リカバリー&リプレイ(脚本形式)

FZ100

リカバリー&リプレイ

【登場人物表】

社家地しゃけち三郎太(17)男・高校二年生役

  シャケッチがあだ名。現実世界では28歳のサラリーマン

佐名目さなめ純(17)女・高校二年生役

  社家地のクラスメイト役。現実世界では大学生

阿須那あすなあがた(17)女・高校二年生役

  ケンちゃんが愛称。現実世界では社家地の高校時代の同窓生

五十猛いそたけ唐音からね(14)女・社家地の妹役。無理矢理高校一年生役に

  中学ニ年当時、教育実習で社家地を知る

生湯うぶゆ笙子しょうこ(18)女・高校三年生役

  現実世界では社家地の大学時代の先輩

・長沢貴南きなみ(18)女・高校三年生役

  現実世界では社家地の従姉で幼馴染

静間しずま静女しずめ(24)女・クラスの担任役

  現実世界では社家地の会社の同僚

・チェシャ 死神の遣い。不思議猫。妄想世界のゲームマスター

  15歳くらいの少女の姿 元は子猫で捨て猫

・チャチャ 不思議猫。15歳くらいの少女の姿

  妄想ゲーム世界を設計

・チャリ 不思議猫。15歳くらいの少女の姿

  社家地から道化役(茶利)の名を与えられる

・学園の生徒たち



○ 亜空間・暗闇

  ほの暗い闇の中、立ち尽くす娘たち。

  純(17)、あがた(17)、唐音からね(14)、貴南きなみ(18)、

  笙子しょうこ(18)、静女しずめ(24)の六人。

純 「ここは?」

県 「何も見えない」

笙子「みんな知らない人ばかり」

純 「あの、私のこと知ってます?」

笙子「(首を振る)ううん」

貴南「あ、もしかして若返ってない?」

  不思議猫(人間体)のチェシャが出てくる。十五歳くらいの外見の少女。

チェシャ「皆さん、ようこそお越しくださいました。私はチェシャ。死神の遣いです」

純 「死神? じゃ、もしかして私たち――」

チェシャ「いえ、死ぬのはあなたたちではありません。ご覧ください」

  虚空に虚像が浮かぶ。集中治療室で眠る青年。社家地三郎太(28)。

唐音「誰……?」

静女「社家地……君?」

笙子「本当、あれは社家地君よ」

純 「(貴南に)知ってます?」

貴南「私、従姉だから」

純 「(考え込む)思い出せない……」

県 「ICU。事故かしら?」

チェシャ「はい。社家地さんの命は今まさに消えようとしています」

県 「(驚愕)はぁあ……」

純 「それで? 私たちはどうしてここに?」

チェシャ「これから一ヶ月、社家地さんにお付き合い頂きたく召喚いたしまし

た」

貴南「(にべもなく)それは困る」

笙子「気持ちは分かるけど一月はとても……」

チェシャ「心配ご無用。現実世界では一秒にもなりません」

純 「どうして知りもしない人間に付き合わないといけないんだ?」

チェシャ「それが彼の、社家地さんの最期の最後の願いだからです」

純 「だから、その最後の願いって――」

チェシャ「この空間に召喚されたこと自体、皆さんの承諾があったと見なしま

す。では、早速ゲームを始めます」

純 「ちょっと、勝手に決めないで――」

  暗闇に光が差していく。


○ 秋・社家地家・全景(朝)

  どこにでもありそうな建売住宅。


○ 同・三郎太の部屋

  ベッドで眠る社家地三郎太(17)。

  制服に着替えた唐音が指で恐る恐るつんつんと触れる。

唐音「(囁く)お兄ちゃん、起きて。朝だよ」

三郎太「(寝返り)ううん……」

  三郎太がむくりと起き上がると、唐音、思わずバタバタと後ずさり。

三郎太「(笑顔)おはよう、唐音」

唐音「お、おはよう……」

  唐音、素早くドアの裏側に避難。

唐音「急がないと、ち、遅刻するからね!」


○ 同・廊下(朝)

  廊下に逃れて人心地ついた唐音。

チェシャ「上出来ですよ」

唐音「これから毎朝こんなことするの?」

チェシャ「はい、唐音さんは妹役ですから」

唐音「(不満)う~っ!」


○ 街・線路付近

  電車が走る。


○ 通学中・電車・車内(朝)

  混雑した車内。三郎太の隣に唐音が立つ。

唐音「(三郎太を見上げる)……」

  脳裏に過去の記憶がフラッシュバック。


○ 回想・唐音の中学生時代・中学校

  教育実習。中学生時代の唐音、三郎太(22)の授業を受けている。

  ×  ×  ×

  最後の日。三郎太に花束を渡す唐音。

  笑顔で受けとる三郎太。


○ 回想終わり・電車・車内(朝)

  唐音、我に返る。

唐音M「教育実習生の社家地先生!」

三郎太「どうした?」

唐音「ううん、何でもない」

  三郎太(17)、すぐに車窓の風景へ目をやってしまう。

唐音「(驚きをもって見る)……」


○ 高校・校門(朝)

  「邯鄲かんたん高校」という校名。

  清潔感溢れるが、どことなく書割のような世界。登校してきた生徒たち。

  三郎太と唐音、笙子とすれ違う。

笙子「社家地君、唐音ちゃん、おはよう」

三郎太「笙子先輩、おはようです」

唐音「おはようございます」

三郎太「ところで唐音――」

  三郎太、笙子と唐音を見比べる。

唐音「(笑み)なあに?」

三郎太「(まじまじと)お前は高一なのに、どうしてそんなに発育不良なんだ?」

唐音「ああい言ってはならないことを!」

三郎太「中ニから成長してないぞ」

唐音「(むかっと)う~っ!」

  笙子、慌てて唐音の手を引く。

笙子「社家地君、妹をからかっちゃいけないでしょ」

三郎太「それもそうですね。唐音、ゴメンな」

唐音「知らない! イーッだ!」

笙子「(つくり笑い)私たち、家庭部の打ち合わせあるからこれで――」

  笙子と唐音、三郎太から離れる。

唐音「どうせ私は無理やり高一役ですよ!」

笙子「どうして中学生じゃなくて高校生役なのかしら?」

  神出鬼没。チェシャ、ひょいと顔を出す。

チェシャ「ゲームマスターが回答しましょう」

  ぎょっとした唐音と笙子。

チェシャ「それはですね、幼い外見かつ下級生という美味しい配役だからです」

  唐音、げんなりとした表情に。

チェシャ「ちなみに笙子さんは癒し系キャラ」

笙子「(苦笑)キャラが被らないようにしてるのね」

唐音「笑ってる場合じゃないです。私、マジで身の危険感じてるんですから!」

笙子「大丈夫。他の男の子は怖いけど、社家地君は怖くない」

  納得しない唐音の表情。

  黒目勝ちの瞳。笑顔で頷く笙子。


○ 同・生徒通用口(朝)

  純と県が挨拶を交わし、靴を脱ぐ。

  県が下駄箱の蓋を開けると、どっとラブレターがこぼれてくる。

純 「わっ、凄い」

県 「(苦笑)私、モテモテなんだ」


○ 同・二年A組(朝)

  純の席は三郎太の隣の席。

純 「(席につく)シャケッチ、おはよう」

三郎太「おはよう、プリンちゃん」

純 「誰がプリンじゃっ!」

  純、ふと首を傾げる。

純 「ん、そもそも何であだ名を知ってる?」

三郎太「何言ってんの。同じ中学出身だろ」

純M「え……、あ、そういう設定」

  と、担任の静女が入ってくる。

  さっと席につく生徒たち。

静女「おはようございます。まずは出欠を確認します」

純M「静女さんは担任、ケンちゃんは隣のクラスか」

  三郎太、ボーッと窓の外を眺めている。

  純、ペンで三郎太の腕をつつく。

純 「(声を潜める)何ボーッとしてんの」

静女「(純へ)佐名目さん」

純 「(我に返って)は、はい!」

静女「(微笑)私語は慎むように」


○ 同・廊下(昼休み)

  購買で生徒たちが焼きそばパンの奪い合い。純、誰かを探している。

純 「貴南さん、電算部に集合ですって」

貴南「あ、そう。でも、はっきり言って私、従弟に興味なんかないし――」

純 「貴南さんは幼馴染でしょう?」

貴南「幼馴染だからってお互い好みのタイプとは限らないでしょ」

純 「随分はっきり言いますね……」

  貴南、自分の手の甲を見やる。

貴南「それよりほら、お肌が若返ってる」

純 「リアル世界では何歳で?」

貴南「私、二児の母だから」

純 「ええっ?」

貴南「(去っていく)じゃねー♪」

純 「ある意味楽しんでるな……」


○ 同・電算部(昼休み)

