第15話  足もぎの森

 私は相変わらずカルマの後ろについている。弱い私が一人で居た所でどのみちのたれ死ぬだけ、今は我慢してでもこの男と一緒に行動するしかない。

 カルマの行いを許したわけではない。許せるはずがない。本来なら守るべき、力の無い弱い民たちを守るべきが勇者なのだから、それを救いが無いという理由で村ごと焼き払うだなんて、まるでやっていることが魔王そのものだ。それを救い、希望を与えるのが勇者なのに、なんでそんな酷い事を…。


「くだらん考え事をしていると、足を取られるぞ。」


 カルマが振り返る事も無く冷たく言い放つ。


「…誰のせいだと思ってるのよ。」


 私はそんな無愛想なカルマの背中を憎悪を込めて睨みつける。カルマの足取りは淡々としていて、冒険心なんてものは欠片も感じられないほどまっすぐだった。あれだけの命をあっさり奪っておいて、なぜそんな心構えで居られるのかが不思議で仕方ない。


「それで、この先で良いのか、シルエットは。」


「…ええ、大丈夫よ。それよりもこの森を早く抜けたいわ。なんだかすごく不気味よ…。」


 それにしても酷い空気の森だわ、魔力があちこちで滞っててもやまでできてるし…、ただでさえ暗くて足場も悪いんだから、なんか出そうで怖いのよ。


「…おい、腕を塞ぐな。」


「あ、ごめん…。」


 無意識にカルマの腕を掴んでしまっていた。嫌がられたので手放したけど、やっぱりどこから何かが飛び出てきそう。早く抜けてしまいたい…。


「…いるな。」


「へっ?」


 カルマが突然呟いた事に、私は背筋をぞっとさせる。


「後ろに5匹だ。」


「っ!??」


 瞬間、猛烈な速度の足音が背後に迫り、5匹のアメジストウルフが鬼気迫る勢いで突進してくる。


 私は咄嗟にロッドを構えるが、この速度では魔方陣を展開する魔術は遅すぎて使えない。なら…!


「【ショット・プラズマ】!!」


 ロッドの魔石に魔力を送り込んで発声する、詠唱のみの速攻魔法。攻撃力は低いけど動きぐらいは止められるはず!!


 しかしウルフたちは左右に分かれ、ショットプラズマを避けると木の幹に隠れてしまう。


(まずい…これじゃあ当てられない!!)


 どの木からウルフが飛び出てくるかわからない。右か…左か……ッ!!


 そうやって迷っているうちに、上空から私の頭上に向かって迫る風。それは勢いよく急降下して私の体を隙間を吹き抜ける。


「グゥゥアアアッ!!」


 瞬間、右側の狼が一吠え、私たちに向かって猛突進を仕掛けてくる。


「カルマ!右っ!!」


「上だこのカス。」


 私は足元に展開させていた魔方陣を転移させ、ウルフたちの足元から巨大な氷柱を立ち上がらせる。ウルフは打ち上げられギャイン!と悲痛な鳴き声を上げる。


 その刹那、私の首元を何かが触れた。足元がふわりと浮かんだ感覚が、全身の神経を一瞬で麻痺させる。


 私の首元に触れたのはカルマの腕、そしてその手には翼が鋭い刃になった燕が握られていた。


「…え、エッジスワロー!?」


 辺りをみると、足元には翼のないエッジスワローが散乱していた。恐らくカルマが羽だけを切り落としたのだ。私が狼に気を取られている間に、数十匹のエッジスワローの羽をもぎ取っている。


 もし私が一人だったら、とうの昔に首をはねられて死んでいた…本当に、カルマがいてよかった。


「鳥風情が…つまらんものを狙いやがる。」


 カルマは掴んで握りつぶしたエッジスワローの死体をポイっと捨てた。


 つ…つまらんものって私の首の事?


「ヘラ、周囲にドーム型の膜を張れ。雷属性が望ましい。」


「な…この状況じゃ結界を張ってもあまり意味がないわ。急いで抜けましょう?」


「駄目だ。不用意に動けば足を取られて全滅だ。敵はすべて残さず蹴散らす。」


「でもこの状況じゃ…それに雷じゃアメジストウルフには突破されるわ。」


「いいから早くしろ。どのみちここから動けば俺もお前も死ぬ。」


「…わかった。信じるわ。」


 カルマに何か考えがあるのなら、信じてみるしかない!


 私は魔方陣を展開し、背中合わせの私とカルマを中心に魔方陣を展開、半径2メートル程度で半円状の結界を作り上げる。それを見たカルマは胸に手を掲げ、何やら大きな魔力を胸の中央に集め始めた。


「ちょ…ちょっと!!森ごと吹き飛ばす気!?」


「【バーン・ホワイト・インパクト】」


 カルマが両手を空に打ち上げると、人一人包め込めそうな球体が天高く上がる。その美しさ、神々しさに魔物も私も見惚れていると、直後に眩い光が瞬時に膨張し、辺り一帯を無情にも包み込んでいく。


 直後、耳を劈く爆発音―。


 ショックで目を瞑った私が再び目を開いた時、真っ先に飛び込んできた光景は、私の結界を取り残して抉れた大地が広がる光景だった。


「な…何これ…。」


「ふむ…光魔法は存外難しいな。」


 カルマもこの景色には驚いているらしく、顎に手を当てて神妙な表情をしている。だがその言葉に私は耳を疑った。私は咄嗟にカルマの両肩を掴んで握り締める。


「光魔法!?火と雷の魔法を極めないと使えない上級魔法じゃない!なんでそんなのが使えるのよアンタ!!」


「ん?お前も使えるだろう?」


「こんな大規模な魔法はまだ無理よ!光魔法の熟練は上級魔導士でもほんの一握りの人間しかできないのよ!それをなんでアンタみたいなのが涼しい顔でできるのよ!無茶苦茶よ!」


「いや…初めて使ったが、結構な魔力を持っていかれた。さっさとシルエットで宿を取ろう。少し疲れが出た。」


「ちょっと!私の話を無視しないでよ!」


 何よこいつ!強さが無茶苦茶よ!私は何年もかけて、奴隷にされながらほんの一握りの自由時間で必死に覚えた魔法なのに!こいつは兵士としての訓練でも受けてきたの!?私とは強さの次元がまるで違う!…。


「ヘラ、とりあえず視界が良くなった。あれがシルエットだな。これでもう道に迷う心配はなくなった。さっさと行くぞ。」


 カルマは私にまるで耳も貸さず、遠方に見える城を指差して歩き出す。


「待ってよ!少なくともあんたのことを教えてよ!じゃなきゃこの先が不安で仕方ないわ!」


 何とかカルマを引き留めようと追いかける。が、カルマの歩みは止まらない。


【そうね、あなたが何者なのか知りたいわ♡】


 その時だった。真っ黒な空の上から、人の声が響いたのだ。私もカルマも反応して、声のありかを探して辺りを見渡す。


【そんなに探さなくてもここに居るわよ。】


 その直後だった。カルマの三方から柱のような物が出現し、瞬く間につながると結界のような物を展開する。


 そして、私とカルマの間に密度の高い黒い霧が立ち込め、やがてそれが人の形を成して姿を現す。


 すらりと伸びた足、引き締まった腰つき、豊かな胸、滑らかな肩筋。


 そして長くて薄いピンク色の髪からむき出しの、二本の角。


「初めまして名も知らぬ勇者さん。サディスっていうの。以後よろしくね♡」


 唇に指を這わせた艶やかな魔人が、私とカルマの前に立ちはだかる。

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