第33話 息をする場所も無く
「それで、この後どうするの?」
「まずは装備を整える。サディス、ギルドに行けばいいんだな?」
「そのはずよ。人間の冒険者なら必ず行くところだわ。」
サディスはカルマの言葉に頷いて、一枚布のローブの中に空気を送り込むように仰ぐ。
「私お腹空いたんだけど。」
「食事は後回しだ。装備がどれだけの額になるかわからんからな。」
一応サディスのキャンプから金銭を拝借してはいるが、それでも四人分の装備を整えるとなると心もとない額だった。本来サディスにはいらないはずなのだが、ウィッチ・スタイルの維持するには無駄な魔力を消費してしまう。キャンプである程度の装備を整えられれば良かったのだが、残念ながら略奪した物ではサディスの身体に会うものが無かった。
「不思議な事に、俺はともかくお前まで装備を確保できなかったからな。」
「悪かったわねスタイルが悪くて!」
「私の胸も大概だけど、スレンダーすぎるというのも考え物ね。」
「ちょうどいいからサディスのそれ半分よこしなさいよ。そしたら二人とも見繕えるから。」
皮肉気味に言うカルマと追い打ちをかけるサディスに威嚇しながら、サディスの抱き上げられた胸を恨めしそうに睨みつけるヘラ。
そして、もう一人の黙り込んだままの方に振り返って、溜め息を吐いた。
「はぁ……いいよねタマちゃん、スタイルいいからなんでも着れて。ねぇカルマ、なんでタマちゃんの装備は整えないの?」
ヘラの言う様に、キャンプの装備一覧では、タマの装備なら十分に揃えられる。しかし、カルマはそれを残念そうに顔をしかめて首を振った。
「タマの機動力に鎧なんぞ付けたら邪魔だろう。軽い素材でも防御力の優れたものはあるからな。」
「……とても女三人を半裸で歩かせてる男の発言とは思えない。」
こんな恥ずかしい恰好で歩かされていることを、ヘラは未だに根に持っていた。もちろん、カルマが顔色を変える様子はない。
「好きに言え。タマはこの集団で唯一のアタッカーだ。防御は二の次だ。」
「そうですか。……って、カルマはアタッカーじゃないの?」
「俺は近接戦闘が本職じゃない。サディスは格闘術を扱えるが支援魔法を使える所が大きい。攻撃するしか能のないお前と違ってな。」
「悪かったわね頭が脳筋で!」
カルマに悪態をつかれ反射的に食って掛かるヘラ。しかしカルマに茶化す様子は一切なく、鋭い目つきで睨まれ、胸ぐらを掴み上げられてしまう。
「それでは困ると言っているんだ。この先は何が起こるかわからん、場合によっては魔王や人間との衝突もあり得る。自分の力を最大限に発揮できるような準備をしておけ。でないと、狼の時の二の舞になるぞ。」
カルマに言われ、ヘラの脳裏にはあの瞬間がフラッシュバックする。カルマが割って入ってくれたからよかったものの、あのままアメジストウルフに食いちぎられてもおかしくはなかった。
とはいえ、出会ってからずっと冷たいカルマの態度に、ヘラも言いたいことが積み重なっていた。
「おいおいおい!最近の冒険者は奴隷にまで手を上げるのか!?」
すると、何者か知らない男の声が、開きかけたヘラの口を閉じてしまった。
「……あれじゃないかしら?」
サディスが声のした方を視線で伝えると、そこには大剣を肩に担いだ細身の、しかししっかりとした体つきの青年が、柔らかそうな鉄素材の軽装を携えながらこちらに近づいてくる。
その背後には、彼の仲間と思わしき人物たちが連なっている。一人は大きなとんがり帽子を被り、サディスのウィッチ・スタイルともよく似た衣装の赤い魔石の付いた杖を携えた女。その隣に鋼の肉体を晒した褐色の大男、その隣には長刀と銀鎧を携えた赤髪の短髪の少女がいる。
「感心しないな。奴隷でも人、丁重に扱えと主人に習わなかったのか?」
「……生憎、俺の主人は俺を丁重には扱ってくれんかったからな。」
「……へぇ、珍しい。奴隷出身か。なら、それなりに強いみたいだな。」
青年は肩に携えた剣を下ろし、カルマと相対する。
「俺はアルス。勇者として魔王軍と戦っている。あんたは?」
「……カルマ。それだけ言っておこう。」
「カルマ……それ、名付け親は?」
勇者の眉間がピクリと反応したのをカルマは見逃さなかった。
「……お前、転生者か?」
「………。」
カルマの問いに勇者が黙り込み、途端に表情が険しくなっていく。
睨み合う二人の緊張は高まっていく。それぞれの後ろにいる面々も、その空気を感じ取って緊張感に肌を張りつめる。
だがその二人の仲を、ヘラがアルスにぐいと詰め寄って粉砕した。
「ちょっと!誰がこいつの奴隷なのよ!言っておくけど私は―」
更にアルスに詰め寄って迫るヘラ。一瞬何が起きたのかを飲みこめずに固まっていたカルマがそれに気づくと、途端に唇を噛み締めヘラのローブを引っ掴んでぐいと引き戻した。
「―って、何するのよカルマっ!?」
(少し黙れ!お前は俺達がどうやってこの街に入ったのかを忘れたのか!?)