  離れの棟に電算部が。集合した娘たち。

  パソコンが何台か並ぶ。

  県、黙々とゲームをプレイしている。

  静女は別のパソコンでネットを閲覧。

  扉を開け、純が入ってくる。

純 「遅くなりました」

笙子「貴南さんは?」

純 「全然っ、興味関心がない様子です」

笙子「どうしてかしら?」

純 「人妻……らしいです」

笙子「(自分を指差す)私もよ」

純 「笙子さんも?」

  県、面を上げると純と笙子を見やる。

純 「ケンちゃんは何をプレイしてるの?」

県 「恋愛シミュレーション」

笙子「それってどんなゲーム?」

県 「学園を舞台に主人公が色んな女の子と出逢って恋をするの」

純 「何ていうか、これといって特徴のない少年の割に妙にモテるんだよね」

笙子「男の子に都合のいい女の子なのね」

純 「ま、誰でも感情移入できるよう、そういう性格づけして……」

  と、純、ふと疑問が浮かぶ。

純 「って、このシチュエーション、どこか似てません?」

  チェシャがひょいと顔を出す。

チェシャ「純さん、意外と鈍感ですね――」

  ×  ×  ×

唐音「ええーっ?」

笙子「じゃあ社家地君の最後の願いって」

チェシャ「はい、過去に出逢った素敵な女性と恋愛シミュレーション風に再会

 したい、ただ一つ彼が最後に望んだことです」

笙子「ご家族はいいの?」

チェシャ「こないだ法事があったばかりだから、いいんだとか」

笙子「(苦笑)よくないでしょ」

県 「私たち、ロールプレイ……」

  純、思い切り脱力。

純 「しかし、そんなくっだらない理由で妄想ハーレムに召喚されたとは」

チェシャ「はぁ。ですが社家地さんは私にとって命の恩人なので、一つだけと

 はいえ、かなえてあげたいと切に願いまして」

純 「シャケッチがチェシャに何をした?」

チェシャ「花見の季節でした。大学へ向かう途中、ふと立ち寄った公園で――」

純 「それはサボったんだろう」

チェシャ「とも言います。そこで彼は捨てられた三匹の子猫を拾いました」


○ 回想・学生時代・公園

  三郎太(19)、公園に立ち寄る。

  と、親からはぐれて惑っている子猫が。

  周囲を確認すると、もう二匹いる。

三郎太「お前たちだけか?」

  三郎太の足首に擦り寄る子猫。

  三郎太、しゃがむと子猫を撫でてやる。

三郎太「ごめんな……飼ってやれないんだ」

  三郎太、踵を返すと子猫から離れる。

  が、公園の出口でカラスの群れが目に入り、三郎太、思い直す。

  ×  ×  ×

  三郎太、子猫の腹に掌を入れ持ち上げる。

  子猫、ミャーミャーと嫌がる。

三郎太「子猫の心臓ってこんなに鼓動が早いのか」

  ×  ×  ×

  三郎太、ダンボール箱を担ぐ。

  箱から三匹の子猫が顔を出す。


○ 回想・学生時代・三郎太のアパート

  六畳一間の狭い部屋。

  子猫をあやす三郎太。哺乳瓶でミルクを与える。じゃれはじめた猫三匹。

三郎太「……名前をつけよう、お前はチャチャ、お前はチャリ、お前は……そ

 うだ、チェシャにしよう」


○ 回想終わり・高校・電算部

  語り終えたチェシャ。

純 「それがチェシャか」

チェシャ「アパート住まいだから飼うことはできなかったけれど、彼は私たち

 の引取り先を探してくれました」

  純、頷く。

チェシャ「お蔭で私たちは幸せな生涯をおくることができました。だから、恩

 返しがしたいと死神に願い出たのです」

純 「猫の割に忠義な奴」

笙子「で、最期の最後の願いがゲーム」

  笙子、肩をすくめる。

県 「笙子さんは大学の先輩、静女さんは会社の同僚。純ちゃんはどういう知

 り合い?」

純 「それが全く記憶にないんだ」

県 「(表情が曇る)ふーん、あいつ、こんなに気が多いんだ」

純 「確かに皆、タイプは違うけど美人揃いだね」

  県、むっとする。

チェシャ「まあまあ、現実世界では社家地さんは誰一人勝ち得ていません」

県 「(意外そうな表情)誰も?」

純 「つまり独身。ところで静女先生は何してるんです?」

静女「(振り返る)社家地君ウォッチ」

純 「ウォッチ?」

静女「(画面を指す)ほら、このブログ」

純 「シャケッチのブログってありますね」

笙子「日記、みたいなもの?」

静女「これは自作小説」

  小説の登場人物に静女の名が。

静女「(汗タラ)同僚の名前そのまま使ったら流石にバレるよね……」

  うんうんとうなずく純と笙子。

県 「……それで、これから皆で情報を交換しません?」

  静女、挙手。

静女「私、社家地君の携帯の番号分かります」


○ 同・校舎と校庭(全景)


○ 同・食堂

  静女、食堂脇の自販機でコーヒーを飲んでいる。

  と、ふと振り返ると三郎太が後ろに。

静女「!」

  気配に気づかず驚いた静女、靴のかかとがよじれ、思わずよろける。

  おっとっととふらつく静女を三郎太が後ろから支える。カップが床にこぼ

  れる。

三郎太「大丈夫ですか?」

静女「(驚き)後ろに人がいると思わなかったから……」

三郎太「あはは、時々言われるんですよ。お前は気配を消してるのかって。別

 に武道とかたしなんでる訳じゃないんですけどね」

  静女、三郎太の顔をじっと見る。

三郎太「何かついてます?」

  静女、上目遣いで微笑む。

静女「ううん、それより学校は楽しい?」

三郎太「楽しいですよ。可愛い娘が多いし」

静女「誰を選ぶの?」

三郎太「え?」

静女「……何でもない。そろそろ授業がはじまるわよ」

  静女、三郎太から離れると天を仰ぎホーッと胸を撫でおろす。


○ 同・校庭

  体育の時間。女子生徒たちがランニング。

  純、県、同じクラス分け。並んで走る。

  ハーフパンツではなくブルマ。

純 「どうしてブルマなんだ?」

  いつの間にかチェシャが列に並んで走っている。

チェシャ「ブルマは男子生徒の憧れです」

純 「下半身のラインがそのまま出ちゃうじゃないか、何か凄く嫌だ」

チェシャ「要するに、サービスシーンです」

純 「誰にサービスするんだよ?」

  チェシャ、校庭の向こう側を指す。

チェシャ「ほら、あそこ――」

純 「ん?」

チェシャ「社家地さんがこっちを見てます」

  男子はサッカー。三郎太はちんたらとディフェンスをしている。

純 「ほんとだ。おーい、ディフェンスはいいのかー?」

  純、手を振る。

純 「あ、目をそらした」

県 「そうそう、社家地君ってそうやって知らんぷりするの」

純 「ああ、そういう視線って不思議と気がつくんだよね」

チェシャ「要注意。あれは<邪視>です」

県 「邪視って西洋の迷信でしょ。確か見られたものが不幸になるんだとか」

チェシャ「県さん、あなたがそうでしょう?」

県 「(ドン引き)っ……」


○ 回想・県の高校時代

  県、ふと視線を感じる。

  振り向くと、そこに三郎太の姿が。

  三郎太、すぐ視線をそらしてしまう。


○ 回想終わり・校庭

  青ざめた表情の県。

県 「確かに、言われてみれば……」

純 「(割って入ろうと)何々?」

チェシャ「純さんには内緒」

  純、渋い顔。


○ 放課後・高校(全景)

  部活動が始まる時間帯。

  校庭では各部の部員たちが準備運動。


○ 同・剣道場(夕方)

  剣道部の稽古がはじまる。

  剣道着・防具に身を包んだ笙子。

  腰の垂れに「生湯うぶゆ」とネームが。

  ×  ×  ×

  地稽古。県が一礼、手合わせを願う。

  垂れに「阿須那あすな」とネームが。

  竹刀が交わる。

笙子「(気合)やっ!」

県 「えーいっ!」

  互角の打ち合い。両者譲らず。

  ×  ×  ×

  練習終了。面を外した笙子、笑顔。

笙子「県さんも剣道やってるんだ」

県 「ええ、高校時代は」

  笙子、ふと考え込む。

笙子「もしかして、社家地君って高校で剣道やってたの?」

県 「はい。でも、半年くらいで辞めちゃったんです」

  笙子、得心がいった表情。

  ×  ×  ×

県 「――そうなんだ」

笙子「うん、初心者だけど、剣道やりたいって入部してきたの。でも、三年に

 なったあるとき、突然来なくなって……」

県 「じゃあ大学でも辞めちゃったんですね」

笙子「そう……なるよね」

  県の表情が曇る。

県 「認めるべき……なんだろうか?」

笙子「結果はともかく、気持ちだけでも汲んであげれば? ケンちゃんのこと

 忘れてなかったのよ」

県 「でも、ずっと何の連絡もなかったし……」


○ 街・夜空

  夜空から静女の部屋の窓へ。


○ 静女の部屋(夜)

  風呂上りでパジャマ姿の静女、濡れた髪にタオルを掛けている。

  パソコンに向かう静女。

  静女、社家地のブログをチェック。

静女「今日のアレは書いてない、と」

  よろけた静女を支える三郎太のイメージ挿入。

  静女、別の記事を読むとぷっと吹き出す。

静女「あはは、ははは、あー、こういうのやっぱ社家地君だわ……」

  静女、涙をぬぐう。

静女「昔何かあったのかしら? 社家地君ウォッチャーとしては要チェック」


○ 唐音の部屋(夜)

  コンコンとノックの音。

  パジャマ姿の唐音、びくっとする。

三郎太の声「おーい、唐音。今日の成果を知りたいんだけど」

唐音「うん、いいよ。ちょっと待って」

  唐音、部屋の鍵を三つも開ける。

  ドアをわずかに開けるがチェーンは外さない。唐音、つくり笑い。

唐音「好感度があがったのは笙子さん。仲良し度があがったのは純さんだよ」

三郎太「わかった。じゃ、おやすみ」

  ドアが閉じられ、唐音、ホッとため息。

唐音「社家地先生だからって用心、用心」


○ 休日・昼・社家地家(全景)


