照らされるふたり

 こうなると、ヤマトが属するオオトのクニが邪魔になってきた。俗な言い方をすれば、目の上のたんこぶというわけである。また、オオトにしてみればヤマトはこれまでその傘の下に身を置くためにどうにか機嫌を取ろうというような姿勢であったわけで、それが急に近隣諸国に働きかけを始めて勢力を付けているわけだから、面白いはずもない。


 サナが十八歳、マヒロが二十三歳になった年のこと。

 オオトにも働きかけをしていたが、すでに、

「従わぬ」

 と手切れを申し渡されている。当然のことであろう。

 しばらく両国の間には非常な緊張が走っていたが、ついに戦となった。


 薄っぺらい山脈を一つ越えた先にあるクニであるため、緊張、そして臨戦態勢から戦闘までの振幅が短い。

 先に述べた通り、ヤマトは多くのクニを併合し、そのぶんオオトに属していたクニがヤマトに乗り換えたりもしているため両者の最大動員可能兵力はさほど変わらない。

 が、その振幅の短さのために、両国とも従えるクニの兵が到着せぬまま、いきなり本軍同士の戦闘となった。こうなると、兵力が勝るぶん、長年の大国オオトが優勢である。


「よいのか」

 軍事の最高指揮権を持つユウリが、リュウキに問うた。

「全軍同士のぶつかり合いとなれば、必ず負けましょう」

 リュウキは、隣国のコメの採れ高の噂話でもするような軽さで、平然と言った。

「では、どうするのだ」

 マヒロが詰め寄る。朴訥ぼくとつに見えて、存外気が短いところがある。

 リュウキはその癖である細く長い呼吸を終えてから、

「戦とは、兵力の多寡たかにより勝敗はおおむね決します。しかし敵を細かに分断してしまえば、総勢ではこちらが少ないとはいえ、大をもって小を討つこととなり、石で卵を割るような具合にして、必ず勝ちます」

 と当然のように言った。

「すなわち?」

 ユウリの皺が深くなる。

「ヤマトとオオトを隔てる山。そこに敵を細切れにして誘い込み、討ちます」

「どのくらいに、分ける?」

「敵の一万と、こちらの八千。敵の一万を十に分け、こちらの八千は四に分けます」

 すなわち、こちらの軍を四隊に分け、山中に引き込み、神出鬼没の戦をし、二千対千の戦に持ち込み、局地戦で勝利を重ねるということである。

 引き込むために、兵の装束をした非戦闘員を百人組織し、それを十隊作り、十倍の兵力になる千人単位の兵団を引き剥がす。非戦闘員達は攻めかけると見せかけ、驚いたふりをして逃げ、山中に逃げ込む役割を持つ。山中に引き込みさえすれば、あとは軍が実際に戦闘を行うので、自らのムラに帰ってよい。

 そういう作戦である。

「儂と、儂の手の者で、民を指揮しよう」

 ユウリ自ら、この難しい指揮役を買って出た。

「マヒロは、本軍の指揮を頼む」

 ユウリが言いかけるのを遮って、

「マヒロ様には、別な役割がございます」

 とリュウキが口を挟んだ。その役割については後で説明するとして、部屋の外に控える配下に、あれを持て。と言いつけた。

 しばらくすると、小型の弓のようなものに木の柄が付き、箱のようなものが被さっている不思議な物体を提示し、

「これは、連弩れんどというものです」

 と新兵器であることを明かした。

 

 これより少し前、大陸の蜀の国のある天才が蜀の領土の南方に位置する密林の中に跋扈ばっこする蛮族どもを制圧するため、それまでにも存在した兵器を改良、発展させたとされるこの新兵器は、マヒロら後進地域の者からすれば耳を疑うような機能を持っていた。いや、こんにちの我々からしても二千年近くもの昔に考案されたことが信じられないほどの兵器である。

 どれくらい画期的で優れた兵器であるかと言うと、この後千数百年もの間、ほぼその機構や構造を変えることなく、なんと十九世紀になってもまだ大陸の清軍において歩兵の主力兵器として使用されていたほどである。

