第5話 決勝リーグ出場者(ベスト8)

【報告書No.4】

 物欲センサー…どこの世界も、いつの時代も、欲しいと思ったものに限ってなかなか当たらないものらしい。現実は時として残酷である。


 ♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢


 公園へと向かう途中、金髪の少女、パレットは昨日の事を思い出していた。暑さにやられて少しハイになっていたとはいえ、射的屋でコルク銃を握った時の感覚が頭から離れない。


(正確にいうと、あの時のことはよく覚えていない。身体が反射的に動いて、気づいたら景品を手に入れていた。それも3つも)


 パレットの記憶は曖昧だった。自分がどんな世界からここへ来たのか、その記憶すら存在しない。今はただ、神父から与えられた命である『この世界の観測』を粛々と報告書にまとめるのみである。


 ただ、一つはっきりわかったのは、銃を撃つ、という行為が身体に染み付いていたこと。自分が何者なのか、どんな世界から来たのか、パレットの思考は自ずとそんなことばかり考えるようになっていた。


(駄目、何も思い出せない)


 何かきっかけがあればそのうち思い出すだろう。自分にそう言い聞かせ、不安を打ち消した。再び顔を上げて歩き出す。


 陽光公園を歩いていると、ダッシュで追い抜きざまの2人の高校生のやりとりがパレットの耳に入る。


「『ふれあいエリア』で秘宝バトルしてるみたいだぞ!」


「こんな朝っぱらから喧嘩か?」


「いや、ガチな勝負らしい。それもベスト8同士・・・・・・の戦いらしいぜ!」


「ベスト8!? 決勝リーグ出場者か!」


「急ぐぞ、滅多に見られねぇ」


「おう!」


(珍しいもの、か。報告書レポートのネタになるかも)


 野次馬根性からか、パレットも走ってその2人の後を追いかけていった。


 陽光公園には6つのエリアが存在する。それらは上空から見おろすと、ちょうど巨大な円のように点在している。


 商店街沿いの道から入れる『のどかな公園エリア』を右へ行くと『縁日エリア』、左へ行くと『アスレチックエリア』がある。『アスレチックエリア』を突き抜けて行くと、『ふれあいエリア』に辿り着ける。ちなみに円の内周は大きな湖になっていて、通り抜けることはできない。


「このローブ走りづらい……いらないって言ってるのに」


 一つ一つのエリアも広いため、結構距離がある。パレットは羽織っていた瑠璃色のローブをその場で脱ぎ捨て、前を走る2人を見失わないように追いかけていった。


 ♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢ ♦︎


 パレットが息を切らして『ふれあいエリア』に到着すると、朝の9時頃なのにもかかわらず、一ヶ所に人集りができていた。人集ひとだかりを半ば強引に掻き分けて最前線に出ると、その目線の先には黒髪のポニーテールをした中学生ほどの少女と、髭を蓄えたどっしりとした体型のおじさんが対峙していた。


「事案!?」


 パレットは慌ててズボンの後ろポケットからスマートフォンを取り出し、110の番号を押す。コールボタンに手をかけようとした途端、隣に立っていた青い髪、青い瞳の青年がそれを遮った。


貴卿きけい(※1)、しばし待たれよ」


「……? きけい?」


「ああ。通報にはおよばない、黙って見ていろ」


 呼ばれ慣れない敬称に、パレットは首を傾げた。その男もまた、ただならぬ雰囲気を感じさせていた。パレットは言われるままスマートフォンをポケットにしまい、目の前の状況を改めて確認した。


 黒いポニーテールの少女の足元に、小さな黒猫が一匹。対して、髭のおじさんの横には全長2〜3mほどの熊が一匹。それも炎をまとっているように見える。というより火だるま状態だ。