○ 同・三郎太の部屋

  ベッドでまどろむ三郎太。


○ 三郎太の夢・学校

  三郎太の脳裏に過去が呼び覚まされる。

  セピア色のイメージ。

  「○×年度卒業式」と校門に看板が。

  廊下を行き交う生徒たち。

  三郎太、誰かを探している。

三郎太「阿須那さん?」

  生徒たちの間をかき分けるが、県の姿だけは決して無い。

三郎太「県さーん!」


○ 夢終わり・三郎太の部屋

  うなされている三郎太、ハッと目ざめる。

三郎太「!」

  三郎太、ムクリと体を起こす。

三郎太「……二度寝してもうた」

  時計を見ると昼過ぎ。

  三郎太、深いため息をつくと、ゴソゴソとベッドを出る。

  カレンダー、休日に赤丸。

三郎太「早速の休日……何の予定もないじゃん、俺」


○ 同・一階廊下

  寝癖がついたままの髪で三郎太、廊下をうろつく。

三郎太「(呼ぶ)唐音ーっ?」

  応えはない。

三郎太「どこか出かけたかな?」

  台所に向かおうとしたところ、玄関でチャイムが鳴る。振り返った三郎太。

三郎太M「宅配便? (ハッと)そうだ! 唐音に見られてはまずい!」

  恥ずかしいDVDが脳裏に浮かぶ。

  鍵はかかっておらず、もう一度チャイムが鳴ると、玄関のドアが開く。

貴南「ごめんくださーい」

  私服姿の貴南が入ってくる。

三郎太「はーい」

  三郎太、慌てて玄関に駆け寄る。

  貴南、微笑。

  貴南の姿を認めた三郎太、ポカンと口を開け、固まる。

三郎太「(無言)……」

貴南「? もしもし? おーい」

三郎太「あ、あの――」

貴南「どうしたの? 三郎太、私だよ、貴南」

三郎太「え?」

  三郎太、ようやく貴南と気づく。

三郎太「貴南ちゃん?」

貴南「近所に引っ越してきたから挨拶に来たの」

三郎太「あ、ああ、そういうこと。どうしてこんな綺麗なおねーさんが来たの

 か、怪しい勧誘と勘違いしたよ」

貴南「(苦笑い)お上手ね。唐音ちゃんは?」

三郎太「外出中」

貴南「そう。じゃあ、とりあえずこれを」

  貴南、菓子折りを三郎太に渡す。

三郎太「……」

貴南「どうかした?」

三郎太「いや、何か凄く綺麗になったねぇ」

貴南「そっか、中学に上がった頃からほとんど顔合わせてないよね」

三郎太「高校は同じだけどね」

貴南「うん、見かけたら気軽に声かけて」

三郎太「ああ、そうする」

貴南「じゃ、私、これで帰るから」

三郎太「また遊びに来なよ。唐音もいるから」

  貴南、笑顔で頷くと玄関から出ていく。

  イメージ挿入。玄関に立った貴南の微笑が輝いてみえる。

  見惚れてしまった三郎太、はーっと大きく息をつく。


○ 帰り道・住宅街

  社家地家を出、すたすたと歩く貴南。

  角でチェシャがひょいと顔を出す。

  貴南、チェシャを一瞥。

貴南「これでよかったの?」

チェシャ「はい」

貴南「アホくさ」

  そのまま去っていく貴南の後姿。

チェシャ「あんまり非協力的だと夢の中から出られなくなりますよー」

  貴南、一瞬ギクっとした表情に。


○ 県の部屋(昼~夕方)

  県、テレビゲームに昂じている。

  カーレース。

  ネット対戦モードを選ぶ。

  と、対戦を申し込んできた者が。

  県、応じる。

  レースが始まる。動き出した画面。

  以下、適宜カットバック。

  対戦相手、実は三郎太。

  三郎太は居間でゲームに昂じている。

県 「(指先に力がこもる)……」

三郎太「……」

  レースは接戦。僅差で県が勝つ。


○ 社家地家(夕方)

  唐音が戻ってくる。

  唐音、玄関のドアを開ける。


○ 同・居間(夕方)

  唐音が入ってくる。

唐音「ただいま」

三郎太「(画面から目を離す)おかえり」

  ふと気がつくと、外は暗くなっている。

三郎太「あ……もうこんな時間」

  暗転。三郎太、ガクンと膝をついて落ち込む。

三郎太「せっかくの! 休日だったのに!」

唐音「何落ち込んでるの?」

三郎太「や、独り言。唐音はどこ行ってた?」

唐音「学校」

三郎太「あーあー、そこに貴南ちゃんが持ってきてくれたお菓子があるから」

唐音「私も作ったよ」

  唐音、クッキーの入った袋を示す。

唐音「笙子先輩に教わったんだ」

三郎太「笙子先輩と一緒だったのかっ!?」

唐音「うん」

三郎太「不覚……」

唐音「だから何度も起こしたのに」

  陰から覗く者二人。不思議猫(人間体)のチャチャとチャリ。いずれもチェ

  シャと同じような年恰好に衣装。

チャチャ「どう?」

チャリ「今のところは巧くいってるわね」


○ 県の部屋(夜)

  夜空を見つめる県。

県 「……」

  過去の記憶が甦る。


○ 回想・現実世界・県の自室

  県の許に三郎太から電話が掛かってきた。

T 「数年前――」

三郎太の声「憶えてますか?」

県 「……知らない」

三郎太の声「あれ? こないだ、駅ですれ違わなかった?」

県 「(にべもなく)知らない」

三郎太の声「そうか、じゃあ人違いだ。そうだと思ったんだ。それに、もう何

 年も経つしね」

県 「(悪戯っぽい笑み)初めから知らない」

三郎太の声「え……? ああ、そういうこと――」

県M「……少しからかっちゃおうかな」

  県、受話器のコードを指に絡める。

県 「どうやって電話番号調べたの?」

三郎太の声「それは……同窓会名簿で……」

県 「ふうん、卒業アルバム見れば分かるかしら」

三郎太の声「ああ、そうかもしれないね……」

県 「私、四組だったけど、何組だった?」

三郎太「な、七組かな……」

県 「じゃあ、部活動は?」

三郎太「……何もしてなかったから」

県 「…………」

  ×  ×  ×

  三郎太はパニック状態に陥ってる。

三郎太の声「(驚き)そ、そこまで言うの!?」

県 「悪い?」

三郎太の声「あ……」

  三郎太、しばし放心。

三郎太の声「分かりました。それじゃ電話切ります――」

県 「(構わず話続ける)それでね、私――」

三郎太の声「(たまりかねて叫ぶ)それじゃ電話切ります!!」

県 「(思わず気おされ黙る)!」

  しばしの沈黙。三郎太、心を鎮める。

三郎太の声「……してはいけない事をしてしまった」

県 「ううん、そんなことないよ」

三郎太の声「(明るく)これが最初で最後」

県 「え?」

三郎太の声「僕も男だ。約束するよ、以後二度と近づくことはしない。だから

 安心してください」

県 「ちょっと待って。私、そんな――」

三郎太の声「それじゃサヨナラ」

  通話が切れてしまう。ツーツーと単調な音が受話器から漏れてくる。


○ 回想終わり・県の部屋

  我に返った県、携帯電話をそっと握り締める。


○ 翌朝・社家地家(全景)


○ 同・三郎太の部屋

  唐音、恐る恐るドアを開ける。

  が、ベッドはもぬけの殻。

三郎太「(背後から)おはよう」

  ギクッとして振り返る唐音。

  制服に着替えた三郎太が後ろに。

三郎太「いやぁ、たまには早く目覚めることもあるもんだ」

  三郎太、階下に降りていく。

  唐音、ふと目をやると机に携帯電話が。

  着信を示すランプが点滅している。

唐音「お兄ちゃん、携帯忘れてるよ!」

三郎太の声「悪い。持ってきて」

唐音「もう、ズボラなんだから」

  唐音、部屋に入ると携帯をつかむ。


○ 通学中・電車(朝)

  混雑した車内。

  三郎太、ロングシート端の手前に立つ。

  隣に唐音が立つ。

  停車した駅で純が乗り込んでくる。

三郎太「おはよう」

純 「やあ、おはよう」

  純、人ごみの中を潜り抜けようとする。

  と、純のお尻と三郎太のお尻がすれ違いざま重なってしまう。

純 「(赤面)あ……」

  チェシャがひょいと顔を出す。

チェシャ「思い出しました?」

純 「(ジロリ)おい……ひょっとして私はこれで召喚されたのか?」

チェシャ「(恥らう)純さんのお尻はまるでプリンのような――」

純 「言うなっ!」

三郎太「何独りで騒いでる?」

純 「え?」

  我に返ると、チェシャの姿はない。

純M「(ため息)そうか、時々同じ電車に居合わせたっけ……」

  思い直した純、三郎太に詰め寄る。

純 「今触ったろう!?」

三郎太「不可抗力だろ!」

純 「こっちは女なんだからね!」

唐音「(とりなす)ちょっと二人とも――」

  周囲の視線が集まる。咳払いが聞こえる。

  純、肩をすくめて黙り込む。


○ 高校・廊下

  休憩時間。県、廊下をうろうろと歩く。

純 「ケンちゃん、どうかした?」

県 「……社家地君がいないの」

純 「え? 歩けばそこらにいるはずだけど」

  県、訝しげに小首を傾げる。

純 「……?」


○ 昼休み・同・図書室

  参考書を広げ勉強中の三郎太。

三郎太「(問題が解けない)うーん……」

  唐音が声をかけてくる。

唐音「何してるの?」

三郎太「や、この演習問題、難しいな……」

唐音「ここはほら、こうだよ」

三郎太「なるほど、そっか。よく勉強してるんだな」

唐音M「そりゃ、現役大学生だもの」

三郎太「何か言った?」

唐音「ううん、何でもない」


○ 同・電算部

  部室に集合した娘たち。

  純と唐音が遅れて入ってくる。

  県、黙々とゲームをプレイ。

純 「(覗き込む)何をプレイ――って?」

県 「(画面を指す)社家地君の趣味」

  子供にはとても見せられない数々の画像。

純 「こっ、これは十八禁、いわゆるエロゲ……」

  ざわつく娘たち。

唐音「何々?」

  画像を見た唐音、思わず顔をしかめる。

純 「ってことはもしかして私たちも、あんなことやこんなこと……。そんな

 話聞いてない!」

  チェシャがひょいと顔を出す。

チェシャ「心配ご無用。お約束のサービスシーンはともかく、よくてキスシー

 ンまでしか契約に――」

純 「勝手に契約するなっ!」

笙子「大丈夫よぉ。社家地君、全然怖くないじゃない」

純 「笙子さん、それ、フォローになってません!」

貴南「でも、三郎太が相手じゃねぇ」

  静女、閲覧中のパソコンから目を離す。

静女「彼、女好きってもっぱらの噂よ」

純 「女好き?」

静女「といっても、出張先の事務員さんが可愛いとかそんなレベル」

純 「なんだぁ」

静女「要するに小学生が隣の席の女の子を好きになるみたいな――」

県 「(ポツリ)キツイ言葉を一発浴びせればすぐ大人しくなるわよ」

  そのつぶやきに一同、静まり返る。


○ 放課後・同・美術室(夕方)