 我々にとって分かり易い語を用いるなら、この連弩は半自動小銃セミオートマチックライフルであった。早い話が、短小な矢を連発できるのである。

 胴体に取り付けられた取っ手ハンドルを回すと、機構が作動し弓が引き絞られ、同時に胴体の上に被せられた箱から矢が落ちてきて、つがえられる。さらに回すと弦を引っ掻けている爪が倒れ、放たれる。そして弓が引き絞られ、爪が起き、弦が爪に引っ掛かり、矢が落ち、放たれて、と箱の中に矢がある限り連発できる。

 しかも全長は腕ほどの長さしかないため、歩兵が革ひもを持って肩から提げても邪魔にならない。山林でのゲリラ戦には持ってこいというわけである。

 更に驚くべきことに、箱から矢がなくなると、箱ごと取り外し、腰に付けた次のマガジンを装填することで、また矢を射ることができる。


「——大陸には、ばけもののような者がいるものだ」

 という感想は、我々とマヒロらの共有するところであろう。

 余談であるが、こんにちの戦争で最も用いられる兵器である「銃」は、日本への紹介者がポルトガルであるため、なんとなく西洋文明の産物であるように思われがちだが、実は九世紀の中国が発祥と言われている。原型は鉄パイプのような筒に弾丸を込め、火薬を用いてそれを発射するというもので、当時は「飛槍」という名であったとか。こんにちでも中国語では銃のことを「槍」と言うことがあるらしいが、この名残りであろうか。さらに余談であるが「銃」という字は本来、金属製の何かしらの道具に柄を通すために穿たれた穴の部分を指すらしい。


 それはさておき、オオトとの会戦が近いうちに必ずあると読み、この新兵器をヤマトの中で生産させていたリュウキは、やはり、

「大陸のばけもの」

 であった。

 そのばけものが用意した連弩は、三百挺。

 一隊につき百には少し満たないか、とユウリが漏らすと、

「いいえ、一隊につき百です」

 と不思議なことを言った。

「隊が四つ、連弩が三百ならば足りぬではないか」

「マヒロ様の隊には、これは必要ありません。ユウリ様と、ユウリ様の旗下の方々が率いる隊にそれぞれお使い頂きます」

「われらの隊の役割とは?」

 そこで、リュウキはマヒロの隊の役を告げた。それは、マヒロもユウリも思い付かぬ策であった。軍師リュウキの本領発揮というわけである。


 マヒロは明日の夜に出立することとなり、作戦の要綱と出陣の挨拶を伝えるためサナの部屋をおとなった。

「戦いの手筈については分かった。お前たちに、全て任せる」

「必ず、勝ちます」

「わたしも、そう思う。実はさっき、そう声が聞こえたのだ」

 ほんとうは、声など聞こえていなかった。しかし、マヒロのためにそう言ってやった。

 マヒロはそれを知ってか知らずか、

「やさしいお言葉」

 と破顔した。

 このころは口ひげ、顎ひげなど蓄え偉容をそなえたマヒロであるが、笑うと、白い八重歯がにゅっと覗いて、途端に可愛くなる。その顔を見て、サナは、かつて自らが川に転落したとき、駆け寄り手を差し伸べた頃を思い出し、そうだ、この顔が好きだ、と思った。

 では、と短い挨拶をもって辞去する背に、

「死ぬな」

 と声には出さず語りかけた。

 声には出していないはずなのに、マヒロは振り返り、もう一度笑った。


 マヒロは、ユウリ達よりも先に進発した。方角で言えばオオトはヤマトからは西にあたるが、マヒロは北に向けて軍を進め、三日後の夜に、正規軍六千が静かにヤマトとオオトを隔てる山に入った。

