第22話 歩く人形Ⅰ
眩い光が目に刺し込んだ後、青々とした草原が広がる大地の中、一点だけ赤黒い地平が広がっていた。
光を手の平で遮るヘラ。そしてよく目を凝らせば、カルマらしき白髪の男が長い黒髪の大剣少女をつばぜり合いを繰り広げている。
そしてカルマの後ろで、激しく消耗したリザードマンが膝をついていた。
「ガブル!!」
「……サ、サディス様。申しわけ…ございません。」
その姿に声を荒げたサディスが駆け出す前に、リザードマンは疲弊したかすれた声で呟き、その場に倒れた。
重厚な銀の鎧が刀傷でボロボロに砕けている。しかし致命傷になるような傷はなく、酷く刃こぼれした細長剣もその刀身を保っていた。
駆け寄ったサディスがガブルの身を抱えると、すぐさま回復魔法を発動させ深緑の光がその身を包み込む。
「遠く力及ばず……お預かりした軍も大半を失う始末…。かくなる上は腹を切って詫びる所存であります……どうかお許しを…。」
「許す!その代わりこんな所で死なないで!恥は功を立てて濯ぎなさい!」
「……もったいなき…お言葉…。感謝致します…。」
外傷は深くものの、ガブルの体は的確に急所を叩かれ戦闘不能に陥っていた。勿論放置すれば傷は深くなる。
あと一歩遅ければどうなっていた事か……。それはこの男の背中が物語っていた。
「……ほう、少しはやるようだな。」
「殲滅対象の増加を確認。脅威度A以上、最優先撃破対象を切り替えます。」
双方互いの武器を弾き、つばぜり合いを止めて一歩後ろに下がる。ようやくヘラが駆けつけると、二人の間には一切の介入を許さない一触即発の雰囲気を醸し出していた。
気に当てられそうになったヘラは、自分を戒めるためにごくりと唾を飲んだ。
「あの子……人間?シルエットの応援に来てるの?」
ヘラがカルマに問いかける。しかし、カルマは首を振る事も頷くことも無くただじっと大剣の少女を睨みつけている。その表情に余裕は無い。
サディスの時とはまた違う。それこそ、一瞬でも気を抜けばやられてしまう相手なのだろう。それは本気の彼と相対したサディスが一番よくわかる。自分には向けなかった、明確な敵意。
「……どうやら、私は遊びだったみたいね。」
少し不満げに呟くサディス。するとカルマが、ピクリとこちらに注意を向けた。
「お前が持ち上げるそれがそうなっているのだ。俺は手練れとの戦闘経験はない。ましてや武器となると、身体能力だけで勝てる相手でもなくなってくる。」
「……なるほど。つまり私が油断しなければ、私にもその熱い視線は向けられていたのかしら?」
「愚問だ。だが……お前でもあれと素手でやり合う気にはなれんだろう?」
カルマに言われて、サディスはこちらを様子を伺う少女に視線を向ける。
そして……そう時を待たずして悟った。
「そうね、ガブルの二の舞になるのが目に見えてるわ。」
「そんな……サディスでも勝てないの!?」
「殴り合いなら、ね。魔法を軸にして戦えば……まぁ苦戦はするでしょうけど、どうにかなるわ。」
サディスの一歩引いた発言に動揺を隠せないヘラ。彼女にそんなことを言われたら自分なんてどうなるかわからない、いや、どういう最期を迎えてしまうのか想像もつかない。脳裏に浮かぶ死に様に脂汗が滲む。
だが、なぜか二人共睨み合ったまま動かない。すると城の方面から酷くざわついた声が響き始める。
その声へ真っ先に視線を向けたのは、意外にも大剣の少女だった。
【魔族が引いた!追撃するぞ!】
【俺達の手で奴らを撃退するんだー!】
【我らに勝どきを!進めー!!】
サディスの軍が撤退を始めたことに反応したシルエット軍が、今こそ勝機と城門から飛び出してきたのだ。一糸乱れぬ軍列、今あれに飲みこまれればサディスの軍はひとたまりもない。
「ちっ!!こんな時にッ!!」
ガブルを傍に寝かせ、杖を大鎌に変身させ応戦する構えを見せるサディス。
「えっ……ちょっとこれって!!私達も巻き添え!?」
思わぬとばっちりに声を張り上げるヘラと、物ともせず剣を構えるカルマ。
しかし、その視界の横で影がゆらり、と蠢いた。
「脅威度C、しかし多数の為戦闘に影響が出ることを考慮、直ちに殲滅します。【対象に向かって放物線を描く炎の衝撃波を三発展開、発射します。】」
気づけば大剣の少女が人間の兵士たちに向かって突進、左手をかざすと三連の炎の衝撃波が形成され、一切の躊躇いなく兵士たちを襲う。
【うわぁぁああああっっ!!】
【なんだ!?何が起こっている!?】
そして少女は立ち止まると、大剣を下手に構えて薙ぎ払う構えを見せる。
「【この刃は、目に映る対象を薙ぎ払う一撃とします。】」
そう呟いた瞬間、軽々と人の身の丈はありそうな大剣が振り払われた瞬間、前から半分ほどの兵士の一団が薙ぎ払われ、べちょっ、べちょりと気味の悪い音をさせながら青々とした草原をどす黒く塗りつぶす。
【なぜだ!?どうして味方を攻撃するんだ!?】
【ちくしょう!あんな化物に構ってられるか!】
困惑するもの、逃げようと踵を返すもの、既に集団としての規律は無く、ただ誰一人として例外なく迫る死の恐怖に飲まれていた。
「【なお、背を向けた対象は無数の刃で刻むものとします。】」
次に呟いた一言は、踵を返した兵士の背を容赦なく貫く風属性の弾丸の雨を降らせ、巻き上げられた血飛沫が既に戦意を失った兵士の膝を次々と折っていく。
そして…恐らく千は存在したであろうシルエットの先陣は、瞬く間に見るも無残に骸と化してしまった。少女は最後に残った一人の前に、無慈悲な表情を向けて刃を向ける。
「あ…あああ頼む、見逃してくれ。妻と子供がいるんだ……俺はまだ死ねないんだよぉおっ!!」
悲愴な声を荒げ滝のような涙を流す兵士。
しかし、その声が響くことは二度とない。
「心配ありません。それもどのみち死にます。」
鮮やかな惨殺劇に呆然とするヘラとサディス。そして無言でそれを見ていたカルマ。少女は最後に残った一人の終了を確認すると、再びカルマにその視線を向けた。
「主の命により、全ての生物を殺害します。」
全くの無表情で剣先を向ける少女。ヘラとサディスが焦燥感に駆られる中、カルマはただ一人、胸中に喜びを秘めていた。
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