  夕焼けの光が差し込む。

  純と県が扉を開け、中を覗く。

純 「ほら、あそこにいるでしょ」

県 「本当だ。どれだけ探してもいなかったのに」

  三郎太、黙々とデッサンをしている。

県M「もしかして私、避けられてるのかな」

三郎太「(振り返る)ん?」

  と、チェシャが無邪気な表情でトトトと摺り寄ると、三郎太の二の腕に頬

  ずりする。

三郎太「お?」

  純がツカツカと歩み寄ると、チェシャの襟をつまむ。

純 「こら、お前がスリスリしてどうする!?」

  ハッと我に返ったチェシャ。

チェシャ「(慌てて)すみません、昔の記憶が甦ったもので、つい……」

  入口から三郎太の後ろ姿を見つめる県。

  やいのやいのと言い合う純、チェシャ、三郎太。

  最初の一歩がどうしても踏み出せない、思いあぐねた県、踵を返す。


○ 同・体育館・全景(夕方)


○ 同・シャワー室(夕方)

  稽古を終えた県と笙子が熱い湯で汗を流している。二人の後姿。

県 「シャワーがあるといいですね」

笙子「さっぱりして生き返ったみたい」


○ 同・校舎・廊下(夕方)

  唐音、三郎太に呼びかける。

唐音「お兄ちゃん、笙子先輩知らない?」

三郎太「剣道場じゃないのか?」

唐音「うん、そのはずだけど見当たらないの」

三郎太「んじゃ、探してみるわ」


○ 同・体育館前(夕方)

  笙子を探してあちこちをうろつく三郎太。

  と、物陰から声がする。

チャリの声「こっちよ」

三郎太「ん?」

  と三郎太の前を子猫(チャリ)が横切る。

三郎太「……ああ、チャリか」

  子猫、前へ進む。

三郎太「案内してる?」

  三郎太、子猫の後をついていく。


○ 同・体育館・シャワー室前(夕方)

  三郎太、女子シャワー室の前まで来る。

  と、子猫がドアの隙間からシャワー室に入ってしまう。

三郎太「と……」

  よく確認せずドアを開けてしまうと、曇りガラス越しに笙子の裸身が見える。

  三郎太、仰天。

三郎太「あ……スミマセン、間違えま――」

  ポンポンと三郎太の肩を叩く手。

  三郎太が振り返ると、純が後ろに。

純 「おい、いい度胸してるじゃないか」

三郎太「ち、違う。俺はただ笙子先輩を探してただけで――」

笙子の声「誰かいるの?」

  三郎太、硬直。

純 「ほお、朝の件だけでは飽きたらず、今度は出歯亀とな」

三郎太「チャリがしゃべったんだ」

純 「チャリって何?」

三郎太「あーあー、不思議猫三人娘の――」

純 「そんなの知るか! 何でもかんでも不思議猫の所為にすれば済むと思っ

 たら大間違いだ!」

三郎太「だから子猫が中に入ったから、うっかりして……」

  純、にこりと笑うと向こうを指差す。

純 「まあ、とりあえず話は向こうで聞かせてもらおうか」

  青ざめた三郎太、純に連行されていく。

  と、着がえた県がドアを開けて外を覗く。

県 「誰もいない」

笙子「変ね、確かに声がしたけど」

県 「誰だったのかな?」

笙子「(肩をすくめる)さあ」

  と、子猫がシャワー室から出ていく。

笙子「子猫ちゃん?」

  唐音がやって来る。

唐音「あ、ここだったの。探してたんですよ」

笙子「どうしたの?」

唐音「ところで、社家地先生見かけませんでした?」

笙子「ううん、知らない」


○ 華胥駅・ホーム・電車(夜)

  ターミナル駅。ホームに停車した電車。


○ 同・車内

  帰宅途中、電車に乗った県と笙子。

県 「あれは数年前、実家に帰ったときのことでした――」


○ 回想・駅・ホーム

  電車に乗った県(23)、ホームを眺めている。

  しばらくして同じ電車から降りてきた人影が。三郎太。

県 「社家地君……」

  三郎太、県の方を一瞥。

県 「……」

  三郎太、一瞬戸惑うが、すぐに目をそらして去ってしまう。

県 「あ……」

  何とも言えない表情の県。もやもやしたものがこみ上げる。

  三郎太、振り返ることもなく、そのまま改札へ向かう。


○ 回想終わり・華胥駅・ホーム(夜)

  県の話を聞いた笙子。

笙子「そんなことがあったんだ」

県 「目をそらしたまま行ってしまったの」

笙子「ああ、でも、社家地君、視力良くないでしょ――」

県 「でも、振り向きもしなかったんですよ」

笙子「それは……私には分からない」

  笙子、笑みを見せる。

笙子「私の知ってる社家地君はシャイで、でも意外とおしゃべりな男の子だっ

 たから」

県 「人それぞれなんですね」

  電車が動き出す。県、窓の外へ目をやる。


○ 回想・数年前・県の部屋

  電話のベルが鳴り、県、受話器をとる。

県 「もしもし――」

  応えがない。

県 「もしもし?」

  ようやく、三郎太がか細い声を発する。

三郎太の声「もしもし、あの、阿須那さんのお宅でしょうか?」

県 「はい、そうですけど?」

三郎太の声「(かすれ声で)社家地です」

県 「あっ……」

  県、戸惑いの表情に。

  駅ですれ違った記憶が脳裏によぎる。

県 「聞こえない!」

三郎太の声「(声を振り絞る)あの、高校のとき一緒だった社家地です」

県 「……ああ、はいはい。どうしたの?」

三郎太の声「べ、別に理由はないんだけど、電話してみたくなって」

県 「ふうん」

三郎太の声「憶えてますか?」

県M「……こないだは無視したくせに。少しからかっちゃおうかな」


○ 回想終わり・電車・車内

  県、車窓を流れていく夜景を見つめる。

県 「好きなら好きとどうして高校生のときに言ってくれなかったんだろう?」

笙子「部活のことが引っかかってたとか?」

県 「でも、あのときまで一度も電話くれなかったし……何がしたかったんだ

 ろう?」


○ 同・校門(夜)

  唐音が出てくる。

唐音「遅くなっちゃった」

  校門の周囲には人影がない。

  携帯電話で三郎太を呼び出すが、応答なし。

唐音「もう、どこほっつき歩いてるんだか」

  と、唐音の前に一台の車が止まる。

静女「(ドアから顔を出す)乗ってく?」


○ 車内(夜)

  静女が運転。街灯の光が時折差し込む。

静女「妹役は慣れた?」

唐音「思ったよりよく分からない人です」

静女「中学二年のときの教育実習生だっけ?」

唐音「はい」

静女「だから中ニの姿のままなのね」

唐音「静女さんは?」

静女「私はね、きっと社家地君ウォッチャーだから」

唐音「ウォッチャーって?」

静女「バード・ウォッチングみたいに観察してるの。社家地君を」

唐音「それって面白いですか? だってどこにでもいる平凡な――」

静女「リアルな彼はもっと尖ってるから」

唐音「そんな性格に思えないな」

静女「尖ってるって、ほら、いいところとダメダメなところが混沌としてる感じ」

唐音「(頷く)ああ、うん」

静女「どことなく憎めないのよね」

唐音「……好き、なんですか?」

静女「ううん、観察対象には干渉しない、それがウォッチャーのたしなみよ」

唐音「そういうものなの?」

静女「うーん。でもね、世界でただ一人のウォッチャーと思ってたんだけどなぁ」

  唐音、静女の横顔を見やる。

  唐音の携帯電話に三郎太から着信。

唐音「(受話器越しに三郎太へ)もう、どこ行ってたの? ……うん、うん。

 今、静女先生の車で送ってもらってるとこ。……分かった。じゃあ、駅まで

 送ってもらうから」

  唐音、通信を切ると携帯を折りたたむ。

唐音「すみません、駅で降ろしてください」

静女「やっぱり大分慣れたみたいね」

唐音「そうかな?」

静女「だって、最初は怖がってたでしょ」

唐音「ひょっとして私もウォッチしてる?」

静女「もちろん」

唐音「(苦笑)嫌だぁ」

  笑いあう二人。


○ 胡蝶こちょう駅・静女の車・車内(夜)

  駅前に停車した静女の車。

  ウィンドウ越しに唐音、ぺこりとおじぎをすると、駅へ駆けていく。

  三郎太と合流した唐音の後姿。

静女「……」

  静女、ウィンカーを点灯させると車を発進させる。


○ 休日・朝・社家地家(全景)


○ 同・三郎太の部屋(朝)

  カレンダー、休日を指す。


○ 同・玄関(朝)

