第6話 光を集めよう
昼食後、あかりは家を飛び出して公園へと走っていった。
やることはちゃんと全部済ませた。だからもう、家の中で暗くむっつりなんてしていたくない。お母さんは何か言いたそうだったけど、あかりは小言を聞くより早く、友達と約束しているからと言って出てきたのだった。
早くミカとユーリに会いたかった。二人といると、胸がわくわくするのだ。まるで今から冒険に出かけるみたいな気分だった。
公園につくと、ユーリはベンチに座って足を組み、魔法書を読んでいた。すぐ隣には、買い物帰りなのかスーパーの袋をひざに乗せた、知らないおばさんが座っているというのに、堂々としたものだった。
あかりは、もう自分の姿も見えなくなっているんだろうな、と思いつつもちょっとおっかなびっくり近づいてゆく。
ユーリに声をかけて、もしも隣のおばさんに変な顔されたら、すぐに走って逃げるつもりだ。
「あ、あかりちゃーん! 待ってたよ!」
ユーリの方から手を振って、呼びかけて来た。ウワッと驚いて、思わずシーッと口に指をあてるあかりだった。
「アハハハ! 大丈夫だって」
「で、でも、なんか心配になるじゃないの……」
おばさんは、ユーリにもあかりにも全く気が付いてなくて、ずっと手の中のスマホをいじっている。確かにユーリの言う通り、大丈夫そうでほっとする。見えていないと分かっていても、やっぱりドキドキしてしまう。いつもの公園、いつもの町で自分は大冒険をしているのだ。
あかりは、きょろきょろと公園を見渡す。ミカの姿は無かった。またどこかに光の粒を探しに行っているようだ。
ユーリが立ち上がった。
「今日は河原に行ってみよう。ミカさんが、あかりちゃんといっしょに来いって言ってたんだ。命の光はね、水のある所にわりとよくいるんだ」
「どうして?」
「うーん、僕のただの想像だけど、生命の誕生って水の中で起きたでしょう。だからかなって」
よく分からないけど、あかりはそういうものなのかなぁと、あいまいにうなずいた。
「河原に、大きなのがいるといいね」
「ほんと、そう願うよ」
「ミカは先に行ってるの?」
「うん。多分ね」
河原に到着したが、ミカの姿は見当たらない。広い河川敷だから、いたとしてもすぐには見つけられそうにない。待ち合わせの目印でも決めておけば良かったのにと、あかりはこぼした。
ユーリは、ミカの方で見つけてくれよと、のん気に言って一人で川岸の草むらに入っていった。一歩ふみ入れると、バッタがピョンピョンと飛び出してきた。なんだか知らない小さな虫も、プワンと舞い上がる。
こんな所に本当に命の光があるのかなと、あかりは少し疑わし気に眺めていた。
「あれ? これって、もしかして……よし!」
ユーリが何か虫を捕まえたようだった。ほらとバッタの頭を指で突いて、何やら呪文を唱えた。するとバッタの中から、命の光がぽわんと出てきたのだった。
白く光る小さな粒を、あかりに差し出して見せてくれた。
「こいつの中に入ってた! こういうこともあるんだ!」
「え? バッタの中に?」
驚くあかりをよそに、ユーリはバッタをポイッと草むらに逃がすと、嬉しそうに光をガラスビンに放りこむ。すでに入っていたものよりも、ほんの少し大きかった。
「これ一つで、五日分くらいかな」
「へえ……」
「一瞬チラッとね、バッタが光って見えたんだよ。この辺りにいた光の粒が集まって、バッタの中に入ったのかな?」
命の光って、虫の中に隠れたりするもんなのと、あかりは目を丸くしていた。もう既に常識外の出来事ばかりなのだから、いちいち驚いてもきりがないのだが、それでもやはり驚いてしまう。
ユーリは次々とバッタを捕まえ、光を集めていった。
「ねえ、今まで見たのは青白かったけど、バッタの中にいたのは白いのね」
「よく見てるね。これはフリーなヤツなんだよ。でも白ばっかりじゃなくて、青白いのもあったよ」
「フリー?」
なんだそれはと首をひねると、説明忘れててごめんねとユーリが笑う。
命の光には、人それぞれに固有の色がついているらしい。ミカにはミカだけの色、ユーリにはユーリだけの色が、命の光についているのだ。
