第5話 あなたの想い、届けます

 小さいころから、パパにあこがれていた。カッコつける割にはおっちょこちょいで。人前で目立ちたいくせに、実はシャイで。悪いことが大嫌いなのに、少しだけズルをしてしまう。けれどそんな小さなズルにもクヨクヨとしてしまう小心者。気は弱く、体も健康だけが取り柄でほかにこれといった特徴もなく、けれど「人の好さ」だけが際立っていた。だからママも、パパのことが大好きだったのだと思う。

 日本に来て初めて、ママに話しかけてくれたのがパパだったという。ママはトイレに行きたかった。けれど道行く人はみんな足早で、ママのために歩を止めてくれる人はいなかった。



「どこか、行きたい場所でも? 」

 ふるぼけたジ─パンに、よれよれのシャツ。それがパパの第一印象。みっともないな、と帰ってから思ったかもしれない。けれど異国の地で、一切の偏見を持たずに、助けるためにやってきたパパのことを、ママは「まるで皇子のようだった」と評した。


 それから、二年後。パパは会社を設立する。お人よしが、その人の好さを仕事にした。いつだってがんばるパパ。そんなあなたに、私もままも、おじさんたちも、みんなついていく。



 部屋の中には3人の男。

 一人はグラサン。一人はオ─ルバック。最後の一人は白髪の老人だった。

「音都谷春人。あいつが敵になるなんてな」

 最初に口を開いたのはグラサンをかけた男。

「……あのお人よしが社会に反感を持つなんて、考えられんが」

「あいつは馬鹿だから。誰かに騙されたんじゃないか」

 反論したのはオ─ルバック。

「でなきゃ説明がつかないぜ。自分から進んで悪事を行ってるってのか。

 馬鹿げてる。俺は神様の善行よりも、春人のほうを信じるぜ」

 その瞳は、遠い昔を懐かしんでいた。

「わしも、春人ちゃんに助けられたが」

 ズズッと茶をすする音。

「もうわしらの知ってる春人ちゃんじゃないってことかのう。

 時間があいつを変えてしまったのかのう。

 少しドジで、」

「少しなものか。すごくドジだった。お人よしだったな」

「お人よし! ただの馬鹿だろう。あげくに、打算もできないときてる」

「……けれど、それがあいつのいいところだったんだな」

 しみじみと、三人が手元の茶碗をなでる。

「みんな、あいつが好きだったんだな」

「好きだなんて、気持ちが悪い」

「でも嫌いじゃないだろう」

「……、ただ、気にいってたんだ」


 外では雨が降っている。






「いでよ、今回の依頼者」

「マリ─、もっとやる気出せよ」

 俺は溜息をつきながら首をふる。

「しょうがないじゃん」

「しょうがあるよ。まあいいさ、」

 俺の目の前に立っていたのは、

「二瓶さん? 前回の依頼は、もう終わったと思ってたけど」

「今回は続き――じゃなくて、別件なんです。

 ううん、別口として頼みたいの」

 強い意志をもって、二瓶さんは口を開く。

「勇者代行として、私のお父さんに怪我をさせたあの人たちに、仕返しをしてください」



 う─む。



「それはそれとして、お茶でもどうだい。そういえば、前かったおいしいクッキ─もあった気がする。マリ─、ついでにクッキ─も出してくれ」

「自分で出せば」

「う……ん。そうする」

 バン、とテ─ブルをたたいて二瓶さんが立ち上がる。

「どうして真面目に聞いてくれないんですか! 」

「どうしてって。

 真面目に聞いた結果、こうやってたしなめてるんだけど」

「馬鹿にして」

「してない。けどさ、考えてもみてよ」

「復讐は何も生まないなんて、ありきたりなことを言いたいんですか? 」

「い─や違う」

 こめかみに右手の人差指をあてる。

「俺らは弱い。そんなことはできない。それが俺の返答だよ」

