第26話 告白

「戻ったか、パレットよ……」


 教会の地下、瑠璃色のローブを羽織った神父がパレットに語りかける。次の瞬間、パレットは思いがけない言葉を口にした。


「はい、お父さん・・・・……」


 パレットは、その人物を神父様ではなく、お父さんと呼んだのだ。


「くくく、どうやら全てを思い出したようだな、パレット。いや、さやかよ」


 今まで神父を名乗っていたこの人物は、どうやらパレットの実の父親だったようだ。つまり、この人物もあの世界から来た人物ということになる。


「全ての事象は当初の計画通り進んでいる。外へ出るぞ」


「はい」


(地下迷宮には、邪悪な心を持った人は入れない、とヴァルカンやホッブズが言っていた。瑠璃様があたしの記憶を消したのは、戦争下で育まれた負の感情を消し去り、地下迷宮へ入れるようにするためだったのだろう。つまりは、初めからそう仕向けられていたんだ)


 パレットと神父は地下の階段を登り、そして教会の外へ出た。すると上空のほうから、パラパラパラと何かが迫ってくる音がした。ヘリコプターだ。


 ヘリコプターから長い縄はしごが降ろされる。パレットと神父は、はしごからヘリコプターの中へ移った。

 ヘリコプターは高度を上げ、雲を突き抜ける。


「見えたぞ……あれが神を誘き出すための最終兵器、『戦艦デストロイヤー』だ!!」


 目の前に圧倒的な存在感を放つ、全長300mはあろうほどの、巨大な空中戦艦が現れた。四方八方にはいくつもの砲台が備え付けられている。


(……!! なんて大きな戦艦なの!?)


「ようやく我々の悲願が達成される……この世界の神を殺し、瑠璃様が新しい神となる時が、目前に迫っているのだ」


 ヘリコプターを戦艦のへリポートに着地させ、防風服を来たパレットと神父は戦艦の中へと入っていく。


 戦艦の中には、瑠璃色のローブを羽織った人たちがウジャウジャといた。彼らも瑠璃様の持つ秘宝獣の能力で別の平行世界から連れてこられた、瑠璃様の信者なのだろう。


 パレットと神父は、いくつかのブロックを抜け、戦艦の最奥の部屋であるモニタールームに辿り着いた。15つあるモニターからは、戦艦の内外の状況が手に取るように分かる。上空から見た陽光町の様子も映し出されている。


「手始めに、この町に原子爆弾を落とす。町を護っていた結界が消えた今、この町は跡形もなくなるだろう。さすれば異変を感じた神が現れる。それを瑠璃様が討ち取るのだ」


 神父は「フハハハハ」と高笑いをする。パレットは表情一つ変えず、黙ってその話を聞いていた。


(やるなら今しかない。あたしはここで、お父さんと『心中・・する』!!)


 パレットがレッグホルスターから銃を抜こうとした瞬間……!!


 ♢ ♢ ♢ ♢ ♢


 ——ウーウーウーウー


(な、何!?)


 突如、部屋が赤い光で染まった。サイレンの音がなり、光がパカパカと点滅する。パレットも動揺して、ホルスターに銃を納める。


「何事だ!?」


「何者かがこの戦艦に接近中です……! 画面に映します」


 瑠璃色のローブを着た兵は、モニターの1つを拡大させた。そこには、白い大きな翼を背中に生やした、青色の髪、青い瞳の青年が映し出されていた。


(ヴァルカン!? どうしてここに……)


「ええい、撃ち落とせ!!」


「「「はっ!!」」」


 神父は声を大にして叫んだ。数人の兵は、電子機器を操作して砲台を青い髪の天使へと向けた。砲台から赤紫色のレーザーが連続して放たれるが、天使は身を翻しながらかわしていく。


【第二の封印を解いてしまった後、それがしは上空1万メートルより更に上、オゾン層と成層圏の間にある、『上界』……天使が住む世界へと戻った。


 ここは、音も香りもない、静寂せいじゃくな世界だ。時の流れも『下界』とは違っている。大地の代わりに、真珠母雲という虹色の雲の上に立っている。


 エメラルド色の美しい長髪の女神様は、雲の間に溜まった湖から、いくつもの世界を同時に眺めていた。溜息をついていた女神様に、某は声を掛けた。


「女神様、また例の現象であろうか?」


「ヴァルカネル、帰ってきていたのですね! ……はい、また世界が1つ、黒き龍によって滅ぼされました」


 世界が間違った道を歩んだ時、必ずと言っていいほど黒き龍が現れ、その世界を滅ぼしてしまう。滅ぶのは大概、人間の腐った世界だ。一種の浄化作用のようなものではないかと、某は考えている。