青白い光の粒は、正真正銘ミカの命が飛び散ったものなのだが、白い光は誰のものでもないらしい。本当はもっと生きられるはずだったのに、不慮の事故なんかで死んじゃった人の中に残ってた命の光が、時々ふわふわ漂っているんだそうだ。
命の光には意志があるわけではない。生きるエネルギーみたいなものだ。死んだ人の魂とは全く違うのだ。だから、白い光も集めちゃっても問題ないんだよと、ユーリはどんどんとビンに詰めていった。
バッタの中には、青白いのと真っ白の光とが半々くらいの割合で隠れていた。
「ねえ、もしもピンクの光とかあったらどうするの? それは他の人の命ってこと?」
「そう、だからそれは回収しないよ。ルール違反だし。っていうか、心配しなくても、普通生きてる人の命の光がその辺に漂ってたりしないって」
「そっか……。でも、フリーのヤツもどんどん集めていってたら、ミカが長生きしすぎちゃって困るんじゃない? 本当に妖怪になっちゃうかもよ?」
「ハハハ、大丈夫だよ。そんなにたくさんあるわけじゃないから。ミカさんの命の光を、全部回収できなかった時の保険って感じかな」
その後、ユーリが虫取りをするのを、あかりは近くに転がっていた石に座ってながめていた。ちょっとヒマだけど、虫は苦手だし、光の取り出し方なんて分からないから仕方がない。見ているだけでも楽しいから、退屈だとは思わなかった。
ところがしばらくすると、ユーリが動くたびに、草むらから飛び出した来たバッタが、だんだんとあかりに集まり始めたのだ。
ぎょっとしてあかりが立ち上がると、ピョンピョン跳ねるバッタに周りを取り囲まれてしまった。
「ちょ! 何、これ?!」
振り返ったユーリが目をキラキラさせている。
「そっか! 命の光は、あかりちゃんに集まっていくんだもんね。バッタでも同じなんだ。ちょっとじっとしててね。すごいや、いっぱいだ」
「いやー! 気持ち悪いぃ、早くとってぇ!」
ユーリはえいと、あみでバッタを捕まえる。そして器用に一匹づつつまみだしては、光を粒をぬき出して虫を放っていくのだ。地面に落ちたバッタは、ヒョコヒョコとちょっと元気を失くして、草むらへと帰って行った。
バッタに囲まれて、キャーキャーと悲鳴を上げるあかりだったが、楽しくて仕方がなかった。誰にも見えてなくて、声も聞かれていない。そう思うと、思い切り叫んで笑うことができた。
「よっ、そこのお若いの、二人して楽しそうだねぇ」
いきなり頭上でミカの声がした。なんだかオッサンくさいセリフだ。
見上げると、天使のフリして白い羽を広げたミカが、空に浮かんでいた。なぜフリかと言えば、中身が全然天使っぽくないし、見かけもチャラいからだ。
今日のミカのシャツは、真っ赤なハイビスカスが一面に咲くアロハだった。胸ポケットにはサングラスも入っていた。一体どこで調達してくるんだろう。こんなヤツ絶対天使じゃないよ、とあかりは思う。
ニッと笑って、ミカは二人の前に降りてきた。
「どの位集まった?」
「んーと、三、四ヶ月分くらい、かな? でも、まだまだありますよ。」
そう言って 足元のバッタを指さす。ミカが来た途端に満面の笑みを浮かべ、結構集めたでしょうと、ほめて欲しそうな顔をしているユーリは、なんだか犬みたいだった。見えないしっぽをブンブン振ってるような気がするのだ。
ミカはいつもユーリに対して偉そうだ。先輩と後輩の関係だし、年も結構上だからだろうけど、自分の為に手伝ってもらってるんだから、もう少し感謝を込めてもいいんじゃなかと思う。と言っても、ユーリはあまり気にしていない様子だし、割と生意気も言っているので、お互いさまなのかもしれない。
ミカは、ユーリの報告をスルーして、ポケットから自慢げに自分のビンを取り出した。明らかに昨日よりもたくさんの光の粒が入っている。
「こっちは、一年分くらいあるぞ」
「……どこで見つけたんですか? 教えてくれれば一緒に集めたのに!」
「そりゃ、たくさん集まってるところに決まってるだろが」
「だ・か・ら、それは何処かってきいてるんじゃないですか!」
「あかりちゃんち」
少しすねているユーリと、大人げなく自慢するミカを、クスクス笑いながら見ていたら、思わぬ爆弾発言を聞いてしまった。
