第29話 トリガーハッピー

「ヴァルカァァァァン!!」


 パレットの悲痛な叫びと共に、青い髪の青年はその場に崩れ落ちた。床は血で真っ赤に染まる。青い髪の青年は、微かな声で言葉を紡ごうとする。


「喋らないで、傷口が開いちゃう!!」


「……大切な人を……守りたかった…………それくらい言わせろ……」


「ヴァルカン……」


 青い髪の青年はそう言い残し、静かにまぶたを閉じた……パレットは彼の手をギュッと握った。その瞳からは涙が溢れている。肩が震えている。


「よくもヴァルカンを……許さない! 許さない!! 許さない!!!」


 パレットは床に落ちていた自身の愛銃、ベレッタ92Mark-Ⅱを拾った。そして弾丸を全てリロードし、黒い鎧の剣士に無心で撃ち込んだ。


 何発も。


 何発も。


 しかし、弾丸は全て、黒い鎧の剣士をすり抜けていく。実体があるのかすら疑わしい。


「皇帝を……鋼帝国を滅ぼす!!」


「ぶっ殺してやる!!」


 パレットの眼は血走っており、十数発にも及ぶ射撃を一向に辞めようとしない。


 銃声と反動により意識に空白の時間ができてしまうことで、正確な状況判断ができなくなり、目標に対する射撃のみを執拗に行うことを『トリガーハッピー』と呼ぶ。


 今のパレットは、まさにその状態だ。


 闇雲に虚空を切り裂く黒い鎧の剣士。実体のない憎悪の亡霊を撃ちまくる金髪の少女。


 戦いすら成立していない。


 パレットの瞳からは、数滴の涙が床へと零れ落ちる。


(どうして……どうして当たらないのよ……こんなにも殺してやりたいのに……)


 涙が波紋のように床に落ちた時、パレットの脳裏に誰かの声が呼び起こされた。


【「ベレッタMark-Ⅱは、『心の形』が弾となって放たれる。例えば、不安な気持ちが強かったら弾道も安定しない。逆に、明確な殺意があれば殺傷能力の高い弾丸にもなりうるわけさ」】


(この声……誰の声だっけ……)


【「この銃をどう使うかは、パレット、あんた次第だ。」】


(そうだ……ミリタリ屋のジャンヌだ……)


 パレットは、赤いバンダナを巻いた金髪の青い眼をした女性の顔を鮮明に思い浮かべた。


(でも、一体どんな弾を思い描けばいいの……? 必ず殺せる弾……?)


 いや、違う。パレットはブンブンと首を横に振った。復讐はさらなる復讐を生む無限の連鎖だ。それは戦争を経験したパレットなら一番良く知っている事だ。


【「彩……隣人を愛しなさい」】


 パレットの脳裏に、もう一つの言葉がよぎった。どこか懐かしい、安心する声色だ。


(あなたは誰……? 誰なの……?)


 パレットは自分の記憶を探る……そして思い出した。


(お母さん……?)


 それは、パレットがこの世界に来る5年前、病に伏せて息絶えた、母親の声だった。パレットの根の部分の優しさは、母親の愛情によって育まれたものだった。


(そうだ……! もしかしたら……)


 パレットは、思考を現実へと引き戻した。そして、手に持っている愛銃を見つめる。そして、フッと笑った。


「見つけたよ、ジャンヌ、お母さん……」


 パレットは銃口を、頭を抱えて苦しんでいる黒い鎧の剣士へと向ける。


「これが、あたしの……」


 ♢ ♢ ♢ ♢ ♢


 ——パァン


 1発の弾丸が、黒い鎧の剣士に向かって放たれた。弾丸は美しい白い光を放ちながら、黒い鎧の剣士の脳天へと直撃した。


「Memoriaru Bullet!!《メモリアル・バレット!!》」


 その弾丸は、この世界に来てからのパレットの思い出を、全て乗せた一撃だった。


 射的をした思い出、初めて秘宝バトルを見た思い出、パーティを楽しんだ思い出、地下迷宮を冒険した思い出、そして花火大会を眺めた思い出。


『パレット』というのは、絵の具を出してまぜ合わせるための板状の道具のことだ。彼女はこの世界で、多くの人と出会い、たくさんの『色』に染まった。


 その思い出を、黒い鎧の剣士に『伝えた』のだ。


(届いて……あたしの想い……あなたにも、復讐よりも大切なものがあったはずよ……)