 さらに翌朝、ユウリらが率いる、民が扮する偽装兵の集団が山越えをし、西側の麓に陣を布いた。

 それを見たオオト軍は、瀬踏みのように兵をじわじわと進めてくる。

 頃合いを見て、ユウリが天にかざした矛を振り下ろし、いっせいに攻めかけた。呼応するように、オオトも軍を発する。

 そして、気勢に押された格好で、ユウリは軍を反転させる。

 壊走しているように見せかけながら、一まとまり、一まとまりと、偽装兵を少しずつ分散させ、作戦の通りにオオト軍が千ほどの塊に分かれ、追ってくる格好に導いた。壊走しているように見せかけてと言っても、戦いの経験のない民ばかりだから、恐怖のあまり本気で逃げていた。それを巧みに誘導し、敵を分散させ追わせた指揮はさすがと言っていい。

 山に入る道が、少しずつ離れて三ヶ所から生えている。

 各個別々に山に逃げ込んだような格好だが、あちこちにあるヤマトの正規軍を伏せている場所へとそれぞれ導いた。

 山中のこと、二千が一塊になるわけにはいかないので、百ずつを二十組に分けてあちこちに伏せているから、オオト軍がゆく山道には文字通り木も草も全てヤマト兵になったかと思うほどにひしめき合っている。

 ヤマト兵は、春の草の匂いがむせかえるほどの強さで感じられるほどに身を低くし、オオト軍を待ち構えている。

 民が扮する偽装兵は、正規兵と交代する形でヤマトの地へと引き返した。まだぶつかり合いをしていないので、無論一人も損なっていない。

 両側が小高く盛り上がっており、切り通しのようになっている山道を、オオト兵の一団が二列縦隊になり、細く伸びながら進む。

 戦闘の美々しい軍装のものが、指揮者か。

 ヤマト兵は息を殺し、軍列を半ばまで通過させた。

 そこで、号令一閃。

 枝や葉を被り、地に伏せていたヤマト兵が、一斉に小高く盛り上がった土の上に立ち、そこから斜め下に撃ち下ろす格好で、連弩を一斉に撃ち込む。

 一人あたり二箱の予備の矢を携行しており、一箱につき十本の矢を詰め込んであるから、もともと装填されていたものと合わせ、三十本の矢を放つことになる。

 十人に一人の割合で連弩を持たせていたから、この場合僅かな時間で三百本の矢を撃ち込んだこととなる。

 連弩を持たぬ者は短弓を持ち、例えの通り矢継ぎ早に射ったから、実際はそれ以上の本数になる。

 驚いたオオト兵は混乱の極みを尽くし、進む者と退がる者がぶつかり、味方の死骸につまづいて倒れた者は走る者に踏みつけられ更なる死骸と化し、阿鼻叫喚とはまさしくこのことかと言わんばかりの有様であった。

 残った者は、駆け降りて来たヤマト兵に撫で切りにされ、なす術もない。


 遅れて隊の後列に異変が伝わり、慌てて退却するのをヤマト兵が追いかけるが、深入りはせず、山中からオオト兵を弾き出すような形を取った。

 逃げ戻る道にも別の隊が伏せており、更に追い討ちをかける。

 そのような光景が、ヤマトとオオトを隔てる薄い山塊のそこここで繰り広げられた。

 

 慌てて山から飛び出てくるオオト兵。

 生き残った者達が陣を組み、壊乱するそれを収容する。

 こういった場合、できるだけ小さく固まろうとすることが常であり、そこも、今ヤマトの地で涼しげな顔をしながら長く細い呼吸を口ひげの間で行っている「大陸のばけもの」は予測していた。

 ユウリらは、山への入り口まで戻った。

 そこで小さく固まり、反撃の姿勢を整えるオオト兵の陣が次々に破られていくのを見た。

 二日早く進発していたマヒロの二千がヤマトの在する盆地から北に進軍し、山一つ越えた先にあるもう一つの盆地の南端まで出、そこで進路を南西に取り、この戦場の横合いへと来着していた。

