第19話 『縦の世界 』からの使者
【報告書No.17】
黙示録……旧世界は滅んだ。シュヴァルツと呼ばれる黒い龍によって。あの龍の正体はいまだに分からない。だけどあれは、欲望にまみれた世界が生み出だしてしまった怪物なのだと思う。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢
「おい、まさか死んだりしてないよな……?」
「息はあるが、意識がない……相当危険な状態だ……」
どっぷりと使った水は、そこにいる者全ての体温を奪う。パレットは低体温症に陥っていた。
ヴァルカンの必死の呼びかけにも、パレットは一切反応せず、グッタリとしていた。水はやや背の低いホッブズの肩の位置まで浸水してきている。ヴァルカンはパレットを抱えながら入口へと泳ぐ。ヴァルカンは扉に手をかけるが、
——ガッ ガッ
「な、開かない……!?」
「無駄さ、この部屋の主であるツヴァイアサンを倒さない限り、ここから出る手段はないよ」
「ギャオォォォッ」
双頭の蛇は大量の水しぶきを上げながら荒れ狂う。
ツヴァイアサンの攻撃は休むことなく降り注ぐ。
ヴァルカンは剣幕を立ててホッブズを睨む。
「汝、天使としての心まで捨てたか!?」
「僕はここを守るように言われただけさ。ここに来てしまったことそのものが間違いだったのさ」
「眼の前で死にかけている者がいるのだぞ!?」
「……!!」
死という言葉を聞くと、赤髪の少年の表情が曇った。
(なんだよ……僕だって殺すためにこの地を守ってるわけじゃない……この世界を守るためにやってるのに……)
ホッブズは唇を噛む。そして白銀色の秘宝の鍵を取り出して、宝箱を開けようとする。
「くっ……戻れ、ツヴァイアサ……グフォ!?」
——ゴスッ
ホッブズは鈍器で殴られたような強い衝撃を受けた。
——ポトン
「しまった……鍵が水中に……」
あろうことか、ツヴァイアサンは持ち主である者さえ攻撃を加えたのだ。その拍子に、鍵を水中に落としてしまった。
ホッブズは水の中へ顔を入れて眼を開ける。
「鍵は……あった!」
ホッブズは白銀色の鍵に手を伸ばすが、思うように掴めない。その背後には、巨大な海の魔物が迫っていた。
「よし、取れた……っっ!?」
ホッブズが水中で後ろを振り向くと、至近距離には火の弾を口中に溜め込んだ蛇が、今まさに発射する寸前の状態だった。
(……!! 避けきれない!)
ホッブズは体を翻そうとするが、水中での動作は不慣れだった。
(殺られる……!!)
咄嗟に身を守る姿勢を取るが、致死急のダメージを直に受けることは免れない。直後、火炎弾が放たれた。
「A—Z、ミラーウォール!!」
「……!!」
——ガキン
「グギャオォォォォ」
ザリガニのような生き物の張ったバリアが、火炎弾を跳ね返した。火炎弾は勢いよくツヴァイアサンのもう片方の顔へと直撃した。
「……ヴァルカネル」
窮地を敵である者に救ってもらい、ホッブズは複雑な心境であった。
「……時は満ちた。一気に決めるぞ、A-Z!!」
ザリガニのような生き物のハサミは、巨大なエネルギーを発している。思えば、この戦いの最中、一度も攻撃をしていなかった。
——ヒュイィィィン
「放て、ロブラスター
——ズグォドドドドン
最大まで貯めた必殺の一撃が放たれる。火炎弾を食らったツヴァイアサンの頭は、続けざまに大ダメージを受けた。
「ホッブズ、今だ!!」
「あ、ああ……戻れ! ツヴァイアサン!!」
赤髪の少年が白銀色の宝箱の鍵を開けると、海の魔物は宝箱の中へと吸い込まれた。
[しかし既に、第2の封印は解かれてしまっていた……]
♢ ♢ ♢ ♢ ♢
「よし、撤退するぞ!」
ヴァルカンは意識のないパレットを抱えて奥にある黄金の扉を開ける。大量の水が黄金の間に流れ込む。
「どうした……? 汝も早く来い!」
しかし、呼びかけられた赤髪の少年は何を思ったのか、その場から動こうとしない。
「僕は行けない……」
「……? どういう意味だ……」
言いかけた直後、ヴァルカンの眼には、ホッブズの体に大きなアザができているのが見えた。戻されそうになったツヴァイアサンが暴れた時に受けた傷だ。赤髪の少年は口元を緩めて話す。
「どうやら僕はここで脱落みたいだ……死ぬ前に……大天使になったヴァルカネルに会えて……少しだけ嬉しかったよ」
「な……馬鹿なことを抜かすな!!」
ヴァルカンは右の肩にパレットを、左の肩にホッブズを無理やり担ぐ。人2人を乗せて歩くのは尋常ではない負担だ。
「ぐっ……これはかなり……くるな……」
「……!? お、下ろせ! 僕はここで死ぬ運命だったんだ……!!」
「そう易々と運命など口にするな……!! この世界の医療技術なら、必ず助かる……!」
ヴァルカンの体力もかなり消耗していたが、黄金の間を一歩、また一歩と足を踏み出す。
(とは言ったものの、このペースでは本当に共倒れになりかねん……だが、やるしかあるまい……!!……出口はあれか?)
部屋の真ん中に置いてあった棺には目もくれず、エレベーターの中へ2人を運び込み横にさせる。そして最後にヴァルカン自身も乗り込んだ。そして地上行きのボタンを押す。
(なんとか地上へは出られそうだが……問題はその後だ)
地上へ着いて終わりではない。早急にパレットとホッブズを病院に運ばなければならないのである。事態は緊迫していた。エレベーターの移動時間もいつもよりずっと長く感じられるようだった。
(早く……早くついてくれ……)
——チーン
エレベーターが開くと、ヴァルカンはパレットとホッブズを抱えて地上へと出た。しかし……
(うっ……体が……限界だ……)
ヴァルカンはよろめき、前へと倒れた。
「おっと……」
(……なんだ、この感触は……)
ヴァルカンの意識は、そのまま遠のいて言ってしまった。
倒れかけたヴァルカンを支えたのは、ミカという名の女性……ではなく、ウリアという屈強な肉体のハゲだった。
「もう……心配になってきてみたら、ヴァルカンも意外と無茶をするのですね」
「ウハハハ! まさかヴァルカンのバッジの発信源を辿っていくと、陽光公園の神社の真下で驚いたぜ!」
ミカとウリアは息も絶え絶えになっている3人の少年少女を見つめる。
「これはひどい……私はこの娘を病院まで運びます。ウリア、その2人を任せますよ」
「ウハハハ!軽い仕事だ!」
ミカとウリアの背から、ブワッと純白の翼が飛び出す。
その次の日の朝、『昨日の夜に天使を見た』という目撃情報が陽光町のちょっとした話題になった。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢
【上界からは、下界の様子が手に取るように分かった。 けれど下界は、いくつもの世界に分かれていた。新たな世界ができては、また世界が滅んでいく。名も知れぬ黒い龍によって……
僕たちはみんな、女神様に育てられた。いずれは下界を守る『天使』と呼ばれる存在になるために。けれども、僕は女神様の考えが全て正しいとは思わなかった。なぜなら、人間の手によって世界が滅びる様子を、水面に映った光景を通して何度も見てきたからだ。
だから、僕はこっそりと1人で下界に降り立った。女神様は人間を信じ過ぎている。だからこそ脆い。この世界を守るためには、理想だけじゃだめだ。悪い現実を受け止め、それを乗り越えなければならない。そう考えた。
そしてついに、僕の使命を見つけたんだ。この『封印を守ること』が、多くの人の命を守ることになる。だからここへ侵入する者は、誰であっても容赦はしない。この封印は、絶対に解いてはならないものなのだから……】
(目が覚めた時、僕は病院のベッドの上にいた。)
「気がついた……?」
(体が動かない。僕の顔を覗き込んでいるのは、薄桃色の髪をした青い眼の女性……ミカエルだ。)
「命に別状はないみたい。あと、ホッブズがいなくなった後、女神様寂しがってたよ。」
(まぁ、一言も告げなかったからな……)
赤髪の少年の瞳から涙が零れた。
(ミカエルは、ヴァルカネルやウリエルより、一足早く下界で暮らしていた。羨ましかった。出来ることなら、僕も女神様から下界へ下りる許可を貰いたかった。)
「……どうして泣いてるの?」
「僕は僕なりに、この世界を守りたかった……」
「そう……」
「でも、僕には何もなかった。ヴァルカネルには守りたいものがあったのに……」
赤い髪の少年は、拳を強く握る。
「僕にも……見つかるかな……? 本当に守りたいもの……」
不安げな瞳。
「……きっと、見つかるよ」
ミカは優しく天を仰いだ。
「……私もここに来て、守りたいもの、見つけたから」
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