第24話  歩く人形Ⅲ

 少女の視線がカルマ一点に注がれる。カルマはそれを嬉々として、受け止める姿勢を取っていた。ヘラとサディスは最低限の防御系魔法を自分たちにかけそれを見守る。カルマにはそれをしない、手を出すなという事だ。


 ヘラには不安がよぎる。いくらカルマでも、攻撃力がサディスのそれとは桁違いの素早い剣技と力は凌げない。現に私の防御魔法とサディスの【ヴェール・マリン】があったからこそ五体満足の体なのに、それ無しでどう戦うのというのか。今度ばかりはダメなのではないのかと焦りが背中をぐいと押す。


 しかしサディスは違った。打ちのめされたからわかる。技こそないものの、カルマの戦闘力は本物だ。それにあの魔力、自身でさえ圧倒されたあの魔力量があればそうそう負けるものでは無い。カルマの勝利を確信していた。


 意識を失くしていたガブルの体がビクンと震えた。


―気絶していても、この場の空気に本能が逃げようとしている。


「【早く前へ進め。】」


 少女の口元が動いた瞬間、カルマの目の前に少女の大剣が迫った。


「【薙ぎ払え。】」


 身を引く暇もなく、大剣の一撃がカルマの首元に迫る。


 そして、刹那大量の血飛沫が空へと打ちあがり、頭が空を舞って血潮を撒き散らす。


「カルマ!!……ッ!!」


 咄嗟にヘラが叫んだ。しかしそれと同時に気づいてしまった。すでに獲物を狩り終えた少女の視線がこちらに移動している。

 体が反射的に構えられた。振り抜かれた大剣を構え直し、少女はヘラ達を捕捉して腰を落とす。


「よそ見をするなよ。」


 その一声が、少女の背筋をぞわりと一撫でした。


 振り返りざまにもらった一撃、わけもわからず吹き飛ばされた少女の体は柔らかな草原の上を何度も跳ねて転がる。


 猛烈な眩暈、立ち上がる事も困難な一撃に、剣を杖代わりにしてなんとか立ち上がる少女、正面にいるはずの敵を捕捉する為に歪んだ視界を凝らす。


 しかし、人影が足りない。見つけたのは二人の女のみ。


 直上が異常な熱気に包まれていることに気づいたのは、その直後だった。


「【右足に炎を。】」


 咄嗟に聞こえた声に反応すれば、命を狩り取るように螺旋を描いた炎の渦が少女に迫っている。


 刹那、耳を劈く轟音とともに、地を砕き空を焼き尽くそうとする炎の竜巻が草原を抉り取った。


「……ほう、死なんか。やはりいいぞ、お前。」


「何故行動できるか疑問。……どこから発声しているかも不明。」


 困惑を表情に浮かべながらもカルマの垂直落下蹴りを受け止める少女。


 それもそのはず、切り落とされたカルマの首は繋がっておらず、胴体が独り歩きして迫っているのだ。


「そんなに見上げていたら首が疲れるぞ?」


「?……ッ!?」


 カルマは優しさのつもりだったのだろうか、顔の無い顔で不気味に微笑んで見せる。少女は謎の気づかいに困惑したが、足元に異変を察知してその意図に気づいた。


 いつの間にか草の燃えカスが宇宙色に変色している。咄嗟に蹴りを受け流して後ろに跳ね飛ぶと、宇宙色に変色していた溜まり場の土がぐずぐずになって蠢いていた。


 小さく息を吐いて腰を落とす少女。その様子をカルマは余裕の態度で構えていた。


「……攻撃パターンを変更。」


 劣勢の状況にも顔色一つ変えない少女は、大剣の柄を引き裂くようにして二つに割り、真っ直ぐ美しい直線を描いて二つに割れた刀身は、それぞれ手に握られカルマの命を鋭く照らす。


「ほう、二刀か。面白い。」


 二刀の刀身を低く、柄の先端でカルマを捉えるように構えた体は、草原に吹く風を体中に巻き上げていく。


 その様子をただ見つめていたカルマの目には、それがただ力を溜めているように見えた。


「【破嵐ハラン】。」


 その次の瞬間には、カルマの四肢が切り離された。


「【烈風レップウ】。」


 その次の瞬間には、残された胴体が細かく切り刻まれていた。


「【焦炎ショウエン】。」


 その声が刀身を赤々と染め上げるころには、カルマの体の屑は灰になっていた。


「……状況終了。対象を二名に変更します。」


 作業を終えた少女の目は冷たく、しかし安堵したようにそう呟いた。


 遠目でそれを見ていたサディスとヘラは愕然とする。一時はカルマが押している様にも見えた戦況は、少女の大剣が二つに割れたことであっという間に逆転された。


「……なに、あれ。今何が起こったの!?」


「「四楼」が束になってようやく互角かしら……あの強さ、はっきり言って勇者以上よ。」


 サディスが焦りに爪を噛む。今までのあれは手加減していたという事なのか、もし最初からあれだったならガブルはもういなかったかもしれない。


「なにそれ!?魔王の側近たちよりも強いの!?」


「ええ。少なくとも私じゃ逃げるのが精一杯だわ。それと……あの子魔法だけじゃなく「剣舞」も使えるのね。」


「けんぶ?なにそれ?」


「知らないのも無理ないわ、使える人間自体が稀少だもの。武器や体に魔法を付与し、自らの持つ武技でその威力を最大限まで高める技術……攻撃力や防御力を底上げするのではなく、攻撃用の魔法を無理やり体中に纏わせるものだもの、リスクが高い上に高度な技術が必要だから、できれば超一流と言っていいレベルよ。」


「そんな……じゃあかないっこないじゃないの!!」


「そもそも今までのアレを見てて、勝てるかもって思ってるあたりがあなたらしいわ。」


 ようやく状況を理解したヘラには絶望の二文字が浮かび上がる。最大戦力であるカルマを失った今、へっぽこ魔法使いの自分と負傷中のサディスだけ。カルマとのダメージが残っているとはいえ勝機は薄い。しかしカルマでも追いきれなかったスピード相手に逃げ切れるとは到底思えない。


 戦うしかない。ヘラは恐怖と緊張でガチガチの体に鞭を打ってロッドを構え、サディスは経験と知識をフル回転させてこの状況を切り抜ける手段を探した。


 その中で、一つだけ勝機を見出す。


「……あなた、私に打ったあれ、もう一回できるかしら?」


「お望みならばいくらでも!!」


「……そう、本当に才能だけは超一流ね。」


「何か言った?」


「いいえ何も。……私が動きを止めるわ。あなたが仕留めなさい。」


「おっけー!!……ってええ!??」


「私の残ってる魔力じゃそれが精一杯よ。……やれるだけやりなさい。もし生きて帰れたら魔法を教えてあげるわ。」


「くぅっ……ッッ!!地形がどうなっても知らないからっ!!」


 少女の瞳孔は既に二人を捉え、真っ直ぐこちらに向かって駆け抜けている。


 迫りくる目前の脅威に、立場を超えて杖を合わせる二人の目には、固まった覚悟の様子が見て取れた。

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