第27話 決闘

 時は少しさかのぼり、数時間前——


 祭りの後の陽光神社を、黒髪の少年と青い鳥は訪れていた。花火大会で賑わっていた神社も、深夜の0時にもなると人の気配一つしなかった。


「夜の神社ってッ、薄暗くて不気味ねッ……」


「全て片付いたら、肝試しでもやるか?」


「冗談言ってる場合じゃないでしョ!」


 裏を返せば、さっきまで精神的に不安定になっていた黒髪の少年も、冗談が言えるくらいまで回復していたということだ。


 神社の片隅にある小さなやしろ観音かんのん開きすると、身をかがめることで人が1人入れるくらいの小さな空間しか無かった。


「なにもないじゃないッ?」


「よっ……と」


 黒髪の少年は小さな社へ入り込んだ。


 ——ガコン


 するといきなり床が外れ、黒髪の少年は滑り台のよう装置で下へと落ちていった。


「!? うぁぁぁぁっっ……」


「黒城ッ!? 今行くわッ!!」


 青い鳥も慌てて装置に乗っかった。


「うぁぁぁぁっっ…………ここは……?」


 黒髪の少年が滑り台のような装置から降りると、真っ暗な部屋の真ん中に、左右からスポットライトが当てられる。


「よく来たね♪ ここがボクちんのホーム、『秘密基地エリア』さ♪」


 ピエロがお辞儀をして言い終わると、部屋の全ての証明が照らされた。いくつもの電線が繋がれた最新機器が配備されており子供の秘密基地と言うより、大人のアジトのようだ。


「……!! 黒城ッ、アレを見て!!」


 青い鳥が翼を指す方向には、ダムドレオの所有者である長い黒髪の少女が横たわっていた。


「ウチの学校の元生徒会長が倒れてる……やっぱり罠だったのねッ……」


「エロ?」


 青い鳥が臨戦りんせん態勢に入ると、


「きゃぁぁぁぁ……!?」


 もう一人、誰かが滑り台のような装置に乗って降りてきた。


「いったたっ……ここは?」


 黒髪のポニーテールの少女だ。当たりをキョロキョロと見回している。


「菜の花? どうしてここに……」


「あんたと同じ理由よ。金髪の子を探そうにも手掛かりがなかったから、仕方なくあんたの後をつけてきたのよ……社に入っていったから私も入ってみたら、底が抜けて、もう最悪……」


 黒髪のポニーテールの少女は身なりをかなり気にしていた。ホコリを被ったショートパンツをパンパンと払う。


「エロエロエロ♪ その装置もここ最近使ってなかったからね♪ 楽しめた?」


「「楽しくない!!」」


「エロロ……」


 黒髪の少年とポニーテールの少女の声が重なった。

 ピエロはちょっとだけションボリとしていた。


「んっ……騒がしくて眠れないのです……」


 ジト目の少女が目を擦りながら上半身を起こした。


「あれッ、アンタ、ピエロにやられたんじゃッ……」


「ヒナコ、また早とちりだったな……」


 ジト目の少女は欠伸あくびをしながらゆっくり起き上がる。その少女は夏休みでも何故か制服で、しかも背中に『涼』という刺繍ししゅうが施されている。


「ふぁぅ……黒城と乃呑、おはようなのです……」


「うわぁ、最悪の二乗にじょう……まさか生徒会長までいるとは……」


 ジト目の少女はトントンとポニーテールの少女の肩を叩いて、耳元でささやく。


「どんまい、なのです」


「もう嫌ぁ、この人……」


 黒髪のポニーテールの少女はガックリと膝をついた。

 ……ここまで人望がない生徒会長も逆に珍しい気もする。


「予定外の客人も来たみたいだけど♪ 戦力は多いに越したことはないね♪」


 ピエロはクルクルと踊りながら、懐からリモコンを取り出し、ポチッと押した。


 ——ゴゴゴゴゴ


 秘密基地全体が大きく形を変え、前方のシェルターからピエロの顔をした小型のジェット機がベルトコンベアで基地の中央まで運ばれ、ドーム型の天井が中心開き、その全貌を露わにした。


 天井には月光が差し込む1本の管と、その周りをガラスで覆われており、ガラスの向こうには魚たちが遊泳している。まるで水族館のようだ。黒髪の少年は何かに気がついた。


「そうか、ここは陽光公園の湖の真下か……!! 神社の滑り台のような装置から、ここへ繋がっていたんだ!」


「その通り♪ 陽光町は昔は今みたいな明るい町じゃなかった♪ でも今はハッピーワールド♪ 誰にも壊させないユートピア♪」


 ピエロは小躍りしながら小型ジェット機の操縦席へと乗り込んだ。黒髪の少年と青い鳥、ポニーテールの少女とジト目の少女も、後ろの席へと乗り込んだ。


「ジェスタークラウン号、発進♪」


 ジェット機は満月に向かい、真っ直ぐ飛び立った。金髪の少女を連れ戻すため、そして、陽光町を守るために。


 ♢ ♢ ♢ ♢ ♢


「決闘だと? 血迷ったか、彩」


「あたしは本気よ。受けるの? 受けないの?」


 パレットの言っている決闘とは、西部劇で行われている早撃ち勝負のことだ。お互いに背を向けた状態で10歩進み、振り向きざまに撃つ。瞬発力と命中精度が求められる、命懸けの死闘だ。