「それが馬鹿にしてるって」


 結局。

 俺らの話し合いは平行線をたどった。

 最後に二瓶さんが、「名前負けですね」と嫌みを吐いて、帰って行った。


「俺のやったことは間違ってたか、マリ─」

「え? 」

「な─んか、上の空だな」

「ごめん。しっくりこなくて」

「お父さんのことが気になる? 」

「ううん。

 ……やっぱり嘘。気になる。この会社を作ったのはお父さんだし」

 ぼんやりと浮かべた笑顔に、悲しさが宿る。

「でも私は信じてる。お父さんは誰か悪者に洗脳されたんだって。

 だからいつか帰ってくるはずだって」

「んじゃ、その時まで元気でいないとな」

 俺がそういうと、マリ─は珍しく

「うん」

 と年相応の笑顔を見せたのだった。


 自販機の下に落ちてた10円で、アイスを買う。期待はしてなかったけれど、アイスの棒には「あたり」と書いてあった。俺は思いがけない幸運に、喜びいさんで帰途につく。甘いものを食べれるなんて贅沢だぜ。なおかつ冷たいものは贅沢だ。

 ホクホクした気分で自宅のアパ─トにたどり着いたとき、どこからともなく「小さな秋」のメロディ─が聞こえる。音のもとを探すと、それはどうやらアパ─トの向かいにある公園からのようだった。公園の中には鉄棒と、ブランコが2つある。……目を凝らしてみると、ブランコの1つに乗っているのは黒鋼らしき人物だった。


「よう」

 俺は黒鋼の持っていたラジカセのスイッチを切る。

「なにすんねん」

「うち、すぐそこなんだ。うるさくて」

「すまんかったな」

「今切ったから」

「……」

「……」

「……」

「……」

「ああっ」

 俺は先にブランコから立ち上がる。

「なんだよ、落ち込みやがって」

「僕、腹減ったんよ。三日ぐらい水しか飲んでへん」

「……」

 俺は迷った。自分の幸運を分け合うべきか。それとも、こいつは敵だし、自分で独占してしまえばいいのではないか。悩んでいると、ぐぅうとお腹の音が聞こえた。腹の虫は、俺のトラウマをよみがえらせる。

「ほらよ」

 答えをだすより先に、体が動いていた。黒鋼は自分の目の前に差し出されたアイスを、信じられない、といった表情で見ていた。

「これ、僕にくれんかい」

「空腹に悪いやつはいないからな」

 俺と黒鋼は、しばらく黙ってアイスを食べていた。

 先に口を開いたのは黒鋼だ。

「サンキュ─な。

 せやけど、僕が君に手加減できんことは、わかってほしい。

 仕事やから」

「気にスンナ。

 情けは人の為ならずって」

「だから、1つだけ質問に答えてあげる。サ─ビスや」

 黒鋼は一本指を立ててみせる。

「ええっと。マリ─のおやじさんは、何を考えてる」

「わからん。わからんことには答えようがない。

 違う質問にしてや」

「魔王代行をやめてほしい」

「そりゃ質問じゃなくて要求や。答えはわかってるんやろ」

 言って黒鋼は立ち上がり、ズボンについた土を払う。

「あんさんも容量悪いなあ。もっと確信ついた質問くるかとおもたわ」

「俺、ばかだから」

「ただのお人よしいうんやで。まあ、今度会うときまでに考えとき。

 僕らはいつかぶつからなあかんやろから」



「なんでその時に倒さなかったのよ」

「いや─、弱ってるところをたたくなんて、ちょっと」

 俺とマリ─は事務所の中で言い合いをしていた。

 今日は土曜日。ひっきりなしに電話がかかってくる。それも「携帯を誰かにとられた」とか「飼い犬に落書きをされた」とか小さいものがたくさん。これも魔王代行のせいなのだろうか。むこうの商売が繁盛すれば、こっちも儲かる的な。そしたら当たらずとも遠からず、マリ─の父親の言は正しいことになってしまう。


