第31話 突入前夜Ⅱ
「……話に区切りはついたかしら。それでこれからだけど……こちらの当初の予定では、四方向から集中攻撃を浴びせ開門、その後城内にいる国王を討ち取るか降伏させるはずだったわ。」
サディスはシルエットを指差しながら城門の辺りを丸で囲み、徐々に城の中央へ指を走らせ、叩いた。
「数に頼り切った阿呆な作戦だ。」
「ええ、結果的に私の区域が大損害を出したおかげで破綻したわ。間抜けも良い所ね。」
カルマの非情な一蹴に、サディスは大きく頷く。しかしその直後に不敵な笑みを浮かべて見せた。
「でもそれは怪我の功名。現状こちら側が一番突破しやすいわ。何せ守衛兵が全滅しているんだもの。」
サディスの言う通り、こちら側の戦力はタマが敵味方お構いなしに殲滅している。つまりサディス軍は戦力の大半を失いながら、敵戦力の殲滅に成功している。
それはつまり、こちら側の守備が最も手薄になっているということ。
「私としては、この状況は是非とも利用したいわ。」
一夜明けた城門前がどのような布陣になっているかは不明だが、もしこちらに戦力を集めようとすれば三方向の戦力は間違いなく減少する。そうすれば今の布陣でなら間違いなく押し切れるだろう。そうなれば当初の作戦通りに事が運び、問題は何もない。
ただ問題があるとすれば、カルマ、ヘラ、タマの三人が魔王軍でないことである。
「それってつまり、私達にもシルエット攻撃に参加しろって事?」
「できるなら、そうして欲しいわね。」
サディスは半分諦めながらもそう告げた。
もちろん、返ってくる反応は分かっている。ヘラが卓上に掌を叩きつけた。
「冗談じゃないわ!!なんで私たちが魔王に手を貸さなくちゃいけないのよ!!」
「そう、それが一番の問題なのよ。あなたたちは私たちの味方ではない。そして私も、魔王様を裏切るつもりは毛頭ないわ。」
例え何が合ってもそれは譲らないというサディスの立ち振る舞い。しかしそれは、ヘラの怒りに更に油を注ぐことになる。
「なっ……なにそれっ!?あんたこっち側に来たんじゃないの!?「四楼」がどうとか言ってたじゃない!!」
「「連れていけ」とは言ったけど「仲間になる」なんて言ってないわ。「できる」とは言ったけどね。」
「んなぁっ!?」
サディスの思わぬ屁理屈に、咄嗟に出た声が裏返ってしまう。
「……なにそれ、何それ何それ何それぇっ!!意味わかんないだけどっ!!」
一緒に戦い、杖ももらって、サディスを完全に仲間だと思い込んでいたヘラには、落胆よりも嘘を吐いていたような物言いに対しての怒りの方が強かった。声を荒げでサディスに迫るが、サディスがそれに取り合ってくれる気配は微塵もない。
「カルマも何とか言ってよ!!これじゃあ何のためにサディスを担いできたのか分からないでしょ!!」
ここまで苦楽を共にしてきたカルマならわかってくれるだろうと、ヘラは怒りに任せてカルマに呼び掛けるが、その隣に居るカルマはそんなことお構いなしに、顎を人差し指と親指で咥えながら何かを考えこんでいる。
「ねぇ、カルマ……無視しないでよ?」
まるで反応してくれないカルマに、自分の行いが不安に思えてきたヘラ。語尾が裏返ってしまう辺りに、その感情が露わになっている。
すると、ヘラの視線に気づいたカルマが、ヘラが何か言ってほしいそぶりに気づいた。
「どうした、パンツ丸出し娘?」
「気にしてる事を言わないでよ!!」
ヘラもカルマも、度重なる戦闘でもう装備がボロボロだ。カルマはサディスに貸していた上着の下に何も着ておらず、ズボンも生地がなくなっていたり破れたりと、履いている必要があるのかすら疑問な格好だ。
