第7話 解き放たれる狂気
「ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!」
赤い絨毯や金箔の壁紙、豪華絢爛な広間に似合わない悲鳴が響いていた。真っ白なくせ毛の少年がガタイの良い男数人に囲まれ、容赦なくむち打ちを浴びせられている。少年の体はそこらじゅうが赤く腫れあがり、酷い個所は血が垂れ流され蒼く変色し、見るに堪えない姿になっていた。
「あーあ、なんでこんな化物拾ってきちまうかなぁ。気づいたらこんなにデカくなるし、使えねぇし女でもねぇからヤれもしねぇ。どんだけほかっといても死にやしねぇし…まだ王国軍が残ってりゃ売り飛ばすこともできたんだがなぁ…。」
特に理由もなく一方的に痛めつけられる毎日。食事もろくに与えられず、毎日両腕を広げられるかどうかぐらいの石造りの部屋で寝過ごすだけの毎日。
少年にとって、自分が死なないのが不思議でしょうがなかった。現に同じ生活をしていた、どこからか連れてこられた同じ年ぐらいの子供は皆死んだ。正確には男は飢えて死に、女は肉付きをよくされてから一思いに犯され泣き喚きながら自殺した。中には精神的に堪えた奴もいたが、軒並み薬に溺れて主人であるブタ男の体を舐めまわしながら生きるか、癪に触って斬り殺されている。ようは自分のようにわざわざ殴り殺されるなんて面倒な手法を用いられる奴なんていないのだ。
そして女がヘマをやらかすと、とりあえず呼び出されてこうされる。少年が適当に痛がっていると、適当に主人が満足したところで真水を浴びせられてすべてが終わる。ちなみに真水を被った時にちゃんと一番大きな悲鳴を上げないと女は死ぬ。お前のせいだと訳のわからない叱咤をされながら死ぬ。斬り殺される。
「あー、もういいや。シメのやつやって終われ。」
主人がそう告げると、男の一人が、人一人入れそうなぐらいの大きな穴がくりぬかれた丸太に、それいっぱいに今にも零れそうなほどの真水を入れ、少年の傍まで持って来た。
「たまには趣向を変えてみるか。おい、それの中にそのガキをぶち込め。」
主人はよだれでベトベトになった自分の唇を舐めながら、傍らに置いた女の胸を揉みながら男に指示する。
男達はそれに黙って頷くと、少年を担ぎ上げて思い切り真水の中に叩き落した。
「あ”っ、あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”ッッッ!!!」
少年は体に染みこむ水の冷たさに悲鳴を上げ、そこから這い出ようと四肢をばたつかせて暴れまわる。
「お前の悲鳴は聞き飽きた。さっさとガキを沈めろ。」
しかし非情にも、少年の体は男たちの手によって底深くへと押し込まれてしまう。それでも手足に持てる力の全てを注ぎ込み必死に抵抗する少年だったが、屈強な男たちの力には到底かなわず、無力にも沈められやがて抵抗する力は弱まっていく。
そして、そこに沈んだ少年の体はそのまま浮き上がろうとはしなくなった。
「お、死んだか。長かったなぁ随分と。最初からこうしとけばよかったなぁ。」
男は胸のつっかえが取れたように晴れ晴れして、女の首根っこを掴み上げ引き寄せると、そのまま腰を持ち上げ四つん這いにして引き上げる。
「クソガキ死亡記念だ!お前らでこいつを好きなだけ
主人の粋な計らいに、少年を沈めた男たちは興奮を隠せずに雄叫びを上げる。それを見つめる女の目は、既に腹を開かれ干された魚のような目をして死んでいた。
(―そうか…悲鳴は聞き飽きたか。)
だが、死んだ目に確かに映ったものがあった。それはサプライズに気を取られた男達には絶対に映らなかった光景。
丸太の水の表面に、確かに大きな泡が打ち上げられた。
【ゲル・ラプチュア・リヴァイアサン】
水中で泡だらけの一言が発せられた。刹那、丸太の中の水が一直線に噴出し、一匹の巨大な蛇となって姿を現した。
「ああ?なんだこれは!?誰がやりやがった!?」
主人のその一言の刹那、蛇はその体をボコボコと破裂させ、何万もの小さな蛇に変わって男たちに襲い掛かる。蛇に襲われた男たちは口から喉を抉られ、次々と体内に入り込んでくる。
「畜生、なんだこれは!?並みの魔術じゃ対抗できねぇのか!?」
主人は蛇に向かって何度も火の玉をぶつけるが、どれも虚しく蛇の体の中に取り込まれるばかり。そして瞬く間に主人の足元を取り囲むと次々と喉を目がけて這い上がって来る。
「くそ…何だ畜生!、…寄るな!くそっ!くそおおおおっっ!!」
必死になって振り解こうとするも、蛇は次々と主人の腕をかいくぐって口内に入り込んでくる。
「がああああああああああああっっ!!…うおおお…オ”ッ”…。」
そして何十匹目かぐらいが入り込んだころ、主人の胸から喉にかけてがパンパンに膨らみ、顎を開ききったまま塞ぎこんだ蛇たちを真っ赤に染め上げ、白目をむいてその場に倒れ込んだ。
それを最後に、女一人を残してつかの間の静寂が空間を支配する。
そして、その静寂を突き動かす右手が、丸太の淵にかけられた。
「…ガキのうちだから大人しくしておこうと思ったが、これ以上見るに堪えん死を見せられるのも御免だからな。どのみち俺が死ぬ未来も見えん。」
びしょびしょにくたびれた白い髪を掴みながら、丸太から這い上がろうとする少年。その過程で、唯一取り残された女と目が合ってしまった。女は怯えきった表情で腰を抜かしながら、尻で床を這っている。
「…ふん、メス豚が。」
少年はそこらへんに転がっている男の死体から服を剥ぎ取ると、少し大きめのそれを適当に身に纏って着こなした。そして死体の腰に付けていた剣を剥ぎ取ると、それを構えて刀身を確かめた。
「武器は…これでいいか。後は適当に金目の物を持っていくとしよう。」
適当に金になりそうなものを見回すと、また腰を抜かして怯えている女と目が合った。少年は無言のまま、女の下へ近寄っていく。
「なに?…やめて、殺さないで。お願い何でもするわ!だからお願い!殺さないで!」
女は少年が剣を持っていることに気づくと、それを塞ごうとするように少年の足元に縋り付いた。
しかしその瞬間、少年の目つきが険しくなる。
「寄るな、汚い。」
そして、一言だけ言い放つと左手の小指から手首にかけてに、薄く鋭い波を纏って女の首目がけて一直線に振り払った。
女の首は宙に舞い、すり寄っていた胴体に大量に流れ出た血がだばだばと、体中を染め上げていく。
「…やはり、美しいのは死ぬ瞬間だけだな。」
少年は女の胴体を足蹴にすると、金目の物を集めて広間の出口に立った。
「さて、それじゃあ「カルマ」を始めるか。」
少年、カルマは重厚な木の扉の大きな取っ手に手をかけ、思い切り前に押し込んで開いたのだった。
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