。」
何のことかと考えて、硬直するヘラは頭の中をフル回転させてあの時のことを思い出す。その時に出た間抜けな声が、やはりサディスを落胆させた。
「あなたに魔法を教えるって、言わなかったかしら?」
あれだけ命がけの状況だったとはいえ、自ら与えてしまったチャンスをこうも簡単に忘れられていると流石に嫌になってくる。それを自分の口から言わなければならなかったとなるとより虚しい。
「カルマが私とあなたを組ませたのはそれが理由よ。あれで五感が全て生きていて、人の話まで聞こえているというのだから驚きだわ。」
そう、カルマは予め、街に入ったらヘラに実力を付けさせるための算段を立てていたのだ。それでは自分は邪魔になるだろうと、またそれぞれが使う武器や装備も違う事から別行動する旨をサディスに伝えていたのだ。サディスもカルマとヘラの二人を同時に指導するのは難しい上に時間もない。ましてや、サディスの立場は敵だ。あまり行動を共にし過ぎるのはよくない。
なので、現状一番戦力にならないヘラの育成が急務となったのである。魔法となれば、サディスほどの適任はいないだろう。
「……でもいいの?私は敵よ?あなたを殺すかもしれない。」
「ん?あぁ、その事……。」
しかし、ヘラとサディスの目的は真逆だ。サディスは魔王の為に、ヘラは世界のため、つまり人間の為に戦っている。お互いに立ちはだかる敵のはず、なのにそれに師事するというのも変な話ではある。
だが、サディスはそれをあまり気に留めていない様子で上の空を見つめていた。
「……正直、魔王様のお考えが読めないわ。人間を滅ぼすだけならばもうとっくにしているはず、しかしそれをせず、あくまで話し合いでの解決を望んでいるわ。魔王様は確かにお優しい人ではあるけれど、こんな優柔不断な決断をするような方ではないわ。」
「何それ、言ってる意味がわかんないんだけど?」
サディスは、懐疑的なヘラに微笑んで見せる。
「つまり、ここでカルマに協力するのは、後々何かに繋がるのかもしれない、という訳。」
「……どういう意味?」
やはり意味が解らないという様子で首を傾げるヘラ。だがそう言った本人ですら、両手を広げて首を横に振った。
「女の勘よ。気にしないで頂戴。」
しかし、口元に浮かんだ僅かなゆるみが、半ばそれを確信していることを物語っていた。
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