第3話 死んでもなお生きろと言う鬼畜

 咄嗟に後ろを振り返ったが、残念ながら点々しか存在しない。


「なにをしらばっくれているのですか!そこにいるあなたです!」


 すごいぞ。ぶんめんがぜんぶひらがなというだけでこのおんながおさなくみえる。


 と、言葉遊びをしている場合ではない。何故かご指名を受けてしまっているらしい。いや案外そんなことはないかもしれない。もしかしたらもの凄く遠くにいる誰かに呼び掛けているけど反応しているそぶりを見せてくれないから嫉妬しているだけなのかもしれない。更に言えばここで迂闊に「僕ですか?」なんて弱々しいいじめられっ子のような口調で自分を誇張したら「お前じゃねーよ自己顕示野郎!」とか返されてしまうかもしれない。もしそんなことされたら長年広場恐怖症に悩まされてきた私にとって致命的な潜在的恐怖がもう一個増えてしまうかもしれない。そうなったらもう私に存在できる空間はどこにもなくなってしまうかもしれない。いわば私はこの先死後の世界にすら居場所を失くしてしまうかもしれない。そうしたらわざわざ意味不明な程に道具を掻き集めて死んだ意味がない。「誰よりも残酷な死」をテーマにしてきたというのにこれではそもそもそのテーマを打ち立てた意味がなくなって、


「うおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」


 葛藤していると、何やらもの凄い剣幕で気合を入れた掛け声とともに、サムスに遼頬をつねられ勢いよく引っ張られた。


「さっきから!呼んでいるというに!返事一つもせずぼーっと突っ立って!チラチラ人の体を見渡しては!凹凸がないからとバカにしたような目をしやがってええええ!」


 不平不満をぶちまけられながらぐにーんぐにーんを引っ張られる頬だが、死後の世界とは素晴らしいもので、生前ならじわじわくる地味な痛みを発するこの行為もまるで気にならない。


「はぁ…はぁ…ダメです。駄目ですよサムス。あなたは女神なのです。そんな暴力的な言葉を使ってはいけません。おしとやかに、おしとやかにするのです。常に手本とあらんことが、女神としての務めなのです。」


 つねっていた手を離し、最後に私の頬をぱちん!と挟み撃ちすると、サムスはどこからともなく現れた、背もたれが立派な椅子に腰かけて手すりに手を置いた。


「さて、転生者よ。あなたは前世より選ばれし、世界を救う勇者となりました。その勇ましく優しき心で民を愛し、世界を滅ぼさんとする魔王を倒し、モンスターの脅威から世界を救うのです!」


 とっても偉そうに手を振りかざすが、無い物は無いので微塵も威厳が無い。それと、何やら勝手に話が進められているのが何よりも気に入らない。


「…今、女神とかいってましたか?」


 私がようやく口を開くと、女神は目を丸くして顔全体のパーツの位置を広げた。


「あなた、喋るんですね。」


 その発言がとても気に喰わなかったので、私はお口チャックをして口をもごもごする。


「ほう…とてもユーモアのある方なのですね。民も親近感がわき親しみやすい事でしょう。」


 どこまでも聖母的な発言をするすまし娘だ。気に入らないので両目を寄らせて舌を大きく出してちらつかせる。べろべろばぁ~。


「ど・こ・ま・で・も・ひ・と・を・バ・カ・に・し・て・っ!…」


 我慢強くはないらしい。この程度の挑発も笑って見過ごせないようで女神とは片腹痛い。


「いけません…ここで怒ってはいけません………ふぅ。それで、返事を聞かせていただけますか。」


「ほう、拒否権があるのか。」


 意外な事に勇者なんぞにはならんでもいいらしい。と勝手に解釈すると、またもや気に入らない童顔で眉をひそめてしかめっ面をするサムス。


「拒否権?なんですかそれは。私が言っているのは、「どんな勇者になりたいか」ですよ。」


「望んで死んだばかりなのに、世界を救うため生き返れという鬼畜。」


「…仕方がないでしょう。転生組の勇者は全てそういう決まりなのですから。」


「おお神よ、あなたにとって命とは使い捨ての駒なのですか。ならばすぐに死んで差し上げましょう。スライムによる窒息死ですか?狼の牙に砕かれますか?虫に毒を打ち込まれて死にますか?はたまた魔王に焼かれて死にましょうか?駒は駒らしくこの命をかけて敵の情報収集に当たりましょう!」


 我ながらくっさい芝居をしたと思う。ほら見ろ、余りにも演技が下手くそだから女神さまがドン引いていらっしゃる。途中声も裏返ってたし、学芸会だったら自殺したいレベル。


「あなた…そんなに死ぬことに固執して…頭がおかしいんですか?」


 あ、そっちね。演技はどうでもいいのね。え~、でももうちょっと見て欲しかったなぁ~、この茶番。


「まぁいいでしょう。まずは転生後の能力を知らなければ…。」


サムスは両目を一度閉じて瞑想すると、青白い瞳を蝋燭の灯のように発光させ私を見る。


そして見つめ続けること数分…。いや、正直そんなにじっと見られると腹立つんですが。


すると突然、サムスは口を開き歯をカチカチと鳴らし始めた。


「な…なんなんですかこれはっ!?」

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