第26話 黒い球体
鼓動を打つように輝く「プラズマ・アメジスト」を振り下ろしたヘラは、それこそ死に飢えたカルマの狂喜に引けを取らないほど歪んでいた。
魔法陣から放たれた一撃は鮮烈だ。少女を囲むようにして展開された四重の全円の中心は、夥しい熱量を持って大爆発を起こし炎上する。辛うじて一撃を防ぐが休む暇もなく、大量の冷却水が円陣に降り注いだ。
足の踏み場もないほど灼熱に焼かれた地に突然の大雨が降ればどうなるか。その問いは少女に疑問と油断を生み、悲劇へと誘う。
突如として少女を大爆発が襲った。地をえぐり、土を巻き上げ、華奢な体を高々と打ち上げた。
水蒸気爆発、これを起こすためだけに改変されたヘラの
そして打ち上げられた体は上空に閉じ込められたように固まる水蒸気の中に閉じ込められた。それを待ち構えていたかのように三枚目の魔法陣が発光する。
直後、耳をつんざくような轟音と閃光。水蒸気の中で激しく紫電がのたうち回っている。一番外側、風の魔法陣はこの水蒸気をそこに集めるためだけに組み込まれたものだ。
灼熱、冷却、雷撃の、一度でも喰らえば致死量のダメージを三段にも重ねた大盤振る舞い。確かな手応えを感じたヘラは喜びに拳を掲げた。
「よっしゃああああああっっ!!」
「……何あれ、誰があんなエグい殺し方を思いつくのよ。」
唖然とするサディスは鳥肌を立てていることも気づかず立ちすくんでいた。もしかたらとんでもない化け物に餌を与えてしまったかもしれない。それしかなかったとは言え、これが敵に回っては真っ先に殺しに行かなければ身がもたない。
(大魔法に匹敵する術式を三連発も……いや、外側のものも含めれば四連発ね。それをあれだけの威力を保って効率よく使いこなすなんて……正直才能と言わなければ片付かないわ。)
一生に一度使うか使わないかの一撃を成功させ、子供見たく歓喜に叫ぶヘラ。その手に握られた相棒も一緒になって点滅し、喜んでいるように見える。
(……そう、そういうこと。)
緊張の糸が切れたのもあって、安堵したサディスも頬を緩めた。
「って、あぁそうだった。サディス、これ返すわ。ありがとう。」
喜びもつかの間。ヘラは忘れ物を思い出したように、サディスへ「プラズマ・アメジスト」を差し出した。サディスは杖に触れ、その輝きをみて微笑み、手を離した。
「……いいえ、それはあなたが持っていなさい。」
「えっ!?なんで!?だってこれあんたの大事な…。」
「仕方がないわ。それがその子の意思だもの。」
ヘラはサディスに言われると、杖の先端に嵌る鼓動を打つように点滅する魔石を見つめた。
「この子の……意思……。」
「「宝珠」クラスにもなると贅沢を言うのよ。自分に最も適した使い手を探して彷徨い続け、お気に入りを見つけると寄生したように持ち主を離れない。あなたは気に入られたのよ。お守りも今日が最後という事ね。」
「サディス……。」
我が子を見送るようなサディスの表情は、やはりどこか寂しげである。しかしそれでも我が子、自分よりもいい使い手がいたのならばそれに使われるのがいいと思えるのだろう。その気持ちを汲み取り熱くなる胸を、ヘラはぎゅっと握りしめ押さえ込んだ。
「これが全裸で言ってる事じゃなければ感動できたのに。」
「………私だって好きで晒してるわけじゃないわ。」
恥部が破れて見え隠れしているヘラと、カルマがくれた上着を羽織る以外は何も身につけていないサディスの格好は、感動的なシーンにはあまりに不釣り合いだった。
やがて水蒸気が晴れ、中が垣間見えてくる。
「さて!それじゃあさっさとカルマを治してシルエットに!」
「……待って。何か様子がおかしいわ。」
既に倒した気でいた二人は、特に伸びをして完全に終わった気でいたヘラは、だんだんと張り詰めていく空気に奥歯を噛みしめる。
