《第89話》ディナーとワインと…… 後編

 ベッドに傾きがある。


 焦り気味で思考を回すが、


 あぁ、莉子さんが泊まっていたんだった……


 安心とともに、納得する。

 耳をすますと小さな寝息の音が聞こえてくることから、相手の存在を確認するが、本当は優しく触れたい。抱きしめたい。

 だが目が見えないため距離感が掴みづらい。


 昨日のように自分がベッドに入っていくのだと距離が掴みやすいのだが、今は自分がどの位置で彼女がどのように眠っているのかがわからないため、手をのばしようがない。

 やみくもに手を伸ばすこともできるが、それだといきなり触れてしまうかもしれないし、逆に彼女を叩いてしまう可能性もある。

 もしかすると、すぐそばかもしれない。

 ……いや、息遣いからかなりの近さにはあるようだ。

 さらに言えば向かい合って眠っているのも間違いないだろう。



 莉子さんの寝顔はどんな顔なのだろう……



 想像と妄想で具現化できたらいいのだが、なかなか情報量が足りない。


 触れられたら……


 数秒の葛藤をしたのち、左腕をゆっくり持ち上げていく。


 そのとき、莉子が動いた。


 腕をあげたのを待っていたかのように、彼女が胸の中へと滑り込んできたではないか!


 予想していない動きに微動だにできなくなる。

 まるで金縛りだ。


 ずっと腕を上げたままでいた方がいいだろうか……

 ……いや、冷たい空気が布団に入って、莉子さんの身体が冷えてしまう

 いやいや、すこし冷たい方が莉子さんもくっついてくれるのでは……


 ぐるぐると思考はまとまらないが、本能に従うことにした。


 連藤は優しく抱きよせた。

 小さな彼女が小さな息を繰り返し、眠り続けている。

 しかも自分の腕の中だ。


 少しだけ、このときだけ、彼女を守れている気がする。

 いつも自分の前を歩き、手を取り進んでくれる彼女をどれだけ自分が守りたいか。

 あの時も守られてしまった。


 どうしたら彼女を傷つけず、守っていくことができるのだろう……


 か弱く小さな肩を抱いて考えてみるが、答えは出てきそうにない。

 だがきっと彼女なら、


『いつも守ってくれてるじゃないですか。

 お父さんみたいに』


 ……お父さんかぁ……


 過去に言われた彼女からの言葉に落胆しながら、自分なりに彼女のそばにいられたらと思う。


 ぬくもりを感じながら、腕時計をなぞった。

 指で時間がわかる腕時計だ。いつもははめて眠りはしないが、時間を調べるたびに音声がでると彼女を起こしてしまうため、こちらに切り替えた。もちろん寝過ぎないように目覚ましもかけてある。

 時刻は6時40分ぐらい。

 もう少しだけ彼女を抱えてから、朝食でも作ろうか。



 連藤は自分の体を丸めるように莉子に体を寄せた。

 莉子の髪の毛が頬にかかり、胸の中で呼吸が繰り返される。

 まるで小さな動物を大事に抱えている感覚になりながら、朝のまどろむ時間を楽しんでみる。

 少し息苦しかったのか、莉子がもぞもぞと動き始め、小さなうなり声とともに頭をもたげたようだ。


「……!!」


 息を止めているのが連藤の肌でもわかる。

 が、あまりにも動かないので心配になり、小声で呼んでみることにする。


「莉子さん……?」


「……はい……」


 とてもか細い声が返ってきた。


「起こしてしまったか……?」

 頭を撫でながら額に唇をあててみると、ぴくりと莉子は震え、さらに胸元へすり寄ってくる。


「……朝から刺激が強すぎます…」


 連藤が耳たぶを指でなぞると、とても熱い。


「よく眠れたか?」


「……さっきまでは」


 莉子の言葉に満足したのか、連藤が再び莉子を抱き寄せた。

 今度は力強く、である。

 相手が起きているのだから、それほど慎重にならなくてもいい。


 莉子はきつく体をこわばらせながら、


「何時に起きるんですか?」


「目覚ましが鳴るまで」


 莉子は観念したのか、力を抜くと自身の頭の置き場所を確保し、目を瞑った。

 連藤も目を瞑り、ひとときのぬくもりを堪能することに決めた。

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