第20話 『この世界』の中心
【報告書No.18】
未記入(書ける状態でないため)
♢ ♢ ♢ ♢ ♢
( ……暖かい。ふわふわとした感触が肌に触れて、とても心地がいい。ずっとこのままゴロゴロしていたい……)
「……はっ、ここはどこ!? 」
パレットは眼を覚ました。 周りは白いカーテンで囲まれている。自身が病院のベッドの上にいると気づくのには、さほど時間を要さなかった。
パレットは上半身を起こして隣を見る。すると、可愛らしい私服姿の、栗毛色の髪の女の子がベッドの隣のパイプイスに座りながらスヤスヤと眠っていた。パレットは今の状況を頭の中で整理する。
(おそらく、あたしはあの地下迷宮で意識を失って、ヴァルカンがここまで運んできてくれたんだ……そこまではなんとなく分かる、けど……)
パレットは、隣のパイプ椅子でスヤスヤと眠っている少女に見覚えはなかった。どうしたものかと考えていると、その少女が目を覚ました。
「ふぁ……あっ、眼が覚めましたか?……って私も寝ちゃってました!? ごめんなさい!」
栗毛色の髪の少女は、自分にポカを入れる。そして椅子から立ち上がり、ベッドに寝たまま上半身を起こしているパレットに深々と頭を下げる。
「あっ……目が覚めたばかりで困惑してますよね。私、
「弟……?」
パレットはなんとなく心当たりがあった。この世界に来て馴れ合いを持った彼女より年下の男の子と言えば、1人がゆうた、もう1人がたくみ、という名前だった気がする。
「あー、あの大人しい方の男の子ね!」
「はい! 拓海ったら、周りに人がいる時は敬語なんですけど、家では結構、年相応にはしゃいだりしてるんですよ♪」
(話からして、この人はたくみの姉なのかしら……よく見ると全体的に雰囲気が似ている気がする。マイペースなところといい……)
パレットは黙ったまま鴇 愛佳と名乗った栗毛色の髪の少女をじっと見つめる。見つめられた少女は小首を傾げる。
「まぁいいわ。看病してくれたのならお礼を言うわ」
パレットはベッドから起き上がり、足を降ろそうとした。すると、キィィィンと頭に痛みが走ったように顔をしかめた。
(痛っっ!!)
「大丈夫ですか? 安静にしてないとダメですよ!」
栗毛色の髪の少女は優しくパレットの体に手を添える。
「それに、今は真夜中ですよ。起きるにしてももう少しだけ時間を置いた方がいいと思います」
パレットがデジタル時計を見ると。AM3:00と表示されていた。たしかに今日は安静にしていた方が良さそうだ。
「でも、あたしにはやらなきゃいけない事が……」
「それならきっと、大丈夫です」
栗毛色の髪の少女は、にっこりと微笑んだ。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢
「
(そんなものというのは、たぶん地下迷宮のことだろう……)
「でも、私が病院に駆けつけた時、あなたの病室から
「黒城……?」
(たしか、青い鳥と一緒にいた、無愛想な下っぱだ。でもそれが、どうして『大丈夫』という言葉に繋がるのだろう?)
「……私にもよく分からないんですけど、なんだか黒城くんって漫画やアニメの主人公みたいなんです。困っている時に、どこからともなく現れて、理由も聞かずに助けてくれる。そして何も言わずに去ってしまう、不思議な人」
その少女の表情からは、憧れのような感情が伝わってくる。
「黒城くんはたぶん、今もあなたのために頑張ってくれてるはずです! だから、もう少しだけ待っててください」
きっと、たぶん、といった曖昧な言葉とは裏腹に、彼女は強い信頼を寄せていた。そう思わせてくれるような何かが、あの黒髪の少年にはあるのだろうか。
「ねぇ、1つ聞いてもいいかしら……」
パレットはポツリと呟いた。ただの呟きではない。パレットは返答次第では今後、どのような行動を取るのか、決めようと考えているようにもとれた。
「どうしてこの町の人たちは、見ず知らずのあたしにここまでしてくれるの……? ……いったい何が目的なの?」
その言葉に、感情はこもっていなかった。その瞳は輝きを失っていく。冷たく吐き出された台詞を、栗毛色の髪の少女の心を揺さぶった。しかし、その少女は優しく、そして力強く答えた。
「そうですね……理由なんて、後から考えちゃってると思います。困っている人がいたら真っ先に助けてしまうのが、この町に住む人たちの良いところだって思います!!」
「っっ!!」
——ドクン
その言葉は、パレットの心を強く突き動かした。パレットの瞳に、綺麗な翠色が宿る。
その時、パレットの脳裏に家族の姿が浮かんだ。1人は父親。もう1人は5年前、病によって亡くなってしまった母親だ。
【 「彩、隣人を愛しなさい」
隣人愛。それが私の母親の好きな言葉だった。
小さい頃のあたしは、周りの人から差別的な扱いを受けていた。理由はこの名前と、この髪の色のせいだ。どちらの国にいたとしても、必ず差別を受けた。
当時のあたしには当然、母親の言葉が響くわけもなかった。
でも、優しい母親のことは、決して嫌いではなかった。良いところは褒めてくれたし、悪いところは叱ってくれた。他の人からみれば、とても幸せな家庭だっただろう。あたしを除いては……
あたしが記憶を失ってこの世界に来た時、この言葉が心のどこかに残っていたのかもしれない。だからこそあたしは、冷徹な人格にならずにこの世界での短い時間を楽しく過ごせたのかもしれない。】
(この世界の人たちは、髪の色が違うあたしに対しても、誰ひとりとして後ろ指を指すことはしなかった。それどころか、こんなあたしを受け入れてくれた……)
「うっ……うぅ……」
パレットの瞳からポロポロと涙が零れる。そんなパレットを、愛佳は子守をする母親のように、優しく包み込んだ。
「夜が明ければ、他の皆もお見舞いにくると思います。拓海も、お友達も、みんなあなたの事心配してましたよ」
「うん……」
パレットは涙を拭う。
(今になって確信した。あたしはこの町のみんなの事が好きだ。大好きだ。でも、あたしの目的はこの世界の神を殺すこと……神がいなくなれば、この世界にもあの黒い龍が現れる……だとすれば……)
パレットの意思は固まったようだ。これから先、自分がこの世界で、何をすべきなのか……
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