カルマの息を殺した怒鳴り声に、やってしまったと顔色を悪くするヘラが口を噤み、声を殺す。
(だって!私カルマの奴隷じゃないもの!)
(当たり前だ!だが状況を考えろ!その恰好でそんなことを言っても説得力がないだろう!)
(こんな格好にしたのはカルマでしょ!)
(作戦だと言っている!それにもしここで奴隷としての存在を疑われ、お前含めタマとサディスを調べられたらどうする気だ!タマはともかく、サディスはただ事では済まされんぞ!!)
カルマには焦りが生まれていた。ヘラの行動によって、勇者にサディスの存在がばれてしまうのはまずい。少なくとも、勇者はサディスの顔を知っている可能性がある。顔を丸出しにしてばれていないのが不思議なぐらいだ。それなのに、下手に調べられて勘づかれでもしたら、大幅な予定変更を余儀なくされてしまう。
何の用意も整っていない現状ではそれはまずい。少なくとも、この場は穏便にやり過ごす必要があるのだ。
「……なんだか、奴隷の割にはよく噛みつくな。」
アルスの詮索染みた言葉に、ヘラの心臓がぎゅっと握られる。
「まだ慣れていないだけだ。じゃじゃ馬を手なづけるのは大変でな。」
すぐさまカルマが機転を利かせて、ヘラの首根っこを掴んでひれ伏せさせた。なんで自分がこんなことを、と思いながら、カルマに締め付けられた首を解放しようともがいて見せる。
「へぇ、調教師ってのも大変だな。」
「いや、建前は冒険者だ。あまりいい思い出がないからな。」
「なるほど。確かに、あんたの目を見ればそんな気がするよ。」
どうにかこうにか、アルスの苦笑をもってこの場をやり過ごすことはできた。
「……で、なんであんたは「転生者」を知ってる?」
しかし、すぐにアルスの身に纏う雰囲気は険しくなる。ヘラとは違う、まったく別の案件で。
「決まっている。俺がそうだからだ。」
「へぇ、あんたも転生者なのか。なんでわかったんだ?」
「やはりそうか。……理由だが、俺の名前に反応したことだ。この世界の人間は「カルマ」の意味を知らない。今まで名乗って言及されたのは、このじゃじゃ馬だけだからな。」
暴れるヘラの首を更にぎゅう、と力を籠めると、ヘラが必死にカルマの腕を手の平で叩いた。
「……その子も転生者、か。凄い巡り合わせだな。」
「あぁ。偶然とは思えん。だからこうして飼い慣らしている。」
「ちょっと!だから飼われてないってば!」
反抗するヘラを更に上から押さえつけ、地面に這いつくばらせる。その様子を見つめるサディスは高鳴る胸を抑え込むように指をちろりと舐め、タマは無表情で見守っている。
「……飼われてない?」
「少し愛ですぎたようだ。方針を変えなければな。」
「そ、そうか。まぁいいや、お互い転生者同士、世界を救うために頑張ろうぜ。」
ヘラとカルマのやり取りを見て、この場を早く切り上げたいと思ったのか、アルスがカルマに向かって手を差し出し握手を求めてくる。
「……あぁ、そうだな。」
この先もくってかかってくるかと身構えていたカルマは拍子抜けし、適当な相槌も交えてその手を取り、固く握手を交わした。
アルスは握手を終えると、大剣を担ぎ直して振り返った。
「じゃあな。ギルドならあっちだぜ。……せめて服ぐらいは着せてやれよ?」
アルスは皮肉気味にそう言うとギルドの方向を指し示し、一団は横を通り抜けていった。
「……これで三人か。」
カルマは、サムスが言っていた「転生者が四人いる」という事を思い出していた。カルマが転生する時点では、既に三人の転生者がいた。一人はヘラ、そしてもう一人がアルス。自分と同じように、前世での死因が大きな力になっている。
では、あと一人はどこに……。目星をつけるにしても、手元の情報は少なすぎる。
「やはりギルドは避けて通れんか。」
カルマが小声でつぶやくと、サディスはそれに小さく頷いて反応した。
「ちょっと!!いい加減に放してよ!!」
それはともかく、ほったらかしにされて押さえつけられたままのヘラは、顔を真っ赤にして苦しそうに、カルマの腕を力いっぱい握り締めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます