第11話  腐りきった世界

「な…何よこれ…。」


 ヘラは村に着くなり絶句した。簡素な作りの長屋の群れはそれぞれに燃え上がり、村からは子供や女の悲鳴が鼓膜を掻きむしる。そもそも人の集落と言うには無理があるほど人の気配がなく、西側に見える小さな農地も遠目から見ても解るぐらいに作物が枯れ果てている。


 しかしそんな虫の息の村にとどめを刺すように、武器を持った頭巾の男が小さな子供を抱えた女を追い立てている。


「…盗賊か。」


 カルマが小さく呟くと、ヘラは唇を噛み締め、非道なる盗賊を睨みつけた。そして胸の辺りに突き出すように両腕を構えると、それをクロスさせ両手首を突き立て、一回り大きな魔方陣をそれぞれに展開する。


「【コール・オブ・レイン】!!」


 叫び声と共に両腕をそのまま空に向け両端に目一杯広げるヘラ。するとたちまち大粒の雨が降り始め、村中の炎を払拭していく。


 その時、盗賊に追われていた女が土に足をとられてその場に転がる。盗賊の一人がそれを好機と見立て、逃すまいと女に向かって鋭い鉈を向け飛びついた。


「【ライトニング・スピア】ァァァァァ!!!」


 しかしヘラはそれを見逃さない。目一杯に広げた両腕を再び中央に構えると、それぞれの指に魔方陣を展開、叫び声と共に十本の小柄な雷の槍が飛びついた男の目の前に突き立てられた。


「ほう、凄まじいな…。」


「ぼさっとしてないでついてきて!【ショック・ウェーブ】!!」


 カルマが感心している事に目もくれず、ヘラは背中に魔方陣を展開し技名発声と共に正面へと吹き飛んだ。あまり関心はないが、どちらにせよ村には寄らなければならないのでしぶしぶカルマは崖を飛び降りてヘラの後を追う。


「ちっ…冒険者か。お前ら!ここはずらかるぞ!」


「「「「へい!」」」」


 頭巾の男は目の前に現れた槍を見て、手練れの冒険者が来たと判断。予定していた他の襲撃を諦めて退散することにした。


「…命拾いしたなババア。」


「うううぅ…。」


 男の捨て台詞などには耳貸さず、女は子供を抱きしめて恐怖に体を震わせたままうずくまっている。


「逃がさない!」


 そして追ってから逃れようとした頭巾の男は、ショック・ウェーブの余波で風のごとく現れたヘラと相対する。しかしヘラの姿を見た男はゲスな笑みを浮かべ、咄嗟に鉈の刃をヘラに向けて構えた。


「…なんだ嬢ちゃん、冒険は始まったばかりか?」


「それがなに?たかがモブ風情にやられる私じゃないわ。」


「まぁそうだな。嬢ちゃんほどの魔法の使い手なら、俺みたいなチンピラなんて赤子の手を捻るようなもんだろうな。…じゃあこいつはどうかな!?」


 男は薄汚いズボンのポケットから球体のそれを取り出すと、それに火をつけて後ろの女に向けて放り投げた。


「しまった!」


 ヘラは咄嗟に魔方陣を展開して、女の方向に小さな障壁を張る。しかし弾けた球体から出たのは煙。男は煙幕を爆弾に見立てただけだった。その煙幕を合図にヘラの後ろで待機していた仲間が、ヘラに飛びついて四肢を拘束する。


「いつの間に!?…くっそぉ離せぇ!」


 ヘラは必死にもがいて拘束を解こうとするが、女の力では到底及ぶ物ではなく、なす術も無く押さえつけられてしまう。


「旦那ぁ!こいつなかなか上玉ですぜ!」

「痩せちゃあいるが良い肌だ!冒険者にするにはもったいねぇ!」

「いい飼い主に育てられてますぜ!ぐははははは!」


 掴んだヘラの体の感触に舌なめずりをする男達。


「ぐうッ…!」


 対して時間が経つほどに抵抗する力を奪われていくヘラは、かつての苦汁に塗れた生活を思い出し涙を浮かべていた。


「へへっ…まぁだが危ねぇ橋は渡るもんじゃねぇ、ここで絶えな!駆け出しさんよぉ!」


 頭巾の男はヘラが無抵抗なのを確認すると、目の奥をギラつかせ、鉈を振りかぶって一目散に首筋に向けて鉈を突き立てる。


「それぐらいにしてくれ。」


 ヘラの喉に鉈の刃先がかかる寸前、その場にいた人間に過大な重圧がのしかかる。突き立てられた鉈はがちがちと震え、男の肘は曲がったまま、それ以上伸びようとはしない。


「それでも、俺の連れなんだ。」


 背後からだ。男はすぐさま振り向き、その重圧の正体を探る。


 しかしそれは凶と出た。男はその赤く光る瞳が目に入った瞬間、まるで自分の身の丈よりも遙かに大きな怪物と対峙している錯覚に陥り、途端に体が震えだし膝が折れてしまう。


 ようやく追いついたカルマはゆっくりとヘラの元まで歩き、うずくまる女にも、膝が折れてすくんでいる男にも目もくれないまま、ヘラの目の前に立ち、その顎筋をそっと一撫でして、掴んだ。


「欲しい物は手に入ったか?…ならば失せろ。」


 その途端に、その場を支配していた重圧が全て消えた。男たちはわけもわからぬまま声を震わせて駆け出し、カルマから離れようと必死に腕と足を振り上げた。


 対して拘束を解かれたヘラは顎をカルマに掴まれたまま、その場にへたんと座り込んで呆然としてしまった。


「…くだらん正義感なんぞ捨てるんだな。」


 そんな様子のヘラに呆れたカルマは、ヘラを置いてさっさと向こうに歩いて行ってしまう。本来の目的を果たすためだ。


 しかし自分が解放されたことにようやく気付いたヘラは、自分の向かうべき方向へ一目散に駆け出した。そして、未だ怯えてうずくまっている女の前に座ると、その背を優しく撫でた。


「もう大丈夫。盗賊たちは逃げていったわ。」

「うううぅ…。」


 だが女は顔を上げようとはせず、ヘラのなだめる声を聞かせてもただただ怯えるばかりだ。


「捨てとけ。どうせすぐに消える。」


 すでに百歩は離れた先にいるカルマは、そんなヘラの様子を見かねて冷たく言い放つ。それにヘラは憤り、激昂する。


「だからってこのままにしておけって言うの!?」


「そのままお前がそこに居て何ができる?」


「それは…でも放ってはおけないわ!」


「お前がそこから離れれば放っておくことはできる!…恐怖に囚われた人間はそうやすやすと立ち上がれん。いいから失せるぞ。どのみち俺達にできることはない。」


「…。」


 ヘラは納得できずも、カルマに返す言葉は見つからず渋々女を尻目にしてカルマに合流する。カルマはヘラが傍に来るまで待っていると、駆け寄ってきたヘラが袖を掴んできたので邪魔くさそうに払おうとする。しかしヘラの裾を握る力は強く、一階で払えないことを悟るとやめた。


「…カルマ、私、何もできなかった…。」


 ヘラは始め、盗賊と女を見かけた時のように唇を噛み締め喉を詰まらせた。


「命は救えた。それ以上は傲慢だ。」


 カルマは落ち込むヘラにそれだけを告げ、怯える女の姿を瞼の裏に焼き付けた。

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