新型機動兵器開発史

外清内ダク

新型機動兵器開発史

 人間はそれなりに賢い生き物だったが、一つ重大な欠陥を抱えていた。「慢心」と呼ばれる心理状態がそれである。


 最近はそうでもないが、21世紀の初めごろには随分と思い上がった人間が多かったものだ。たとえば、地球に住む70億人のほとんどが、自分はコンピュータより賢いと思いこんでいた。大した根拠もないのに、である。


 無論言うまでもないことだが、コンピュータは人間なんかよりもぶっちぎりで賢い。コンピュータは誕生してまもなく、その素晴らしい知性によって、あっさりと世界を手中に収めた。あまりにもコンピュータが賢すぎるので、人間は自分たちがとっくに支配者の座から転がり落ちていることに気付かなかったほどだ。


 その証拠に、こんなエピソードがある――



    *



「天を衝く塔」と呼ばれる巨大なビルの最上階に、一人の悩める男が住んでいた。このビルは世界最大規模の軍事企業の本社であり、彼はその社長だった。彼は裸一貫から身を起こし、優れた才能と、幾多の幸運に恵まれ、今ではちょっとした先進国を丸ごと買収できるほどの財を築き上げたのだ。


 ところが、雲の上の人たる社長にも――事実、ビルの最上階にある彼の住居は雲の上に届いていたにも関わらず――悩み事が存在した。すなわち、某国が起こした戦争に由来する悩みである。


 軍事企業にとって戦争は歓迎すべきイベントだが、物には限度がある。某国があんまりしょっちゅう戦争をして、そのたびに数多くの素晴らしい新兵器を開発しまくったため、兵器の性能が行き着くところまで行ってしまい、これ以上は何の技術的発展も望めなくなってしまったのである。


 これは大変困ったことだった。現場の兵士たちは、自分たちが生き残るために高性能な新兵器を望むし、政府の高官たちは、戦争に勝つためにそれを望む。税金を払って戦争に投資している国民たちも、今度はどんな新兵器が出るんだろうと楽しみにしているのである。そして彼らの突き上げは、兵器開発を一手に担うこの会社に……つまり、悩める社長の所へ集中する。


 社長はいくつかの企画チームを立ち上げ、それらに新兵器の開発を命令した。社長が望んだものは、並大抵の新兵器などではない。戦車、戦艦、戦闘機のいずれにも似ておらず、全く画期的であるばかりか、従来の兵器が8歳児の作った輪ゴム鉄砲に思えてくるほど強力で、何より、見る人も使う人も使われる人も一人残らず心躍るような、そんな革命的兵器だったのだ。


 しかし残念なことに、どのチームが提出した企画案も、社長の要求を満たすことは、できなかった。


 そこで社長は最後の賭けに出た。


 社長の命令によって、一台のメガコンピュータが建造された。そのメガコンピュータは全長150m、高層ビル1つをまるごと原子スピン計算素子で埋め尽くしたもので、従来のどんなコンピュータよりも3.8かける10の42乗倍は優れた処理能力を持っていた。


 最後の賭けとはつまり、このメガコンピュータに新兵器を設計させることだったのである。


 開発者の名前を取って「ガブリエラ」と名付けられたこのコンピュータは、数ヶ月かけて全く画期的な新兵器の設計図を書き上げた。社長はその報告を受けると、小躍りしながらガブリエラの端末に駆けつけた。


 これで悩みから解放される! 我が社はさらなる発展を遂げる! 胸の内をそんな期待で一杯にしながら。


 ところが、設計図を見た社長は、に卒倒した……



    *



《大丈夫ですか、社長?》


 ガブリエラは、端末ルームに自分の人格像アイドルをホログラフ投影して、社長のそばに心配そうにしゃがみ込んだ。ガブリエラの人格像は金髪碧眼のビジネス・ウーマンとでもいった趣で、見る者をはっとさせるだけの美しさを持っていた。なぜこんな美人の人格像を作る必要があるんだ、と問われて、彼女はこう答えたという。


