第13話  凶行の理由

「なっ!?…。」


 背後から襲ってくる熱風に振り返れば、カルマが指を鳴らしたのと同時にナムナク村がオレンジ色の灼熱に巻き上げられている。先程の盗賊が放ったものとは比べ物にならない火力。もはや雨を降らせて鎮火するなど考えられもしない。


「【サンクチュアリ】!!」


 ヘラはロッドの先端をカルマに向け魔方陣を展開、怒りに身を任せ技名を叫んで発動する。瞬間、巨大な円陣が雲の下に浮かび、一直線に降下した光柱がカルマの頭上に直撃する。


「なんで…なんで罪のない人を殺したの!?」


 巻き上げられた土煙は周囲にまんべんなく広がり、涙袋に溜まったヘラの涙を拭う様に立ち込める。

 しかし、カルマは強力な一撃を浴びたにもかかわらず、まるで何事も無かったかのように微動だにせず深い溜め息を吐いた。


「罪が無ければ人は殺せないか?」


「そういう話をしてるんじゃないわ!なぜそれだけ無茶苦茶な規模の魔法を使ってまで、あの村を焼く必要があるのかを訊いてるのよ!」


 ヘラの怒りは大地を削り、ロッドの先端にはその全てが込められていた。しかしそんな物には興味が無いと、カルマは無関心な様子で背を向けた。


「人の話を聞きなさいよ!」


「…なら、今殺すのと後で死ぬのはどう違う?」


 それでも怒りに燃え、再度魔方陣を展開するヘラに、カルマは足を止めてその冷たい眼差しを向ける。そこに、今殺した者たちへの慈しみなどはなく、ただ冷徹に命そのものを睨みつけていた。


「お前も見ただろう、盗賊に襲われ物資も人も不足した村、例えどれだけの時間を要したとてその先にあるのは滅びだ。そしてそれまでには果てしない苦痛と絶望がある。お前はそれを、ありもしない希望をあるとちらつかせ、それに縋り付く醜悪な姿へと心清く善良な民を変えたいのか?もう死を待つだけの存在になった自分たちに、明日があるからと生きることを強制することが正義か?救世か?それをするべきが勇者か?ならば勇者こそが世界を滅ぼすのだと俺は断言する。苦行から人間を開放しようとする魔王に苦しみ生きることが美徳だとして勇むのなら、それは愚かだと宣言してやろう。勇者とやらにな。」


 あまりに冷たく、しかし確かな力強さを持ったカルマの気魄に、ヘラの人間らしい良心は圧倒される。それは、今まで生きていれば必ず希望があると信じ続けたヘラの半生を真っ向から否定するものだった。こんなことを言う人がいるんだと、ヘラは初めて出会う価値観の相違に動揺し、意識せずとも鼓動が段々と早くなる。


「…詭弁だわ。それはあなたの考え、それで多くの命を奪っていい理由にはならないわ。ましてや希望や願望を抱く権利を奪ってまで、その考えを押し付けるのは不条理よ!」


「確かに、詭弁だ。だがこんなものは所詮、俺のこの世界での経験談だ。だからここから先が俺の本心、つまりだ―」


 カルマの冷たく光る青い瞳の奥が、真っ赤な淀みを輝かせる。


「―汚い肉の塊になるぐらいなら、いっそ花火にでもなった方が美しいだろう?」


 ヘラは、自分の下唇を噛みちぎる。


「うわああああああああああああああああっっっ!!!」


 怒りに任せて我も忘れ、ロッドを力強く握り締めカルマへと駆け出すヘラ。その目前に躍り出ると容赦なく顔面に一撃を叩きつけた。


「どうして!どうしてそんな!そんな無慈悲な事ができる!?みんな生きているんだ!辛い時代を必死に堪えて生きているんだ!それを!なんでそれを!そんな顔で踏みにじれる!?なんでそんな簡単に奪える!?なんでッッ!!―」


 馬乗りになって何度も何度もカルマを殴りつけるヘラ。だがヘラの涙ながらの一撃を、カルマは無情にも嘲笑い続ける。どれだけの魂を込めても、どれだけの感情を込めても、その一撃が、その重みが、カルマに届くことはない。その認識が、容赦なくヘラの拳の力を奪っていく。


「-なんでっ…死ななければいけなかったの……。」


 やがて力尽きたヘラは、涙でぐしゃぐしゃになった顔をカルマの胸にうずめた。そう思う事が、反論一つ浮かべられない思想と時代への最期の抵抗だった。これが崩れてしまえば、きっと自分はカルマの言う事を納得してしまうだろう。それは嫌だった。少なくとも、自分の思い描いた勇者は、そんな背中をしてはいなかった。


 カルマは、自分の胸元を手繰り寄せるヘラの小さな手を見つめて言った。


「そう思えなければ、お前も今ごろはあの炎の中だろうよ。」

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