第24話 花火大会

 神社へと続く石段を登ると、さらに上にある赤い鳥居の下で手を振っている元気な男の子とおませな女の子の姿が目に入った。元気な男の子は藍色の浴衣を、おませな女の子の方は桃色の浴衣を着ている。


「早く来いよー」


「あかり待ちくたびれちゃったー」


 子供の元気いっぱいな声を受けて、パレットも大声で返答する。


「今行くわよー!」


 パレットは浴衣をたくし上げて、一足先に階段をかけ登っていく。どんな姿をしていても、パレットはパレットなのであった。


 石段をゆっくりと登りながら、栗毛色の髪の少女は、嬉しそうな表情をしていた。いつもはポニーテールをしている、菜の花のかんざしをした少女は、栗毛色の髪の少女の顔を覗き込む。


「愛佳、なんだか嬉しそうだね!」


「うん。パレットさんを見ていると、私たちまで元気を貰える気がして」


「そうだね。強引にでも周りを引っ張っていくタイプの人って、この町では珍しいかも。彼女のおかげで、陽光町全体が明るくなったみたい」


「なんだか、太陽みたいな存在だよね♪」


 太陽というより嵐かゲリラ豪雨のような存在だと思うのだが、ここはあえて自重しておく。


「たっくんも早くー」


「置いてくぞー」


 上の方から急かす声が聞こえてくる。


「あはは……じゃあ僕も先に行ってきますね。みんなー、待ってよー!」


 普段はおとなしい少年も、置いてかれないように走って階段を登っていく。


「乃呑ちゃんも走らない?」


 栗毛色の少女は小首を傾げながら、隣を歩く菜の花のかんざしの少女に問いかける。


「今はパス。浴衣を着たまま走ってるところを誰かに見られたら、なんて言われるかわかんないからね」


(それに、一気に登っちゃうと愛佳と2人きりの時間が減っちゃうし)


「そっかー、そうだよね」


 菜の花のかんざしの少女は、さり気なく栗毛色の髪の少女に身を寄せた。この少女、戦闘の時は荒々しいが、意外と淡い感情を秘めているのかもしれない。


 ♢ ♢ ♢ ♢ ♢


 石段を登りきると、神社にはたくさんの屋台が並んでいた。美味しそうな香りが食欲をそそる。浴衣姿の4人は、はぐれないように行動を共にする。


「それにしても、相変わらずの人だかりね」


「今日は花火大会があるからな、当然だぜ!」


 元気な男の子は自分のことであるかのように自慢げな顔をしている。


「花火大会が始まるのは、もう少し後です。それまで屋台を観て回りましょう」


「さんせー!」


「あんまり勝手に動くんじゃないわよ」


「「「はーい」」」


 保護者がパレットしかいないのが心もとなかったが、今日のパレットは少し年上として、しっかりと子供たちが勝手な行動をしないように目を配らせていた。


 すると、1軒の屋台がパレットの目に留まった。なにやらたくさんの人が列を作っている。


「惜しい! あとちょっとだったな、坊主」


「クソー」


 なんだろう、とパレットは野次馬のように覗き込む。その屋台は、パレットが以前対決の場に使ったあの射的屋だった。射的屋のおじさんはパレットの存在に気がついた。


「おおっ、久しぶりだな、金髪の嬢ちゃん」


「なんだか凄い賑わいね、どうしたの?」


 パレットが聞くと、射的屋のおじさんはクックッと笑った。


「それがよー、この間の嬢ちゃんと坊主の射的対決を見てた人たちの評判が凄いのなんのって。おかげで商売右肩上がりよ。言うなれば嬢ちゃんたちはおじさんの救世主ってところよぅ」