「へ? ええぇ?! 私の家に行ってたの?」
「そ、さっき君を迎えに行ったんだけど、入れ違いになったみたいでさ。ついでだから、お邪魔させてもらったよ」
「うそ! ちょっと止めてよ! お母さんいるのに!? 見えないからって、人んちに勝手に入らないでよ! 鍵もかかってたはずよ!」
「二階はかかってなかったからさ」
窓から忍びこんだんだなと、あかりはムキッと目をつりあげた。非常識だ。偉大なる魔法使いだの大天使だのと名乗っておいて、なんてことをするんだ。やっぱり天使なんかじゃない。
ユーリだって、あきれている。
「そんな、泥棒みたいなことを……」
「あかりちゃんの部屋は、粒々の宝庫だったよ。大収穫!」
ムハハと笑うのが、無性に憎らしい。
「家の中もいっぱいだったしね。だいたい取りつくしたから、しばらくしてまた集まってきたら、お邪魔するよ」
「やだ! やめてったら! 勝手に人の部屋に入らないでよね!」
「大丈夫、机の中のラブレターとか見てないから」
「ちょ! そんなものなかったでしょ、変なこと言わないで! っていうか、部屋の中いじらないでよ! バカ!」
「ユーリに似た男のポスターが貼ってあったけど、ああいうのが好きなの? ってことは、ユーリもタイプってこと?」
「止めてって! もう!」
からかわないで欲しい。あかりは、真っ赤になって叫んでいた。アイドルのポスターと、ユーリは全然関係ない。好きとかタイプとか、そんなこと考えてないのに、変なこと言わないで欲しい。耳が熱くてたまらなかった。
それに、ラブレターなんて無いけど、友だちのさくらとの交換日記が引き出し入っていたはず。まさか見られてやしないだろうかと、ドキドキするし腹が立ってくる。
にらみつけても、ミカはニタニタ笑っているだけだ。くやしいことに、完全に遊ばれている。
ふてくされて横を向いていたら、ふとミカが真顔に戻った。
「お母さん、身体辛そうだね。もう生まれるんじゃない?」
「……予定日まであと二週間きってるから」
「生まれたら生まれたで大変だね」
「……うん。どうなるんだろ……」
「あのさ、君は怒るかもしれないけど、お母さんって本当に大変なんだよ? 君たちや赤ちゃんの世話だけじゃなくて、家事もやんないといけないし…」
「うるさいな! そんなこと知ってるわよ!」
あかりはムッとして怒鳴った。
ミカなんかに言われなくたって、分かっているのだ。分かっているけど、イライラと命令されると、素直にお手伝いする気になれなくなるのだ。それでも、今日だって洗濯物も干したし掃除機だってかけてきたんだから、ミカにそんな嫌味を言われる筋合いはないと思っている。
「本当に?」
「知ってるって言ってるじゃない!」
「まあまあ、そんなに怒らないで。オレだって、君も大変だろうなって思ってる訳だよ?」
ミカは笑っている。さっきのからかいの笑みとは違って、優しげな感じだけど、ムカつくことに変わりはない。
自分が怒るって分かってるんなら、家の話なんてしないで欲しいのだ。せっかく楽しい気分だったのに、台無しになってしまったじゃないかと思う。
唇をかんでいると、なれなれしく頭をポンポンと叩いて肩を組もうとするから、あかりはあわててブンブンと頭を振って逃げた。
気安く触らないでよ、やらしいわねという気持ちと、小さな子ども扱いしないでよという気持ちが半分づつ。そして外人はドラマで見るのと同じで、本当にスキンシップが過剰なのだなと、変なところで感心していた。
顔が赤くなるから、触らないで欲しい。
「それはそうと、いいこと思いついたんだ。あかりちゃんをエサにして、今から光を集めちゃおう」
「ミカさん、エサって……そんな」
「ユーリも今やってじゃないか。それをもっと大規模にさ。昨日あかりちゃんに魔法でバーッて集められないのかって言われただろ? だから考えてみたんだ」
ふふっと笑って、ミカはウインクしてくる。
今の顔ちょっといいかも、なんて思ったが、フンと鼻を鳴らしてあかりは横を向いた。
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