第23話 歩く人形Ⅱ
向けられた剣先は殺意を放っている。相対する三人と一人、構図では圧倒的に有利だがそれでも油断ならない相手なのは一目瞭然。ましてや三人は先程の戦闘で消耗している。サディスもヘラも、戦えるだけの力は殆ど残されていない。その余裕の無さを象徴するように、二人の肌には脂汗が滲んでいた。
しかし、一人だけ、奇妙な程に口角を上げている者がいる。
先程の戦いの後も充分に余力を残し、殺意のこもった一撃を一度受けているカルマだけはこの状況に興奮していた。
「では、殺します。―」
瞼を開く暇はなかった。目が動線を追う前に少女はカルマの背後に回っていた。
「【横ぶりで首を切り落とします。】」
振り抜かれた大剣は真っ直ぐにカルマを狙う。しかしその直線状には、カルマの首に沿う様に並んだ魔方陣。
「【プロテクト】!!」
予防障壁。咄嗟の判断で展開するのはこれが精一杯だった。魔方陣は瞬く間に粉砕されてしまうが、間一髪でカルマの剣が大剣の行く手を遮った。
瞬間、衝撃。草原が円を書くように薙いでいく。
「【ヴェール・マリン】!!」
サディスの発声と同時に三人の体を水の膜が包み込む。しかし少女は見向きもせずカルマの心臓を背後から狙う様に突きを入れる。
「【真っすぐ進みなさい】。」
猛烈な勢いで大剣の先端がカルマの背を狙う。が、大剣は水の膜に沿う様に脇の間を抜けていく。
「!!?……【背後に飛びます】。」
目の前で起こった現象に動揺した少女は、そのまま剣を振り上げたりはせず、前方からの謎の衝撃と共に後ろへ飛び、宙返って姿勢を低く構える。
「……ほう、気づいたか。」
その言葉のすぐ後に、カルマのすぐそばに巨大な火柱が立ち上る。そして炎がはけると中から宇宙を模した色の蛇が立ち上った。
その足元には、既に宇宙の沼が広がっている。
「……解析、角のある魔族の魔法と推定。首に障害物が展開されたのは少女によるものと断定。角のある魔族は使用不可と思われる魔術。」
少女はサディスとヘラを交互に見ると、ぶつぶつと何かを言い始める。その内容に目を点にしたのはヘラだ。
「えっ……サディスって魔方陣使えないの?」
「あなたみたいな古典的な魔法使ってる人の方が珍しいわよ。強力で安定するが発動が遅い「陣魔法」なんて、いったい何時代の技術かしら?」
「……もしかして、私の時代古すぎ?…。」
「そもそもそんな「陣魔法」の使い方なんて見たことも聞いたこともないわよ。どこでそんなもの覚えたのかしら?」
「馬鹿な……私が極めた魔法とは何だったの?…。」
衝撃の事実にがっくりと膝を折るヘラ。同時に自分がサディスにどうしても勝てない理由がまた判明してしまった。
「……まぁ、ある意味天才ね。」
しかしサディスはそうではなかった。ある意味、極めているのだから。ヘラの様子を見る限り、自分がどれだけすごい事をしているかの自覚が無い事を、サディスは改めて認知した。
「あの子の使う魔法も、かなり特殊な部類だけど。」
そしてサディスは、構えたまま静止している少女に目を向ける。
「対象の殺傷には以下二人を殺傷することが最優先、しかし脅威度A以上の行動が不明瞭なため浅はかな行動は危険と判断、よって―」
二人が話をしている間に少女は思考を完結させた。そして前方に右腕を構え、三人を視界に入れる。
「広範囲に火属性の魔法を照射します。【光線、拡散してください。】」
その瞬間に、少女の突き出された掌から光球が膨れ上がり、カルマたちに向かって無数のレーザーとなって拡散される。
「……ふん。」
まっすぐに伸びた光線郡、しかしそれはカルマたちに届くことはなく、宇宙沼から立ち昇った巨大な壁の中に飲みこまれる。
カルマの魔力に吸い込まれる少女の熱線、それはまさしく宇宙を流れる星の姿であった。
「……攻撃中止。」
壁の向こうを超えられないと判断した少女は光線を止める。そのすぐ後に壁は沼へと飲みこまれ、カルマの無表情な顔面が現れる。
「……おまえ、さっき全ての生物を殺害すると言ったな。」
無表情から放たれる無感情な言葉は、無温情な少女へと投げかけられる。
「肯定。主の命により、全ての生物を殺害します。」
「それで、主は?」
真っ先に投げかけられた疑問。
「既に殺害済みです。」
しかし、少女は表情一つ変えずに言い放った。
「死んだ主に従うのか?」
「肯定。命令ですので、遂行するまで続行します。」
「……くくっ。」
まるで迷いのない返答。カルマの中で堪えきれない何かが込み上げ、喉を詰まらせる。
「いい、良いぞお前、気に入った。ちょうどポンコツ女じゃない優秀な助手が欲しかった所だ。」
「ちょっと!!ポンコツって言わないでよ!!」
「そうね、
「言い方じゃなくて!!わかってても傷つくからやめて!!」
命を懸けた戦場に似合わぬ和やかな空気。しかしここに居る誰一人、もう命を失う錯覚は無くなっていた。
少女は自問する。泣き、叫び、逃げ、命乞いをする姿は何度も見てきた。怒り、憎み、戦い、死ぬまで殺した人間は数えきれない。だが未だかつて、少なくとも私が命令を実行してきた場所で、笑った存在などあっただろうか。
なぜ笑う?アナタは今から死ぬのだ。私に命を駆られて死ぬのだ。なぜ笑う?何を笑う?
「……不思議か?俺がこうしているのが。」
カルマの死んだ目の下に浮かぶ気味の悪い口角が覗く。
「肯定。命令の遂行に問題がある存在ではないと考えられます。」
それだけ。自分が命令を遂行できないとすれば、それは自分が殺せない存在。つまり自分の能力が及ばない相手である可能性のみが考慮される。見た所そうは思えない。ならなぜ?彼は笑っている?
「……いいだろう。俺を殺してみろ。ただしお前が俺を殺せなかった時、お前は命令を却下し、新たに俺を主人として迎え入れ俺に従え。」
「……承認、提案を受託します。」
少女は大剣を構え、カルマと相対する。しかしカルマは剣を構えず地中に突き立て、両手を広げて大剣を迎え入れる構えをとった。
「……疑問、剣の用途。」
少女が強く剣の柄を握る。
相対する二人の間に流れる冷ややかな空気。カルマはそれに、また不気味に笑う。
「来い、俺はこれから、お前の一切の攻撃を受け止める。」
「……脅威度Sに変更。最優先殺害対象とします。」
まっすぐ伸びた背高草がなびくよりも早く、少女の真っ直ぐに伸びた大剣がカルマを襲う。
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