第7話 大漁だ!
ミカは、そっぽを向いていたあかりの手をにぎった。
いきなり何するの、と驚いて振り払おうとしたが、逆にぐいと引きよせられてしまう。更に腰に腕を回されて、小脇にかつがれたものだから、息が止まって全身の毛が逆立ってしまった。ドキドキが止まらなくなってしまう。
「な! な、なによ!」
「ちょっと飛ぶぞ」
反対側の手でユーリと肩を組み、そう言った時にはもう、ミカの背には翼が広がっていて、三人は地面をふわりと離れたのだった。
「うわ、わ、わわ! やだ、止めてよ、怖い! 昨日も止めてっていったでしょ!」
「んじゃ、またお姫様抱っこしようか?」
「それもいやー! 降ろして!」
ゆっくりと三人は上昇してゆく。
荷物みたいにミカの脇に抱えられ、あかりはじたばたとする。スカートがめくれてしまうから、ホント止めて欲しいのだ。
ミカだけでなくユーリまでくすくす笑っているのが、なんだか悔しい。
三人は高く舞い上がり、川の中央付近まで移動し、そして停止した。ふわふわと川の上に浮かんでいるのだ。
ミカに抱えられたあかりは、お腹を下にして両手足をだらりと垂らした格好だ。昨日と違って明るいから、下が良く見えて恐ろしくて、暴れることもできなくなっていた。
不意に、ミカが手を離す。
「ぎぃやゃー! 落ちるー!」
悲鳴を上げて、ミカの腕にしがみついた。いきなり浮かびあがって、いきなり離すなんてひどすぎる。心臓が縮みあがった。
「ハッハハハ! 落ちないってぇ。オレたちは魔法使いだって言っただろ。これは浮遊の魔法。手を離したって浮かんでるさ」
言われてみれば、あかりの身体はふわふわと風船みたいに空中に浮かんでいた。見えないクッションの上に、寝そべっているような感じもするのだ。
落ちるとさわいだのを笑われて、無性に恥ずかしくなっていた。
「もう! 呪文とか唱えないと、いつ魔法使ったかなんて分かんないでしょ! 予告して!」
「だから、飛ぶって予告しただろうが……」
ヘラヘラ笑うミカは、空中であぐらをかいていた。ユーリも、宇宙遊泳でもするかのように浮かんでいて、慣れているのが一目瞭然だ。
あかりはブツブツ文句を言う。
「こ、こんなとこに浮かんで何するのよ」
「今から、あかりちゃんにエサになってもらいます!」
ミカは、さっき自慢げに見せていたビンをポケットから取り出すと、親指一本で器用にピンッとフタをあけた。そして、ビンを逆さにして光の粒をあかりの頭に降り注ぐ。さらさらと粒が流れ落ちていった。
「ミカさん、何するんですか! 逃げちゃいますよぉ!」
「大丈夫さ」
ミカは背中の翼の付け根あたりに手を回すと、一本の棒を取り出した。その棒は、音楽の時間に先生が使っていた指揮棒に似ていた。指揮棒にしてはかなり太めなのだが、白くてツルツルしているところがそっくりだった。
ミカのその棒で、くるんと空中に円を描いた。まるで本当に音楽の指揮をとっているように見える。
粒たちはミカの動きに誘われるように、ゆらりと動き出した。流れる水のように緩やかな列になって、あかりの身体を伝って足元まで落ちていった後、一列になってくるくると回りながら、また登ってきたのだった。
あかりはドキドキと、手を広げたり足元をのぞいたりと、自分の周りをくるくる回る光の粒に目を見張っていた。
「ミカが操っているの?」
「それもあるけど、君に吸い寄せられてるっていうのもある」
どうして、この光の粒たちは自分に寄ってくるのかと、不思議でならなかった。
元はミカの命だったのなら、彼のところに寄っていきそうなものなのに、どうして自分なのかと。
身体にそって、回りながら登ったり降りたりをくり返す、小さな粒の動きが、なんだかくすぐったかった。でも、暖かくて柔らかで、誰かに抱きしめられているような感じがする。
