第23話 久しぶりの日常

「これは3ヶ月ほど前、僕のお姉ちゃんから聞いた話なんですけど……夕食を食べ終えて部屋に戻ると、部屋に放っていたはずの秘宝獣がこつぜんといなくなってしまっていたみたいです。秘宝は開いたままになっていて、窓もドアも鍵が掛けられていたそうで、完全な密室でした」


 真っ暗な部屋の中、パレットが寝ている隣で、小学生3人は一つの机を囲っていた。机の上にはロウソクが1本だけ灯されていた。


「お姉ちゃんは、部屋の家具をひとしきりどかして、くまなく探したみたいです。しかし、どこにも秘宝獣の姿は見当たらなかったそうです。……すると突如、何者かの視線をベッドの下から感じたみたいです」


「ベッドの下から!?」


「あかり怖い……!!」


 いつも元気な少年とおませな少女はガクガクと身を震わせていた。


「続けますね。ベッドの下の影は、ニョロニョロと怪しげな動きをしていたそうです。そして、恐る恐るベッドの下に物を入れると、何かヌルッとしたものにあたった感触がしたそうです……ニョロニョロと動く影はしだいにこちらに近づいてきて……声を上げそうになった時……!!」


 フッとロウソクの火が消えた。


「うわぁぁぁぁ」


「きゃぁぁぁ」


他所よそでやりなさいよっ!!!」


 ガバッと、パレットがベットから飛び起きた。


「あっ、パレットさんおはようございます」


 怪談を語っていた少年は、笑顔で応答した。パレットはリモコンで部屋の電気を付ける。


「えぇー、パレット空気読めよな」


「これからがいいところだったのにー」


 元気な少年とおませな少女は不満をこぼしていた。


「知らないわよっ! どうせ秘宝獣が進化してましたー、みたいなオチなんでしょ!?」


「あはは、秘宝獣は進化はしませんよ。姿が変わる生物はいるんですけどね。僕が聞いたのは、足の生えた蛇がいたっていうオチでした」


「蛇足だな」


「蛇足ね」


 元気な少年とおませな少女は、ウンウンと腕を組みながら頷いた。


 ♢ ♢ ♢ ♢ ♢


「そういえばパレットさん、今日『えんにちエリア』で花火大会があるんですけど、一緒に行きませんか?」


「花火大会?」


 パレットにとっては初めて聞く言葉だった。


「火が花のように咲いて、とっても綺麗なの!リリィちゃんもすっごく楽しみだって!」


 おませな女の子は、腕に抱いた白いうさぎの人形の腕をパタパタと動かす。


「この前は射撃対決で負けたけど、今日は負けないぜ!」


 元気な男の子はニッと笑う。パレットはなにやら考え事をしているようだった。


(まぁ、学校に忍び込めるのは深夜くらいだし、今日一日特にすることもないわね。)


「いいわよ。またコテンパンにしてやるんだから」


「言ったなー!」


「あかりもお祭り行きたい!」


「では、今日の夕方、陽光神社に集合しましょう!それと、せっかくの花火大会なので、今日は特別な服装で来られたほうがいいと思いますよ!」


「特別な服装?」


 パレットは腰に手を当てながら聞いた。


「商店街の古着屋さんに行けば、教えてもらえると思います!」


「わかった、じゃあ夕方また会いましょう!」


「また後でな!」


「バイバイ!」


 パレットは元気な小学生たちを見送った後、病院を抜け出して商店街へと向かった。


 ♢ ♢ ♢ ♢ ♢


(この商店街に来られるのも、今日が最後ね・・・・・・……)


 パレットはなにやら不穏な事を考えていそうだった。いや、考えていた。深刻な顔つきだ。


「ちょっと、さっきから人の心読もうとするの、辞めてもらえる!?」


 ……パレットの顔が赤くなっていた。病み上がりで万全ではないのだろうか。少し心配である。


(うん、もうこの世界に未練はないわ。私たちは本来あるべき場所へと帰るだけ……)


