第25話 『この世界の人たちへ』

「この黒い手帳って、ねぇねの?」


 おとなしい男の子は、不安げな表情で栗毛色の髪の少女に手帳を手渡した。


「ううん、手帳?」


「これなんだけど……」


 栗毛色の髪の少女は、手帳を受け取って、パラパラとページをめくった。手帳には、『黙示録(もくしろく)』と書かれており、この世界で起きた事柄を主観的に記載されたものであった。


 さらにページをすすめると、『報告書レポートではなく、『この世界の人たちへ』と書かれたページが目に留まった。


 それ以降のページは何も書かれていない。栗毛色の髪の少女は、不安そうな顔をしている弟の前で、心の中でその文字を読み上げた。


『あなたは今、幸せですか? この報告書レポートを読んでいるということは、あたしはもうこの世界にはいないと思う。


 でも、あたしは幸せだった。幸せな人生だった。……いじっぱりで、ずぼらで、自分勝手で、その癖に自信家で。


 ほんとうは人見知りで、臆病で、本音とは違う態度を取ってしまうあたし。この町の人たちは、こんなあたしにも笑顔で接してくれた。ちょっと生意気なやつもいたけど……


 花火大会、すごく綺麗だった。またみんなと一緒に観れたらいいのに。でも、それは叶わない。あたしはみんなを裏切ってしまったから……


 けじめはあたしがつけるから、あたしのことは忘れてほしい。そして、迷惑かけてごめんなさい……お母さん、あたしも今からそっちに行くね。


 あたしの人生は、本当に幸せだった。この世界の人たちへ、二言だけ言わせてください。ありがとう、そして、さようなら……』


 栗毛色の髪の少女は、この手帳が誰のものなのか気がついた。そして、その人物にもう二度と会う事が出来なくなるのではないかという、不安が押し寄せていた。


「パレットさん、どこか遠いところにいっちゃうのかな……?」


 おとなしい男の子は俯きながら小声で呟いた。姉である栗毛色の髪の少女は、優しく弟の頭を撫でた。


「大丈夫だよ。きっとすぐに戻ってくるよ」


「……本当?」


「本当だよ!」


 栗毛色の髪の少女は、自身の不安な気持ちを押し隠し、弟を元気づけた。


「私、今からコンビニに行ってくるね」


「もう夜の10時過ぎだよ?」


「大丈夫、行ってきます!」


 栗毛色の髪の少女は、財布も持たずに携帯を片手に家の外へと飛び出した。そして、家から少し離れた道端で電話をかける。


「もしもし、乃呑ちゃん?」


『愛佳?そんなに切羽詰まった声でどうしたの?』


「実は、パレットさんの持ってた手帳に……」


 栗毛色の髪の少女は、手帳に書いてあった最後のページを読み上げた。電話の相手は、明るい声のトーンから真剣な口調へと変わる。


『事情はだいたいわかった。私もセルフィとミントの能力を使って探してみる』


「ごめんなさい……私、何も出来なくて……」


『それは違うよ、愛佳。私も……黒城の奴も、愛佳が待っててくれるから闘えるんだよ。あの金髪の女の子がどういうつもりか知らないけど、私たちが必ず連れ戻す。だから安心して』


「ありがとう、乃呑ちゃん」


『帰ってきたら、飛びっきり美味しい料理を作って欲しいな。よろしくね、愛佳』


 プツリと電話が切れた。栗毛色の髪の少女は、携帯をギュッと抱きしめた。


 栗毛色の髪の少女はハッとして、もう1人、別の人物にも電話をかけた。しかし、数回ほどかけ直しても、電話は繋がらなかった……


 ♢ ♢ ♢ ♢ ♢


 真夜の陽光公園、のどかな公園エリアのベンチで、黒髪の少年はうなだれていた。


「黒城ッ、愛佳ちゃんから電話よッ」


「…………」


 無愛想な黒髪の少年は、電話を取ろうとしない。


「黒城ッ!!」


 ——バシン


 青い鳥は黒髪の少年のほっぺたを思いっきしはたいた。しかし、黒髪の少年は無言を貫いている。


「アンタが出ないなら、アタシが出るわッ! もしもし?」


『その声、ピーちゃん? 黒城くんは?』


「あのバカなら今はいない・・・・・わよッ。 で要件は何ッ?」


『実は、パレットさんが持ってた手帳に……』


「……事情はわかったわッ、 アタシに任せなさいッ!」


『お願いします、ピーちゃん、黒城くん……』


 全てを聞き終わると、青い鳥は黒い髪の少年の胸ぐらを掴んだ。


「ほらッ、あのまま電話に出なかったら、取り返しのつかないことになってたじゃないッ!!」


「……お前の言葉はいつも結果論だ」


「何ですってッ!?」


 黒髪の少年は、顔を横に背ける。青い鳥は少年の胸ぐらを掴んだままもう一発ビンタを加えそうになったが、寸でのところで思いとどまる。


「アンタを新しいパートナーに選んだのは失敗だったわッ。前のパートナーなら、絶対諦めるようなことは言わなかったッ」


「…………」


「アンタが行かないなら、アタシだけでもあの子を助けに行くわッ。せいぜい『非干渉主義』とかいう無駄なポリシーに縛られてればッ?」


「……っ!! 何も知らないくせに、知ったような口聞いてんじゃねぇ!!」


 黒髪の少年は瞳孔を開いて叫んだ。


「お前が考えもなしに突っ込むのが、どれだけの人に迷惑をかけてんのか知ってんのか? お前の早とちりのせいで、どれだけ無駄な労力を費やしたか知ってんのか? お前が……」


「知ってるわよッ!」


 遮るように青い鳥が口を挟んだ。


「知ってるわよッ、アンタがアタシのために頑張ってくれてるのは……でも、悔やむんだったら、全てが終わってからよッ。今ならまだ間に合うッ。まだ何も終わってないわッ」


「…………」


「アタシも言いすぎたわッ、それと、殴ってごめん」


「……俺も悪かったよ」


 黒い髪の少年も、荒い息を整えて、ベンチに座った。


「それにしてもッ、黒城も怒るのねッ」


「……初めてだよ。こんなに感情を出したのは」


 黒髪の少年と青い鳥は、夜空を眺めた。


「行こう、ヒナコ。ピエロの待つところへ……おそらくパレットもその渦中にいる」


「黒城ッ!……そうと決まれば、神社の社へ急ぎましょうッ! 今度こそ本当の最終決戦よッ!」


「ああ……!!」


 先程まで喧嘩していたこの少年と青い鳥だったが、改めて強い絆で結ばれたようだ。


 ♢ ♢ ♢ ♢ ♢


 そしてパレットはと言うと……ちょうど教会から出ていこうとしている瑠璃色のローブに頭にフードを被った女性を引き留めた。


「瑠璃様!!」


「あらパレット。お宝は見つかったかしら?」


「はい……それより、大切な話があります……」


 パレットはレッグホルスターからベレッタ92Mark-Ⅱを抜きながら言った。そして銃口を瑠璃色のローブの女性へと向けた。


「恩を仇で返すようで心苦しいのですが、あたしにはこの世界の神を殺せません・・・・・


(この平和な世界が維持されているのは、恐らく神のおかげだ。もし神が亡くなれば、きっとこの世界にも、あたしの世界を滅ぼしたあの黒い龍が現れてしまう……!!)


 パレットは鋭い眼光で瑠璃色のローブの女性を睨んでいた。しかし彼女は一切物怖じせずに、顔を隠していたフードを脱いだ。藍色の髪に、青い澄んだ瞳・・・・・・。その瞳の色は、ヴァルカンやホッブズと同じ色の眼だ。


「瑠璃様はまさか、天使……!?」


 天使は上界と呼ばれるところから、いくつもの世界を観測していた。神が好き勝手に世界を創造し、上手くいかなければ壊す行為を繰り返しているのを観ていたとすれば、瑠璃様が神を殺ろうとしている辻褄が合う。


「ふふっ♪ 褒め言葉として受け取っておくわ。そっかー、パレットも私より神の方が好きなんだ。まぁいいわ。あなたが決めたことに、余計な口を挟むつもりもないし」


(……どういうこと? てっきり首でも跳ねられるかと……)


 パレットの裏切りとれる行為にも、瑠璃様と呼ばれる女性は軽く流した。何を考えているのか、まるで読み取ることが出来ない。


「パレットは十分私のために働いてくれた。第三の封印まで解いてくれたんだから、あとは私一人で神を倒す。他のことは神父様に聞いてちょうだい♪」


(第三の封印……? いったい何のこと?)


「瑠璃様……!!」


「じゃあね♪」


 パレットが、呼び止めようとした途端、ゾクリと背筋が凍るのを感じた。万が一にもこの人には勝てない、という直感みたいなものが働いたのだ。パレットはただ固まったまま、瑠璃様が教会から出ていくのを見ていることしかできなかった。

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