  三郎太、靴を履こうとしている。

唐音「どこか行くの?」

三郎太「(振り返る)気の向くままに」

唐音「あー、じゃあ私も連れてって」

  Y/N? 三郎太、一瞬考える。

三郎太「また今度。じゃ」

  三郎太が出ていくとドアが閉じられる。

  唐音、嘆息。

唐音「……せっかく妹が誘ったのに。そっか、私は妹のままなんだ」

  チェシャがひょいと顔を出すと、じっと

  唐音の表情を伺う。

唐音「(びっくり、赤面)聴いてたの!?」

チェシャ「油断大敵。大海はあくたを択ばず。召喚された以上、妹だろうが

 女教師だろうが不思議猫だろうが攻略可能です」

  唐音と静女、チェシャの顔がそれぞれ浮かぶ。

唐音「それは嫌っ!」

  浮かんだ顔、次々と消える。

  チェシャ、芝居のような大げさな身振り。

チェシャ「禁断の恋……ああ、それは媚薬。一度飲めば二度と引き返せない――」

  唐音、ふと疑問が脳裏に浮かぶ。

唐音「社家地先生と恋に落ちたら……最後、どうなるの?」

チェシャ「最後の日に思い人に告白します」

唐音「それで?」

チェシャ「さあ、どうでしょう。全ては社家地さんの真心次第です」

唐音「ゲームマスターなら答えてよ」

チェシャ「それはこれからのお楽しみ。ともかく、この世に生を受けた以上、

 愛する人を得ないまま彼岸に去ることがどうしてできましょう?」

  と、チェシャの姿が霧散する。

  あきれた唐音。


○ ターミナル・華胥かしょ駅・構内(朝)

  平日に比べ、人の行き来がまばらな構内。

  と、構内で三郎太と静女、すれ違う。

静女「社家地君?」

  三郎太、静女に気づかず別のホームへと向かう。


○ 同・静女の立つホーム

  ホーム越しに向かい合った静女と三郎太。

  ホームは三つあり、両端に静女と三郎太が立つ。間にもう一つホームがある。


○ 同・三郎太の立つホーム

  向こう側から静女が軽く手を振る。

  うつむいていた三郎太、顔を上げる。


○ 同・静女の立つホーム

静女「……気づいてない?」

  と、三郎太側のホームに電車が入線。

  発車すると三郎太の姿はない。

静女M「(嘆息)やはり見守るだけにしよう、世界でただ一人のウォッチャー

 だもの」


○ 高校・校門(正午過ぎ)

  部活動を終えた生徒たちが出てくる。

  笙子と県の許に貴南が寄ってくる。

貴南「どこかで冷たいものでも飲もう」


○ ファストフード店・店内

  席についた貴南と笙子、県。

県 「貴南さんって元気一杯ですよね」

貴南「せっかく若返ったんだから、楽しまなくちゃ」

笙子「つれないのにどうしてかしら?」

  チェシャがひょいと顔を出すと貴南の隣に腰かける。

チェシャ「幼馴染は定番中の定番です」

貴南「とは言え、従弟なんて他人のはじまりみたいなものだし」

  頷く笙子と県。

貴南「で――」

  貴南の記憶が甦る。フラッシュバック。


○ 回想・小学生の時

  小学生の貴南(12)と三郎太(11)。

  三郎太が貴南をからかう。

貴南「(怒る)もう知らんっ!」


○ 回想終わり・店内

  放心した貴南。

笙子「どうかした?」

貴南「(我に返る)ううん、ちょっとだけ昔を思い出して」

笙子「昔って、昔の社家地君?」

貴南「三郎太とささいなことで喧嘩して、むくれた私はそれきり口をきかなく

 なったんだ」

笙子「貴南ちゃんはそれで」

  貴南、ストローを指で押す。グラスの氷が転がる。

貴南「(笑み)どうして怒ったのか、もう憶えてないのにね」

  県、ストローにほんの少し口をつける。

県 「私は高校生の社家地君しか知らない。それ以前と以後は全然」

笙子「みんなそうよ」

貴南「で、パズルのピースは揃ってきたかな?」

県 「でも、声をかけようとしても逃げられちゃうし――」

  チェシャ、訝しげに首を傾げる。

チェシャ「やはり、どこか変ですね。本来なら県さんが正ヒロインなんですよ」

  挿入。県がパッケージ表紙の中心。

  一同、絶句。

貴南「正ヒロインって……」

笙子「正妻?」

貴南「それは違うと思う」


○ 街・街路

  どこか抽象的な風景。街を歩く三郎太。

純 「(呼び止める)シャケッチ」

  三郎太が振り向くと、純が屋台でアルバイトしている。

  純、器用にクレープを焼く。

純 「どこへ行くの?」

三郎太「時々無性に海が見たくなって」

  純、何か思いつく。

純 「海が見たいなら、いい場所がある」

三郎太「ほぉ」

  純、小首を傾げる。

純 「私、バイクを出そうかな」

三郎太「出してくれるの?」

純 「んー、どうしようかなぁ」

三郎太「お願えでございますです」

純 「いいんだけどなぁ――」

  と、三郎太、鉄板を指差す。

三郎太「焦げてる」

純 「ああっ!」


○ 道路~海辺

  純が運転するバイクが国道を行く。

  後席に三郎太が乗って純の腰に腕を回している。

三郎太「バイトはいいのかい?」

純 「特別にお休みを頂いた」

三郎太「悪いね」

純 「変なとこ触るなよ」

三郎太「触りたいのはやまやまだが、事故は金輪際まっぴらご免だ」

純 「それならよろしい……ん?」

  ×  ×  ×

  上り坂。磯にさしかかる。

  曇り空。バイク、左折して磯に入る。


○ 磯の上の公園・展望台

  海を見下ろす公園。小雨模様。

  磯の向こう側に灯台が見える。

純 「どう? 天気は悪いけど」

三郎太「どうしてここを知ってる?」

純 「え?」

  純、周囲を見回す。

純M「私、どうしてここにいる? どうして彼をバイクに乗せた?」

  周囲の風景がグルグルと回る。

純M「これはイベントなんだ!」

三郎太「どうかした?」

純 「いや、何でもない……」

三郎太「ここはね、遥かな昔、物言わぬ姫が流されてきたって伝説があるんだ」

  純、落ち着きを取り戻す。

純 「それは知らなかった。どんな伝説?」

  ×  ×  ×

  海鳴り。低く垂れこめた雲が空を流れていく。

純 「ちょっとかぐや姫っぽい? でも、どこか理不尽な話」

三郎太「でも、それがいいんだ」

純 「うん。分かるよ」

三郎太「心に秘密を抱えた疎外感、そんな姫だった気がする」

純 「そこが魅力なんだね」

  海から湿り気を帯びた風が霧雨のように流れてくる。

純 「(目を閉じ、伸びをする)こうしたら、まるで姫の魂に触れてるよう」

  霧雨が流れていく。


○ 県の部屋(夕方)

  半開きのドアから子猫(チャチャ)が入ってくる。

県 「どこから入ってきたの?」

  県、何か思いつく。悪戯っぽい笑み。

県 「そうだ」

  ×  ×  ×

  県、子猫とかくれんぼ。

県 「ほら、どこにいるかな?」

  藤製のバスケットから子猫が顔を出す。

県 「こっち向いて、よぉし」

  県、カメラで子猫を撮影する。


○ 静女の部屋(夜)

  パソコンに向かう静女。ブックマークした三郎太のブログを呼び出す。

  静女、新着記事を閲覧。

三郎太の声「今朝、ホームですれ違ったのはS先生だろうか? うつむいてい

 てよく分からなかった」

  回想挿入。ホームで手を振る静女。

静女「気づいてたんだ……」

三郎太の声「視力が悪くて、人違いしたり、気づかなかったりはしょっちゅうだ」

静女「それでどれだけ損してきたの?」

三郎太の声「ここだけの話としておこう」

静女「(苦笑)ブログに書いたらここだけじゃないでしょ。あ、ひょっとして

 気づいて欲しいのかな? この優柔不断」


○ 翌朝・高校(全景)


○ 同・電算部(昼休み)

  県を除いて集合した娘たち。

唐音「(驚く)えーっ?」

貴南「本当よ。チェシャが言ったんだもの」

笙子「私も聞いたから」

  純、椅子に座ると背を伸ばす。

純 「ケンちゃんが正ヒロイン……てっきりレアキャラだと思ってた」

笙子「(唐音に)レアキャラって何?」

唐音「リアルな社家地先生……」

  静女、パソコンに向かいつつ、耳をそばだてている。

笙子「何年か前、ケンちゃんの許に社家地君から電話が掛かってきたんだって」

純 「それで?」

笙子「ケンちゃんはちょっとからかっただけのつもりだったの。でも、社家地

 君は真に受けて。それきり連絡が来なくなったんだとか」

貴南「真に受けるくらい淡い関係だったみたいよ」

純 「その淡い関係がどうして泥沼化するんです?」

貴南「その辺がよく分かんないのよねぇ」

純 「ますます混乱してきた。でも、確かにケンちゃんは遠ざけられてる」

唐音「きっと県さんと社家地先生だけにしか分からないことがあるんだよ」

純 「うーん……」

貴南「でもさ、だったら簡単な話じゃない。ケンちゃんと三郎太が和解して結

 ばれればハッピーエンドでしょ」

唐音「そうよ、皆で応援しようよ」

  静女、振り向く。

静女「(ちっちと指を振る)甘い甘い」

純 「何がです?」

静女「社家地君はね、簡単な話を難しくする達人だから。その電話の一件なん

 て、まさにそうでしょ」

唐音「ああ」

純 「えっと……リアルなシャケッチは確か静女さんと同じ会社の営業マンで

 すよね?」

静女「うん。普段は普通のサラリーマンだけど、ときどき何故だかダメダメに

 なっちゃうの」

純 「ふーむ」

静女「それに変なところで意地っ張りだから」

笙子「ケンちゃんはどうなのかしら?」

唐音「だよね。後は要するに県さんがどう思ってるかでしょう?」

純 「うーん……どこか屈折してる気が」

  チェシャ、ひょいと顔を出す。

チェシャ「リアルな県さんはうじうじしたりしない明るくさっぱりしたひまわ

 りの様な女の子なんですよ」

純 「でも、シャケッチのことは何かブツブツ言ってるぞ?」

チェシャ「そこは簡単な話を難しくする社家地さんですから」

純 「で、二人の間に何があった?」

チェシャ「それは――」

  おもむろに笙子が口を開く。

笙子「私、社家地君を誘ってみる」

純 「誘うって何するんです?」

  じっと考え込む笙子。

笙子「別に秘密にしてた訳じゃないけど――」

  ×  ×  ×

純 「そんなことがあったんですか」

唐音「大学で剣道始めたって――」

貴南「それってケンちゃんの存在あってこそだよね」

笙子「うん」

静女「途中で挫折するのが社家地君らしいというか」

笙子「社家地君、私の言うことなら聞くはずだから」

静女「でも、今の社家地君もそうかしら? 今も県さんのこと真剣に想ってる?