だがヘラは特にひどい。ローブは紛失し、ブラウスは下乳が露わになるほど破れ、脇の付け根が今にも破れそうなギリギリの位置で繋がっている。またミニスカートも前面の生地がなくなり、白い布地越しに恥部が浮かびあがってしまっている。戦闘で神経をすり減らしていたからこそ気にならなかったものの、今となっては羞恥の塊だ。
「そうじゃなくて!!サディスのことどう思うって聞いてるの!!」
「……別に、身体を治してくれる便利な乳袋としか思ってないが。」
「思った以上に酷い評価だった!?」
「まさかここまで鬼畜だと思わなかったわ。本当、ゾクゾクする。」
今日だけで二回も致命傷を癒してこれだとはサディスも思っていなかったようで、ヘラと共にカルマの仲間意識について唖然としていた。
「ってそれでもなくて!!……その、」
「話をちゃんと聞いていないお前が悪い。」
「聞いてたんじゃない!!っていうかなんで!?これ私が悪いの!?」
そしてヘラが本当に聞きたいことはこうして一蹴されてしまう。残念ながら四面楚歌な自分の状況に、ヘラはどうしようもなく頭を掻きむしる。
「それで……ふむ、確かにお前の言い分には一理ある。だが敵が、各門にまた均等に兵を振り直す可能性は残っているのだろう?」
「それはもちろん。でも現状、こちらに兵を集めれば向こうが不利になるし、集めなければ十分に突破できるわ。つまり……私の立場から言うと、あなた達には傍観していて欲しいのよ。シルエットが陥落するまで、ね。」
大人しくしていろ、それがサディスの言い分だった。現状敵に回らなければ脅威ではないこのパーティー、しかし味方にならないからと言って手放すのは惜しい。それはサディスがヘラに自分の杖を譲渡したことからも明確である。
カルマにもそれは分かっていた。だがカルマからしてみればそんなのは些細な問題だ。あくまでカルマ、ヘラの目的は「シルエットに入城する」こと。サディスのキャンプで装備を整えられればそれでもよかったが、生憎ここには魔族用の装備しか用意されていない。
「悪いが、俺達はどうあってもシルエットに入城する。それが当初の目的だからな。」
理由はどうあれ、目的地がすぐ目の前にあって二の足を踏んでいる訳にもいかない。カルマも、自分の立場は貫かなければならない。
「……そう。ならこれ以上は何もないわね。」
サディスは組んだ腕で胸を持ち上げ、しかしどこか寂しげな視線をカルマたちに送った。
決別、それが両者にとって最良の選択だろう。敵として出会い、その姿に打ちのめされ、また自分でさえ苦戦する相手すら懐柔してみせた手腕は恐怖だが、それでも共に戦えたことは誇らしいと素直に思える。
狂気的で、しかしブレの無い芯があるこの男と出会えたことを、誇りに思える。
「いやまだだ。俺から一つ提案がある。」
しかし、その男はまだ、自分に決別の態度を見せることはしなかった。
「提案?……もはや敵同士の私たちに、これ以上何があるのかしら?」
「そうよカルマ!もういいから早くシルエットに行くべきよ!じゃなきゃ世界が滅んじゃう!!」
既に身支度が整いかけたヘラには見て取れる決別の態度、しかしカルマはそれに深く溜め息を吐いた。
「そんなに世界を滅ぼしたければ一人で行けパンツ娘。」
そして、次に口から出たのは、なぜかヘラに対する叱咤とも取れる発言だった。
「……え、なんで今私怒られたの?」
呆然とするヘラをよそに、カルマはサディスの瞳の奥深くを覗き込む様に凝視する。
「俺の敵は俺が決める。少なくとも今は違う。それに、お前の目的は「城内にいる国王との話し合い」だろう?なら、俺達が袂を分かつ必要はまだない。」
「……どういう意味かしら?」
サディスの目頭が険しくなると、カルマは悪人面の顎をなぞった。
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