南南東を向いて電話しています

「はい、もしもし西宮にしみやですけど」


「スタメンを発表します」


「なんだ芙美ふみか。つかなんだスタメンって。ワールドカップでも見てたのか」


「ワールドカップはもう終わりました」


「まあ、そうだなあ。今が旬のスポーツ……? あ、あれか。野球か。WBCか。つかお前スポーツとか見てるのか。珍しいな食い物以外の用件で電話してくるとか……」


「発表するスタメンは7つの恵方巻の具です」


「食い物の話じゃねーか。俺が馬鹿だったわ。そうか、もうすぐ節分だもんな」


「知ってますけど?」


「知ってますけどじゃねーよ。そら知ってるだろ。節分くらい」


「節分に恵方を向いて7種類の具の入った太巻きを食べると、七福神の福が貰えるのです」


「ほー、そうなのか。それは知らなかった。それでスタメン7つか。お前、よくそんな事知ってるな。なんだかんだ賢いな昔から」


「さっきGoogleで検索しました」


「めちゃくちゃ付け焼刃じゃねーか。感心して損したわ。で、なんでそれを俺に電話してきたんだ」


「節分には一緒に豆まきをして恵方巻を食べたいな、と思いまして」


「は? こっち来るのか。お前正月から成人式までずっといただろ。また来るのか」


「兄のところは居心地がいいのです」


「そんな事言って、単に食費を節約して家事仕事楽したいだけだろ?」


「兄の作る野菜とご飯はおいしいのです」


「……んだよ。まあ、そう言われると悪い気はしないけどな」


「では、お願いします」


「わーったわーった。で、その7種の具の太巻きを買っておけばいいわけだな。どんな具の奴がいいんだ?」


「その前に……あの……せんじつ……」


「ん? なんだ? 正月の礼とかならいらねーぞ」


「先日、巻きすを送っておいたのですが」


「本当にお礼とかじゃねーのかよ」


「届きましたか」


「そういや届いてたわ。しかもデカい奴が2枚。……って事はお前、俺に太巻き作らせる気マンマンじゃねーか」


「妹も一緒に作りますけど?」


「あーあー、期待してるよ。で、7つの具は何を用意しとけって?」


「まず一つ目は」


「おう」


「カレー」


「いきなり大物すぎるだろ。下手すりゃ7つの具埋まるぞ。てかお前太巻きにカレーって本気か」


「妹はカレーが好きなのです」


「そういう問題じゃねーだろ。お前、太巻きって巻き物だぞ?」


「知ってますけど?」


「知ってますけどじゃねーよ。どうする。キーマ……? キーマカレーにすればいけなくはないか……?」


「続きましてはー」


「カレー確定で進める気かよ」


「厚焼き玉子」


「お、定番だな。やっぱりだし巻きじゃなくて甘い奴か」


「はい」


「なんだかんだ静岡県民だなあ。お前も」


「続きましてはー、きゅうり、しいたけ、かんぴょう、」


「定番のやつ来たな。これで5個。あと2つか」


「多くないですか?」


「お前が7つって言いだしたんだろうが。あと多い原因の大半はカレーだからな。合うのか? 合うのかカレーと甘い卵焼きとしいたけ。本当にこれで行く気か?」


「6つ目はー」


「話を聞け」


「うなぎ」


「大物来たな。太巻きの主役みたいなところあるわなあ。うなぎかあ」


「アナゴでもよしとします」


「『すえ長く幸せに』って意味らしいから長ければアリなんだろうな」


「知ってますけど?」


「知ってますけどじゃねーよ。さっきGoogleで調べただけだろうが」


「妹は牛肉でもアリとします」


「縁起じゃなくてお前の好みの話になってきてるじゃねーか。長くないし」


「ただし味付けは甘いものとします」


「あーはいはい。あの甘辛のタレが食いたいんだな。これで6つ。で、最後の一つは何にするんだ?」


「7……個……目?」


「何初めて聞いた感出してんだ。お前から言い出したんだろ。七福神がどうこうだから7つだって」


「七福神と言えば、恵比寿様……、大黒様……、毘沙門天……」


「まあ、メジャーな所はそうだな」


「あとは、七福神……副神……。福神漬けで」


「駄洒落じゃねーか。つか縁起物も駄洒落と言えば駄洒落だけどお前本当にそれでいいのか。まあ、カレーには合いそうだけど」


「では福神漬けはカレーに含めるものとします。あらためまして7つ目はー」


「まだカレー膨らませるのかよ。つか本当にカレー入れる気か。あーもういいわ。聞くだけ聞くわ。で、7つ目は?」


「えと……恵比寿様……。エビスビールで」


「ドリンクになってるじゃねーか」


「20歳になりましたので飲めるのです」


「それはおめでとう。あーもういいわ。わかった。エビスな。もう適当に買って並べておいて当日好きなもん巻いて食ってもいいしな。昔よくやったな。手巻き寿司」


「はい。父と母が忙しいときに兄がよく用意してくれてました」


「あれ材料だけ準備してもらっておけば切るだけで簡単に出来たから、ガキでもできたんだよな。なんだか懐かしいな。セピア色の想い出ってやつか」


「テキ屋色の……想い出……?」


「なんだよテキ屋色って、ヤカラ兄妹の夏祭りの想い出か。テキ屋じゃねーよ。セピアだセピア」


「知ってますけど?」


「知ってますけどじゃねーよ。思いっきり疑問形だったじゃねーか」


「では、準備の方よろしくお願いします」


「無かったことにしやがったな。まあいいわ。準備しとくよ。キーマカレーときゅうり、しいたけ、かんぴょう、卵焼き」


「甘いやつです」


「甘い卵焼き、うなぎかあなごか牛肉」


「甘いやつです」


「甘辛のうなぎかあなごか牛肉に福神漬けにエビスビールな。あと適当になんか巻けばいいな。はいよ」


「はい。ふふふ」


「なんだよ」


「相変わらず兄は妹に甘いですね」


「何言ってもお前に響かねーからだろ。諦めてんだよ」


「でも本当は違うのですよね?」


「……面倒くせーなー」


「ね?」


「はー。もーわかったわかった。芙美が好きだからだよ」


「知っていますけど?」


「知っていますけどじゃ……もしもし? もしもし? あいつ切りやがった。まったく……」



「……牛肉って、カレーにカウントされんのかな。豚にしとくか」

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妹はだいたい知っている 吉岡梅 @uomasa

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