第5話 もう死んでるのかもわからん

「…つまり、とんでもなく危ない世界がありまして、いろんな人を送り込んでみたけど手がつけらんないから俺にも逝ってきてくれと。」


「もの凄くいろいろな詳細を省略されてしまった気がしますが、そういう事ですね。」


「しかも拒否権が無い。」


「それは間違いないですね。」


「断る。救えないことがわかっておいて救おうとするなど愚か者のすることだ。」


「既に常人にはありえない方法で死んでいるあなたがそれを言いますか愚か者。」


「俺はただ自分の探求心に身を委ねただけだ。むしろそれに制約を課し、自分を戒めようとすることこそ愚かな事だ。」


「ならばあなたの言に沿って、本来なら救えないはずの世界を救うため、我が探求心の全てをもってあなたに救済を委ねます。」


「…ふん、屁理屈を。」


「しかし理にかなってはいます。故にそれ以上の言は出ない。」


 サムスの僅かに眉が眉間に寄った力強い態度は、俺に反論の余地を与えない。というよりはどれだけ反論してもまた次を返してやると言った圧だ。不毛な応酬を繰り広げた所でこの女の意志は折れない。


「…折れよう。だがなぜ俺の能力とやらが常軌を逸している?」


 俺が両手を掲げて降参の意を示し、それに至った経緯において一番の疑問を投げかけた。するとサムスは人差し指で、数秒躊躇ったのちあまりいい顔はしないで人差し指でそれを弾いた。


 目の前に現れたのは「転生者要綱」と記載されたA4用紙一枚。しかしそれ以外の文字は俺には見えず、そのまま落書きでもしたいぐらいに真っ白だった。


「異世界から転生するにあたって、存在する概念ごとにルールが違うのですが、この世界では「転生者の前世の死に方によって、転生後の初期能力がすべて決まる」ということになっています。したがって、常軌を逸した死に方をしたあなたは、まさにあらゆる生物の倫理を超えた意味不明な生命体になることを運命づけられたのです。」


「ほう。それで、形状は?」


「姿、形、種族等々は転生前に全て決める事ができます。本来なら転生後の成長も考えて決めるものなのですが…シエンダにおける「伝説の生物」と同等の力を持っているあなたに、そんなものは最早関係ないと思いますが。」


「ふむ…その伝説の生物とは?」


「ただの「勇者」と「魔王」です。」


「飽きた。他の話をしよう。そのシエンダのどこに魔王はいる?」


「世界に降りればすぐにわかるでしょう。」


「駄目だ。すぐに終わらせる。」


「駄目です。いくらあなたの力が論外でも魔王を未熟な体で討伐するのは無理です。時間をかけ、己を鍛え、仲間と共に討つのです。」


「未熟な体…なるほど。ちゃんとバブバブしてからか。それではどれだけ強くても死んでしまうだろうな。」


「その可能性は捨てきれません。ですのであなたには、転生の際に私からささやかな特典をつけさせていただきます。」


「ふむ…宛てにはしないがそれはいい。じゃあ最後に…。」


 俺はサムスに向かって人差し指を向け、アホ面を強調させるまん丸い目を潰し、瞼が少し腫れ下がった悪人の形相をして睨みつける。


「サムス。俺は「魔王を倒せばいい」のか、「世界を救えばいい」のか、どちらだ?」


 サムスは、始めその問いの意味がわからない様子だったが、少し考え込み、何かを納得した様子で両手に祈りを捧げた。


「世界を…お救いください…。」


 サムスがそう言うと、やがて世界に散らばった光が暗闇に飲まれ、俺の視界をぐにゃぐにゃと歪んでいる。


「勇者よ、まだあなたに名を授けていませんでしたね。世界を救う最後の希望という祈りを込め、「カルマ」と名付けましょう。」


 その言葉を最後に、サムスは俺の世界から消え、俺はどこか、薄暗いじめじめしたところでその意識を醒ますのだった。

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