 パレットが『禁忌の秘宝——ベルセルク』を手に入れた棺桶の中には、色とりどりの綺麗な花々に囲まれた、白いドレスを着た美しい女性が静かに眼を閉じていた。その美貌は、思わずパレットが息を呑むほどだった。


[『勇猛なる剣士と囚われの姫』


 ずっとずっと昔のこと——


 東の果てのとある国。その時代の皇帝は、自国を他国による侵略から守るため、国全体を巨大なシェルターで覆いました。


 太陽すら偽物の人工物です。青空は見えません。国の人々はみな、このドーム状の鋼鉄の檻、『lagoon《ラグーン》』の中で暮らしています。


 アリンコ1匹外に出さない鋼鉄の壁。鳥も自由には羽ばたけません。


 その国はやがて、『鋼帝国』と呼ばれるようになりました。


 ですが『鋼帝国』は、他国の脅威に備えるため、国民に重税を課しました。その費用はほぼ全て、新たな軍事兵器の開発へと注ぎ込まれました。


 人々は貧困にあえぎ、治安は乱れに乱れました。ですが皇帝は軍事開発を止めませんでした。


 そんなある日、皇帝の第一王女である姫君が、皇帝の態勢に異を唱えました。国民の多くも、姫君の意見に賛同しました。


 しかし、姫君は牢獄へと囚われてしまいました。皇帝の独裁的なやり方に耐えきれなくなった国民は、剣を取り立ち上がりました。革命の火蓋が切られたのです。


 ——多くの犠牲と引き換えに、人々は自由を取り戻しました。国を覆っていたシェルターは取り除かれ、人々は青い空を再び拝むことができたのでした。


 その日を境に、暦は旧暦から新暦と呼ばれるようになりました。


 救国の英雄の誕生を祝して——


  ——とある淑女の古伝


 ♢ ♢ ♢ ♢ ♢


 白い光に包まれながら、黒い鎧の剣士の魂は、秘宝の中へと吸い込まれていった。消える間際、黒い鎧の剣士の口の動きが、こう告げていた。


「ありがとう」


 と。パレットの『愛』を込めた弾丸の光が、長い間、ずっと憎しみに満ちていた魂を浄化したのであろう。


 ドタドタドタ、と遠くから数名の足元が聞こえてくる。


 青い鳥と黒髪の少年、ポニーテールの少女とジト目の少女に、ピエロも一緒である。ポニーテールの少女は笑顔で駆けつけた。


「ヴァルカン、そっちもケリが着いた? ……えっ……」


 が、その眼に飛び込んでいたのは、すすり泣くパレットと、血まみれで倒れる青い髪の青年の姿であった。


 黒髪の少年は、青い鳥と相槌を打つ。


 青い鳥は、翼から青白い光を放ち、パレットの腕の傷を癒した。


「ヒナコ……倒れている男の方も、お前の回復能力で治してあげられないのか?」


「それはムリよッ……今のアタシにできるのは、生きてる・・・・人間や秘宝獣の回復だけよッ……」


「うっ……うぅっ……ヴァルカン……」


 無理だと聞いた途端、パレットのすすり泣く声が一層激しさを増した。最後の希望も絶たれてしまったのだ。


 そこにいる全員が俯き、眼を逸らしている。かける言葉も見当たらないといったところだ。


「ワシは……危うく、妻だけでなく、娘の命まで失うところだった……」


 神父も膝をついて呆然としていた。心ここに在らずといった状態だ……


 何を思ったのか、パレットは銃を自分の・・・コメカミに当てた。


(ヴァルカン……天国はあるんだよね……?)


「ちょっと!? 馬鹿なことは止めて!?」


「落ち着いて話せばわかるのです!?」


 ポニーテールの少女とジト目の少女の静止も、今のパレットの耳には届かなかった。ゆっくりと、銃のトリガーに手をかける。そして……


(See you in the heaven 《また天国で会いましょう》)


 ——パァン


 乾いた銃声が、空に響いた——

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