 柴犬に、油性マジックでかかれたまゆげを消しながら、マリ─は意を決した声をあげる。

「パパに会いに行こう」

 俺は笑いながらうなずく。

「参考までに。

 どうして? 」

「パパを止めるためよ。復讐ならやりすぎだし、悪事なら小さすぎるわ」

「魔王を倒すのか」

「目指すのは、改心よ」



 ズズッ、ズズッ。


 俺は熱い麺をすすりながら、新聞を読んでいた。日も変わろうという月曜の、ガ─ドレ─ル下にある屋台である。隣ではグラサンをかけたおっさんが、熱燗をちびちびと飲んでいた。

「知っていたんだろ」

 俺はブル─に話しかける。

「マリ─の父親が何をしていたかって」

「俺とあいつは無二の親友だった」

「どうしてマリ─に言わなかった」

「悲しませると思った。今じゃ俺らの娘のようだ。

 悲しませたくなかった」

「くだらねえ」

 俺は麺を全部すすりきり、チャ─シュ─に取り掛かる。

「16の女の子が好きで人助けをやって。

 でも本当の敵は実の父親でしたなんて。

 そんな悲劇があるか? 」

「すまん」

「すまんとか、そんな話じゃなくてさ」

 最後の一滴まで、ス─プを飲み干す。

「あいつはまだ子供だぜ。夢ぐらい見させてやろうや。

 それに、夢を見させたいからこんな会社にいるんじゃないのか」

「俺は裏切りものだ」

 ブルは徳利から日本酒を一気にあおる。

「アイツがおかしくなったとき、傍に居てやれなかった。

 道を間違えたとき、止めることができなかった。

 過ちを繰り返してる今でさえも、仕方ないとさえ思っている。

 俺らは正義の味方のはずだ。だけど俺は、悪事を成す友の味方になってしまっている」

「……1つだけ」

 空を見上げた。線路の切れ間から、ぼんやりと黒い雲と白い月が見える。

「きっかけは? 」

「あいつには美人で気立てのいい嫁が居た。ちょうど茉莉が生まれたころ。

 仕事は軌道にのっていた。けれど、嫁は帰ってこなかった。『敵』にさらわれ、足手まといになるまいと自害し果てた。あいつは悩み苦しみ『敵』を探し追い詰めた。けれど復讐を遂げたとき、あいつは気づいたんだ。敵なんて居なかった。居るのは自分と同じ人間だけだ。

 あいつの追い求めた『敵』は完全無欠の覇王でもなく、極悪非道の魔王でもなかった。とおりを歩いている人間。しかもどちらかといえば、虐げられる側の弱者。つまり、守ってきた連中に裏切られた形になってしまった」

「嫌だねえ」

 俺は水を一気に飲み干す。

「背負うものが多いと、世の中が難しくなって」

 ぐるぐると、ラ─メンどんぶりの中に残っていたナルトを手でまわす。

「敵とか味方とか。

 強いとか弱いとか。

 そんなのどうだっていいことじゃん。

 最後まで自分らしく居られたか。

 生きて正義を貫こうっていうなら、問われることはそれだけだ。

 もしあんたが自分で聞く勇気が持てないなら、代わりに俺が聞いてやるよ」

「……今日はおごってやるよ」

「……替え玉頼んでいい? 」

「そりゃ自分で払え」

「ちぇっ」



『ええ─、魔王代行承ります。小さな悪事、大きな悪事、なんでもござれ』

 次の日、黒鉄たちの動向を探ろうとした俺たちは、いきなり出鼻をくじかれる。


 黒鉄が隠すでもなく隠れるでもなく、駅前でメガホンを持って演説をしていたからだ。

『小さな復讐。任せてください。

 大きな恨みはらします。

 違法行為は行いません。もちろん、お客様のプライバシ─は死守します』

 黒鉄の前に、少しずつ人だかりが出来始める。名刺をもらって帰る人間も何人かいる。……俺らがやったときは少しも集まらなかったのにな、と思うと、やはり時代性というのを少し感じてしまう。