二人が目を凝らす水蒸気の中、その内側で黒い何かが蠢いているように見えた。
「……待って、待ってよ。まさかあれを防いだの!?」
「規格外にも程があるわ…ッ!!」
予想もしなかった事態に咄嗟に体が反応するが、消耗の激しい体は上手く構えることができず膝が笑う。そんな立ち上がるのもやっとな二人の見つめる先で、黒い何かを包み隠す水蒸気が完全に晴れた。
二人は、その光景に息を飲んだ。
丸く、しかし確かに脈を打つそれが空中に浮かんでいる。どす黒くも所々に輝きを放つそれは、二人の魔法使いを残酷に見下ろしていた。
「なに……あれ……。」
「………。」
ヘラは驚嘆し、サディスは絶句した。もしあれが自分たちに向かってくれば、間違いなくその先はない事を実感できた。だがあれを止めるだけの力はもう残されていない。
二人を、戦慄が飲み込んだその時だった。
「バカが……殺してどうする。」
背後から若い男の声が聞こえ、咄嗟に二人が振り向く。
しかし、そこには何もいない。ただ少女との戦闘で命を落とした者たちの血だまりがあるだけだった。
「気づかんのか、下だ。」
二人は言われるがままに視線を落とした。すると背の高い草の中に白い髪が見えた。
「えっ!?カルマぁ!?」
「あら、そんな所にいたの?」
「貴様ら……ちゃんと見てなかったのか。最初に打ち首にされただろう。」
カルマに言われて、二人はあぁそういえばと思い出した。その後普通に首なしで優勢だったから気にもしていなかったが、カルマの身体が灰にされてしまってそれどころではなかった。
「っていうか見てたなら助けてよ!!」
「準備に時間がかかった。それよりも……どういうつもりだヘラ。」
急に表情が険しくなるカルマ。ずっと狂気 喜するか無表情だったその顔が怒りを露わにするのは新鮮で、だからこそ圧がある。まさかの反応にたじろぐヘラ。
「な…何よ…?」
「お前はあれを殺す気か?俺は手に入れる手筈を組んでいたんだぞ。」
もう少しで計画が破綻する所だった、どうしてくれると訴えかけてくるその目に、命懸けで乗り越えた結果に対してあまりに酷いその言葉に、ヘラは目をひくつかせて泣きそうになり、泣いた。
「だって!!もう少しで殺される所だったの!!こっちだって必死なのに!!頑張って倒したのにーーっ!!」
「うるさい。やかましい。それと倒すのはいいが殺すな。お前のあれはどう考えても死ぬ。」
「そうね、あの威力には私もドン引きよ。」
「サディスまでそっちに回らないでーーっ!!」
一緒に乗り越えた仲だというのに、胸を持ち上げるように腕を組んで頷くサディスに裏切られ、ヘラの悲哀は更に深くなっていく。
「お陰で威力を殺すのに苦労した。魔力が切れたらどうするつもりだ。」
カルマはため息一つを気だるそうに吐いた。首から下がないので当たり前といえば当たり前だが、確かに顔色も良くはなくどこか疲れているように瞼が垂れている。
「……じゃあ、あれはあなたの仕業なの?」
「あぁ。あの中にロボ娘を閉じ込めてある。」
「な、なんだぁーよかったぁー……。」
カルマが、首から下はないが頷いたそぶりを見せると、ヘラは全身の力が抜けへなへなとその場に崩れ落ちる。
二人の戦いは、間違いなくあれで終わっていた。その事に安心し、半ば力尽きたようにサディスも膝をついた。
「何はともあれ……後は俺がやる。なに、簡単だ。奴の知る死が生温いことを教えてやる。」
カルマはそう二人に告げると意識を集中させ、切り離された首元から魔力の蛇を出現させて空に浮かぶ球体の中に向かって飛んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます