第8話 狂気、勇者となる。
俺は屋敷に一通り火の手が回ったことを確認して、生まれてから育った屋敷を後にした。幸いにも外道な扱いを受けていたので、幼い子供だと侮っていたから報復されたと言っておけばいい。他から迫害される言われは微塵もない。
で、だ。金になりそうな金塊や銀塊などはかっぱらってきたものの、これが無茶苦茶重い。とりあえず10キロぐらいは持つようにしてきたのだがそれでもまだ山のように余っていたため、屋敷の庭に全部埋めてきた。幾重にも土魔法をかけて岩石化しておいたし、まぁ盗られる心配はまずないだろう。
それで、俺はこれからどこに向かえばいい?
【ようやく、この時が来たのですね。】
なんて先の事を考えていると、脳内に聞き覚えのある声が響いてくる。
「その声…サムスか。」
【ご無沙汰しています。勇者さん。】
「何をご無沙汰していますだ。それより、俺の体は一体どうなっている?鞭に撃たれても水に沈められても死ねんのだが?」
【それが私の言った特典ですよ、カルマ。】
「特典?」
あぁ、そういやこっちに来る前にそんなことを言っていたか。
【あなたは全ての力において勇者、今後現れるかもわからない最後の希望。故にその命が無益に散ってしまわないように、「不死身」の能力を付与させていただきました。】
「不死身…だと?」
サムスの言葉に、全身から血の気が抜けていくのを感じた。
「なぜ…なぜそんな力をわざわざ…。」
【もちろん、勝手に死んでもらっては困るからです。言ったでしょう?あなたは最後の勇者なのだと。この過酷な環境です。いくらあなたの能力が桁外れでも万が一がないとは言えません。なのであなたには不死身の能力をつけさせていただきました。なにをされても命尽きることはないその力で、傷つくことを恐れずに世界を救うのです!】
高らかに号令するサムスだが、その声は一言も耳に入らず、俺は自分の置かれた状況に果てしない絶望を憶えた。
「そんな…俺はこの先どうやって生きればいいのだ…。」
【…なぜそんなに落ち込んでいるのですか?死ぬという恐怖から解放されたのですよ?】
サムスは理解ができないと言っている風な、疑問符ばかりを浮かべる。俺はその態度に激昂した。
「貴様は何もわかっていない!いいか、命には生まれてすぐに逃れることのない運命を背負うことになる。それが死だ!死を認めず醜くも生きようとするのは、それ即ち命への冒涜だ!俺はこのまま「世界を救う」まで、自分の命を冒涜し続けたまま生きなければならないのだ!それがどれだけ無様か、お前にわかるのか!?」
【…その意見には、少々賛成しかねます。人は誰しも死に恐怖するからこそ明日を生きようと思うのです。もちろんそれは内向的な問題だけではありません。自分が死ぬと他人に迷惑がかかると考える外向的な問題もあります。誰しもが、その人の死に恐怖することで、人間たちは命を繋いでいるのです。】
サムスは凛とした口調で持論を並べた。しかし、世界はその考えのせいで荒れている。その考えを悪意に変えたものが富を貪っている。つい最近までの俺はそれを間近で見続けてきた。体に無数の痣を作って。
少なくとも、俺はサムスの意見には賛同できない。
「…ふん、どちらが世界にとって必要かはすぐにわかる。」
【私は、人の子の力を信じています。それに、あなたの考えはいささか狂気的です。ならば死を与えることが尊いと?死を受け入れ大切な人を悲しませることが正義だと?】
「死はいずれ訪れるものであって与えられるものではない。それに、自らの死を悲しむことによって新たな考えに行き着くこともできる。もっとも、死から逃げず背を向けなければの話だが。」
【…詭弁に思います。】
「お互い様だ。ならばどうすればいいか、わかるか?」
俺は約300メートルほど先にある、木の葉一つない枯れ果てた大樹の下に、狼型のモンスターに襲われている人を発見した。それを腰に携えていた剣を抜き、その剣先で指し示す。
「後は、行動で示すのみだ。」
俺は刀身を低く構えて、一目散に大樹の下へ駆け寄る。
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