第18話 『旧世界』の黙示録

【報告書No.16】

 旧世紀の秘宝……秘宝との外見上の違いはあまりないが、開けるのに特殊な鍵を必要とする。旧世紀とは、いったいどんな時代だったのだろうか。詳しく調べてみる必要がありそうだ。


 ♢ ♢ ♢ ♢ ♢


【きっかけ《トリガー》は些細な事だった。 ある国は神を信仰し、ある国は神を信仰していなかった。それは宗教的な価値観の違い。


 豊かな国は貧しい国へ宣教師を送り込んだ。貧しい国の民たちは教えを信じ、豊かな生活になりたいと毎日神へ祈りを捧げていた。


 数年後、貧しい国の民たちはすっかり神を信仰するようになっていた。貧しい国の偉い人は、それに強い危機感を覚えた。まるで洗脳のようだと。


 貧しい国の偉い人は、宣教師を国の外へ追放した。しかし、豊かな国の民は、その行為を迫害だと強く主張した。——第三次世界大戦は、ここから始まった……


 ♢ ♢ ♢ ♢ ♢


「この戦争の勝利により、世界の9割の領地は我々A国の物となった。A国は世界の全てを統一する国家となるだろう。これからも国のために尽力せよ」


「「「「「「ハッ」」」」」」


 あたしたち軍人は、ビシッと綺麗に整列して敬礼する。戦局はかなり攻勢で、勢いにのれば本当に世界の全てを掌握できるかもしれないという期待は現実味を帯びていた。


 家に帰ったあたしは、テレビを付けてニュース番組にチャンネルを変える。とは言っても、どのチャンネルも戦争の話題で持ちきりだ。


(たしかにあたしたちの暮らしは裕福になった……でも……)


 豊かさと貧しさは表裏一体。1億円の買い物もいとわない人もいれば、安い賃金で働いている人だっている。植民地の民は、本土の民が豊かな生活を送るための奴隷みたいなものだ。


(お母さんが生きていたら、この世界を見てなんて言うだろう……)


 5年前、あたしのお母さんは流行り病で呆気なく死んでしまった。特効薬はあったが、最新のものだったため、とても買えるような値段ではなかった。救えるのに救えない命。当時のあたしは悲しみより、悔しさで涙した。


 ♢ ♢ ♢ ♢ ♢


『臨時ニュースです。太平洋近海に、突如黒い謎の生命体が発生した模様です。全長はゆうに100メートルを超えており、高層ビルを踏み潰してしまうほどの巨体です』


(またCGのドキュメンタリー番組かしら。こういう娯楽のようなものも増えてきた気がする)


『既に大勢の死傷者も発生している模様。迎撃に向かった軍からも、いまだ連絡が取れておりません……』


(死傷者って……リアルさを追求したいのかしら)


 あたしは気にも止めずにテレビの電源をきり、寝室へ向かいベッドに転がった。


 翌朝


 眼が覚めて早々、あたしはリビングへ向かい、テレビの電源を入れた。どうやら昨日のドキュメンタリー番組の続きをまだやっているようだ。あたしはテレビのチャンネルを変える。


『黒い龍は街を壊滅させつつ進行しており……』


 ——ピッ


『黒い龍の目的、正体などは未だ不明であり……』


 ——ピッ


『黒い龍にはあらゆる攻撃も通用せず……』


(どういうこと!? どうして全てのチャンネルで……)


 あたしは気がついた。ドキュメンタリー番組なんかじゃない……現実なんだ。黒い龍のあらゆる国に対する無差別な攻撃は、まるで自分勝手な人類に対する、神の怒りのようにすら思えた。


「あの龍の名はシュヴァルツ」


「……っ!! 誰!?」


 あたしは銃を抜いて振り向いた。すると、1人の瑠璃色のローブを来た女性が目の前にいた。玄関には鍵もかけていたし、どうやって入ってきたのか。


「Freeze!(動くな!)」


「ふふっ♪」


 銃口を向けても、瑠璃色のローブの女性は平然とした様子で話を続ける。


「あの龍は、神のいなくなった世界に現れる、滅びの象徴。この世界はまもなく滅びるわ」


「何を意味不明なことを……」


「ま、実際に見せたほうが早いわよね。開宝かいほう、Lila!!」


 瑠璃色のローブの女性は鍵を使って虹色の宝箱を開いた。


「!!!」


 宝箱が開いた瞬間、目の前が紫色の光に包まれた。気がつくとあたしは、見たこともないような世界にたどり着いていた。


 ♢ ♢ ♢ ♢ ♢


「ここは……?」


 あたり一面に綺麗な色とりどりの花が咲き乱れている。


「ここは正史の世界・・・・・。神がいる世界よ♪」


「神がいる世界……? 」


 神は何もしてくれなかった。戦争は激化するし、母さんの命だって救ってくれなかった。あたしは神が大嫌いだ。


「ほら見て、あれが本物のあなた・・・・・・


「えっ……」


 あたしは目の前の光景に声を失った。自分と瓜二つの、ドッペルゲンガーのような、金髪の緑色の眼をした少女が、あたしの母さんと父さんと仲睦まじく手を繋いでいたからだ。


「お母さん、今日はシチューがいい!」


「いいわよー。今日は彩の大好きなシチュー、たくさん作ってあげるからね」


「ははは、彩は本当に母さんの作るシチューが大好きなんだな」


「うん♪」


 あたしが何も言えず突っ立っていると、瑠璃色のローブの女性は優しく声をかけてきた。


「あれが本物のあなたよ。四季しき さやかって言うの」


「本物の……あたし……」


 本物……? じゃあ、今のあたしは何もの……?


「あなたはそうね……失敗作・・・って言ったところかしら?」


「あたしが……失敗作……?」


 あたしの……あたしの15年の人生……もしあれが本物のあたしだとしたら、今までのあたしの人生は何だったの……?


「あなたのいた世界も失敗作。……とは言っても、全くの無駄ってわけではないわ。あなたの世界で発達した科学力、医療技術はちゃんと役に立つだろうから」


 この人いったい、何を言っているの?


「神は完璧な世界・・・・・を作ろうとしている」


「……っ!!」


「でも戦争なしに科学や医療は急激な発展をしないの。そこで神はある方法を考えた。ここまで言えば察しがつくでしょ?」


 考えたくないけど……それしか考えられない


「あたしの世界を……踏み台にした」


 神は正史と言われる世界をより良い世界にするため、別の世界を創り出した。異世界ではなく、もう一つの世界を。


「その通り。だから神のいる世界は、平和な世界なのに飛行機もロケットも存在する。医療だって発達してる。武器も全ておもちゃだし、戦争もない。……まさに理想郷……」


 そこまで言うと、瑠璃色のローブの女性は涙を流しながら激怒した。


「ふざけんな!! そこに住んでた世界の人たちを使い捨てにして! 置き去りにされた人の気もしれないで! 何が神だ!!」


「そうね……ほんと、最低」


 瑠璃色のローブの女性の気持ちが、痛いほど伝わってくる。


「私が神だったら……こんな世界にはしない……全ての世界の人に平等な幸せを与えるわ……だから一つ提案があるの……一緒に神を殺さない?」


 突拍子もないような提案だったが、あたしは彼女の気持ちが本気であることを理解した。だからあたしは、その提案に乗ったんだ。


「ええ、あたしも協力するわ」


「ありがとう……さやかちゃん♪」


「その名前……好きになれない……」


「じゃあ、あなたの名前は今日からパレットよ。私は瑠璃。よろしくね」


「はい。……瑠璃様の目指す世界を実現するため、あたしも尽力します」


 少なくとも、救済もせず、世界を使い捨てにするような、今の神よりはマシだ。


 こうしてあたしは、この世界へとやって来た。瑠璃様はあたしの正体が神にバレないよう、あたしの記憶を封印したんだ…… 】

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