贈物

 ヤマトのクニに新たな女王が誕生し、王妹の婚儀も済み、年が明けた。

 この時代は大陸から既に暦を輸入していたから、年が明けると、今と同じように新年の賀を述べ、新たな年が健やかで実りあるものであるようにと祈願をする。新たな女王の誕生のこと、王妹の婚儀のことがあるから、大小さまざまのクニから賀を述べる使者が特に多い。

 この時代の贈物というのは財貨、食料のほかに「ヒト」であることもあり得た。「ヒト」をやり取りする場合、ほとんどが奴婢であったが、ヤマトの地から遥か北東の海に面したあるクニの使者が連れてきた「ヒト」は、やや趣が異なった。


 それは色が白く、細い一重の吊り目を持っており、明らかに大陸の人間であることが見て取れた。

「これは異な贈り物ですな」

 サナの脇に控えるマヒロとユウリは顔を見合わせた。

 使者が言うには、

「この者、リュウキと申しまして、遥か大陸は魏の国で、軍の進退を取り決める役を負っておりました。ヤマトにおかれましては新たな女王のご即位もあり、一層国を富ませ、軍を強されることと存じます。そこでこのリュウキ、流れ者ながら軍事は勿論、様々な事柄に明るく、我らのような小国に置くよりも、ヤマトのようなクニで用いられた方が、より実りがあるとは我らの王の考えでございます」

「そのリュウキとやらが、千人の奴婢に見合う働きをすると、貴国の王はお考えなのですな」

 ユウリが探るような口調で言う。


 リュウキは歳も若いようで、まだ二十歳くらいであろうか。細い目は柔和な光を静かに湛えており、身体の線も細く、集団の戦術よりも個人の武勇が戦の大勢を決めるこの時代の価値観からすれば、いかにも頼りない。

「それはもう、千の奴婢、万の珍宝と引き換えにしても引けを取らぬことでしょう」

「それほどに」

 リュウキが、座したまま少し進み出、平伏しながら、

「おそれながら、今ここにて一戦を所望したく存じます」

 と言った。言葉は大陸のものではなく、声に意外な力があるのでマヒロとユウリはおや、と思った。

 麻の布を広げたものを戦場に見立て、石や玉を兵に見立てリュウキとユウリで模擬戦をしたところ、十度やって、十度ユウリが負けた。

「なんと——」

「このリュウキの才は、かならずやヤマトを富ませることでしょう」

 使者は、深々と平伏した。

 そこで、一部始終を黙って見ていたサナが声高く笑い、

「おもしろい。貴国からの贈物、有り難く頂戴する」

 と言って、返礼に金銀を含む多くの財宝を持たせた。リュウキはヤマトにとって、贈り物としての「ヒト」ではなく、明らかな「人材」であった。


 さて、軍事が専門ということでユウリの下につけられたリュウキであるが、これが非常に変わり者であった。

 三日に一度は、「身を透かせる」といって食事を取らない。暇さえあれば長く細く、ゆっくりと息を吸い、吐くということを繰り返し行っている。何をしているのかと問うと「天地と一体となる」とわけのわからないことを言う。かと思えば、驚きでしかないような大陸式の国家論をするりと述べたりする。

 

 リュウキの説くところによると、国家は膨張するものらしい。

 膨張に膨張を続け、一つの意思、一つのまつりごとをもって、全ての民の安寧のために働くことが、国家の唯一の存在動機であると断言する。

「決して、己の欲得のために国家があるのではありません」

 この穏やかな哲学者は、胸の前で手を重ねながら言う。サナにとって最も斬新であったのは、

「もともと、ヒメミコと民の間に違いなどなかったのです」

 とリュウキが言ったことである。サナは、なんとなく、自分は生まれながらにして貴人であり、民は生まれながらにして民であり、国家はいつからともなくそこに存在し、いつまでとなく続くものとしか思っていなかったが、その全ての始まりと帰結点を、リュウキの髭の下に薄く開いた口は示すことができた。

「もともと、天と地の間に暮らす者は、一つでした。そこにいつしか富める者、餓えるものが生まれ、それが統べる者、統べられる者に変わっていったのです。それをあるべき姿に戻すのが国家の主催者の唯一の仕事なのです。ヤマトがこの大地にとってたった一つの国になるならば、あとはヒメミコが民を正しく導けさえすればよいのです」

 サナらは知るはずもないが、遥か西のクナのクニにおいて、ユンがクナの先王に説いたところと同じ論である。

「わたしが——?」

 サナは、団栗どんぐりのような眼を瞬かせた。

「この我らが天地の、唯一人の王に?」

「そのために戦があり、軍があるのです」

「そのための、いくさ——」

「そこで流れる血は、この大地に染み込み、新たな国家のいしずえとなるのです」

「わたしに、屍の山を越え、血の川を渡り、この天の下を統べよと言うのか」

 リュウキは細い目でサナの丸い瞳を見据え、

「はい」

 と、はっきりと言った。

「しかし、なにも、戦だけが全てではありません。むしろ、戦などして良いことなど一つもないのです。長い戦は田を荒れさせ無用の費えを必要とし、それに明け暮れるうち、己の足場が、知らぬ間に崩れ去ります」

