第30話 ハッピートリガー

(あたしのイメージする天国は、辺り一面色とりどりの花が咲いていて、白い蝶々が舞っていて、澄んだ湖があって、虹が掛かっている。そんな世界だ)


 パレットは恐る恐るまぶたを開けようとした。だが、すぐに違和感に気づいた。銃口は上を向いている。パレットの銃を持った腕は、誰かに掴まれていた・・・・・・


 そう、パレットは死んではいなかった。この男性に、自殺を止められたのだ。


「命を粗末にする奴は……天国になんていけねぇよ」


「誰っ!?」


 パレットは、掴まれていた腕を振りほどく。そして距離を取って、震える手でその謎の人物に銃口を向けた。


「おいおい、そんな物向けてくれるなって。物騒な嬢ちゃんだな」


 謎の人物は、頭に被っていた赤いキャップのツバに手を掛け、目深に被り直す。その場にいた黒髪のポニーテールの少女は、ボソッと呟いた。


「本当に誰?」


 ジト目の少女も首を傾げる。


「知らない人なのです……」


 黒髪の少年は、無言のまま顎に手を当て、謎の人物をジッと見つめている。


「お待ちしておりました、神様・・


 ピエロが謎の人物の前に出て、ひざまづいた。


「「「「……神様!?」」」」


 彼らは口々に驚愕きょうがくの声をあげた。


(本当に……? この人物が、なの!?)


 見た目から年齢は30歳前後、真紅のマフラーを巻き、赤いキャップを被った黒いマントを羽織っている。


 謎の人物は、自身の被っていた赤いキャップを、青い鳥の頭の上に置いてニッと笑った。


「久しぶりだな、ピーちゃん。遅くなって悪かったな」


「悪かった、じゃないわよッ!! 死人が出てるのよッ!? アンタのそういう所が嫌いなのッ!!」


「今回はほんとスマン! 来る途中で瑠璃・・に絡まれて大変だったんだって」


「うっさいッ、バカバカバカッ!」


 青い鳥はピィピィ鳴きながら、神と呼ばれる人物の頭を激しくクチバシでつつく。


(この人が……本当に神なの……?)


 貫禄はそれなりにあるが、少し派手なおじ様、といった印象だ。それにこの雰囲気。とても目の前に死人がいるノリではない。


 神と呼ばれる人物は、肩に青い鳥を乗せながら、黒髪の少年の元へ近づいていく。


「お前がピーちゃんの新しいパートナーか? 騒々しくて悪いな。でもいい奴なんだ」


「……ああ」


 神と呼ばれる人物は自慢げに胸を張った。黒髪の少年は困惑している。


「ピーちゃんの秘宝、貸して貰えるか?」


「ヒナコの秘宝……」


 黒髪の少年は、青い鳥がいつも入っている虹色の秘宝を、神と呼ばれる人物へと手渡した。


「ありがとな」


 神と呼ばれる人物は、目を閉じて虹色の秘宝を胸元へと当てた。すると虹色の宝箱は、さらにその輝きを増していく。


【「アタシはピーちゃんよ。こいつは下っぱの黒城」】


【「……これは旧世紀文字ねッ」


「ピーちゃん、読めるの?」


「そりゃあねッ」】


【「よく言ったわッ! アタシもアンタを新しいパートナーに選んだかいがあったわッ!」】


 ただの鳥でないことは、薄々気づいていた——


「ピーちゃん行くぞ! モードチェンジだ!!」


「任せてッ!!」


 神と呼ばれる人物は、秘宝を持った腕をバッと前に突き出し、虹色の光・・・・を青い鳥へ向けて放射した。


 青い鳥の大きさは元の数倍となり、頭には立派なトサカが生え、尾羽が三本生えていく。その神々しい姿の鳥は……


[SSランク秘宝——Pちゃん——Phoenix 《フェニックス》モード]


「青い不死鳥……!?」


 パレットは思わず眼を見開いた。その神鳥の羽ばたきはキラキラと輝きを放っている。


「これがあいつの真の姿だ。フェニックス!!」


「「神鳥ゴッドフォーゲル蘇生術リアニメイト!!」」


 不死鳥からの翼から放たれた光が、青髪の青年の体を包み込んだ。斬られた傷が癒え、床に飛び散っていた血液も見る見るうちにヴァルカンの体内へと取り込まれていく。


「っ……某はいったい……何が起きた……」


 青髪の青年は、頭を抑えながら起き上がった。


「ヴァルカン!!」


 パレットは青髪の青年に駆け寄り、勢いそのままに抱きついた。


「おっ、おいパレット、状況が呑み込めん、説明しろ!?」


「何でもいいの……何でもいいのよっ!」


 パレットは青髪の青年に抱きついたまま、その後しばらく、涙を流した。


 ♢ ♢ ♢ ♢ ♢


 不死鳥は、青髪の青年を蘇生させると、元の小じんまりとした姿に戻っていた。


「さてと、帰るとすっかぁ!」


 神と呼ばれる人物は、肩をブンブンと回していた。


「っと……その前に……」


 赤いキャップを被り直し、神父の元へと近づいていく。そして、神父の前へと歩いていった。神父は歯ぎしりをしながら、神と呼ばれる人物を睨んでいる。


「な、何をする気だ……」


 神と呼ばれる人物は、神父の前で赤いキャップを脱いだ。神父は手を前へ突き出し、眼を伏せた……神父が目を開けると、神と呼ばれる人物は深々と頭を下げていた・・・・・・・・・


「なっ……」


「瑠璃と話をしてきたんだ。お前の素性は知ってる……お前と、そこにいる金髪の少女には、凄く悪いことをしちまったと思ってる」


(あたしも……? 神がどうしてあたし達に頭を下げるの?)