 どこか醒めてない?」

純 「とにかく、解決の糸口がつかめたんです。だから皆で協力し合って――」

チェシャ「待ってください」

純 「話の腰を折るな」

チェシャ「ゲームマスターとして疑問に思っていました。正ヒロインなのに県

 さんのイベントはほとんど全く進んでいません」

純 「だから、それをこれから――」

チェシャ「原因は純さんの存在ではないか、そう私は考えます」

純 「えっ?」

  一同、顔を見合わせる。

唐音「そうか、ここにいる皆は社家地先生の夢の中で再会してる。だからイベ

 ントも先生の記憶が元になってる。でも、純さんだけは特別なシナリオなん

 だ」

純 「私とシャケッチには語るべきエピソードがないから?」

唐音「うん」

純 「じゃあ、それで私がケンちゃんとシャケッチの妨げに? そんな」

チェシャ「シナリオのどこかにミスがあるとしか――」

純M「でもそうだ、確かに私のイベントはまるで誰かの意思で動かされてるよ

 うな……」

笙子「昨日は何かあったの?」

純 「二人で海を見に……」

唐音「あ、デートしたんだ」

純M「そう、物言わぬ姫、あの伝説を語りたかったとしか思えない――」

  と、ドアが開く。

県 「遅くなりました」

  袋を抱えた県が入ってくる。

  ハッとした純。一同、静まり返る。

県 「あら、どうしたの? 皆」

笙子「それは何?」

県 「(にんまりと)新作ソフト」

唐音「何気にゲーマーなんですね」

県 「忙しくて外出できないときのストレス解消はこれが一番」

  純、県をじっと見つめる

県 「純ちゃん、どうかした?」

純 「い、いや、何でもない」

  娘たちの視線が県と純に集中、微妙な空気が流れる。

県 「もう一つ」

  県、袋から箱を取り出す。

  箱を開けると、中に面が。

唐音「何それ?」

県 「半成」

唐音「はんなり?」

県 「(にこやかに)般若はんにゃの一歩手前なの」

  怒りに歪んだ面を目の当たりにしたその他一同、ドン引き。

  県、半成の面を壁に飾る。その後姿。

県 「魔よけのおまじないよ」

純 「……」

  純、半成の面と県を交互に見比べる。

純 「ケンちゃんが半成? まさか」

県 「さぁ、どうかなぁ?」

  壁に飾られた面。


○ 放課後・同・美術室

  三郎太、黙々とデッサンしている。

  笙子と唐音が入ってくる。

唐音「お兄ちゃん、笙子先輩が呼んでるよ」

  三郎太、振り向かずそのまま応える。

三郎太「クッキーでも焼いた?」

笙子「社家地君?」

三郎太「何でしょう?」

笙子「ねえ、一度剣道部を見学してみない?」

  三郎太、デッサンしていた手が止まる。

三郎太「えっ?」

  三郎太、驚いて向き直る。

笙子「武道に興味ない?」

三郎太「あ……、いや、別にいいです」

唐音「県さんもいるよ」

三郎太「あー、なら余計にまずいかと……」

笙子「そんなことない。私、社家地君が頑張ってた姿を憶えてる」

  回想挿入。剣道の稽古中の三郎太。

  掛かり稽古。疲れて足がよろける。

  それでも必死に打ち込んでいく。

三郎太「(複雑な表情)……」

笙子「不完全燃焼のままでいいの?」

三郎太「努力してもどうにもならないものがあるって悟ったんです」

笙子「自分なりでいいんだよ」

  唐音が三郎太の腕を取る。

唐音「とりあえず見学するだけだから、行こうよ」

三郎太「あ、ああ……」

  半ば押されるようにして三郎太が立ち上がる。


○ 同・職員室(夕方)

  静女が資料を準備している。

  まとめると席を外し、校長室へ向かう。

  ドアをノックしようとしたところでヒソヒソ話が漏れてくる。

  思わず耳を傾ける静女。


○ 同・校長室(夕方)

  不思議猫三人娘、チェシャ、チャチャ、チャリ。人間体で会議中。

チャチャ「じゃあ、チャリが純さんのイベントに細工してたの?」

チャリ「(悪びれず)だって、その方が面白いでしょう?」

チャチャ「(表情が曇る)本来なら残された時間を県さんと過ごすべきなのよ」

チャリ「べきも何も、社家地さんが自分で選択したことじゃない。彼も楽しん

 でるわ」

チャチャ「チャリ、いくら道化役だからって、程があるでしょう?」

チャリ「なら、チャチャは県さんに肩入れすれば?」

  チャチャの視線が一瞬泳ぐ。

チャチャ「私は……中立を守ります」

チャリ「誓約を破れば、死神から資格を剥奪されるわよ。私は道化役だから、

 少々のことではどうってことないけど」

  そう言いつつ、チャリ、肩をすくめる。

チャリ「そりゃ、私だって社家地さんを心残りなく彼岸へ送り出したい」

チャチャ「だったら、どうして?」

チャリ「社家地さんはいつも逃げてばかりなのよ。トラブった後、県さんに連

 絡しなかったのもそう」

  回想挿入、数年前の県と三郎太の電話越しの会話。

チャリ「この世界は社家地さんの無意識、ううん、エゴがベース」

チャチャ「未だ県さんを恐れてると?」

チャリ「怖いんじゃなくて、二人の関係にリアリティがなさ過ぎて躊躇してる

 のよ」

チャチャ「それは確かに……」

チャリ「自己中な癖に不器用で引っ込み思案だから、良かれと思って刺激を与

 えたけど、今度はそっちに流されて。自分の意思がないのよ、彼」

チャチャ「……」

チャリ「末っ子意識のまま。そう、末っ子だから上に甘えるのは上手だけど――」

  チェシャが困り顔でとりなす。

チェシャ「まあまあ、社家地さんのことはともかく、シナリオの不備とバグは

 早急に修正を――」


○ 同・職員室(夕方)

  扉越しに不思議猫たちの会話を聴く静女。

静女M「……チェシャの他に誰かいる?」


○ 同・校長室(夕方)

  と、ゴトリと物音が。

  気づいたチェシャ、立ち上がるとドアをわずかに開け確認。

  静女の後姿が。

チャチャ「聴かれた?」

チェシャ「……かも」

チャチャ「静女さん? 彼女、システムエンジニアよ。気づかれたら――」

チャリ「ゲームは詳しくないから大丈夫よ」

  チャチャ、無言でじっと考え込む。


○ 同・剣道場に向かう小道(夕方)

  歩く笙子、唐音、三郎太。

笙子「社家地君、今こうしてる、これが夢だって知ってる?」

  社家地、無言。笑みを浮かべる。

三郎太「失恋したとき思い出したのは笙子先輩でした」

唐音「(三郎太の顔を見つめる)……」

三郎太「あまりに惨めな出来事で、すがりついて愚痴を聴いてもらいたい、そ

 んな情けなさでした」

笙子「それがケンちゃん?」

  三郎太、うなずく。

三郎太「何かこう、頭の内側からぶん殴られているみたいで防ぎようがなくて」

  三郎太、苦笑する。

三郎太「鏡に映った自分の醜い姿を目の当たりにした、そんな怖ろしさでした」

唐音「じゃあ自分に嫌気が差したってこと?」

三郎太「有り体に言えば、そう。高校卒業した後も色々あったし、何て言うか、

 空しくなっちゃって」

笙子「ケンちゃんは今でも待ってるんだよ」

三郎太「完全KOしといて、もう一度立てって、そりゃ無理ですよ」

唐音「今でも根に持ってるの?」

三郎太「や、ていうか、ここで言うのも何だけど、妄想と現実の区別がついて

 ないんじゃないかって思ったの。マジで」

  剣道場の前に立った三郎太、見上げる。

三郎太「時間が経てば経つ程、敷居が高くなっちゃって」

唐音「とにかく放置しっ放しは良くないよ」

三郎太「うーん……。とうとうここまで来てしまったか……」

  今更言い分けしてもなぁ。倍返しかな?

