第19話 機嫌の悪い目覚め
とても心地よい眠りだった。
冒険者としてこんなことを言うのもどうかと思うが、死ぬ瞬間というのはこんなにも安らぐものかと思った。
対した人生ではない。幼い頃は労働力としてこき使われ、身体が育てば娼婦にされた。荒事に乗じて一人立ちしたはいいものの、たかだか数日で狼に喰われそうになった。助けてくれた少年(中身がどう考えても子供じゃないが)も、いきなり村を燃やし出すとか頭のおかしい事を真顔でやり遂げるイカれたキチ野郎だった。
でも、せめてあれだけの強敵に善戦したことは評価してもいいよね…。
【……い、………、起き………な】
誰か呼んでる?あぁ、きっとお迎えが来たんだ。そうだよね、私頑張ったよね。最後ぐらい、静かに休ませてくれていいよね…。
【起きろ役立たず。眠るならシルエットに着いてからだ。】
……どうしよう、お迎えが辛辣すぎて死ぬのが辛い。
もういいでしょシルエットなんて。だって私、どうせここで死ぬんだから…。
そうしてまた静かに瞼を閉じるように眠ろうとしたその時、ヘラの全身に一瞬だけ、おびただしい量の電流が走る。
「ひぅうううううううん!!?」
可愛らしい華奢な声を上げて意識を覚醒したヘラ。まずはその場にぐったりして地面に電流を流すと、目の前の景色が先程より酷くなっている事に気づいた。具体的には、先程自分たちの足元であるクレーターの中心部はそんなに抉られていなかったはずなのに、随分と掘り下げられている様に感じた。
恐らく、この場にいるもう一人がそれをやったのだろう。
「起きたか。まずは少し休む。」
カルマは、恐らくあのサディスとかいう女に勝利したのだろう。顔の右半分が口から下を残してなくなり、全身ボロボロ、特に左わき腹なんて抉り取られていて―
「ってぇ、ええええええええええええっ!!?」
「流石に寝ていただけあって元気だな。」
いやいやいや、ちょっと待てちょっと待てお前!?
「なんで顔半分無いの!?それに傷も深いし、なんでそんな「よう、起きたか?」みたいなテンションで平然と私の事待ってるのよ!?ってかなんで死んでないの!?怖っ!!キモッ!!」
「……なんというか、まさか起きていきなり拒絶されるとは思わなかったぞ。」
「違う!そうじゃない!あんたの体の構造がどうなってんの?って聞いてんの!だって顔半分無いのよ!脳ミソ半分どっか行ってるの!!なんで平気な顔して座ってるの!さっさと治療しなさいよ!」
「治療も何も、綺麗に全部焦がしてくれたから止血の必要は無いのだが。」
「そうじゃない!そうじゃないのよ!!ああもう!治してあげるからじっとしてて!」
ヘラは怒鳴り狂いながらも自分のロッドを探し、魔石部分をカルマに向けると魔方陣を展開して魔力を集中させた。
「【ヒール・ギフト】…。」
ヘラの発声で真緑に変化した魔力はカルマの体を包み込み、たまに脈を打ちながらゆっくりと体の傷を修復していく。しかし肝心の顔面右半分が一向に修復されない。同じ規模のダメージを受けている脇腹は順調なのに。
「あれ……どうして顔だけ…?」
「んんんんんっ!?んむぅぅぅうっうっ!?」
ヘラが疑問符を頭上に浮かべていると、何やら近くでうめき声がした。その主を探して辺りを見渡すと、ヘラは驚愕して顎が外れそうなほど口を開いた。
「ええええええええーーっ!!?サディスが!サディスが身ぐるみはがされて卑猥な格好してる!?」
わかりやすく言うと、目立った外傷は無いもののボロボロのサディスが、水魔法で生成された蛇のようなものに体を亀甲しばりにされ、反り返るようにして転がされている。
「酷い!私が慰み物だった時でさえこんなことされなかった!カルマあんたは鬼よ!そうに違いないわ!」
「……まぁ、そいつは強い。お前と違って暴れられたらたまらんからな。」
しかも縛るだけならまだしも、蛇の頭がサディスの下を無理やり引き出すようにして噛みついてる様がエロい!いや、あれ本当に噛みついてるんだ!舌に噛みついて言葉を封じているんだ!確かに魔法には技名発声だけで発動できるものもあるから用心に越したことはないけど、それにしたってこの構図は凌辱的すぎない!?
「それよりも、何か言いたげだな。外してやるか。」
「え、外すの?」
「何故お前が疑問形なんだ。鬼とか言ってるだろ。」
「いや、だけど、魔法には発声だけで発動できるものもあるわ。危ないわよ?」
「心配せんでもこいつはそんなことはしない。ただ、敗者が何もされずに置いとかれるのは絵面が面白くないだろう?」
「ただの趣味が悪いだけーーっ!?」
カルマが人差し指を上にくい、と動かすと、蛇はサディスの舌から大人しく顎を外して喉元まで身を引いた。
「はぁっ…はぁつ…なかなか趣味が良いのね。こういうのも悪くないわ。」
「こっちもこっちで変態だったーっ!?」
悔しい!さっきはしょうがないよねとか思ったけど、でもこんな変態にボコボコにされたかと思うとなんか悔しい!