 射的屋のおじさんはニヘニヘと笑っていた。よほど儲かっているのだろう。


「ふーん……」


「よかったらもう一度……っておーい」


 パレットは射的屋をスルーした。きっと何かがかんに障ったのだろう。分からなくもない。


 ……屋台が集まる場所を抜けて、パレットたちは境内の奥へと進んでいった。見晴らしのいい高台がある。今は暗いが昼頃なら、ここから陽光公園全体を一眺することが出来る。


「ここから観る花火は、絶景なんですよ!」


「穴場スポットってやつだな!」


「楽しみー!」


「『遊園地エリア』に『室内プールエリア』、『ふれあいエリア』に『アスレチックエリア』、そして『のどかな公園エリア』で、ここが『縁日エリア』……あれ?」


 パレットは拍子抜けしたような声をあげた。そして何かに気がついたようだ。


「各エリアに沿ってた湖って、丸い形をしてたのね。沿って出来てるんだから当然といえば当然なんだけど……」


「パレットさん、どうかしましたか?」


「あの真ん中の丸い湖と、陽光公園の6つのエリアって、よく見たら均等に分けられてない……? 灯台の明かりがちょうど線みたいになって……」


「「「あっ!!」」」


 それはまるで、陽光町の象徴である、太陽のマークのようであった。


「気づかなかったぜ……」


「すごーい!」


「さすがパレットさん!」


「ふふん、そうでしょ? 好きなだけ褒め称えるといいわ」


 パレットは得意げに胸を張った。


 ——ヒュルルルルル


 ——ドォォォン


「な、なに!? 爆発!?」


 突然の轟音に、パレットは慌てふためいた。

 しかし、子供たちはケロッとしていた。


 ♢ ♢ ♢ ♢ ♢


「始まったな……!」


「綺麗!」


「パレットさん、上を見てください!」


「上?」


 パレットは顔を上げる。すると、一筋の光が空へ向かって上昇していくのが見えた。


 ——シュルシュルシュルシュル


 ——ドォォォン


 その光は天高く舞うと、花のように咲いた。


「綺麗……」


 パレットは花火に眼を奪われ、思わず思ったことを呟いていた。


「陽光町の花火大会には、1.5トンの火薬が使われてるみたいですよ」


「火薬……!? 1.5トン!?」


 それを聞いた途端、パレットは飛び退いた。それだけの爆薬を地上に落としたら……という発想が、真っ先に浮かんでしまったからだ。


 しかし、何度も空に向かって咲く花火は、恐ろしさを感じるどころか、心を震わせる感動のようなものがあった。


(あたしの前いた世界では、火薬を空へ打ち上げる発想は、敵国を滅ぼすことにしか利用されてこなかった……ましてや、火薬は焼夷弾として、空から地上を焼き払うのが主流ですらあった……それなのに……)


 パレットの眼から、一筋の涙がこぼれ落ちた。子供たちは花火に夢中で、その涙には気づかなかった。


(この世界は、なんて優しい世界なんだろう……)


 この世界は、火薬すら娯楽に変えてしまった。パレットはその衝撃と、花火の美しさに、感動していた……


 時を同じくして、陽光町に住む多くの人々も、パレットと同じ花火を目にしていた。


 のどかな公園エリアでは……


 黒髪の少年と青い鳥が、公園のベンチに座っていた。


「黒城ッ、いつまでウジウジしてんのよッ」


「……俺が干渉したばかりに世界が……俺はもう何も余計なことはしない……」


「もう、悔やんでも仕方ないでしょ、 先のことなんて分かんないんだからッ……あっ、花火ッ!!」


「…………」


 黒髪の少年は、はかなく散る花火を、ただじっと眺めていた。


 一方、私立陽光学園の屋上では……


 ジト目の少女も黒い豹と共に、花火を眺めていた。


「花火……綺麗なのです……ダムドレオも、そう思うのです……?」


「グルルルル……」


「知らなかったとはいえ、封印が解かれたのはワタシのミスなのです。陽光学園は……お爺様の敷地は、ワタシが守るのです」


 明日は決戦の日。ジト目の少女たちもまた、決意を新たにした。


 また、陽光病院の屋外では……


赤い髪の少年は、車椅子に乗せられて薄い桃色の髪の女性と共に病院の外へ出ていた。そこからもまた、盛大に打ち上げられる花火が目に映った。


「花火……綺麗だね」


「ああ……あいつらには、後で礼を言わないとな……」


「ホッブズ……?」


「な、何でもねぇよっ!!」


赤い髪の少年は、大切なことに気付かされたようだ。夜空に咲く花火を観て、何を思っているのだろうか。


 そして、縁日エリアの屋台近くでは……


「愛佳、花火だよ! 花火!!」


「わぁ……すっごく綺麗だね、乃呑ちゃん!」


「うん!」


菜の花のかんざしを刺した少女と、栗毛色の髪の少女は、手を繋いで花火を眺めていた。繋いでいた手をギュッと握り、最後の花火が打ち上がるまで、ずっと夜空を眺めていた……


 こうして、陽光町の花火大会は無事幕を閉じた。


 パレットはスマートフォンのアルバムを開く。そこには、今まで陽光町で起きた様々な出来事が写真として残されていた。観測者として撮っていたつもりが、今となっては一枚一枚が大切な思い出である。


(あたしは本当は、神に復讐するためにこの世界に来た。けど、記憶がない状態でこの町の人たちと接していくうちに、彼らはあたしにとってかけがえのない存在になってしまっていた)


 パレットはおとなしい男の子の家へと寄り、いつもの黒い上下の服に着替えた。


「花火大会、すごかったですね! 来年もみんなで見に行きましょう!」


「気をつけて帰ってね」


「ええ、また来年も・・・・・!」


 パレットは笑顔で玄関から外へ出た。

 しかし、その笑顔は偽りだ。本当は泣きたくて、泣きたくて堪らなかった。しかし、パレットの決意は揺るがなかった……パレットは足早に例の教会へと向かった。

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