  様々な想いが動画投稿サイトのコメント風に脳裏に去来。

  三郎太、踵を返す。

三郎太「やっぱりいいです!」

笙子と唐音「だめっ!」

  唐音と笙子、三郎太を引きずる。


○ 同・剣道場(夕方)

  部員たちが稽古中。

  道場を訪れた三郎太と笙子、唐音。

笙子「ほら、ケンちゃんも――」

  県の姿がない。

唐音「阿須那あすなって垂れですよね」

  部員たちを見渡すが、県の姿はない。

笙子「ケンちゃん、どうしたのかしら?」

  稽古中の部員たちを見る三郎太。

三郎太「もう一ついいですか?」

  三郎太、おもむろに語りだす。

三郎太「学生だったあのとき、僕はブレーカーが落ちたようになってしまった

 んです」

笙子「……」

三郎太「皆良くしてくれたのに。それが心残りで」

  笙子、つくり笑顔。

笙子「分かった。無理に話さなくてもいいよ。誰も怒ってなんかいないんだか

 ら。そう思ってるの社家地君だけだから」

三郎太「……」

笙子「うん、今の社家地君もいい味出してる」


○ 同・屋上(夕方)

  夕焼け空。屋上で独り佇む県。欄干にも

  たれている。

  チェシャが顔を覗かせる。

チェシャ「元気ありませんね?」

  県の横顔。

県 「(前を向いたまま)ねえ、チェシャ」

チェシャ「何でしょう?」

県 「社家地君の命、救えないの?」

チェシャ「それは県さんが一番よく分かってるはずでしょう?」

県 「(沈黙)……」

  昇降口に上がって来た純が足をとめる。

県 「……皆には話してなかったけど、私、実はプロポーズされてるんだ」

  驚いた純、ドアに身を隠すと、そのまま耳をすます。

チェシャ「どんな方です?」

県 「社家地君とは全然違う。大人だし、ほがらかで優しい人」

チェシャ「社家地さん、意外と冷たいところありますよね」

県 「……うん」

  ん? と物陰で純、首を傾げる。

チェシャ「でも、県さんのこと未だに怒ってる訳でもないんですよ」

県 「だったら、なぜ私を避けるの?」

チェシャ「本当はただ、ちょっとしたことが心に引っかかってるだけ」

県 「……」

チェシャ「だけど、ときが経てば経つほどリアルで交わした言葉の重みが増し

 ていくんです」

県 「ずっと音信不通だったから何も分からないし、何も伝わってこなかった」

チェシャ「そこまで気がつく人じゃないんですよ。社家地さんは」

県 「(遠いまなざし)社家地君のことは少女時代の淡い思い出でしかないは

 ずなのに、いざとなると迷ってしまう」

  純、じっと耳を傾ける。

県 「どうしてだろう?」

チェシャ「(微笑)そろそろ戻りましょう。じきに日が暮れます」

  その声を聞いた純、こっそり階段を降りていく。

  チェシャもその場を離れていく。

  県も屋上から出ようとしたところ、チャチャが登場、小声で県を呼び止める。

チャチャ「待ってください、県さん」

県 「(振り返る)誰?」

チャチャ「私はチャチャ。この世界を設計した者です」

  チャチャ、悟られぬよう、チェシャが消えた方向を横目で睨みながら、何

  事か県にそっと耳打ちする。

チャチャ「社家地さんが好きな歌を教えます」

  じっと耳を傾ける県。


○ 朝・最後の日・高校(全景)


○ 同・校門(朝)

  「邯鄲高校学園祭」と立て看板が。

  校門に差し掛かった三郎太をチェシャがこっそり呼び止める。

チェシャ「今日で最後ですよ」

三郎太「分かってるって」

チェシャ「学園祭の打上げで思い人に告白する手はずですから」

三郎太「(微笑)もう決めたから」


○ 同・廊下

  生徒たちが。賑わいをみせる。

  「家庭部パティスリー」と張り紙が。


○ 同・家庭部の教室

  ケーキバイキング。女子たちで賑わう。

  奥の席で静女が紅茶を飲んでいる。

  パティシエールに扮した笙子と唐音。

唐音「よかった。皆美味しそうに食べてる」

笙子「唐音ちゃん頑張ったもんね」

  純が様子を伺いに来る。

貴南「(営業スマイル)いらっしゃいませ」

  ウェイトレスに扮した貴南。

純 「気合入ってますね」

貴南「(自嘲的に)私の見せ場が少ないからってチェシャがいうもんで……」

純 「女の子から見ても可愛いですよ」

貴南「いやぁ、9号の服って何年ぶりかしら♪」

純 「じゃあ、私はミルクティーのケーキセット」

貴南「毎度ありがとうございまーす」

  別の生徒たちが入ってくる。

  貴南、再び営業スマイル。

貴南「いらっしゃいませー♪」

  純、静女の向かいの席に腰掛ける。

純 「静女先生もここなんですね」

静女「(声を潜める)ちょっといい?」

純 「何でしょう?」

静女「(純に耳打ち)不思議猫、チェシャの他に誰かいる」

純 「そうなんですか?」

静女「誰かが純ちゃんルートに細工したらしいの」

純 「ああ……(にわかに驚きが)って?」

静女「(慌てて純を制止)静かに!」

純 「あ……でもそれが何になるんです?」

静女「不思議猫は県さんに肩入れすべきか否か意見が割れてる」

純 「ケンちゃんは今更リカバリーしようがないのでは……」

静女「ううん、まだどんなどんでん返しがあるか分からない。気をつけて」


○ 同・漫画研究会と文芸部合同の教室

  生徒たちの作品が張り出されている。

  三郎太のレポート『物言わぬ姫の伝説』。

  純、それをじっくり読んでいく。

三郎太「どう?」

純 「よく調べたね」

三郎太「姫をモチーフに漫画を描きたかった」

純 「へえ。なら、せっかくのネタをここで発表しちゃっていいの?」

三郎太「(微笑)だって、僕はもう……」

純 「あ……」

  唐音が入ってくる。

唐音「あ、いたいた。お兄ちゃん、ちょっと来て」


○ 同・写真部の教室

  写真がパネルに展示されている。

  唐音が三郎太の手を引く。

唐音「こっちだよ、ほら、県さんの写真」

  子猫とかくれんぼした写真。

  タイトルは『ここにいるよ』。

三郎太「(まじまじと)ここにいるよ……

 (ハッと)私はここにいる」

唐音「どうして県さんに何も言わないの?」

三郎太「一度だけ電話したことがある――」

  唐音、三郎太の顔を見つめる。

三郎太「一度だけでいい、再会したいと願ってた。でも、もうこれ以上は望ま

 ない、そう思ったのさ」

唐音「そんなの嘘だよ」

三郎太「嘘じゃない。次、電話したときが本当の最後になるんじゃないか、そ

 れが怖かった」

唐音「違う。嘘に決まってる。だって県さんもここにいるんだもの。自分にも

 他人にも嘘をついて、酷いよ」

  唐音、プイと出ていく。見送る三郎太。


○ 同・屋上

  青空。県がぼんやりと景色を眺めている。

  純が上がってくると隣に位置どる。

純 「今日で最後だね」

県 「……」

  風で髪がなびく。

純 「あの――」

県 「(微笑)何?」

純 「はっきりしたことは分からないけど、私の存在がシナリオを狂わせてる

 かもしれないんだ」

県 「チェシャがそう言ったの?」

純 「実は……そう」

県 「(向き直る)たとえシナリオにミスが、プログラムにバグがあったとし

 ても、選んだのは全部社家地君よ」

純 「それは私には答えられない」

県 「ふらふらして女の子を何だと思ってるんだろうね」

純 「……私のイベントだけ何か見えない力に動かされてる気がするんだ」

県 「それで済まないとでも思ってるの? どうせ直ぐ醒める夢なんだから、

 考えたって仕方ないじゃない」

純 「でも、私の所為だとしたら――」

  県、悪戯っぽい笑みを浮かべる。

県 「バグがあるなら逆手にとればいいのよ。決めた、私、チートするから」

純 「チート?」

県 「正ヒロインの特権よ」

  県、そう言って屋上から去る。


○ 同・体育館(全景・夕方)


○ 同・打上げパーティ(夜)

  体育館で打上げパーティ。生徒たちが集合。その一角に召喚された娘たち

  がいる。

笙子「今夜で最後だね」

唐音「誰に告白するんだろう?」

  三郎太が体育館に入ってくる。

  それを見た娘たち、疑心暗鬼。

静女「県さん、結局恋愛フラグ立たず?」

純 「ずっと避けられてましたから」

貴南「でも、私に告白されても困るし」

唐音「私、知ってる。純さんのイベントが一番多かった」

純 「私、もしかして攻略されてる?」

貴南「何よ、今まで気づいてなかったとでも言うの?」

純 「え? いや、そんなはずでは……」

笙子「じゃ、純ちゃんで決まり?」

純 「そんなこと急に言われても……、私どうしよう?」

  幸福なエンディングが純の脳裏に去来。

  と、拍手と共に県がステージに登場。

純 「ケンちゃん?」

  県、ギターを手に弾き語りはじめる。

  "She Moved Through the Fair" というアイルランド民謡。


県 My young love said to me:

 "My father won't mind.

 And my mother won't cite you

 for your lack of kind."

 Then she drew closer to me

 and this she did say:

 "It will not be long, long, love,

 'till our wedding day."