「つまらん事はいい。話せ。」
「……その程度の回復魔法じゃ彼の尊顔は回復しないわ。……少しだけ、魔力を頂戴。治してあげるわ。」
「ちょ、ちょっと駄目よカルマ!そう言ってこいつ魔法を打つわよ!」
ヘラは窮屈そうな体勢でも、顔色一つ変えずにカルマの目をまっすぐに見る。その瞳に偽りはない。
「……いいだろう。」
「ちょっとカルマ!?」
カルマが再び人差し指をくい、とやると、サディスの喉元にいた蛇が首筋に移動し、ゆっくりとその牙をたてて食い込む。
「んああああああああああああっ♡」
甘い嬌声の後に悶える様に体を波打つサディス。必死に流れ込んでくる魔力に耐えようとするも、その快感に声を抑える事ができず何度も何度も嬌声を響かせてしまう。
「アウト!もうダメよ!ここに健全さは無いわ!このままじゃエロで埋め尽くされちゃう!」
「心配するな。お前にはエロは欠片もない。」
「気にしてる事を面と向かって言わないで!!」
服が破れて所々恥部を曝け出しているのになんともないヘラの尊厳が踏みにじられたところで、蛇はサディスの首筋から顎を外し、噛み跡には一筋の赤線が肩にかけてのラインをつう、と伝った。
「す……凄かったわ、まさか一度にこんなに大量に魔力を送り込んでくるなんて……。」
「大量に!?カルマあんた馬鹿でしょ!敵に塩送ってどうするのよ!」
「どれだけ必要なのかわからんからな。それに、魔力を送り過ぎるとどうなるのか試してみたかった。」
「中の魔力が暴走してはじけ飛ぶだけよ!!あんた本当に考えることが邪悪ね!」
「なんだただのレンチンなのか。つまらん、やめた。」
「あんたには死に対する欲求しかないの!?」
「……私が出会った中でぶっちぎりでイカれてるわ。あなた。」
サディスはカルマの思考に呆れながらごろんと寝返りを打ち、空を見上げながら瞼を閉じる。
そして、ゆっくりとその湿った艶やかな唇を開いた。
「【天よ、彼に施しを与え給う、あるべき姿を与え給う、我が名と内に秘めたる力を贄に、彼にあるべき姿を与え給う。】」
「これって……奉納?まさか精霊魔法!?」
「ん?…周りが騒がしいな。」
カルマの言う通り、突如として現れた謎の光の粒たちがふわふわと浮かび、三人の周りに集まりだす。それはサディスの言葉に耳を傾け、頷くように点滅を繰り返している。
「……なんだこれは?」
「【
サディスが唱えた瞬間、集まった光たちが一斉にカルマに向かって急進する。
「カルマ!?」
ヘラが反応舌のもつかの間、カルマの顔は光に集まり包み込んでいく。
そして、瞬く間に焦げ落ちた右半分を元通りにしてしまった。
「…ほう、神経系にも違和感がない。大したものだ。」
「凄い……こんな高等魔法を扱えるなんて…。」
「魔王側近の「四楼」は伊達じゃないわ。……んくっ、」
感心して修復した顔を撫でるカルマと唖然とするヘラ、サディスは満足気に笑みを浮かべると力を抜き、その場に転がった。
カルマの魔力を吸収していたとはいえ、大魔法に匹敵する魔力消費を繰り返し、更にはヘラにも扱えない精霊魔法で更に急激な魔力消費を行ったサディス、その体にかかる負担は並大抵ではない。ましてやカルマとの戦闘で激しく負ったダメージが残っている、もはや意識を保つのがやっとだった。
「……それで、この先はどうすればいい?」
しかしカルマはサディスに目もくれず、ヘラに次の行動を催促する。
「え、えっと……とりあえずは平原に出る事ね。そうすればシルエットは目と鼻の先よ。」
「ふむ……なら行くか。」
カルマは瓦礫と化した森の跡から平原を見据え、その先にある王城を見つめた。その足取りが止まることはない。
しかし、ヘラは激しく消耗し、カルマの魔法によって縛り上げられているサディスを見つめ、動揺する。
「……ねぇ、彼女はどうするの?」
「魔王の側近だろう?異変を知ればすぐに助けが来る。」
「それはそうかもしれないけど……。」
少々の不安がある。カルマが与えた魔力がまだ残っているかもしれない、身体が回復すればすぐに追ってくるだろう。カルマの強さは信頼しているが、それでも背後から急襲されてはどうなるかわからない。
それでも、シルエットに着くまではカルマと共に歩まなければならない。ヘラはカルマの側に寄り添うようにして駆け寄った。
「……待って。」
すると、サディスがカルマの背に向けて小さく呟いた。
「私も連れて行って。……きっと役に立つわ。」
「……。」
カルマは返事をしない。サディスは縛られたままの体で朦朧とする意識を何とか保ち、カルマをじっと見つめる。
