第25話  歩く人形Ⅳ

「対象との距離:30メートル前後。間合いに侵入、攻撃態勢を確認。警戒します。」


 カルマを削除してから猛スピードで突進する二刀の少女。目前にはロッド持ち待ち構える二人。先程はあの二人の援護によって攻撃が回避された。同様の魔法を使ってくる可能性あり、また抵抗するため攻撃性の高い魔法をしようする可能性もあり、少女の思考はそれだけだった。


 ならばまずは、剣の間合いに入って一気に攻める。


「……かかった!!【クレイモア】!!」


 しかし、まさか罠を仕掛けられているとは想定しなかった。


 足元に浮かんだのは魔方陣、簡素な服装と大した価値の無さそうな魔石を嵌め込んだロッドの持ち主の魔法だ。小規模の爆発が足元に発生し、踏み込む場所に休む間もなく爆発を打ち込んでくる。


 だが回避は簡単だ。爆発が小さい分上に飛べばいい。今なら爆発の推力も働いて一気に相手の元まで辿り着ける。


「【風を巻き上げて上空へ】。」


 僅かな跳躍と共に、足元に風を集めて爆発とともに上空へ。浮き上がった体を捻りながら回転させながら、空中に壁でもあるかのように一直線に猛進する。


 だがその一撃は届かない。突然降り注いできた無数の光の杭に手足を絡め取られ身動きが取れなくなってしまう。


「【パイル・ネット・ゾーン】。……今よ!!」


「言われなくてもッ!!」


 サディスの声に応じてヘラが、少女の杭の空間で仰向けになった体に魔方陣を張り付ける。


「ありったけ打ち込んでやるんだから!!【プロミネンス・レーザー】!!」


 ヘラのロッドから放たれた魔方陣から放たれた七本の火柱が、それぞれに弧を描きながら少女の拘束された体へと向かっていく。


「…………【旋空センクウ】。」


 少女の呟いた瞬間に両手に握られた二刀が急速に回転を始め、光の杭を容赦なく薙ぎ払っていく。バラバラになった杭の中から脱出した少女はすぐさま火柱に狙いを向け、高速回転させた剣で迫りくるそれを撃ち落とした。


「うそ!!?」


 驚愕を顔に浮かべるヘラ。


「チッ!!【アトミック・バインド】!!」


 サディスは舌打ちをして苦虫を噛み砕いたような表情をしながら、次なる拘束技を少女に向けて放つ。


 少女はそれも高速回転する刃で迎え撃とうとする。が、自慢の刃は通らず引っかかってしまい、絡め取られた少女の体は容赦なく押さえつけられ、空につるし上げられた。


「もう一度……【プロミネンス・ッ!!」


 本来なら作るのも難しい二度目のチャンスに応えるために、ヘラは集中力を総動員してロッドに魔力を凝縮させる。

 その様子が視界に入ったサディスは、そこで大きな違和感に気付いた。


「待ちなさい!……これを使って!!」


 咄嗟にヘラに投げ渡されたのはサディスの愛用するロッドだった。太古樹の幹で作られ精錬された姿はよく手に馴染み、埋め込まれている魔石もヘラのそれとは段違いに大きく、美しく磨かれている。


「……ってこれ!?「宝珠」クラスじゃない!!」


「当たり前よ、私の杖なんだから。」


「それにしたって豪華すぎるわ!!……これの持ち主に勝とうなんて本気で思ってた私がバカみたい。」


 もう何から何まで格が違うのだと思い知らされたヘラは、自分の持っていた境遇に落胆し涙が出てくる。


「バカな事言ってる場合じゃないわ!!……それでなら有効打になるはずよ!その有機物であれだけの威力の魔法を打てたなら!」


 有機物と半分バカにしたヘラのロッドは、大きく多すぎる魔力の供給を受けて魔石が激しく消耗していた。それを見抜いたサディスが自分のロッドでならと考えたのだ。


 そもそも駆け出し冒険者が魔王の側近に、それも一番の得意分野で真っ向勝負を挑んで勝負になるはずがない。しかしヘラはサディスに、防御に自信の持てる魔力を全て動員するほどの威力を持った魔法を使った。それも並みの組織なら一瞬で壊滅させられるほどの大魔法、それなのに魔法の使い方も簡単な魔法の威力も並み程度なのは、単純に使う道具が合っていなかったからだ。


 そしてもう一つ、自分はほぼ魔力を使い果たしていて回復も間に合っていない状況なのに、一度眠りに入った程度で自分と同程度の魔力を消費しているヘラが、平気で規模の大きい攻撃魔法を打っていること自体が異常なのだ。


 彼女は死ぬほど環境に恵まれていない。もし環境が少しでも恵まれたのなら……。


(その瞬間に、ヘラこの子は大化けする!!)


 サディスは、この短時間で嫌というほどその素質を見せつけられた。だからこそ確信が持てる。


「で、でもそれじゃああんたのロッドが!!」


「あれを維持するぐらいなら杖無しでもできるわ!!いいから急ぎなさい!!」


 虚勢を張って見せるが魔力は底を尽きかけてきている。サディスの額に浮かぶ玉汗を見た時、ヘラの表情は一層覚悟で固まった。


「……やってやる!!やってやるんだからッ!!」


 サディスの杖を借りてヘラは魔方陣を展開した。すると展開された魔方陣は普段よりも輝きが増し、陣に描かれた模様も一層はっきり見て取れるようになった。


「何これすごい!!……これなら何だってできる!!」


 杖の性能に興奮したヘラは、更に外側に複数の魔方陣を展開する。


「炎術式を改変、水術式を付与、雷術式を時限式にして、風術式で安定させて……」


「ちょっと!!バカやってないで急いでよ!!」


 ヘラの魔法は魔方陣を使用しての記憶型魔法、普通の魔法使いがそれを使わないのには「時間が掛かり過ぎる」のと「術式を間違えれば発動しない、誤作動する」という最悪の難点があるからだ。時間に関しては問題ないが、この場で改変した魔法を使うなんて無謀にも程がある。サディスはそう考えていた。


 しかしヘラの作った術式を読み取った瞬間に、それが杞憂であると秒と待たず理解できた。


(まさか……この子「陣魔法」を完璧に使いこなしているの!?)


 自分の知る中で最も難しい部類の魔法を、この駆け出し冒険者は完璧に使いこなしている。術式に一分の乱れも無い綺麗に重ねられた四種の魔法は、網にかかった少女を中心に逃げ場なく展開される。


「できた!今考えた最強必殺の大魔法!!耐えられるもんなら耐えて見せろーっ!!」


 もはや戦いという事も忘れ、欲望と興奮のままに展開された魔方陣が、平原中央地帯を眩い閃光で包み込む。


「【炎水雷風・狂鎖連撃エレメント・ディザスター】アアアアアアーーッ!!」

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