 人々が「におの海」と呼ぶ果てしなく大きな湖から流れ出してくる河があり、その河は、いくつかの河と合流しつつ、海を目指す。

 その河に行き当たったところで、ヤマトとオオトが会戦している地、すなわち南西目掛けて急に向きを変えた。進発してから駆け通しで大きな迂回路を取ったことになり、戦場に到着してユウリの誘い出した兵を収容するオオトの陣を破ったのは、進発してから四日後、陽がやや傾き出す時間のことになる。


 マヒロは視界の先に、小さく固まる幾つかの集団を見た。

 それを目掛け、突進した。

 前に述べた通り、馬のそれほど多くない時代であるため、マヒロほか百人程度の騎馬以外は全て歩兵であり、目を血走らせて駆けている。

 まずマヒロを先頭にした百騎が、錐のように敵の集団に突入する。

 このとき、マヒロは大矛を使用している。

 その大矛で指揮官の首を一閃し、続く百騎が次々に敵をなぎ倒す。

 そのさらに後に続く歩兵が、錐で空けた穴を広げるように殺到し、またオオトの陣の一つをこの世から消滅させた。


 同じ要領で次々と陣を破壊していくのに合わせ、山から出たユウリらの隊も進軍を再開し、完全な挟撃となった。

 もはやオオトの軍は軍の体を成さず、完全に壊走しようとしている。

 しかし流石は大国オオト、勇気ある騎馬の指揮官が踏み留まり、絹の旗をたかだかと掲げ壊乱する兵を収容しようと運動を始めた。

 マヒロはその様子を見て取ると、脇に控える者に向け、手を差し出した。

 後代でいう小姓のような役割のその者が差し出した、例の長大な弓を受け取ると、矢をつがえ、放った。

 やはり何かが破裂するような音とともに矢が飛び、指揮官の胸を貫き、棒でも投げ捨てたように地面に転がした。

「一人も逃がすな!殺しつくせ!」

 マヒロが号令し、追い討ちに討って、とうとうヤマトの兵と、自然の獣や虫達のほかにこの地で動いているものはなくなった。

 ヤマト兵の損害は、わずかに四十。「大陸のばけもの」は、時期、時間、戦闘開始から山中に逃げ込み、伏兵により壊乱させ山から敵が飛び出てくるまでの、そしてそこに悟られぬよう迂回してきたマヒロが到着するために必要な逆算日数のことごとくを、目の前の小石を指すような正確さで言い当て、そのための全ての準備を前もって進め、そしてその策を見事に図に当てた。

 この大会戦において味方でも戦慄を覚えざるを得ない、完全なる勝利である。


 ユウリと合流したマヒロは返り血で衣服をぐっしょりと重くしながら、日没前には、そのままオオトの都邑になだれ込んだ。

 都邑を目指すうち、春の夕暮れの空気がその血を乾かしていき、

「寒い」

 と感じた。

 オオトの都邑の人々は、今、眼前を駆けてゆく者達が一体何者なのか全く理解できず、ただ見送った。マヒロらはそれらには手をつけず、一目散に王の館に乱入した。


 館の奥に、王はいた。

「そ、そなたはヤマトの者か」

「ヤマトが女王の臣、マヒロである」

「こんなことが。信じられぬ——」

 と言ったところでマヒロの鉄剣が光を放ち、王の首を転がした。返り血が、一旦乾いたマヒロの軍装を再び湿す。

 袖筒鎧とうしゅうがいの下に着ている衣服が肌に張り付くのを感じながら、王の館にいる者のうち手向かいをする者全てを斬った。

 敷地内に数人で守護している小さな建物があったため、マヒロが足を向けると、抵抗を示す者が一斉に襲いかかってきた。それを、三つか四つ呼吸をする間にことごとく斬り捨てた。

