第6話 その男の名は、黒城 弾
【報告書No.5】
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パレットが『ふれあいエリア』から『アスレチックエリア』へ、湖周辺の広大な水辺沿いを歩いていると、白い
「あぁ……リリィちゃん!」
小学生の女の子が、泣きそうな眼で湖の手前のウッドデッキに寄りかかっている。どうやらあのぬいぐるみの持ち主らしい。
(どんどん流されちゃってる……あれはもう諦めたほうが良さそうね。)
パレットは眼を伏せて、しれっとその場を立ち去ろうとした。その時だった ——
——ザッパーン!!
制服の姿のまま走り込んで来た黒髪の少年が、ウッドデッキを飛び越えてそのまま湖へと飛び込んだ。
「!?」
パレットは目の前の状況が呑み込めなかった。まさか着衣のまま湖に飛び込むなんて……下手をすれば命すら落としかねない行為である。だが、黒髪の少年に一切の迷いは無かった。勇敢か、あるいは無謀か……
黒髪の少年は何度も溺れかけながらも、湖を流れていた白い兎のぬいぐるみを確保した。そしてなんとか生還した彼は、何も言わずに持ち主へとそのぬいぐるみを手渡した。
「リリィちゃん!」
持ち主の女の子は、白い兎のぬいぐるみをギュっと抱きしめた。そして屈託のない笑顔を浮かべる。
「黒髪のお兄ちゃん、ありがとう!」
黒髪の少年は無言のまま後ろ手を振って、その場を去ろうとした。その時だった——
——ザッパーン!!
今度は湖の中から、厚化粧で丸い赤鼻の、小柄で小太りのおじさんが飛び出した。
「パンパカパーン、ジェスタークラウンとうじょーう♪」
まるでピエロのような姿の男が、立ち去ろうとする黒髪の少年の前に立ち塞がった。
「チミチミ、見てたよさっきの善行♪ 危険を顧みず少女のために行動し、かつ報酬も求めない♪ そんな君には〜はい、金のハッピーチケット〜♪」
ピエロはクルクルと1人で踊りながら、服の内ポケットから金色のチケットを差し出した。
「……いらない」
黒髪の少年は、名刺を差し出すような姿勢でピタリと固まったままのピエロを素通りし、足早やに去ろうとする。
しかしまわりこまれてしまった。
「どこまでも謙虚な人♪ そんな君には〜はい、金のハッピーチケット×2♪」
ピエロが手を叩くと、金色のチケットが2枚に増えていた。すると、黒髪の少年のズボンのチェーンに付いていた虹色の宝箱の中から、1羽の青い鳥がピョコンと顔を出した。
「やったじゃない
(鳥が普通に喋ってる……)
「……黙れってヒナコ。
黒髪の少年は、顔だけ出していた青い鳥を宝箱の中へ押し込めて蓋をした。
ピエロはそのやり取りを見ながら、笑っていた。
「エロエロエロエロ♪」
「ええええっ!? 笑い方きしょ!!」
傍観するだけのつもりだったパレットは思わず突っ込んでしまった。
「エロ?」
「……?」
ピエロと黒城と呼ばれる少年の視点がパレットへと向かう。沈黙が耐えられなかったので、パレットは切り出した。
「ねえ、黒髪のあんた。どうして自分の命も顧みず、ぬいぐるみを助けたの? あの子だって、ただの他人で……」
——ドクン
言いかけた時、パレットは自分の記憶の片鱗を呼び覚ましていた。声が聞こえた。どこか懐かしくて、暖かい声だった。
【……やか。隣……を……しなさい】
(……? 今、何か……)
すると、黒城は、また変なのに絡まれた、みたいなすっごい嫌そうな表情をしていた。
(めっちゃ嫌そうな顔してる!?)
黒城は、さっきから至近距離でニタニタと顔を覗き込んでいるピエロに観念したのか、ため息を吐きながらも答えた。
「……俺の主義には反するが、身体が自然に動いてた」
「ふーん……」
パレットは、なにそれ、と思ったが、それ以上は追及しなかった。それよりも、突如頭に浮かんだ誰かの言葉が気がかりで、拠点である教会へと向かった。
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教会の中は、天窓から光が差し込む以外真っ暗だった。これがいつもの光景だ。
教会の地下室へと進んでいくと、白いレースのカーテンの奥にローブを羽織った人物の影だけがぼんやりと見える。
「戻ったか、パレット。では、今日の報告を」
カーテン越しに声が聞こえてくる。この声の人物は、神父様。パレットがこの世界で眼を覚ました時、最初に眼にした人物である。パレットは片膝を立てた姿勢で告げる。
「今日は福引きを……」
「ん……?」
「いえ、なんでもありません」
パレットは思わず口を滑らせかけたが、よもや『観測』とやらをせずに遊び呆けているとは思われたくなかった。思考を巡らせ、それっぽい報告を考える。
「コホン、この世界には、秘宝というものがあるみたいです」
「秘宝?」
「はい。手のひらに収まる大きさの宝箱なのですが、一時的に生き物を圧縮して、出し入れすることが可能なようです。」
「ほう……」
神父様の食いつきに、よし!と心の中でガッツポーズをしながらパレットはその後も淡々と報告を述べていった。
「未知の技術か……それは興味深いな、パレットよ。……ときに、羽織って行ったローブはどうした?」
「あっ……」
最初に羽織っていた瑠璃色のローブ。『ローブは捨て去る物』といった感覚で今日も公園に忘れてきてしまった。
「……いいかパレットよ、あのローブは瑠璃様より賜った大切な品だ。決して忘れるでないぞ」
「はっ」
その時、パレットはふと思った。さすがに公園に捨てるのは勿体無かったと。そして、もしかしたら売れば案外良い値になるのではないか、と。
結局その日は謎の声の人物を思い出すことができなかった。まあそのうち思い出すだろうと、またしても楽観的な思考のまま、深い眠りについた。
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