 外交により他国を臣従させ、その王を土地の守護者として安堵するかわりに、属国として扱う、という例はこの時代既にあり、サナはそのことを思い出した。


 新たな、そして驚くべき己の責務を眼前に提示され、戸惑いながらも、サナは己がこの世に生を受けた理由を知った気がした。

 混沌。その語を彼らは知らぬが、今のこの天地の間にあるものは、まさにそれであった。

 王とは、そもそも人が衆を成して生きるにあたり、得たものを公平に分配することを担うものがはじまりである。ただそこに産まれ、先王が死んだからといって王となったサナであるが、そのときに見た景色が、このとき明確に道筋となって結ばれた。

 ずっと、何事とも取れぬぼんやりとした概念的なものばかりが去来していたが、このリュウキがそれを明確に言葉として授けた。


 天があり地があり、その間に人がいるのはなぜか。そして、自らがそこにあるのはなぜか。

 こうなると、サナは早い。

「タクを呼べ」

 すぐさま、マヒロに言いつけた。

「ヒメミコ」

 しばらくして、タクが広間に入室してきた。

「タクよ。人を選び、近隣の諸国へ使いせよ。これよりヤマトは、この天の下を統べるべく働く。よろしくそれを助けたまえ、と」

「それはまた、ぶしつけな。果たして、諸国は従いましょうか」

「従う。我々がなんのためにクニを持ち、民を統べるのかを説いてやれ」

 リュウキを促し、タクに対しても先程の論を述べさせた。タクもやはり大きな動揺を感じたようで、額に細かな汗を流しながら、

「従わぬ者は」

 と、おそるおそる聞いた。

 サナの脇にいるマヒロが、おもむろに剣を鳴らし、

「やむを得ぬ場合は、その王と一族を攻め滅ぼし、そのクニの民をヤマトの民とする」

 とサナに代わって言った。これが、基本方針である。それをしてでもこの事業を進めねばならぬのだ、とマヒロはサナの瞳の中を覗くことで確信している。

「はっ」

 タクはサナに対し一礼すると、この新しい事業のため、退室した。

「マヒロよ。タクが妙な真似をせぬよう、手を打て」

「わかりました。しかし、どのように」

 リュウキが再び進み出て、

「我が故郷に、『間を用いる』ということがあります」

 と発言した。

 対象となる者に近い者を、こちらで手懐け、監視あるいはその動きを封殺するとよい、と彼は言う。

「タクに、近い者」

 誰もが、マオカを思い浮かべた。

「駄目だ、ユウリ、マヒロ。あやつは動かぬぞ」

「やはり」

「そうだな、あるとすれば、マヒロ。お前、タクの妻となったヒメミコ抱け」

 とユウリが冗談で言うのを、マヒロは慌てて否定した。

「そうかのう?案外、乗るかもしれんぞ」

 サナまで冗談を言うので、マヒロはむきになった。リュウキは喉を鳴らし、小さく笑っている。勿論リュウキはサナとマヒロや、タクとマオカに関わる様々な情報を、直接または間接に仕入れ、それを繋ぎ合わせ、自分なりの事実を想像することをしていたから、この機微におかしみを感じ、共有することができた。


 タクとマオカのことは盛大な婚儀によって周知のこととなっているが、サナとマヒロの間に、単に主従という枠を越えた関係があるのを知らなかったのはむしろユウリだったから、サナが、

「マヒロはマオカを抱けぬか。わたしのことは喜んで抱くのにのう」

 と言ったときは、白湯さゆを吹き出した。


 ばからしい喜劇はさておいて、結局、外交の役の者を増やすという名目で、マヒロの息のかかった者を投入することになった。

 手近なクニからどんどん声をかけてゆくが、そこでサナやマヒロは、タクの外交手腕の真髄を見ることとなる。

 ひとつなびけば、あそこも靡いたと次のクニを揺さぶる。そこも靡けば、どこそこも靡いた、とするうちに、大小様々のクニがヤマトの傘下に入り、その数は一年のうちに十を越えた。もちろんそれらはもとからヤマトに友好的なクニであったわけであるが、それにしても抜群の手腕である。

 タクはその一区切りごとに自ら報告に戻っていて、なおかつそばに付けている間者から話を聞いても、今のところ、純粋にヤマトの国益のために、諸国を走り回ってヤマトの新しい事業のことを各国にとって棘にならぬよう丁寧に説明をし、それに参加すればどのような利点があるかということを必死で説いて回っているだけで、私心は全く見えないという。


 戻ったタクが、サナに今回の旅でどのクニが靡いたか報告をし、図を描いてその位置関係と名を知らせた。

 タク曰く、西には強国クナの息のかかったクニが多いため、まずは東を糾合し、そののち一気に西を飲み込むのがよいということである。サナがリュウキに目配せをすると、リュウキは「それでよろしい」とばかりに頷いた。

 ちなみに、このような時、どのクニでも決まって占いを立て、神意を問いそれに従うという方法で行動を決定していたものであるが、サナはタクらの婚儀の後すぐ、

「要らぬ」

 と言ってそれを廃止していた。マヒロらが周囲や民に、女王はじかに精霊の声を聞くため、いちいち占いやまじないを持って神意を聞くことなくまつりごとを行う旨を発布すると「ざしきわらし」の頃の可愛いサナからずっと見守ってきた民や周囲は大いに納得し、それは他国とヤマトが明らかに異なる点であり、そのこともまたヤマトがこの天地を統べるべきクニである何よりの証と信じる要素となり、大いに意気が上がった。

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