純 「(じっと耳を傾ける)……」

  と、突然、体育館の照明が落ちる。

純 「えっ?」

唐音「何これ?」

  周囲が暗闇に包まれていく。


○ 体育館・卒業式(春)

  灯りが戻ると体育館では卒業式が行われている。

純 「卒業式? 何これ?」

  壇上では笙子が卒業証書を受領する。

  校歌斉唱。

  さらに場面は唐突に移り変わる。


○ 式後・正門前校庭

  うららかな日差しが庭を照らす。

  賞状筒を手にした生徒たちが行き交う。

  静女が出てくると、笙子と貴南が挨拶に訪れる。唐音と純も寄ってくる。

唐音「笙子先輩、貴南ちゃん、卒業おめでとう」

静女「これからも頑張ってね」

笙子「静女先生、私たち、無事卒業です?」

貴南「今いきなり時間が飛んだよね?」

静女「……不思議猫が何かしたのかしら」

純 「たまには顔見せてくださいね……って、これ、どうなってるんだ?」

県 「隠しイベントよ」

  と、県と三郎太が並んでやってくる。

  二人は互いに顔を見合わせ、微笑む。

  召喚された娘たち、一様に驚く。

唐音「いつの間にか仲良くなってる」

  不思議猫三人娘(人間体)が顔を出す。

チャチャ「私はチャチャ。県さんの好感度をリカバリーしました」

  拍子抜けした純、ホッと安堵する。

純 「これがチート……」

チャリ「私はチャリ。純さんのシナリオを書いたのは私よ」

純 「お前か!」

  チャリ、意味深に微笑む。

チェシャ「さあ、皆揃いました」

  娘たちの視線が三郎太に集まる。

チェシャ「社家地さん、いよいよその時です」

  三郎太、召喚された娘たちを見つめる。

純 「?」

  決めかねた様子の三郎太。

  と、日差しが一瞬陰る。

  固唾を呑んで見守る県。苛立った表情を見せると、三郎太の許に寄る。

県 「(小声で)優柔不断にも程があるでしょ」

  依然、黙り込んだままの三郎太。

県 「社家地君?」

  と、三郎太の体からふいに力が抜け、その場に糸が切れたマリオネットの

  ようにくずおれる。

県 「社家地君!」

  意識を失った三郎太。

  日差しは消え、周囲は闇に包まれていく。

県 「(空を仰ぐ)どうなってるの?」

チャリ「今、社家地さんの命が燃え尽きようとしてる」

純 「(ハッと)まだ逝っちゃいけない!」

チャチャ「時間はあったはずよ」

チャリ「約束の期限は一ヶ月。タイムシフトしても正味の時間は変えられない」

チャチャ「あ……」

  娘たち、三郎太の許へ駆け寄る。

県 「心に決めた人は……誰?」

チャリ「(首を振る)誰も……」

県 「誰も? 誰も選ばない?」

  チャリ、うなずく。

  三郎太、意識を取り戻すと微笑。

三郎太「恋愛シミュレーションって最初のプレイじゃ攻略できないものなんだ

 よ……」

県 「そんな……じゃあ――」

三郎太「初めから決めてた。最後に皆に一言伝えたい」

県 「あ……」

  三郎太を見守る娘たち。

三郎太「唐音ちゃん、ごめんな。教員採用試験受からなかった」

唐音「……(小さく首を振る)」

三郎太「末っ子だから、ずっと妹が欲しかった。ありがとう」

  唐音、頷く。

三郎太「貴南ちゃん、あのときのことが謝りたくて」

貴南「(頷く)……」

三郎太「静女さん、いつも仕事で助けてもらって感謝してます。姉の様に思っ

 てました」

静女「(無理に微笑返し)……」

三郎太「笙子先輩、先輩に今の自分を見てもらいたかった。学生のときは迷惑

 かけ通しで申し訳なくて。でも、少しは成長したつもりです」

笙子「(涙目)……」

  娘たち、言葉にならない。

純 「私は……プリンだけ?」

三郎太「純ちゃんってどんな娘だろう、もしかして君こそ物言わぬ姫ではない

 か? そんな想像をしてた。全然違ったけど」

  純、無言でうなずく。

三郎太「最後に県さ……ケンちゃん、これで君の心の中で止まってた時間が動

 き出す」

県 「そんなの勝手だよ。勝手過ぎるよ……」

三郎太「よく卒業式の夢をみた。だのに、どれだけ探しても君だけいなかった」

県 「……」

三郎太「見つけられなかったのは僕の方だ」

県 「何でいつもすぐ諦めるのよ……」

三郎太「(笑顔)でもほら、こうして会えた。これだけでいいんだ……」

  県、涙目でかぶりを振る。

三郎太「駄目だよ、それじゃ……このゲームは一度きり。リプレイできないん

 だ……」

  やがて暗闇が全てを包み込む。

チェシャ「……今、命の火が消えました」


○ 亜空間・暗闇

  元いた暗闇に戻る。ハッとした娘たち。

  チャチャとチャリの姿は消えている。

チェシャ「皆さんお疲れさまでした。これでゲームオーバーです」

  安堵のため息が漏れる。

唐音「あの、このこと、ずっと憶えてるの?」

チェシャ「では記憶を消しましょう」

唐音「いえ、そこまでは、別にいいです……」

  唐音、ポツリと心情を吐露する。

唐音「社家地先生、最後まで自分に嘘をつき通したとしか思えない」

純 「……」

唐音「それであの世へ旅立って何になるの?」

笙子「嘘なのは社家地君も知ってる」

静女「社家地君のことだもの、これしか選択肢がないと思い込んだのね、きっと」

  唐音、頷く。

チェシャ「他の方は?」

貴南「私はリアル従姉だし、骨くらい拾うよ」

静女「私も同僚ですから」

笙子「(静女に)学生のとき以来、音信不通なんです。よろしければ連絡先を

 ――」

静女「(頷く)いいですよ」

チェシャ「純さんは?」

純 「袖すりあうも……多生の縁かな」

チェシャ「純さんがすり合わせたのはお尻です」

純 「それを言うなっ!」

  笑う娘たち。場が和む。

チェシャ「県さんは?」

県 「……」

貴南「三郎太って、昔私のとった態度を無意識に繰り返していたんだね」

  頷いた県、おもむろに口を開く。

県 「私……記憶、消してください。憶えていてもつらいだけだから」

純 「ケンちゃん……」

静女「いいですよ、そうすれば。なら、私が貰っていくから」

県 「!」

純 「静女さん」

静女「頼りないけど可愛いと思ってたの」

  県、無言。震える肩。涙がこぼれる。

  純がそっと寄り添う。

静女「嘘。県さんが社家地君の一番だから」

  チェシャ、微笑。

チェシャ「ご協力いただいた皆様には後々お礼を致します。くれぐれもお忘れ

 なきよう……」

  不思議猫の姿が消えると光が戻る。

純N「それで私たちは現実に引き戻された。

 確かに一秒たりとも進んでいなかった」


○ 現実世界・街

  雑踏を独り歩く純(22)。

T 「しばらく後――」

  賑やか且つ雑然、現実感ある風景。

純N「己の人生をリカバリーした社家地三郎太は彼岸へと旅立った」

  純、空を見上げる。

純M「あれは……夢だったのだろうか?」

  と、純、県(28)とすれ違う。

純 「(振り返る)おや?」

  立ち止まった県、言いよどむ。

県 「ごめんなさい、名前思い出せなくて」

純 「それでいいんです。ここから先は皆、それぞれの道を歩んでいくんです」

県 「(伏し目)そうね、そうかしら――」

  と、県の記憶が甦る。フラッシュバック。

県 「(驚き)ああっ――」

純 「(微笑)思い出しました?」

  県、ぷっと笑うと純を指差す。

県 「(口許を隠して)プリンちゃんだ~」

純 「そー来ますかっ!?」

  と言いつつも、笑いあう二人、やがて同じ方向を向く。

  話し合いながら歩いていく二人。


● エンドロール


○ 現実世界・唐音の部屋

  唐音(20)の後姿。フォトスタンドを

  手に。中学時代の写真。笑みが漏れる。


○ 同・唐音の通う大学・図書館

  図書館で勉強する唐音の後ろ姿。

  脇に積まれた本、教育学関連のもの。


○ 同・貴南の家・室内

  部屋の中をせわしなく駆け回る幼い息子

  と娘。貴南(29)、洗濯物を畳んでいる。

  貴南、息子が放り投げたシーツを見上げる。

  ×  ×  ×

  貴南、アルバムを広げる。幼い頃の写真。

  隣に三郎太(3)の姿。

  息子と娘が貴南の脇で興味深そうにする。


○ 同・笙子の勤める料理教室

  笙子(29)、主婦たちの調理を見守る。

  主婦たちに交じって静女がいる。

  笙子、静女と二言、三言会話を交わす。

  ×  ×  ×

  学生時代の友人から「社家地君の件」と携帯にメールが入る。

  メールを開こうとすると、夫から着信。


○ 同・静女の勤める会社(昼休み)

  照明が消された薄暗いオフィスフロアで独り仕事を続ける静女(30)。

  静女、携帯電話で三郎太のブログに遷移、コメントを残す。

  ハンドルネーム「世界でただ一人のウォッチャー」


○ 同・純の通う大学・キャンパス(朝)

  駆け足気味に純がやってくる。

  キャンパスの片隅に集まった数匹の猫。


○ 同・大学・階段

  階段で男子学生とすれ違いざま、純、参考書を落としてしまう。

  学生、謝りながら本を拾う。純、苦笑。

  純の笑みにきょとんとした表情の学生。


○ 同・純の部屋

  純、ノートパソコンで小説を執筆する。

  仮題『物言わぬ姫』。


○ 同・県の勤める病院(朝)

  看護師姿の県、病室を巡回する。

  ふと窓の下を見やると、チェシャ、チャチャ、チャリ(人間体)が見守っ

  ている。

  県、笑顔で小さく敬礼。


○ 同・灯台のみえる磯

  県、三郎太と純が訪れた磯を訪れる。

  海が眼下に広がる。写真を撮る県。

  県、一枚の写真を取り出すと、海へ向け放り投げる。

  宙に舞う写真。海へと消えていく。


(了)



※劇中の年齢は社家地の年齢に合わせて若返っている。

実年齢は社家地28歳、純22歳、県28歳、笙子29歳、

 貴南29歳、静女30歳、唐音20歳くらい。


※挿入歌・アイルランド民謡 "She Moved Through the Fair" の歌詞

 はアート・ガーファンクルのアルバム「ウォーターマーク」に収録

 されたものを引用。

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リカバリー&リプレイ(脚本形式) FZ100 @FZ100

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