第11話 ぷう子の入れ墨

「おい、答えろよ!」


 ひどいネーミングのショックから、ようやく落ち着いてきたぷう子に、ミカは質問をしていた。しかしぷう子が、フンと横を向いて答えようとしないので、だんだんとイラついてきている。

 今、ぷう子は、あかりのひざの上に乗っかってUの字になっている。鎖の端っこは、ミカがしっかり握っていた。

 ぷう子をひざに乗せるなんて、始めは抵抗があった。でも、あんまり泣き叫ぶので可哀想になって、よしよしと頭をなでてやったら調子に乗ってひざに上がってきたのだ。とは言え、慣れてしまえば気持ち悪さはなくなっていた。

 ぷう子はキュウキュウ鳴いて、ちょっと可愛いのだ。あくまでも、あかりとユーリに対してだけ愛想を振りまくのだったが。


 どうして自分を気に入ったのと聞くと、ぷう子は顔を赤らめて「だって、めっちゃ可愛いから……て、照れるやぁん」なんて言うものだから、あかりまでなんだか顔が火照ってしまった。

 好かれて悪い気はしない。でも、相手がヘビみたいな子どものドラゴンというのは、かなり問題があるような気がする。

 反対にすっかり嫌われているミカは、また大きな声をあげる。


「だから、雷竜もこっち来てるのかって、きいてんだ! 答えろ、ぷう子!」

「知らんがな。ワシは一人で来たんや。雷竜の姉ちゃんかて、ワシが来とるん、知らんと思うでぇ」


 ぷう子の声は、幼稚園くらいの子、そう弟の輝の声に少し似ている。甲高くて、声だけだと男の子か女の子かよく分からない感じの声だ。


「だったら、どうにかして雷竜がいるか調べろ」


 ミカが命令すると、ぷう子は渋々頭を持ち上げ、くんくんと鼻を動かした。臭いで探しているようだ。

 あかりは、雷竜ってなんだろうと思いながらも、静かに二人のやり取りを聞いていた。風神雷神みたいな感じで、対のドラゴンなのかな、などと思ったりする。

 姉ちゃんって言うくらいだから、女の子なのだろう。ぷう子みたいな子ヘビの姿を思い浮かべて、二匹がちょこんと並んだら可愛いななんて笑ってしまった。


「僕らのいた世界に、雷竜っていうのがいるんだけど、この頃そいつの姿が見えないんだって。だからこっちに来ているかもしれないって……」


 不思議そうにしているあかりに、ユーリがそっと教えてくれた。


「呼び名の通り、雷を操るドラゴンなんだ。風竜の、あ、ぷう子か……の姉で、二匹とも黒いドラゴンの子どもなんだよ。母親が魔法書に封じられたもんだから、ミカさんを恨んでるんだろうな」

――母親って、うそ……あのドラゴン、メス?


 見かけがあんまりにも怖いから、あかりは勝手にオスだと思っていたのだ。これは衝撃の事実だった。

 が、いやいや大事な所はそこじゃない、と慌てて首を振る。子ドラゴンたちがミカを恨んでいるというのが問題なのだ。


「もしかして、ぷう子はお母さんを取り戻そうとしてたの?」

「多分ね」


 ということは、雷竜もぷう子のようにお母さんが心配で、助けたくてこっちに来ているのかもしれない。あり得る話だと思った。

 ミカの世界の人たちからすれば、町を壊されたり病気にされたりして、たくさんの人が犠牲になったのだから、絶対にドラゴンは悪者なのだ。野放しにはできないだろう。ミカだって、彼女を病気にされて許せないんだと思う。


 だけど、ぷう子の立場からみれば、大好きなお母さんと離れ離れにされて、会えなくなってとても寂しかったのかもしれない。たった一人でこっちの世界に突撃してしまうくらい、助けようと必死だったのかもしれない。

 どちらの気持ちも分かるような気がするし、でもどちらの味方にもなれなくて、なんだか複雑な気分になってくる。そっとひざの上のぷう子を見下ろした。

 くんくんと臭いを嗅いでいたのを止めて、ぷう子がやっと口を開いた。


「……まあ、おるんとちゃうか」


 不機嫌な声だった。

 すかさずミカが質問を重ねる。


「どこに?」

「そんなん知らんがな。おるような気ぃするっちゅうだけや」

「お前、マジ使えねぇなぁ」

「やかましぃわ! おんどれ、なんもしとらんワシを、閉じ込めよったくせに! 偉そうに命令しくさって!」


 ギシャーと吠えるぷう子の背を、あかりは落ち着きなさいとトントンと叩いた。


「何もしてなくないじゃない。ミカの命の光を壊したじゃないの。まだ謝ってないよ。ごめんなさいは?」

「あかりちゃぁん、そんなんゆうたかて、ちょーっとだけやん。コイツ、ケチ臭いねん」


 悪びれもせず、あまりにも堂々と言うぷう子に、あかりは呆れてしまった。十年はちょっととは言わないと思う。


「あのなぁ……億年単位で生きるお前らと一緒にすんな。ドラゴンにとっちゃ、十年なんかまばたきする間かもしれんが、オレたち人間には、十年ひと昔って言うくらい大きいんだからな!」