 不思議そうな顔をしているパレットに、青い鳥が口を挟んだ。


「アイツは、神なんて呼ばれてるけど、1人の人間なのよッ。ただ、他の人間と大きく違うのは、アイツの持ってる秘宝獣がトンデモナイ代物ってことよッ」


「とんでもない代物……?」


 聞かされたのは、人智を超えた秘宝獣の能力であった。


「アイツの持つ秘宝獣、時司龍『ヴァイス』の能力……それは、過去の分岐点を・・・・・・・別の選択肢に変える力・・・・・・・・。時間の移動ができるのよッ」


「時間の移動!?」


 瑠璃様という人物は、神の能力を、好きに世界を創造し、破壊する能力だと思い込んでいた。しかし、それは違っていた。


 神の行っていた能力は、世界の創造ではなく、過去への遡行・・・・・・だったのだ。過去を別の選択にやり直すことができる力。


 その際、やり直す前の世界と、やり直した後の世界、二つの世界が存在することになる。パレットの前いた世界は、前者がそのまま継続した世界だ。


「でもそれなら、フェニックスを使わなくても、その能力を使えば簡単にヴァルカンを生き返……」


 パレットが言いかけた途端、そのカラクリに、重大な欠陥に気づいた。


「駄目だ……それだとヴァルカンが生きている世界と……生きてない世界・・・・・・・・が出来てしまう」


 神と呼ばれる人物は、パレットの自問自答に頷いた。


「そうだ。そして俺は、別の平行世界を行き来できる能力を得た瑠璃に会ったことで、初めてその事実に気づかされた。俺の知らないところで、救われない世界がたくさん出来てしまっていたことに……」


(そっか……神様はこの世界を良くするために、何度も過去の歴史をやり直したんだ。でも結果として、やり直した回数だけ救われない世界を創り出してしまった)


「瑠璃は、鋼帝国開放戦線で共に皇帝と戦った俺の仲間だった。でも、俺は共に戦った瑠璃を置いてきぼりにして、自分だけ別の平行世界に行ってしまったんだ……」


神と呼ばれる人物は、恨まれて当然だ、と呟いた。


「湿っぽくなって悪かったな。さて、今度こそ帰るとしますか」


 神と呼ばれる人物は、虹色の宝箱を開けた。


解放リベレイト、The Melt Doragoon《ザ・メルト・ドラグーン》!!」


 虹色の宝箱から、赤い巨大なドラゴンが飛び出した。


「人間ふぜいが!! 我に何の用だ」


 赤いドラゴンは上から目線で、神と呼ばれる人物に話しかける。


「こいつらを陽光町まで送り届けてくれ。俺はこの戦艦の後処理を請け負う」


「貴様、我に雑用を頼むだと? 消し炭にされたいのか?」


 赤いドラゴンは力強い眼で神と呼ばれる人物を睨む。

 しかし、神と呼ばれる人物は屈託のない笑顔で返した。


「頼んだぜ、メルト」


「チッ……乗れ、グズグズしていると消し炭にするぞ」


 黒髪の少年と青い髪の青年、ポニーテールの少女とジト目の少女、ピエロとパレットは、赤いドラゴンの背に乗った。


「全員乗ったか? 行くぞ……」


「待って……!!」


「なんだ……?」


 ドラゴンが飛び立とうとする前に、パレットがストップをかけた。そして、神父の元へと向かった。


「お父さん、一緒に帰ろう?」


 パレットは手を伸ばしたが、神父はそれを払い除けた。


「ワシは重大な過ちを犯した……もうワシに生きる資格など……」


パレットは叫んだ。


「あるよ……!! 生きる資格は、誰にでもある!!」


「彩……ワシを許してくれるのか……?」


「うん。お父さんは、あたしのたった1人の家族なんだから……」


 パレットは、無理やり神父の腕を引いた。


「帰ろう、陽光町に……」


 パレットは神父を連れて赤いドラゴンの背に乗った。


「もう待ったはなしだ……行くぞ……!!」


 赤いドラゴンはその大きな翼を羽ばたかせ、外壁を口から吐いた高熱の炎で溶かした。


灰燼かいじんに帰せ!!」


戦艦の外へと突っ切った。雲の下へと突き抜けていくと、今ではすっかり見慣れた陽光町の景色があった。


(帰ってきたんだ……あたしたち。この陽光町へ……)


 青い空の下、朝日の光に照らされながら、パレットとその仲間達は、全員無事に帰還した。こうして彼らは、いつもの何気ない日常・・・・・を取り戻したのであった。


幸福ハッピー誘因トリガー


それは気づいていないだけで、あなたの身近なところにあふれているのかもしれない。

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