「ヴァルカネルに任せた世界は、平和そのものですね。数年前に遣わせたミカエルのフォローのおかげかしら」


「たしかに今は平和であるが……厄介なことが起きつつある。……世界が滅んだ原因の一つである『禁忌の秘宝』が、この世界でも見つかったのだ。それともう一つ……」


 某はあの金髪の少女の顔を思い浮かべた。


「この世界には、パレットと名乗る少女と、全く同じ顔の人物がいることがわかった。その少女の名は、四季 彩。そして、パレットの方は、この世界の産物ではない『銃』を扱えるのだ」


「まぁ、それはなんということでしょう」


 女神様は眼をパッチリと開けて口を覆った。某は話を続けた。


「すなわち、パレットはこの世界の者ではない可能性が極めて高い……」


「……事情は分かりました。ヴァルカネル、あなたはどうしたいのですか?」


 女神様は優しく問いかけた。某の答えは、既に決まっていた。


「某は……」 】


 ♢ ♢ ♢ ♢ ♢


 モニターには、砲撃を次々とかわす青い髪の天使が映っている。


「ええい、何をやっている!!」


 神父は勢いよく拳をキーボードに叩きつけた。天使は砲撃を全てかいくぐり、戦艦の中へと突入した。


「モニターを艦内の映像へと切り替えろ!!」


「「「はっ!!」」」


 兵たちは慌てた様子でキーボードを打ち込む。神父はイライラを隠しきれずにいた。


「現在、第一部隊が迎撃に向かっております」


「うむ、第一部隊の能力はなんだ?」


「はっ、彼らは魔法世界から連れてこられた者たちで、それぞれ炎、雷、氷の魔法を使えます」


「くくく……あの天使も終わりだな」


(ヴァルカン……)


 瑠璃様の秘宝獣、lila《リラ》の能力は想像以上に厄介なもので、あらゆる平行世界の人間を連れてくることが可能である。


 モニターの向こうの青い髪の天使の前に、3人の瑠璃色のローブの人物が立ちはだかった。彼らはニヤニヤと余裕気な表情を浮かべている。


『死ね、ボルケーノ!』 『死ね、ライトニング!』 『死ね、ブリザード!』


 炎・雷・氷の魔術が混ざり合って青髪の天使を襲い、爆発する。魔術師たちは笑みを浮かべていた。煙が次第に晴れていく……


『『『な……効いてないだと!?』』』


『解放、A-Z《エーゼット》!』


 ザリガニの張った防壁は、全ての魔術を防ぎきった。


『充填完了、ロブラスターキャノン、発射!!』


『『『うわ~』』』


 ザリガニの鋏から放たれたエネルギー砲に、雑兵たちはまとめて吹き飛ばされた。青い髪の天使はカメラに向かって叫んだ。


『パレット、聞こえているか!?』


 その声は、パレットのいるモニタールームにも届いていた。神父はパレットに視線を送った。


「まさか単身で乗り込んでくる馬鹿がいたとはな……彩、お前からも言ってやれ」


 パレットはコクリと頷いて、マイクを手に取って大きくスーッと息を吸い込んだ。そして……


「このバカ野郎ォォォォ!!」


 ——キィィィィン


 耳をつんざくような機械音が、戦艦全体に響いた。青い髪の天使もたまらず耳を抑えている。


「どうして来たのよ!? 誰が頼んだのよ!? ほんともうバッカじゃないの!!?」


 それでも青い髪の天使は、キンキン鳴り止まないその声を必死で拾っていた。


「それに……あんただって……この世界には本物・・の四季 彩がいるんだって、知ってるんでしょ!? あたしは偽物・・なのよ!!アンダースタン??」


『断じて否!!』


「!!?」


 パレットの瞳が揺らいだ。


『確かにこの世界には、もう一人の四季 彩が存在する。顔も体格もよく似ている……」


「あたしはここで心中するの!!あたしの顔がタイプなら、その子と付き合えばいいじゃない!!」


『だが!!』


 青い髪の天使は叫んだ。


『だが、某が好きになったのは、パレット、貴卿だ! 貴卿の性格だ!! 自分勝手で、強引で、世話のかかるやつだ! しかし本当は誰よりも優しい人物だ!!そんな貴卿だから惚れたのだ!! だから、共に帰ろう、『下界』に!!」


 パレットの眼からは、ボロボロと涙が零れていた。


(あたしは……この世界を守れるなら、ここで死んでもいいと思ってた……あたしは居なくて元々の存在……だからあたしが消えれば……消えれば……ってずっと思ってた……でも……)


 ——スチャ


 パレットは、レッグホルスターからベレッタ92mk-Ⅱを抜いた。そして……


 ——バババババン!


 ——バババババン!!


 ——バババババン!!!


 モニターに向かって、15連射、全ての弾を放った。

 モニターは割れ、陽光町へ落とすはずだった爆弾の座標も機能を停止する。


「彩!? 貴様、裏切ったな!?」


 神父は怒鳴った。


 しかし、パレットは怯まない。


 弾を1発だけ装填して、銃口を神父へと向けた。


「お父さん、決闘・・よ」


(あたしは、生きて帰るんだ!!)

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