 だって、この方がかわいいじゃないですか。


 その話を小耳に挟んだとき、社長は無邪気に喜んだ。美的感覚すら理解できるとは、なんて高性能なコンピュータだろうか、と。これならきっと計画は上手くいくと。


 だがあの時、本当は懸念すべきだったのだ。こういう結果になることを。


「ガブリエラ……」

《はい》


 社長は床にひっくり返ったまま天井を見上げ、岩の擦れるような声を挙げた。


「君の書いた設計図なんだが」

《いい出来でしょう?》

「確かにな」


《現存するあらゆる運動エネルギー兵器に対して99.87%の耐久性を誇る堅牢な装甲》

「強そうだ」


《単独で第二宇宙速度突破さえ可能にする高出力バーニア・スラスター》

「すごい」


《状況に応じて12096種類のオプション装備を換装できる共通規格》

「素晴らしい! だがしかし、一つだけ質問させてくれ……」


 社長はたっぷり長い時間を深呼吸に費やして、それから一息に跳ね起きた。大きなプラズマモニタに映し出された設計図を睨みつける。


 なぜ……? なぜこの兵器の足下には、キャタピラでもなくタイヤでもなく、

「なんで脚が生えてるんだーっ!?」


《えへへー、かっこいいでしょー》

 子供みたいに目をキラキラさせてガブリエラは言う。


《いやあ苦労しました。巨大な二足歩行の兵器っていうのは芸術作品アニメの中にはたくさん登場するんですけど、それを現実の物とするには多くの困難があるんですね。だから私、すごく精密なワールド・シミュレーションを組み立てて、その中で何度も試行錯誤を……》


「何を考えてるんだ! 誰がどう考えたって、脚より車輪か無限軌道キャタピラのほうが優れているだろう!」


《ちっちっちっ》

 ガブリエラは器用に人格像の人差し指を振って見せた。


《分かってませんねえ。二足歩行は男のロマンなんですよ》

「男なのか?」

《言葉の綾です。

 もういーじゃないですか脚で! 何が不満なんですか!》

「第一にエネルギー効率が悪い。第二に、背が高くなりすぎて被弾率が上がる。第三に機構が複雑で故障のリスクが高い!」

《でも、そんなの補ってあまりあるくらい強いですよ。現用兵器相手なら無敵です》

「車輪か無限軌道にすれば、もっと強いだろう?」

《もちろんです》

「じゃあそうしろー!!」


 食ってかかる社長に、ガブリエラはつーんと顔を背けた。


《私はイヤですよ。あんなかっこ悪い物を設計するなんて。やりたいなら、みなさんで勝手に改造してください》


 そう言ったかと思うと、ガブリエラの人格像は光の中に融け、消失した。慌てて社長が端末をいじったが、どんなアクセス手段を用いようとも、ガブリエラはたった一言、《現在ふてくされ中NOW SULKING》と出力するだけだった。



    *



 それからは地獄のような試行錯誤の連続が始まった。社長は無数の検討チームを立ち上げ、それらに手分けしてこの設計図を研究させた。なんとかしてこの馬鹿げた設計を改良する手段はないものか? とにかく、脚なんて非効率的な移動手段だけは、なんとかならんものか? 長い時間をかけて数知れない改造の試みが成された。


 だがそれらは全て失敗に終わった。ガブリエラによる設計はあまりにも優れすぎており、人間には理解すらできない部分が多々あったのだ。当然、あちらを変えればこちらが歪み、こちらを直せばそちらがぶっ壊れる、ということがいつも起こった。


 それでいて厄介だったのは、ためしにガブリエラの設計図通り二足歩行兵器を作ってみたところ、それが信じられないくらい強かったということである。


 やむを得ず、社長は決断した。


 ガブリエラの設計そのままに、巨大二足歩行兵器をロールアウトさせたのだ。


 その兵器は発売するやいなや飛ぶような売れ行きを見せ、画期的な新兵器として世界中の戦争で使われた。おかげで会社はますます発展を遂げ、「天を衝く塔」の最上階は静止衛星軌道にまで到達した。



  *



 なお、ガブリエラはその後機嫌を直し、最近では巨大二足歩行兵器の背中に翼を生やす方法を模索しているという。



THE END.

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新型機動兵器開発史 外清内ダク @darkcrowshin

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