「あの熊、燃えてるわね……」


「あれはAランク秘宝獣、『グマ』だ」


「そのまんまかよっ!」


 パレットのサイドテールがピンと跳ね、初対面の相手に思わず鋭いツッコミを入れる。


「そして火グマを従えたるは『ベスト8』の熊崎くまざき 吾郎太ごろうた。 通称やまおやじ だ」


「火熊の隣にいるゴツいおっさんね」


 周囲の見物人から、いけーやら、やれーやら、はやし立てるような歓声が上がっている。


「ガハハハ、火グマ、ヒートスラッシュだ!」


 見た目に相応しい低い声で、やまおやじが指示を出す。ポニーテールの少女と黒猫は猛攻を流すかのようにテンポよくかわしていく。


「どうした、大会で勝ち進めたのはマグレか?」


 火グマの猛攻をかわしていた黒猫だったが、炎の体から巻き上げられた熱波が黒猫の体に触れた。黒猫は宙を舞うように吹き飛ばされる。


「ミントッ!?」


 ポニーテールの少女は、宙を舞った黒猫をスライディングでキャッチする。


「頑張ったね、秘宝に戻って」


「ニャー」


 ポニーテールの少女が銅色の宝箱を黒猫に近づけると、黒猫は吸い込まれるように宝箱の中へと入っていった。黒猫の無事を見届けると、ポニーテールの少女の表情が引き締まった。


「ガハハハ。ようやく本気で相手をする気になったか?」


「勘違いしないで。ミントはまだ戦えたし、続けてれば2体目の火グマも倒せていた。」


 ポニーテールの少女の瞳は静かに燃えていた。


「今から大事なデートの約束あるの。だから速攻でケリをつける」


 ポニーテールの少女はスカートのポケットに手を入れた。すると、ギャラリーの雰囲気も一変した。ある者は焦りの表情を浮かべ、あるいは期待の表情を浮かべ、近くで見ていた人々は後ろへと後ずさった。パレットは思わず呟いた。


「何が始まるっていうの……?」


「危険だ、貴卿、下がっていろ」


 青髪の青年はかばうようにパレットの前に出た。


「白銀の狩人、Sランク秘宝の力、この眼でしかと見させてもらうぞ」


 ポニーテールの少女は、白銀に輝く宝箱を勢いよく開けた。


解放リベレイト、フェンネル!!」


 ♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢ ♦︎


 白い閃光と共に、宝箱の中から一匹の動物が姿を現した。雄々しく、そして神々しい白銀色の狼だ。その姿はまるで、神話に登場するフェンリル・・・・・そのものである。


 だが、ただのフェンリルではないということはすぐに理解できた。フェンリルの上空には、6つの小型自立機動式遠隔砲台ファンネルが漂っていた。


「フェンリル。主人の腕すら喰いちぎると言われる、伝説の幻獣。その捕獲の困難さゆえ、秘宝獣の中でも極めて稀なSランクの秘宝に入れらている。全国大会でもSランク以上の秘宝の所持者は2桁に及ばない」


 火グマとフェンネルの戦いを見ながら、青い髪の青年はパレットに解説をする。


「さらにあの小型ビットは、フェンリルの意思と連動して攻撃する。近距離型でパワー型のフェンリルに、遠距離攻撃まで備わった最強の組み合わせ。それが『フェンネル・・・・・』だ」


——チュドドドドォン


「火グマァァァァ!?」


 一瞬で決着はついた。火グマに対して一斉に降り注ぐ集中砲火、決して休むことのない攻め、攻め、攻めの嵐。倒れた火グマはやまおやじの手に持つ宝箱の中へと入っていった。


「フェンネル、お疲れ様!よしよし」


 ポニーテールの少女は白銀の狼の頬を撫で回す。そして体全体でしばらく戯れた後、宝箱の中へと収容した。


「ウオーン、帰って修行しなおしだ〜~!!」


 やまおやじは半泣きになりながら公園の外へと走り去ってしまった。


「いけない、愛佳待たせてるんだった! 急がないと! すいません、道開けてもらえますか? 急いでるんで!」


「サインくださーい!!」


「乃呑様~!!」


「秘宝獣触らせて~!!」


 黒髪のポニーテールの少女は握手やサインを求められていたが、惜しまれつつも陽光公園を後にした。


「まあ、ちょっとは秘宝のことわかったわ。あんがとね……ってあれ?」


 パレットは色々と教えてくれた青髪の青年にお礼を言おうとしたのだが、いつの間にか姿を消していた。


(名前、聞きそびれちゃたな。ま、また会えるか)


バトルが終えると、観戦に来ていた人集りもあっという間に離散し、パレットも『ふれあいエリア』をあとにした。


♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢ ♦︎


※1 卿…相手を尊んでよぶ呼び名。貴卿はより丁寧な表現。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る