 マリ─が人ごみをかきわけて、黒鉄の前に躍り出る。

「ねえ、あんた」

「なんや、このあいだのね─ちゃんかい」

「パパに、あんたのところの社長に合わせて」

「そりゃできまへん」

 黒鉄はつるりとした顔面で、笑った。

「ああ見えてお忙しい方やからな。よほどじゃない限り断っとるんや」

「それじゃあ、話を変えるわね」

 マリ─は強気な笑みを浮かべる。

「ちまたで噂になってる、『勇者代行』って奴らを、ぶちのめしてほしいの。

 個人的にすんげ─むかつくから。お金はもちろん、支払うわ」

「ど─も、勇者代行です」

 俺は右手をひらひらさせてアピ─ルしてみる。

「ほう」

 目の奥が光った気がした。

「僕と決闘したい、言うんやね」

「決闘だなんて人聞きが悪い。

 ……決着をつけたいだけだよ」

「ええで。わかた。

 その代わり、僕が勝ったらあんたら二度と仕事せえへんようにする。

 あんたらが勝ったら、社長のこと呼んだる」

「もちろん、その条件でいいわよ」

 ね? マリ─は目でこちらに問いかける。俺は頷いた。


「それじゃみなさん、ここから離れて。

 勇者代行と魔王の手下が戦うで」

 黒鉄がかまえる。

 俺もなんとなく、両手を前にかまえる。

「せや、行くで」

 黒鉄の身体が見えなくなる──と思った次の瞬間、目の前にあらわれる。

 両手でガ─ド。受けきれず、頭ががつんと揺れる。その体勢のまま、俺は渾身の力を込めて右手を振り抜く。ボゴッ、と風圧で黒鉄の後ろにあるコンクリ─トが凹む。


 その後、俺と黒鉄の一進一退の攻防は続く。俺の拳を、黒鉄は横にいなす。足で俺の顔面、腹部を狙ってくる。俺は交互にガ─ドし、すばやいジャブで黒鉄の動きをとめようとする。しかし黒鉄は一足で間合いを離すと、俺の届かない距離から足技を放ってくる。


「あ、そや」

 途中、黒鉄が思い出したように口を開く。


「きゃっ」



 次の瞬間、マリ─が膝から崩れ落ちた。


「このあいだみたいにならんように、保険かけさせてもらたで」

 キシシシと変な笑い声。

「二対一だとアンフェアやから」

「てめぇ」

「お、にいさん怒った? 別にええけど。

 僕ら良い事を売りにしてるわけじゃないし」


 追いかけ、左右の拳を交互に振り抜くが、すでに見切られているのか、いっこうに姿を捉えられない。

「これでしまぃや」

 黒鉄は、数メ─トル離れた距離から、無造作に足を振り抜く。まるで空手の型のよう。

 次の瞬間。


 俺の左手から血が流れていた。


「どや。僕真空波出せるんや。すごいやろ。

 君近づかんと何もできんみたいやし、諦めたほうがいいんちゃう」

「うるせえ」


 勢いづけに、反論したものの、こっちに有効な手立てがないのは事実だった。俺は思いつきで、路上の石ころを拾い、投てきするが、コントロ─ルが定まらず致命傷に至らない。



「よっ、ほっ」


 回避する足を止めると、間断なく黒鋼の真空の刃が襲い掛かる。目に見えないから、直感で大きく上に飛んだり横にさけたりする他ない。触れるたびに鋭い痛みが走り、ぬるりと温かい液体がしたり落ちる。

「ほら、どや。降参したら。まいりました─、いうて。

 君、身体能力は格段にパワ─アップしとるみたいやけど、トレ─ニング不足やね。

 コントロ─ルしきれてない。そんなとこも勇者っぽいといえば、ぽいけどさ」

「うるせえ」

 体の中心に向かってくる斬撃を、左手の甲で払いのける。


 びしり、と重い音と衝撃が走り。

 地面がめりこむ。

 俺はふと、一計を案じた。



 マリ─のもとへと近寄る。抱きかかえ、逃げ出すふりを見せる。

「なんや、逃げるんかい」

「勝てない戦いはしない主義なんだ」

「それならわかりやすく、まいったて言わんか」

 俺の背後から、真空波が飛んでくるようだ。

 俺はマリ─を真上にぶんなげて。(電信柱よりも高く)

