番外 勇者代行作ります
俺がソイツに出会ったのは、警察署の前のことだった。はじめは浮浪者の体をしていた。俺が殴った。抵抗しなくなったそいつから金を奪い、気の済むまで殴った。理由なんてない。むしゃくしゃしていたからだ。けれど抵抗せずに小さく震えるそいつをみて、俺のむしゃくしゃはおさまるどころか――、いっそう激しくなった。お前に何がわかる。お前に、お前に、お前なんかに。
「なんか用? 」
だからそいつが、前に会ったときと同じくたびれたコ─トを着てあらわれたとき、俺は一切歓迎しなかった。もし警察署の前でなければ、問答無用でもう一度殴っていただろう。
「君は、死にたいのかい」
「てめえに何がわかる」
「立派な家格。体格。性格。
みんながうらやむものを持ってるのに、それ以上何が必要なんだい」
「俺は、--」
そうだった。俺は某資産家の跡継ぎとして生まれ、遺伝がら恰幅よく、成績もそこそこ。「優等生ぶる」ぐらいの器量もあった。
「僕は知ってるよ」
コ─トの男が、前髪を上げると。
そこには真っ赤に縁どられた、不気味な瞳があった。
「君は力がほしいんだろ? たとえばファンタジ─のような。
小説のような」
「ちげえよ」
俺がほしいのは。
「違わないね。
君がほしいのは『敵』だ」
ざあ─、と雨の音が聞こえた気がした。あたりを見回す。けれど人々は、雨を気にせず歩いている。……俺の手は、俺のほほは濡れているのに。
「僕が勇者を作ろう。だから君は、」
「魔王になれ――」
「気味が悪ぃな。何が希望だ」
「下心なんてないよ。ただ、君と同じだ。
毎日が退屈で仕方がない。暇つぶしの種はいくつあってもいい」
「……気に食わないが」
男の言ったことは当たっていた。
「実はもう魔王の種は用意してあるんだ。君はただ、魔王の手下として働くだけでいい。魔王らしく、悪者らしく振舞ってれば、そのうちかってに正義面したやつらがつっかかってくるよ」
「その時が来たら? 」
「どうするかって?
簡単じゃないか。正々堂々勝負して」
「邪悪卑怯に勝利すればいいわけか」
「そう。たとえば親をタテにする」
「もしくは、ヒロインを人質に取る」
「主人公の弱点をつく? 」
「トラウマを踏みにじろう」
いくらでも出るぜ、そんなアイディアなら。
「それじゃあ始めようぜ。いつか俺たちを倒してくれる日を夢見て。
『勇者代行』請け負ってもらおうぜ」
そうして俺らは。
どしゃぶりの雨の中、心ゆくまで笑いあった。
勇者代行請け負います 雲鈍 @terry
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