 その建物の入り口のすぐ前に立つ、最後の一人。かなり警護が厚い。マヒロは、少し眉を寄せ、問うた。

「ここに、誰がいる」

「我がヒメミコがおわす」

「そなた、名は」

「オウラと言う」

「——そうか」

 マヒロの突進。オウラが辛うじて受ける。

 その顔を間近で見て、太い眉と引き結んだ唇から、意思の強さを感じた。

 次の斬撃に合わせ、剣を弾き返してきた。

 身体を旋回させ、横薙ぎに払ったが、一足退いたオウラの前方の空間を斬るに留まった。

 その隙にオウラの剣が、マヒロ目掛けて振り上げられる。

 刹那、マヒロは、この男の強さは、武術の腕前に依るところではなく、己が守らねばならぬものを知っている強さだ、と悟った。

 その思考とは無関係の場所で働く反射的作用により、右手で剣を振り抜いた姿勢のまま、腰にいたもう一本の剣のつかを左逆手に握り、抜いた。

 この時代では珍しいことであるが、マヒロは、剣を二本佩いている。後代の太刀、脇差とは違い、両方が同じ長さの剣である。

 柄を逆手に握った形では、順手での斬撃は受けられるものではない。ゆえにマヒロは刃の腹でオウラの剣を流し、たいを崩させた。

 仕留める機であったが、足払いが来る。

 それを跳んでかわし、さらに剣撃を繰り出す。

 その全てを、オウラは受けるか流すかした。


 対峙。

 あかあかと燃える館の炎が、二人を照らしている。

 向かい合うオウラの瞳の中に、マヒロは炎に照らされて揺れる自分が映っているのを見た。

 いや、オウラの姿そのものに、マヒロは自分の姿を見た。

 

 この男は、自分そのものではないか——


 炎が生む風が、頬に触れた。

 呼吸が、合った。

 二人は、同時に剣撃を繰り出した。

 右前に構えたマヒロの右腕が上がり、オウラの剣を止める。

 目が、合った。

 マヒロは、ゆっくりと左腕を繰り出し、そして、剣がオウラの腹を抉るやわらかな心地を、掌から指先まで感じた。

 刃が半ばまで突き通ったとき、剣をぐるりと捻った。

 そこで、目を合わせていたオウラの瞳に炎は映らなくなり、ただ光を反射するだけのものに変わったのを見た。

 剣を押す腕の力が弱々しくなり、口から血を吹き出す。そして剣を取り落とし、地に崩れた。崩れるとき、腹から剣が抜けたが、もう血液が吹き出ることはなかった。

 マヒロはその屍の胸の上に、綺麗な方の剣を置いてやり、自らはオウラが取り落とした剣を拾い上げた。


 離れの中に入ると、まだ童女の面影を残した女が座していた。

「オオトがヒメミコであらせられるか」

「いかにも」

「我が女王ヒメミコのため、お命をもらい受けます」

「好きにせよ」

 マヒロが、オオトのヒメミコに向け、歩を進める。

「——ときに」

 オオトのヒメミコの、ぷっくりとした唇から声が漏れたので、マヒロは歩を止めた。

「表を守っておった者は、いかがした」

 離れの守護者とマヒロとの争闘に気付かぬはずはない。どうやら聞かでものことを、あえて聞いたものらしい。

 マヒロは察し、オウラの剣を見せてやった。

「そうか」

 ヒメミコは、頭を垂れた。

「あの者が死んだとなれば、私も生きる望みがないわい」

 赤い光の中に再び上げられた顔には、笑っているような表情が、浮かび上がっていた。

 ヒメミコは、そっと目を閉じた。

 長い睫毛が美しいと、マヒロは思った。

 その胸に、オウラの剣を、ゆっくりと押し込んだ。

 一瞬、上体をのけ反らせたが、すぐに、うなだれた格好になった。

 それを見下ろしながら、オウラの剣をヒメミコの身体から抜き、納めた。


 彼は、サナヒメミコのため生命を賭して戦い、この殺戮を自らの手で行った。

 そして、そこで、自分達そのものをも屠った。

 マヒロは、自分のヒメミコのため、生きて戻らねばならなかった。

 この二人の生命が消える感触を、マヒロは終生忘れまいと誓った。

 離れの外に戻ると、館の方では、まだそここで叫喚が起こっていた。

 火に誘われたのか、蛾が一匹、火の中めがけて飛んでいくのを、ぼんやりと見た。

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