「カルマ……。」
「敵だと牽制していたのはお前だ。俺に何かを訴えるな。」
ヘラはカルマを見つめたまま、申し訳なさそうに胸に拳を握っている。そんなヘラには目もくれず、カルマはただ王城を見つめている。
「……あなたたち、真っ直ぐに平原へ向かうようだけど、平原には私の数千の配下が駐留しているわ。シルエットを攻略するためにね。」
「なっ……!?」
サディスの言葉に、ヘラは驚愕と共に足がすくむ。野良の魔物でも死にそうなぐらい強いのに、鍛え上げらあれた魔王軍の兵隊が数千、消耗している自分たちにとって、その数を相手にするのはかなり酷だ。
「それだけじゃないわ。城を四方向から囲むようにして、「四楼」全員が集結しているわ。【摩天楼】の私、【蜃気楼】のアリシュア、【夜桜】のネル、【彼岸桜】のヴォルド……シルエットに着いたところで、彼らと戦うのは必至よ。私一人でこれなら、あなたなら大丈夫かもしれないけど…これだけ消耗しているあなたに、彼らと戦うだけの力は残ってる?」
「「四楼」って…つまりあんたみたいなのがあと3人もいるの!?しかもシルエットに集結してる!?いくらなんでも無茶苦茶よ!」
「忘れないでほしいのは、もちろん私と同じ規模の軍勢が他の3人にも与えられているという事ね。むしろそっちの方が大変よ?」
絶句して青ざめるヘラの表情に、サディスは不敵な笑みを浮かべる。
「ふむ……それで、お前を連れていくメリットは何だ?」
「まず私の軍勢は敵に回らないわ。それと、シルエットにも安全に入城できる。城攻めの真っ最中だもの、一方向からでも和睦の交渉を向けられるのなら受けないはずはないわ。それに…、」
サディスは一度深く目を閉じて俯くと、確かな覚悟を滲ませてその表情を険しくした。
「私を、仲間にできるわ。その子回復魔法はそれなりみたいだし、あなたが前衛を務めるなら、強力なバックアップはあった方が良いはずよ。」
「なっ!!……あんた自分が何を言ってるかわかってるの!?」
サディスの言葉に、ヘラは青ざめていた顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。
「そうね、あなたには不愉快かもしれないわ。でもここで私を仲間にして、百利あって一害無しのはずよ。」
「それはっ!……そうだけど…。」
ヘラが何も言い返せないでいると、サディスはヘラに微笑んで見せ、カルマを見つめた。
カルマは、相変わらず城だけを見つめている。
「……お前の好きにすればいい。」
カルマは背を向けたまま人差し指をくい、とやり、サディスから蛇の拘束を解く。その場に投げられたように這いつくばるサディスは、立ち上がる事も出来ずに膝をついて四つん這いになった。
それだけを言い残し、カルマは平原に向けてその足を動かし、その間でヘラは二人を交互に見返し、どうしようかと迷っていた。
「……ああもう!!」
冷たすぎるカルマの態度に煮え切り、ヘラは自分の頭をくしゃくしゃとやると急いでサディスの側に駆け寄り、肩を貸して無理やりサディスを起き上がらせた。
「あなた……。」
「勘違いしないで!お願いだからあなたの部下に襲わせないでよね!そのために引きずってでも連れてくんだから!」
そう言って強がりながらも、サディスが足元に視線を落とすとヘラの膝が震えていた。当然だ、完膚なきまでに差を見せつけたのだ。怖くないはずがない。それでも彼女は、私をあくまで仲間として肩を貸してくれているのだ。
「……ふふ、ありがとう。感謝するわ。」
才気あふれる少女の勇気に、サディスは少しばかり励まされた気がした。
「……あぁ、ちょっとカルマ!少しはペース考えてよ!もう少しゆっくり歩いてくれないと追いつけないじゃない!」
「……はぁ、やかましい。」
ヘラの鬱陶しい叫び声にカルマは足を止めると、上着を脱ぎながらヘラの元まで歩み寄り、肩にぶら下がっているサディスを無理やり剥ぎ取る。
そして、サディスの腹を右腕で抱くと、それを思い切り持ち上げて肩に担ぎ、上着でサディスの体をくるむ。
「……あら、口の割には優しいのね。」
「女の肌に触れるよりはマシだ。」
「……そう、なら、お言葉に甘えるわ。」
「急ぐぞ。荷物は持ってやった、駄々をこねるならもう知らん。」
「ちょっ……私の扱い酷くない!?」
サディスを抱えながらも軽快に走るカルマの背を、ヘラは二人のロッドを手放さないように大事に抱えて追いかけるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます