第17話 双頭の大海蛇 [ツヴァイアサン]

【報告書No.15】

ダイミョウイカ……地底湖に現れた巨大なイカの姿をした生き物。初めて見た野生の秘宝獣である。十本の触手で獲物を捕らえ、深海へと引きずりこんでから捕食する……らしい


♢ ♢ ♢ ♢ ♢


「貴卿、しばし待たれよ」


「どっかで聞いた台詞ね……」


 パレットは開きかけた扉をゆっくりと閉めた。

 ヴァルカンは服に取り付けられていた『L』と刻まれたバッジを外し、話しかける。


「ウリア、ミカ、聞こえるか?」


 すると、バッジから機械音混じりの音声が聞こえてくる。


『ウハハハハッ!!テメェから掛けてくるとは珍しいなぁ、ヴァルカン』


『ウリア、静かにして……どうかしたの、ヴァルカン?』


「至急、報告せねばならぬことがある。女神様はどちらに……」


『め……みさ…………』


 ——ジジジジジ


「どうした、応答しろ」


『…………』


 バッジから声が聞こえなくなった。接触不良だろうか。パレットはじっとヴァルカンを見つめている。


「……待たせてすまない。参ろう」


 パレットはこくりと頷いた。ヴァルカンは重厚な扉を思い切り開いた。


 ♢ ♢ ♢ ♢ ♢


「なっ……何故汝がここにいる!?」


 扉の先には、RMG《レアメタルゴーレム》の時と同じように大広間が広がっていた。一つ違うのは、そこに人間が立っていたことだ。赤い髪に青い瞳の少年だ。


「僕のほうが驚きだよ。まさか4LDKの大天使様に、こんなところで会えるとはねぇ……ヴァルカネル・・・・・・さま」


 赤い髪の少年は大きく目を見開いた。お互いに想定外の事態のようだ。


「ホッブズ……突如消息を絶ったとは聞いていたが、いったいこんなところで何をしている……」


「まさか知らずにここに来たのかい?……まぁ、悪意があればここに来る前に灰になってるか……」


「なになに!? ヴァルカン知り合い?」


 パレットには状況がさっぱり飲み込めなかった。4LDK、大天使、ヴァルカネル……いったい何のことだろうか。


「ああ。奴の名はホッブズ……女神様の思想と対立し、天界から堕ちた者だ」


「女神様? 天界?」


 パレットの頭上のクエスションマークが増え続ける。


「それは違うね。僕自ら降りたんだ。キミ達の牧歌的な思想には、ついて行けないんだよっ!」


「汝、女神様の教えを愚弄ぐろうするか!?」


 ヴァルカンは怒りの感情を顕にする。ホッブズと呼ばれる少年は、冷たい口調で語る。


「女神様の教え? はっ、くだらない。あんなのは平和ボケした楽観思想だ。そうだな、僕ならこう提唱するよ。人間の自然状態は『万人の万人に対する闘争』だってね! 人間は愚かだ。自分の利益のためなら、平気で他人を貶める。殺しだってする。違うかい?」


「否、某は……人間を信じる!!」


「全く……話にならないね。いいよ、せっかくここまで来たんだ。僕が相手をしてあげるよ」


 赤い髪の少年は、部屋の真ん中に置かれた宝箱を手に取る。そして、ズボンのポケットから白銀色の鍵を取り出した。


開宝かいほう! ツヴァイアサン!!」


 ——ガシャン


 ——ズゴゴゴゴ


 秘宝が開いた瞬間、大広間の壁が四角形に切り取られたように開き、そこから大量の水が流れ込む。


「なによこれ、足元に水が!?」


「この大広間は、巨大な水槽さ! 時間が進むにつれて、徐々に水で満たされる!!そしてこれが……」


 秘宝から巨大な蛇のような生き物が現れる。その鱗はギラギラと反射し、眩い輝きを放っている。そして、頭が2つあり、それぞれヴァルカンとパレットを睨んでいる。


[Sランク秘宝—— ツヴァイアサン——]


 ♢ ♢ ♢ ♢ ♢


「……!! 旧世紀の秘宝・・・・・・か!」


「へー、詳しいじゃん。さすがは秘宝大会ベスト8、『蒼界の使者』って呼ばれるだけはあるね」


「えっ? ヴァルカン、あんたもベスト8だったの!?」


「……話は後だ! 貴卿は下がっていろ!」


 しかしパレットは、下がるどころか一歩前に出る。


「いやよ。あたしも戦う……目には目を、SランクにはSランクをってね!」


 パレットはホルダーから白銀色の宝箱を前に突き出す。


「げげっ!? マジでSランク!?」


 赤い髪の少年の動揺に、パレットはふふんと鼻を鳴らした。


「出てきて! Sランクの秘宝獣!!」


 パレットはこの前教わった方法と同じやり方で宝箱を開けようとした。しかし鍵穴は、『鍵』を必要とする形状をしていた。


「あれっ……?」


 パレットはキョトンと宝箱を見つめる。すると敵である赤い髪の少年がお腹を抱えて笑い出した。


「ハハハハハハ! あー、びっくりした。なんだ、『鍵保有者キーホルダー』じゃないのかー」


「キーホルダー?」


 困惑するパレット。青い髪の青年は何も言わずただ目を伏せていた。


「くくっ……親切な僕が教えてあげるよ。旧世紀の秘宝・・・・・・は、そのランクに対応した鍵がないと開けられないんだ。これはSランクの鍵」


 赤い髪の少年は見せびらかすように鍵を指で回す。


 ——スチャ


 ——バン


「いいっ!?」


 赤い髪の少年は苦い表情をした。パレットが銃を取り出していきなり発砲したのだ。そしてニッコリ微笑みながら一言。


「OK、その鍵を奪えば開けられるってわけね♪」


「お、おい、ヴァルカネル! こ、こいつ頭おかしいぞ!?」


「知らん。某も手を焼いている」


青い髪の青年は頭を抱えていた。


「うふふ♪ 寄越さないと蜂の巣よ♪」


 ——バンバン


 パレットはホッブズに当たるスレスレの所を狙って銃を撃つ。


「くそ……ツヴァイアサン、防御体制!」


 ——ズズズズズ……


 巨大な蛇はゆっくりと動き始めた。パレットの銃弾の軌道から赤い髪の少年を守るようにとぐろを巻く。その鱗は、全方向からの攻撃を弾く。


(銃弾がはじかれた!?)


「けひゃひゃっ! ツヴァイアサンの鱗は、あらゆる攻撃を弾く。そして、とぐろを巻くことによりさらに防御力が増すのさ!」


(くっ……こんなときフェンネルがいてくれれば……)


 そう考えると、防御無視の極大ダメージを持つあの光の狼がどれほど優秀な秘宝獣だったかがわかる。


 ピチャピチャピチャ


 ——ズゴゴゴゴ


(……足が重くて身動きが取りづらい!!)


 こうして手をこまねいている間にも、水がどんどん室内に溜まってきてしまう。すでにパレットの膝下あたりまでは浸水していた。長期戦は明らかに不利だ……


(銃弾をはじくほど硬いうろこ……でも!)


 パレットは銃を巨大な蛇の頭に向けて、撃った。


「パワーアップしたベレッタ92Mark-Ⅱなら!!」


 ——バンバンバン


 パレットは連続でトリガーを引く。弾は全てツヴァイアサンに命中しているはずなのに、全然効いていない。


「あれ……? 言った者勝ちみたいな世界じゃないの?」


「否、そんなはずが無いだろ……」


「あーもう、あたしまた戦力外じゃない!」


(パワーアップフラグはなんだったのよ!?)


 巨大な蛇の口から放たれる火の玉を避けながらパレットは泣きわめく。


「……ホッブズ、改めて問う。この地下迷宮はなんだ? そして何故汝がここにいる?」


「そんなに知りたい? だったら教えてあげるよ。僕は親切だからね。この地下迷宮は『禁忌きんきの秘宝』を封印するために人工的に作られたものさ。僕がここにいる理由? ま、頼まれたから、とでも言っておこうかな」


「頼まれただと……誰からだ」


 青い髪の青年は巨大な蛇の攻撃を、秘宝獣A-Zのバリアで防がせる。バシンという大きな衝撃が水面を揺さぶる。


「それは言えないけど、心当たりならあるはずだよ。その金髪の人も関係があるかもね。いや、かなり深いかも。」


「どういう事だ……?」


「とっくに気づいてるんだろう? その金髪の子が、この世界の人間じゃないってことくらい」


「……!!」


 その言葉に衝撃を受けたのはパレットだった。


(ヴァルカンはあたしがこことは異なる世界から来たことを知っていたの? そういえばあの時……)


【「貴卿は『げかい』の者か?」


「……? まぁ、そんなところよ。」】


(あの時は外国の事だと思ったけど、外界・・のことだったんだ……)


 自分のことを気にかけてくれたのは、別の世界から来た自分を監視するためだったからではないのか、という不安がパレットの中に渦巻いた。


「くくっ。まぁ、異世界から来たイレギュラーが紛れ込んでたら、誰だって気になるもんね。それからもう一つ……」


 赤い髪の少年はニ頭を持つ大蛇をはべらせながら、パレットの方へ向き直った。


キミの元いた世界・・・・・・・・、残念だったね」


「……!?」


(こいつ、あたしの元のいた世界について、何か知ってるの!?)


「勘違いして欲しくないんだけど、これは同情じゃないよ。本当に残念だったと思ってる」


 パレットはその少年の真意が分からなかった。


「僕はキミの世界の担当になる予定だった……だから僕も、滅びくキミの世界を上界から観てたんだ。……って、何呆然としてんの?」


(滅んだ? あたしの世界が……?)


 パレットは口を開けたまま動かなくなっていた。


 ——ドクン


 ——ドクン ドクン


 ——ドクン ドクン ドクン


 脈がドンドンと早くなっていく。


(そうだ……全て思い出した……どうして・・・・あたしがこの世界に来たのか・・・・・・・・・……その目的が)


 パレットは突然ドサッと水の中へと倒れた。


「パレット? おい、しっかりしろ!」


「ちょ……本当に大丈夫かよ、そいつ」


 青い髪の青年は必死にパレットの身体を揺らす。その光景に、敵であるはずの赤い髪の少年もタジタジと戸惑っていた。


(全て思い出した……そうだ、あたしは……この世界の神を殺すためにきた・・・・・・・・・

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