「お前、人間ちゃうやん。ワシらみたいに羽、生えとるやん。きっもー。そんなん人間とちゃうでぇ。人型で羽生えてるっちゅうたら、アレやアレ。悪魔や。お前、悪魔なんやろ? な、当たりやろ? 悪魔でも死ぬん? なあ、死ぬん?」


 ぷう子はケケっと笑っていた。完全に悪者の笑い方だった。

 ドラゴンってそんなに長生きなんだと驚いていたら、ぷう子がミカを悪魔呼ばわりして、からかい始めたものだから、あかりは思わず目をむいた。

 ミカの白い翼を見た時、天使かと思った。全然天使っぽくなかったけど、そう思った。悪魔だなんて、普通は想像するはずもない。

 可愛らしくキュキューと鳴いていたかと思うと、ケケッと質の悪い笑いをするぷう子。天使と悪魔をあわせ持っているのはぷう子なんじゃないかと、あかりは肩をすくめた。


「……ったく、口の減らないくそガキだな! マジでムカつく。お前、反抗的だから絶対逆らえないようにしてやるからな!」


 ミカは翼をバッと開き、例の指揮棒みたいな白い棒を取り出した。そしてぷう子をつまみ上げて、ブンブンと乱暴に振りまわす。


「ごらぁぁ、何すんねん! 離さんかい! あかりちゃぁん、助けてぇな! コイツ、なんかヒドいことする気ぃや!」

「黙れ!」


 ぷう子はジタバタ暴れるが、自業自得よねと、あかりとユーリは肩をすくめて笑い合う。ぷう子の扱いは、ミカに任せるしかない。


「ねえ、その棒って何? 昨日もそれ使ってたでしょう?」

「ああ、これは『杖』だよ。一人前の魔法使いの証みたいなもん。それから、ちょっと高度な魔法を使う時には、魔力や集中力を高める役割をしてくれる。オレの杖はなかなかの逸品なんだぜ。なんたってワーウルフの牙でできてるんだ」

「ワーウルフ?」

「人狼だよ」

「へ、へえ……そうなんだ。魔法の杖か。なんか本当にファンタジーみたい……」


 ちょっと話についていけなくなって、あかりは下を向いてブツブツとつぶやいた。牙にしては、ものすごく長すぎるような気がするのだけど、標準がどのくらいかなんて知らないから、突っ込みようも無かった。別世界の話は、理解できないことが多すぎる。

 ミカはぷう子を自分のひざに乗せて、お仕置きするみたいにお尻のあたりをペシンと叩いた。ギュグゥと鳴くのもお構いなしに、杖をペンのように持つと、ぷう子の背中をギリギリとひっかき始めた。


「痛っ! 何ぃ? 何すんねん、クソ魔法使い! 痛いやないか!」

「ぷう子、黙れ!」

「うぎゅ……」


 まだ文句を言おうとしていたぷう子だったが、ミカに一喝されると、口をモゴモゴさせながらも、しゃべれなくなってしまった。

 ミカは、何か文字のようなものを書いていた。ブツブツと呪文を唱えながら、丁寧に書いていく。

 ぷう子は悲鳴を上げることは出来なかったが、とても痛いらしくバタバタと暴れていた。それをミカはガッシと抑え込んで逃がさないのだ。

 ぷう子の背中に、ミミズバレができていた。

 痛々しく腫れあがっているのを見ていると、だんだんと可哀想になってくるあかりだった。


「ねえ、ミカそれ何? 可哀想……止めてあげてよ」


 ミミズバレから血もにじみ出てきていた。

 なのにミカは平気な顔というか、薄ら笑いを浮かべて、ぷう子の背中をペンで引っかき続けるのだ。なんだか少し気味が悪かった。悪魔って悪口言われたのが、そんなに気に入らなかったのだろうか。


「入れ墨だよ。これで、オレの支配をより強力にするんだ。こいつ、生意気だからな」


 魔法で強引に言うことをきかせるのか、そう思うと少し嫌な感じがした。やりすぎなように思うのだ。

 はじめはあかりも、本の中に閉じ込めたままにしておけばいいとか、動けなくすればいいとか思っていたが、懐いてくるぷう子を見てしまった後では、可哀想に思えてしかたがない。