「お前に銃の撃ち方を教えたのは誰だと思っている? よもや記憶喪失の時に忘れてしまったのではあるまいな?」


「そうやって余裕でいられるのも今のうちよ。さぁ、決闘を受けなさい!」


「ククク……よかろう……おい!貴様らも侵入者の迎撃へ向かえ!!」


「「「はっ」」」


 割れたディスプレイの前で戸惑っていた瑠璃色のローブを着た3人に、神父は指示を出した。これで部屋の中にはパレットと神父の2人だけとなった。


 パレットと神父は、互いに銃をホルスターに入れ、背中合わせで向かいあった。銃のモデルは同じベレッタ92だ。だが、神父は知らなかった。パレットの銃が特別製であることを……


(絶対に負けられない……)


 パレットと神父は同時に足を出した。どちらも引き締まった表情をしており、緊迫した雰囲気が伝わってくる。


(2……3……4……)


 5678910!! といつものパレットならやりそうなところだが、今日は正々堂々としていた。お互いのプライドを掛けた勝負なのだろう。


(5……6……7……)


 室内には2人の足音だけが反響する。両者の額に冷汗が浮かぶ。


(8……9……)


 最後の1歩が踏み込まれる。


 ——スチャ


 ——スチャ


 同時にホルスターへと手をかけた。先に銃を抜いたのはパレットだ。そして……


(a telling shot《命中弾》!!)


 ——バン


 ——バン


 パレットの弾は、神父の銃身へと命中し、拳銃を弾き飛ばした。しかし、パレットの左腕はジンワリと赤くにじんでいる。


「くっ……」


 パレットは激痛に顔を歪ませ、左腕をかばう。


「ほう……射撃の腕前は鈍っていなかったようだな。だが、どれだけ命中精度が高くても、当てたのが銃身・・・・・・・では意味が無い」


 神父は弾き飛ばされた拳銃を拾い上げる。


「非情になれねば、命を落とすぞ」


 神父は銃口を突きつけながら、パレットの元へと近づいていく。


(お父さんを撃てなかった……前の世界では、人を撃つことに何の躊躇ちゅうちょいもなかったはずなのに……)


 パレットの敗因。それは、感情を抱いてしまったことだ。この世界でも銃を使う機会は何度かあった。しかしそれは、巨大な鋼鉄の石像や、二つの顔を持つ大海蛇に対してだ。赤髪の少年に対しても、あえて外すように撃っていた。


「さぁ、武器を捨てろ」


 パレットは愛銃であるベレッタを前方へと滑らせた。


「それだけではないのだろう? 全て捨てるのだ」


「っっ……!!」


 パレットは、神父に言われるがまま、その他の武器や秘宝、道具が入ったホルダーも前方へと滑らせた。


「良い子だ……そのポケットに入っているものは何だ?」


 ——ドクン


 それはパレットにとって、一番大切なものだった。


 パレットは、スカートのポケットからスマートフォンを取り出した。


 パレットは俯いたまま、スマートフォンをじっと見つめている。


 スマートフォンの中には、陽光町の人々との思い出がたくさん詰まっていた。


「どうした? まさか武器は捨てれても、思い出は捨てられない、とでも言うのではあるまいな?」


 神父は銃口を向けたまま、距離を詰める。その時、


 ——パァン!!


 何かが、神父の持っていた拳銃を弾き飛ばした。


「なんだと……!?」


 パレットは痛みで引きつりながらも、笑っていた。


「何が起こったか、分からない? 分からないでしょうね……ずっと教会の中に引きこもって、実際にこの世界を目にしていないお父さんには……」


 ——チャキ


 パレットは、スマートフォンを神父へと突きつけた。何故スマートフォンから銃弾が出たのか、それはミリタリ屋でのあのやり取りに秘密があった。


【「いいわ、その代わり二つ条件がある」


「条件……?」


 パレットは不利なトレードはしない。


「一つ目、この店にある武器、一つタダで頂戴。」


「ああ、一つくらいなら構わないけど……」】


 パレットは、ミリタリ屋の店主から、ある武器を一つ貰い受けていた。その武器の名前は……


「これがあたしの切り札……」


 パレットは不敵に笑った。


「スマートフォン型ハンドガン!!」

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