プロローグ -王の剣-

 カサギの花粉、オオコガエルの肝、青樺の朽木から剥いだ樹皮。それらを加熱しながら混ぜ合わせ、羊の乳を一滴加えた後、粉末状になるまで叩く。一晩中棒で叩き続けた後、日光に当てる。これが古のレシピに記載されているはしかの治療薬じゃ。

これを作るのは二度目だが、一晩中棒を振り回さなけらならんので、年寄りの体にはなかなかにつらいもんじゃよ。

 トーマスの倅がはしかにかかったからどうか治してくれと懇願されたものだから、仕方なく薬の調合を引き受けたのじゃが、この薬の調合は薬研を使えばまったく違った効能の薬が出来上がってしまうのが、全く面倒じゃ。あやつも手伝ってくれればよいものを、子供に付き添うのが親の仕事だとかなんか抜かしおって……。

 こんな真夏の暑い夜に汗だくになりながら灰色の物体を叩き続けなければならないとは、まったく鍛冶師にでもなった気分じゃないか?

 ……と思ったが、ふむ、実際はそこまで暑くはない。むしろ肌寒いくらいじゃな。珍しいこともあるもんじゃが、大して助かったわい。

 さて、そろそろ夜明けかの。日光に当てればこの薬は完成じゃ。いやはや、ようやく完成か。両手が痛いのなんの。

 ふーむ、一向に外が白む気配がないのう。時間はもう朝の四時にもなるのに。なんだか夏にしては気温が低いし、まるでこれは冬みたいじゃ。そんなことありはせんのにのう。


 ――おやおや、外に白いものが。

 ……おどろいた!こいつは雪だ!雪が降っておる!

 ふーむ、夏が逆転して冬が訪れるとは、はてさてどういうからくりなのやら。

季節が逆転するなど過去の事例にあっただろうか?いや、記憶にないのう。だが、似たような事例はあったような気がする。あれは確か……。


 思い出したぞ!あれは確か、アレじゃ、何と言ったか、あの……。


ガタン!ガタガタ。ドン!ドン!


 な、なんじゃ!ガラクタが勝手に動き出してドアをたたいておる!

おやおや、よく見ると王の剣じゃないか。そういえばガラクタと一緒に放っておいたのをすっかり忘れておった。

「すまんすまん、この世に一つとない魔法の剣をガラクタ扱いしてしまって。今までピクリとも動かなんだから、存在自体わすれておったわい。ところで、外に出たいのか?まさかとは思うが、おぬしの求める者が近くまで来ているのか?」


(柄を四十五度前に回転させ)コクリ、コクリ


「そうか!そうか!探すまでもなく、あちらから舞い込んでくるとは。手間が省けたのう。では行くとするか。ちょっと待っておれ。今服を着て……。」


(鞘を振り回し)ブン!ブン!


「いて、いてっ!そ、そうあわてるな!今日はやけに冷えるから、ローブを羽織らなければ風邪をひいてしまうじゃろ!」


……。


「いや待て、季節の逆転と、お前が目覚めたのと何か関係があるのか?だとすれば、そういうことじゃったか。この気配……。奴が現れたんじゃな。」


 界霊が。まったく、これは大事になりそうじゃぞ。

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現実世界と多数異世界の協奏曲 毒林檎杯 @poison_potion

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