 確かにぷう子はミカの命の光を壊してしまったし、この後も悪さをするかもしれないから、ちゃんと言うことをきいてもらわないと困るというのは分かるのだが。


 あかりがモヤモヤしながら考えているうちに、入れ墨は出来上がったようだ。

 ミカがぷう子を解放すると、あかりの所にぷう子は泣きながら逃げてきた。でも、まだしゃべれないようだ。お許しが出るまでは、このままということらしい。

 よしよしと頭をなでてやった。


「これ、なんて書いてるの」

「ふっふふ、『ぷう子』って書いてやったぜ!」


 クワッとぷう子が顔をあげ、背中を見るやいなや、声のない悲鳴を上げて泣きだした。

 背中に一生消えない『ぷう子』を背負うなんて、かなりイヤかもしれない。あかりは可哀想にと思いつつ、ハハっと苦笑いした。

 これでもう完全に、ぷう子はミカの命令に逆らえないらしい。


「よし、しゃべっていいぞ」

「うわーん、あかりちゃぁん。今すぐ、ワシの代わりにコイツをぶっ殺してぇな。一生のお願いやさかい……うえーん」

「……お前、懲りない奴だな……」


 ミカと言う通りだと、あかりとユーリは顔を見合わせて笑った。


「でも、ミカ。あんまり無茶な命令とかしないであげてね」

「無茶は言わないさ。コイツが素直ならね」


 そう言って肩をすくめるミカだった。







 背の高いマンションの給水タンクにもたれて、ミカはため息をついていた。

 ぷう子はギシャーと威嚇を続けるくせに、あかりとユーリには愛想を振りまくものだから、ミカはすっかり白けてしまった。三人が仲良くするなら自分は邪魔だろうと、一人空の散歩に出かけた。雷竜を探すつもりだった。

 しかし、あかりの住むこの町を、くまなく飛び回ってみたのだが、どこにいるのやらさっぱり分からない。ぷう子からは大した情報が得られなかったし、雷竜の方から近づいてこない限り、見つけるのは無理だろう。


 むっつりとしかめっ面をして、屋上の隅の小枝の塊を眺めた。それはハトの巣だった。親鳥がタンクの上から、ミカを見つめている。

 突然のやって来たミカに驚いて、一旦は飛びあがったものの卵が心配なのだろう、ずっとつかず離れずの距離でミカを伺っていた。


「そんなに、にらむなよ。食ったりしないからさ」


 親鳥を見上げてミカは苦笑した。

 ミカはポケットに手を突っ込んで、プラプラと巣に近寄っていった。そしてかたわらにしゃがむと、卵の上に手をかざした。


「んあ……やっぱ難しいな、でかい生き物になってくると。バッタみたいに簡単にはいかないか」


 ミカは、卵から命の光を取り出そうとしていた。ここにも彼の命の光が隠れていたのだ。

 雷竜は見つけられなかったが、替わりに命の光は見つけることができたのだ。少しでも多く取り戻さなければと焦るミカにとっては、ラッキーな偶然だった。

 だが、光はバッタの時ようにポンと飛び出してくることは無く、ミカは困ったなと眉をしかめた。真剣な顔で、ブツブツと呪文を唱える。

 すると、卵がプルプルと震え、ぽわんと青白い光が浮かび上がってきた。

 よしっと、満足げに笑みを浮かべた途端、それは引きつりに変わった。

 卵が割れてしまったのだ。


「あ……」


 どろりと卵の中身が出てきた。

 タンクの上でクックークックーと親鳥が鳴いている。

 うろたえたミカが急に立ち上がると、ハトもバッと飛び上がった。


「ご、ごめん……ごめんな」


 光をぎゅっと握って、ミカはあわてて羽を広げ、その場を逃げ出してしまった。チリチリと胸が痛かった。

 これから生まれるはずだったヒナの命を、自分の数週間分の寿命と引き換えにしてしまった。決してわざとではなかった。もっと安全に取り出せると思っていたのだ。

 しかし、実際には死なせてしまった。慎重さがたりなかった。


――なんて、浅ましいんだ……オレは。ぷう子への仕打ちも、卵の扱いの粗雑さも……あの子にだって……


 焦りと不安に負けてしまう弱い自分が、イヤでたまらなかった。

 あかりに対しても、悩みを聞いておきながらお母さんも大変なんだよなどと、説教じみたことを言ってしまった。彼女はただ受け入れて欲しがっているだけだと、分かっていたのに、余計な事を言った。自分の大人げの無さに、吐き気がする。


――悩みを取りさって上げたいって、思ったはずなのにな……。何が最善かなんて、失敗してみないと、オレには分からない……


 空高く飛びながら、いつも失敗だらけだと、またため息をついた。

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