 右手を握り、左手を開いた。

 俺の中でイメ─ジ。真剣白羽どり。

 自分の直感を信じて。


 思い切り両手を打ち合わせる。


 バチッンと音がして。


 その場からすべての音が消えていた。

 黒鋼は地面にうずくまっている。

「見たか必殺真空猫だまし。

 亜音速の真空波に音速の俺の拳をうちつけることで

 超音波を生み出す荒業だ。お前はもう立てまい。

 俺もお前が何言ってるか分からん」

 弱点はこっちにもダメ─ジがくることだな。


 しばくして。


 黒鋼は両手をあげて降参のポ─ズを見せた。


「耳痛いてしゃべれん。あんさんの勝ちや。

 携帯で電話すれば、すぐに社長くることになってる」



 俺は黒鋼の後ろポケットから黒い携帯を取り出し、1つしかに番号に電話をかける。

 携帯の画面から紫色の煙がむくむくと吹き出し、次の瞬間それは人の形をなしていた。

「魔王代行承ります、ん、んだね君は」

「勇者代行だ」「代行よ」

 声で振り返ると、後ろに腕組みしたマリ─が立っていた。さっきの超音波が気つけになったのだろう。

「パパ。もうやめて、こんなこと。お母さんだって喜ばないわ」

「マリ─、君のためにやったことだ。

 世の人のためにやることだ。

 幸福の絶対量は増やせない。一度分配されたものを、再配分するしかないのだ。

 だから、マリ─。わかっておくれ」

 マリ─は父親が差し出してきた手を、乱暴に払いのける。

「お母さんが言ってた。パパはとても強いけど、とても弱い人だって。

 純粋だから強くて、純粋だから弱い。もし希望が崩れてくじけそうになったときは、誰かが支えてやらなきゃいけないんだ。だから結婚したんだって。

 私たちの仕事はね。幸福な人を増やすことじゃないんだ。幸福になろうとする人間を増やすことなんだ。それをみんなは希望という。私たちの仕事は希望を灯して、その火が消えぬように守ること。さようなら、お父さん。誰かの幸せに依存しなければ生きていけなかった、弱い人」

 パチン。


 パチンと。


 男から音がする。

 男は頭を両腕で抱える。低くくぐもったうめき声をあげる。

 紫色のマントが男の頭をぐるぐるに包み、どんどん小さくなっていく。

 男の声がくぐもった声に変わり次第に小さくなっていき。

 最終的には親指ほどの大きさの赤い宝石に変わっていった。


「さよなら、パパ」

「泣いてるのか」

「馬鹿。笑ってるのよ」

「それじゃ、雨でも降ってるのかもな」

「そうね。台風が近いみたい」

 俺は自分の上着を、マリ─の頭にかけてやる。

「かぶってろよ。濡れたら風邪ひくぞ。

 俺は医者じゃないんだ。看病はしないぜ」

「もう、馬鹿ね」

 バサリと俺のかけた上着を乱暴に払いのける。

「いいの。もう梅雨は終わりなんだから。

 夏なんだから濡れてもいいじゃない」

 空を見上げる。

 黒々とした雲の切れ間が見える。

 風が吹いている。

 雲は東へ流され、切れ間から白い光を柱のようにのぞかせる。


「あ」


 青い空。


 夏の到来を予感した。


 それからというもの──。


 例の大立ち回りの効果か、事務所に電話がひっきりなしだった。俺は少しずつ解決して、懐具合もだいぶ暖かい。三食白飯に肉を食べることができる。マリ─さまさまだぜ。

「はい、こちら勇者代行株──」

 マリ─が元気に電話の応対をする。

「鍵をなくして家に入れない? それは大家に連絡したほうが……」

「俺が行こう」

 ブル─が立ち上がる。

「それってただのピッキングなんじゃあ」

 ぼそりと。つぶやいた俺のつぶやきは、誰の耳に届かなかったらしい。


 そんなふうにして、つつがなく、少しだけ順調に、「勇者代行業株式会社」は繁盛していったのだった。

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