第32話 城へ
堅牢な石造りの壁に埋め込まれた重々しい黒鉄の扉、堀を隔てて伸びた手すりの無い橋の前に、白い髪の男が三人の布被りを連れている。
「……ねぇカルマ、これは一体どういうこと?」
「中に入ってから話はする。お前は自分とサディスの魔方陣が消えないように注意していろ。」
「それはいいけど……なんで半裸なの私たち?」
「もともと着ているのかわからん服装だったのだからいいだろう。」
「それはそうだけど……やっぱり布一枚隔てた先は下着って、完全に痴女じゃない。」
「仕方ないだろう。俺の服でさえまともに見繕えんのに、奴隷という立場のお前たちが上等な服を着ていればおかしいだろう。」
「まぁ……確かにそうだけど…。」
どことなく落ち着かない様子のヘラ。彼女が言う様に、その姿は体を覆い隠す布一枚を剥ぎ取れば恥部を隠す布だけという、あられもない恰好になっている。その隣を歩くサディス、タマも同様の格好だ。
そして、三人の胸には奴隷魔法の刻印がある。タマのは本物だが、ヘラとサディスの物は即席の飾りだ。ヘラが魔法陣だけを描いて刻んだフリをしている。
かくいうカルマも、ボロボロの上着一枚を羽織り、左足の膝から下が無い皮ズボンだけという格好だ。修羅場をくぐってきた事が窺える。
それがこの場にいる全員によってできた物とは、誰も思わないだろう。
昨晩、カルマから提案されたのは、「指揮をガブルに任せ、サディスを含めた四人がシルエットに入城する」というものだった。
サディスは、魔王は戦闘による支配は望んでおらず、できるものなら話し合いで解決したいという方針を持っている。もちろん使者を使わして会談を持ちかける手もあったが、女王は一切の返事を出さず、城の中に籠ってしまったため、今回の侵攻作戦が開始された。と、再度カルマたちに説明した。
ならば、中に入って直接聞けばいいだろうということになり、サディスの提案で、カルマを戦士、他三人をその奴隷としてシルエットの入城を試みようというものである。
カルマは最初、ただの魔王軍討伐の義勇兵として参加する予定でいた。だがシルエット兵を壊滅させたタマや、既に魔王側近の四楼として顔が割れているサディスでは、姿を晒しての入場は難しいとサディスが指摘したのだ。カルマの気はあまり進まなかったが、奴隷としてなら顔を隠しても違和感がないという理由で諭され、現在に至る。
「でも、私まで奴隷扱いされる必要あったの?」
視界を遮る布を邪魔くさそうに避けるヘラが、不満げに口を尖らせる。
「既に女二人を奴隷にしているのに、妻でもない女が堂々としているのはおかしいだろう。ましてやパーティーを組んで奴隷を引き連れているなど、よほど規模の大きい組織でなければする事では無い。そういうのにはもっと数がいるしな。」
「…なんか、まるでそういう事をしていたみたい。」
自分が危ない者を見る目を向けられていることに、カルマは落胆し溜め息を吐いた。
「俺の元主人は奴隷商だ。それと、お前が言っていたお前の主人とやら、それを殺したのはたぶん俺だ。」
「えっ……じゃあカルマは、自分の主人を殺したの?奴隷魔法を使われているのに?」
驚きが混ざって声が高くなるヘラにも、カルマは一切動じずに城門だけを見つめている。
「いや、俺に奴隷魔法は使えなかった。どうやら魔力量が関係しているらしい。」
「使えなかったって……じゃあその馬鹿みたいな魔力は生まれつきなの?」
「あぁ。魔法の使い方はそいつらが使っている所を見て覚えた。ようはしたい事をイメージして作り出すのだろ?その程度なら俺にも扱えるが、お前やサディスの使う魔法は違ったようだから……俺のは魔法では無いのかもしれん。」
「確かにカルマが使ってるのは魔法の初期段階、素質を見るためのものみたいだけど……それであの威力なの?こっわ…。」
「……やはりそうか。サディスと戦った時に、あまりに使い方が違ったからな。」
カルマは自分の右腕を、開いたり閉じたりを繰り返して見つめる。前の世界で死んだ影響でこの力はある。だが力はあるだけで、使い方を未だに知らない。それでサディスやタマを退けられたのは運に任せた部分もあっただろう。
咄嗟に乗っ取ったサディスの屍軍団も、タマを閉じ込めた魔力空間も、ただの並外れた基礎能力を振り回しただけに過ぎない。
それで世界を救えるのか、カルマは未だ見ぬ、無の領域の向こう側を思い浮かべ、その開いた右手を握り締める。
その様子を、ヘラは不気味だと表情を強張らせながら見つめていた。
そうこうしているうちに、一行は城門前まで辿り着いた。城門の端に守衛兵が二人、魔王軍が攻め寄せてきているにしては、あまりに薄い配置である。
(……妙だな。)
カルマと、フードの奥に顔を隠したサディスの目つきが険しくなる。
「そこの人、止まりなさい。」
守衛兵の一人が近づき、カルマを呼び止めた。
「名前と、この街に来た目的を。」
「カルマと言う。目的は……そうだな、装備を整えに来た。」
「冒険者か……ギルドに所属は?」
守衛兵の態度は、あまり歓迎してくれるものではなかった。
(戦闘で戦力を消耗しているはず、だがこの空気は何だ?)
