第4話 嗚呼、素晴らしき友

「スズキが好きかと聞いている」

「す、好きです!」

俺は反射的に答えた。スズキは嫌いではない。もっとも寿司ネタなら苦手な魚はないのだが。

「好みもあるだろう…スズキの何が1番好きだ?」

爛々とした瞳で嬉しそうに詰め寄ってくる。余程スズキが好きなのだろう。だが「好み」とは?「好きなスズキ」と言われてもどう答えたものか。話の脈絡が掴めない。

「スズキなら全部イケる口です…何が1番かと言われても…選べません」

恐らく調理法の事だろう。

煮ても焼いても刺し身でも口に合わないスズキはなかった。かと言って1番を決められるほど食べ慣れてもいない。

「…!君の言う事はもっともだ。私とした事が愚かな質問をした。すまない」

俺の言葉にハッとした表情を浮かべると、その後納得げに頷いて深々と頭を下げた。だがその頭を上げると頬が僅かに火照り、爛々とした瞳は一層輝きを増していた。

「…わ、私は今少しばかり興奮している。胸が高鳴り…上手く言葉にできん」

胸を苦しそうに抑えながらさらに詰め寄る。

「いなかったのだ今まで…私の周りにはスズキ好きな人間が…いやいるにはいた。だが皆が皆特定の何かが好きなだけで君のようにスズキの全てを愛しスズキを全て受け入れるライダーではなかった!」

「あ、いや…」

「好きなバイクがたまたまスズキだっただけ…などと言うのだぞ?わかるか?カタナもガンマもたまたまスズキ車だっただけなどと…!」

泣き出さんばかりの興奮ぶりだった。抑えていた何かが決壊したかのように俺の戸惑いにも気付かずまくしたてた。

「違う!断じてカタナもガンマもスズキ以外から生まれはしない!スズキだから!スズキだからこそだ!」

さすがにここまでくればバイクの事だとわかる。スズキはバイクのメーカーだ。彼女はそれに尋常成らざる愛を抱いている。

「…だが今私は漸くそれを至って当たり前に当然にあるがままに口にする友を得た」

彼女は俺の手を取り握りしめた。

「私の愛は今報われた」


…彼女の名は…聞くまでもない。

吉村彼方ちゃん。

イジメは存在しなかった。全ては俺の誤解であった事が今漸く全て理解できた…。





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嗚呼、素晴らしき輪生! 石田治部 @isida_jibu

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