 商店街をしばらく歩くと、例の古着屋が見えてきた。パレットが瑠璃色のローブを売ろうとしたが失敗に終わったあの店だ。


 扉を開けて店の中へ入ると、1人の老人が服の仕立てを行っていた。


「いらっしゃい……おや、嬢ちゃんはあの時の……」


「ハロー♪ なんか今日、花火大会って言うのをやるみたいなんだけど、それ用の服ってあるかしら?」


「おおっ、浴衣のことじゃな。それならお前さんにピッタリのやつがあるぞよ」


 老人は店の奥の倉庫のような部屋に入っていった。


「どこにやったかのう……おっ、これじゃこれじゃ……あったぞぃ」


 老人が持ってきたのは、黄色を基調とした、色彩豊かな花の模様が散りばめられた浴衣だ。それを見た途端、パレットの眼が輝き出した。サッと店長の手から浴衣を奪い取る。


「ワオッ! すっごく可愛い服ね!まぁあたしは何を着ても可愛いんだけど……あっ……」


 パレットは気づいた。そういえばこの世界の通過を持っていなかったことに。


「あたし、お金ないんだった……」


 パレットはシュンとした表情で、浴衣を店長へと返した。


「これを着ないとは勿体無い!!」


「……!!」


 店長は朗らかな笑顔をしていた。


「この浴衣は、ワシの孫がとっくに着れんくなってしまったものじゃ。売り物にはできんが、捨てることもできんかった。誰かに着てもらえれば、これほど嬉しいことはない」


 老人は、改めてパレットに浴衣を手渡した。パレットの手が浴衣へと伸びる。


「……ありがとう」


「なぁに、礼を言われるほどでもないわい」


 老人はカッカッカッと元気な笑い声をしながら、照れながら店の奥へと消えてしまった。


「ありがとう、お爺さん! 」


 パレットは元気に手を振って、古着屋を後にした。


 その勢いのまま向かったのは、商店街にひっそりと佇む人気のないお店だ。


「ジャンヌ!!」


「パレットじゃないかっ! ヴァルカンとは進展あったかい?」


「なっ……そんなんじゃないわよっ! ……じゃなくて、銃が全然パワーアップされてなかったんだけど!」


 パレットはムッと口を曲げた。


「わりぃわりぃ、説明忘れてた……」


「まったくよ、もぅ……」


 説明も聞かずに勢いよく飛び出して行ったのはパレットのほうだったりする。


「この拳銃、ベレッタ改は……」


「ベレッタ92Mark-Ⅱよ」


「ああ……ベレッタ92Mark-Ⅱは、『心の形』が弾となって放たれる。例えば、不安な気持ちが強かったら弾道も安定しない。逆に、明確な殺意があれば殺傷能力の高い弾丸にもなりうるわけさ」


「心の……形……」


 ツヴァイアサンとの戦いでパレットが言っていたことは、あながち間違いではなかったようだ。パレットが本気で貫けると思っていたのなら、貫けていたのかもしれない。


「この銃をどう使うかは、パレット、あんた次第だ。」


「OK!あたしに任せて!ありがとね、ジャンヌ」


「いいってことよ!」


(ジャンヌはあたしの正義を信じてくれている……でもごめんなさい。あたしは……)


 パレットはその銃の使い道・・・を決めていた。パレットは浴衣を入れた袋を片手に、商店街を一通り歩きまわった。そして太陽が沈み出した頃、あのおとなしい男の子の家に向かった。


「あっ、パレットさん! 浴衣手に入ったみたいですね! 上がってください。」


 パレットはおとなしい男の子の家に来ていた。


「ねぇね、パレットさん来た!」


 おとなしい男の子は、ドタドタと階段を駆け上がり、姉を一階の和室まで読んできた。パレットは袋から浴衣とかんざしを取り出す。


「こんにちは♪ 可愛い浴衣ですね」


「そうなんだけど、着方が分かんないのよね……」


「そうなんですね、私が着せますね♪」


「お願いするわ」


 栗毛色の髪の少女は、器用な手つきでパレットに浴衣を着せていく。


「はい、できました♪ どうですか?」


 愛佳が手鏡を手渡すと、パレットは鏡に映る自分に惚れ惚れとしていた。


「うん、完璧! 気に入ったわ!」


 パレットは浴衣姿へとモードチェンジした。金髪の髪も結び、四つ葉のクローバーのかんざしがより華やかさを際立てている。パレットはくるりとその場で一回転する。


 ——ピンポーン


 誰かが訪ねてきたようだ。


「はーい」


 薄桃色の浴衣を着た、栗毛色の髪の少女は、とてとてと玄関に向かう。


「愛佳、一緒にお祭り行こ!」


「乃呑ちゃん! ちょっと待ってね……すぐ拓海にも浴衣を着せるから」


「私も手伝うよ!」


 黒髪のポニーテールの活発な少女も、今日ばかりは落ち着いた雰囲気の浴衣姿だ。髪には菜の花のかんざしをしている。


 和室へと入ろうとすると、浴衣を半分着かけた、普段はおとなしい男の子が飛び出した。


「あ!白銀の狩人だ!!」


「白銀? ああ、あの狼少女!!」


 パレットも思い出したように呟く。


「なんとなーく、褒められてるのは分かるんだけど、すごい不名誉な感じ……」


菜の花のかんざしの少女の笑みは引きつっていた。


「乃呑ちゃん、落ち着いて……」


 そんなこんなで、浴衣姿の少女3人と浴衣姿の少年は陽光神社へと向かった。

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