「ない。外れから来た。それも含めている。」
「駆け出しか……よくここまで辿り着いたな。近い村はどこだ?」
「ナムナク村だ。……何か問題が?」
「ナムナク……足もぎの森を抜けてきたのか?その装備で。」
「……何か問題か?」
やたらと疑い深い守衛兵に苛立つカルマ。その守衛兵もあまり浮かない表情だ。実力を疑っている、というよりはカルマの状況が気になるようだった。
「……後ろの三人は連れか?」
「奴隷だ。飯をちらつかせたら寄って来た。」
カルマの物言いに、ヘラがきりりと唇を噛み締める。
「ふむ……いや、すまない。はぐれ冒険者が街に、それも自力で歩いてくるなんてのは本当に珍しいからな。少し信じ難かったんだ。気を悪くしたならすまない。」
守衛兵は半分納得したように、掌を見せカルマを諫めようとする。
「念のため、奴隷の顔を確認させてもらっていいか?君は盗賊のリストには無いみたいだが、もしかしたら身内かもしれないからな。」
「……構わんが、全員必要か?」
「いや、一人でいい。刻印の確認だけさせてくれれば顔は必要ない。自分の所有物をじろじろ見られるのは、あまり気がよくないだろう?」
「……いいのか?盗賊を気にする割に随分と甘いようだが。」
(ちょっとカルマ!!余計なこと言って話がややこしくなったらどうするの!)
わざわざいいと言ってくれている相手を挑発する意味がわからない。ヘラは布を挟んでの二人のやり取りに、心臓が押しつぶされそうになっていた。
対して、カルマは警戒心を強めていた。守衛兵の言動に一貫性がない事を気にしているのだ。橋を渡らなくては平原に出られない状況で、退路を断たれるのはまずい。守衛兵が気づいているのか、そうでないのかを慎重に見極める必要があった。
しかし守衛兵は、そんなカルマの心配を棒に振るような態度を続ける。
「それはそうなんだけど……何分人手が足りなくてね。足もぎの森を抜けてきたのが本当なら、ぜひとも手を貸してほしい。強い冒険者をみすみす返せるほど、戦況もよくないからね。」
「……そうか、なら右側のやつにしてくれ。それが一番状態が良い。」
「わかった。それじゃあ失礼するね……。」
カルマに言われて守衛兵が目の前に立ったのは、よりにもよってタマの前だった。
(ばかっ!カルマ!なんで私じゃなくてタマちゃんなのよ!)
守衛兵はタマの頭にかぶさった布をめくり、その顔を確かめる。タマはそれを無表情で見つめ返し、嫌がるそぶりも見せずじっとしていた。
守衛兵はタマの顔を見つめ、そして胸元に奴隷の刻印を見つけると、またそれを凝視した。
「……驚いた。本物のようだね。ようこそ冒険者、今は戦争中で物も少ないが、君の活躍を支援できるだけのものは揃っている。ゆっくりしていくといい。」
「ああ。……それで、戦争とやらに参加するにはどうすればいい?」
「それなら、一度ギルドに所属してくれ。君の腕なら問題ないだろう、街の者に尋ねれば答えてくれるはずだ。」
「わかった。……戦況はどんな感じだ?」
カルマの来訪を喜んでくれていた様子だったが、それも戦争の話になるとみるみるうちに険しくなった。
「……正直、こちら側の戦力は絶望的だ。特にこっちの方向の被害が激しくてね。」
「そうか。それは楽しめそうだ。」
半ば強者のセリフのような臭い言葉をわざと使い、守衛兵に軽く視線での挨拶を済ませる。すると城門が僅かに開き、カルマたちはその中へと入って行く。
後ろを振り返ると、既に守衛兵は自分の配置に戻っていた。
「……案外すんなりいくのね。」
門が閉じたのを確認し、サディスが小声でつぶやいた。
「奴ら、俺に戦況について触れさせなかった。どうやら身内も信用できないらしい。」
「え、そうなの?カルマ。」
フードのようにした布をめくり上げて顔を出したヘラが問いかけると、カルマはそれに小さく頷いた。
「お前らの攻撃、思った以上に効いているようだ。魔王に与しようとする者が出てきているのかもな。」
「……まぁ当然ね。誰だって勝ち目があるとは思えないはずだもの。……それよりもこれ、取っていいかしら?」
サディスが暑苦しそうに、布を掴んでバサバサと音を立て、湿気を逃がそうとする。
「構わんが、身体は晒すなよ。」
「え?いや待って!「角」が見えちゃうんじゃ!?」
ヘラの心配など気にもせず、サディスはようやく解放されたと頭部の布をめくり顔を出した。だがヘラの言うような、サディスにあるはずの頭部の角などは見当たらない。
「あれ……サディス、角は?」
「あぁあれ?飾りよ。魔力で作ってるものだから消したの。」
「な……なんじゃそりゃ。」
ヘラはなんだか納得いかない様子で、カルマの隣で不貞腐れていた。
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