「ねえミカ。どうしてミカの方によっていかないの?」
「さあ? こいつら、初めは俺の中にいたってこと、忘れてるんじゃない? すっかりこの世界に馴染んじゃって、薄情なことだ」
「……なに、それ」
「でもさ、君のそばにきっと大きな光があるんだと思うんだよね。だから、その匂いに引きよせられてるんじゃないかって、オレは思ってる。この光は、より大きな方に引き寄せられていくからね」
分かるような分からないような返事に、あかりは肩をすくめた。
ミカはパンと手をたたいた。
「さて、それじゃあ、いくぞ。川の底に隠れてるってことは、分かってたんだ……」
ミカは指揮棒を川に向かって指し、指をパチンと鳴らした。すると、川の水面がざわざわと波立ち始めた。それは徐々に大きくなってゆく。
「こうやって刺激を与えてやれば……」
川を見下ろし、今度はパチンパチンと二回指を弾いた。そして、指揮棒をエイっと引き上げる。釣竿をあげているみたいだ。
すると、水面にポツポツと小さな丸い輪が無数に浮き上がった。雨が降ったときの水の輪のように。
と、その輪の中から光の粒が、ヒュンと飛び出してきた。それも一つや二つではない。
「うわ……」
「あかりちゃん目がけて、昇ってくる……」
数え切れない程の光の粒が、次から次へと水の中から勢いよく飛び出し、あかりに向かって登ってくるのだ。キラキラと輝いてうずを巻き、光るもやのようになって登ってくる。
「ミカさん、すごい! これビンに貯めるより、このままミカさんの中に還した方が早いんじゃないですか?」
「それもそうだな」
ユーリから魔法書を受け取り、満足げな顔でミカはうなずくと、二人の頭上に舞い上がった。そして魔法書を片手に広げ、また指揮棒を振っていた。ミカの魔法使いらしい所を初めてみたような気がする。
すると、魔法書と彼の身体が、光の粒と同じ青白い色に輝きだし、その途端に粒のうず巻きはあかりを離れて、ミカを目指して上昇を始めた。
――やだ、きれい……これじゃ、本当に天使みたいに見えるじゃない……
あっという間に、ミカは光に包まれて、姿が見えなくなる。その間にも、なおも水面からは粒が飛び出して来るのだ。
ほう、とため息をついてあかりは見とれていた。
「……ねえユーリ、これでかなり取り戻せたんじゃない?」
「そうだね。でも、本来の寿命にはまだまだ足りないと思うよ。……でも良かった、もう間に合わないかと心配だったんだ」
「間に合わないって?」
「あと数ヶ月しか、残ってなかったから……」
「え? でも、元の世界で一年分は集めたって、言ってなかった?」
「うんそうなんだけど、帰る時にちゃんと戻れるように、目印として置いてきてるんだ。命の光って引き合う性質があるから」
ユーリの言葉に驚いて、あかりは声も出せなくなった。そんなに切羽詰まっていたなんて。
引き合う性質。より大きい方へ引き寄せられる性質。ということは――命の光がミカに寄っていかないのは、残りが少なすぎて引き寄せることができなかったから。ミカの中に残っている光より、もっと大きい光が別にあるから。――そういうことなのだろうか。
川の中に光があると分かっていても、引き寄せることができないくらい、残りが少なかった。むしろ、ミカの方が引き寄せられて、川の中に光があることに気が付けたのかもしれない。
――全然、ダメダメじゃないの……
それなのに、地道にいこうなんてのん気な事を言っていたミカに、あきれを通り越して腹が立ってきた。
ムウと口をへの字にして、淡い光玉みたいになっているミカをにらんだ。
――命は大切にしろ、なんてどの口で言ってんのよ……そのまんま、あんたに返してやるんだから!
少しすると、水の中にから上がってくる光の粒の量が減ってきた。そして、ミカを取り囲んでいる光は、だんだんと縮んでゆき、反対に輝きは増していった。光の粒が一点に集まり、密度を増してゆくようなのだ。
舞い上がってくる粒を吸収しつくすと、増々急速に収縮し、それに伴って輝きが強くなる。直視すると目が痛くなる程、まぶしく輝いていた。
「やったね……大成功!」
ミカの得意そうな声が聞こえてくる。眩しくて薄眼でちらりと見ると、彼の手のひらに乗るくらいの光の玉が出来上がっていた。
ニカッと笑う。
「ザッと十年分くらいかな。大漁だ!」
「やった! ああ、これで一安心だ……」
「何言ってんだ、命の光探しはまだまだこれからだぞ」
そう言いつつも、ミカも嬉しそうだ。玉を手の上でポンポンと弾ませている。
「さあ、早く身体に戻しちゃいましょうよ、ミカさん!」
「焦んなよ。こんなのそうそう見る機会なんてないんだから、もっとよく見てくれよ」
「もう、いいです。見ました。っていうか、まぶし過ぎて見れませんから! ほら早く!」
ユーリが急かすと、ミカは増々もったいぶって、光の玉でお手玉なんて始めるのだった。
「遊ばないの! 命は大切にしないとダメでしょ!」
あかりは腰に手を当てて、メッと叱る。弟の輝に言うのと同じ調子で言ってやった。ミカのお説教はかん違いだったけど、私のは正当だからねっと、ニッ笑うあかりだった。
ミカはキョトンとした後、ワハハと笑いだした。
と、そこに突然強い風が吹き付けてきた。
三人は一斉にぐらりと態勢をくずし、光の玉がミカの手を離れた。
突風は、川面にも大きな波を起こしていた。
「わ、わわ、わ?!」
「あー! ミカさん! 玉がぁ!」
「うおおぉぉぉぉ!」
あわてて手を伸ばすミカだったが、ビュウと風が彼の指先から玉をうばい去ってゆく。
あかりはその時、薄い水色の線がミカの横を通り抜けてゆくのが見えたような気がした。
「クソ! やられた、風竜だ!!」
「うえ?! な、なんで、ここに……」
光の玉は、川沿いにどんどんと風に運ばれてゆく。
ミカは大きく羽ばき、後を追おうとしてすぐに思いとどまった。チッと舌を打って羽を一本引き抜き、ぐっと握って前方に差し出すと、それは一瞬で弓に変わっていた。指揮棒を矢に見立ててつがえ、光に向かって引き絞る。
指揮棒が、ギュンと空気を裂いて飛んだ。
その後を一直線にミカが飛んでゆく。チラリと見えた表情は、いつなく真面目というか、こわばっていた。
光る線となって指揮棒が飛び、ミカもあっという間に小さくなる。そして、ミカの前方で光の玉がチカチカと火花を散らし、そこに指揮棒が突き刺さっていった。
「こんの、クソがぁー!」
はるか遠くから、ミカの怒りの声が小さく聞こえてきた。
何をそんなに怒っているのか分からなかったが、とにかくものすごく怒っているようだ。乱暴な口調がなんだか怖いくらいだった。
「ミカさん!」
ユーリがひどく慌てた声をあげ、河原に降りていこうとしていた。
一体何が起きているのか、あかりにはちっとも分からない。
「何? なんなの? ユーリどこ行くの? 風竜って?」
「説明は後で! 僕らも降りて追いかけよう!」
「飛んでかないの?」
「僕は飛べない! 浮かぶだけ!」
ユーリはあかりの手をさっとつかむと、急いで河川敷に降りた。そして走り出す。
「ごめん! 先に行く!」
あかりを置いて、猛スピードで行ってしまう。何が何やら分からなかったが、あかりも懸命に追いかけた。せっかく集めた命の光を、風竜とやらに横取りされたってことだろうか。
――遊んでるからじゃない! ミカのバカ!
絶対取り返しなさいよ、と上空で小さな点のようになったミカを見つめて、心の中で叫んだ。
チカリとフラッシュのような閃光が走ったかと思うと、ミカは河川敷に急降下していた。前方を行くユーリが、ミカの名を叫んでいる。
どうしたのかと不安になるあかりだった。早く追いつきたいのに、ユーリとの距離は広がるばかりだ。焦ると余計に足が進まない。
「ミカさん!」
ユーリが目指す先で、ミカがひざをついているのが見えた。何かを手で押さえつけている様だった。
そこにユーリが加わった。二人は地面にはいつくばるようにして、逃げ回る何かを必死に捕まえようとしている。
――風竜……ってヤツなの?
あかりの心臓がけたたましくなっている。全速で走っているからだけではない。二人の緊張した顔、早口に叫ぶ声が、異常事態を知らせているからだ。
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