第4話 命の光

 ユーリは、逃げ腰になっているあかりをのぞき込んで、まじめな顔になった。ちゃんと聞いてね、というようにしっかりと目を見つめて来る。


「この光の粒はね、あかりちゃんに寄っていくんだ」

「え?」

「昨日から、見えるようになったでしょう。あかりちゃんのいるところには、必ず光の粒が飛んでいるんじゃないかな? 家の中や、自分の部屋にもいたんじゃない?」

「う、うん。いたよ……」

「ああ! やっぱりそうなんだ!」


 いたなんてものではない、たっぷりといるのだ。昨夜は本当に、いきなり宇宙に飛び出したかと思うくらい、キラキラが部屋の中いっぱいにいたのだから。

 そして、ユーリの顔がさらに輝いていた。両手を広げて、ハグでもするのかという程、喜びをあらわにしている。

 ユーリのオーバーリアクションに、あかりはたじたじだった。思わず横にずりずりと移動して、たずねた。


「ど、ど、どうして、私に寄ってくるの?」

「さあ……それは僕にはよく分からなくて。ミカさんが言うには、相性が良いんじゃないかって」

「相性?」


 意味がよく分からなかった。

 光の粒と自分の相性が良いということなのだろうが、どうしてと思う。第一、この光はなんなのか。


「ねえ、今日ここに来たら、その光が何か教えてくれるって言ってたじゃない。なんなの?」

「一言でいうとね、〈命〉なんだよ」

「は?」


 更に意味が分からなくなった。

 思いっきり首をかしげ眉の間にしわをよせるあかりに、にっこり笑ったユーリは少し先生ぶった口調で説明を始めた。


 光の粒はミカの命だというのだ。

 昨日公園で見た青白い光の粒も、あかりの部屋にひしめいていた光の粒も、全部ミカの命なのだそうだ。

 誰にでもどんな動物にも、身体の奥に命の光が宿っていて、その光がある限り生き物は生きていられるのだそうだ。光は有限で少しづつ減ってゆく。光がなくなるということは、寿命がつきるということらしい。

 ろうそくみたいなものなのかな、とあかりは考えた。燃えてだんだんとろうそくが短くなっていき、最後には消えてしまう様子を思い浮かべるのだった。


 その命の光の大半を、ミカは失くしてしまったというのだ。

 ミカの命の光は、とある事件のため彼の身体から飛び出し、いくつもの小さな粒になり、世界中いや世界を越えてばらまかれてしまった。今は、ごくわずかな光しか彼の中には残っていない。このままでは、すぐに死んでしまうというのだ。

 だから、彼らはバラバラに飛び散ってしまった光の粒を探し出して、またミカの中に戻そうとしているのだった。


「僕らの世界の中に散らばった分は、だいたい回収したんだけどね。それでも一年分にもならなかったんだ。ほとんどは、世界を越えて飛び散ってしまったってことだよね。それで僕たち、ここに来たんだ」

「よ、よく分かんないんだけど……命って飛び散るもんなの? その、とある事件っていうのせいなの?」

「いい質問。普通は、命の光が取り出された時点で死んじゃうんだ。まして飛び散るなんてこと、そうそうないと思うよ。あの時、ミカさんはとっさに魔法で身を守ったから、今も生きていられるんだ。でもその魔法のせいで、命も小さな粒になって飛び散っちゃたとも言えるけど」


 ユーリは、ちょっと困ったような悲しそうな顔をした。

 全く理解不能だったが、とても大変な事件だったことは、なんとなくあかりにも分かった。それは一体どんな事件なのとか、命が取り出せるってどういうことなのとか、そもそも魔法って何なのとか、いろいろ疑問でいっぱいなのだが、情報が一気に与えられて理解が追いつかない。

 これ以上質問したら、頭の中がこんがらがってしまいそうだ。


「ちょ、ちょっと待って。整理するから……えっと、なんか知らないけどすごい事件があって、その時ミカの命がバラバラに吹き飛んだんだよね? そんで、ミカの命の光の粒がこっちにも来てるから、二人はそれを集めている、そういう事だよね? とりあえず、これは間違ってないよね?」

「うん、それでいいよ。良かった、ちゃんと伝わってた。いっぺんに話すと、あかりちゃんが混乱しそうだから、続きはまた今度にするよ」


 何かのアニメのシナリオなんじゃないかと思ってしまう。ミカの翼を見たり、空を飛んだりしなかったら、とてもではないが信じられない。いや、まだ受け入れきれてはいないのだが。


「で、その命の光を探して集めるのを手伝って欲しいなって、思ってるわけ。どういうわけか、あかりちゃんに光が集まってくるから。どう? 協力してくれる?」

「う……」


 簡単にうなずいていいのか迷ってしまう。

 信じ難い話だし、全てを理解しているわけでもないから、協力してあげると言って良いものかと悩んでしまうのだ。

 しかし、ミカの命がかかっているのだと思うと、知らんぷりもできそうにない。変なヤツだけど死んじゃったら可哀想だし、かん違いとはいえ歩道橋では、自分を助けようとしてくれたのだし。

 どうしたらいいんだろうと、うつむいてしまった。


「まあまあ、そう難しく考えずに」


 能天気な声が降ってきた。

 見上げると、いつの間にかミカがいた。その背中には白い翼が広がっていて、今まさに舞い降りてきたところだった。足が地面につくと、翼はさっとたたまれて背に吸い込まれていった。


「宝探しゲームだと思えばいい。誰が一番たくさん集められるか競争でもいいしね。気楽に遊びと思ってやってみようぜ」


 ニヒヒと笑うミカは、殺しても死なないんじゃないかというくらい、元気そうだ。あと少ししか寿命が残ってないなんて、なにかの間違いかウソなんじゃないかと思えてしまう。

 うさん臭げに自分を見ているあかりをまったく気にせず、ミカは鼻歌まじりでポケットから小ビンを出し、ほらほらと自慢げに差し出してくる。


「結構、集めてきただろ?」


 ふふんと笑ってユーリに手渡した。

 ユーリのビンの三~四倍くらいの光の粒が入っていて、くるくると勢いよく回っている。青白い粒の中に、時々少し大きめの白い光の粒も混じっていて、それがなんとも美しかった。


「本当だ! すごいですね、四ヶ月分くらいですか?」

「まあ、そのくらいかな。地道な作業だけど、探して捕まえること自体はさほど難しくはないからな。ほうら、君もゲームをやってみたくなってきただろう?」


 あかりに向かって、ウインクをかましてきた。自分の命がかかっているというのに、ゲームだなんて言うミカの声は明るくて、どこか他人事のようだ。

 あかりはちょっと呆れてしまった。

 まったくもう、とユーリも呆れている様だった。それなのにミカは、まあまあというお気楽な調子なのだ。

 あかりが首を縦にも横にも振らずにいると、ミカはどかりと隣に座ってきた。二人にはさまれてしまって、ちょっとドキリとする。


「じゃあ、見てて」


 ミカはビンのフタを開けると、手のひらにさらさらと粒を落とした。せっかく集めたのに、粒たちが逃げちゃうよと驚いていると、ミカはギュッと手を握り光を閉じ込めた。そして再び手を開くと、ビー玉くらいの光る玉ができていた。

 ミカはそれをつまんで夕日にかざすと、嬉しそうに笑う。光の玉は夕日を反射してオレンジ色に輝き、生き生きと燃えているように見えた。


「ほら、きれいだろ?」

「……うん」

「ユーリ、魔法書」


 ミカは、ユーリがリュックから取り出した本を受け取ると、ひざの上に乗せた。

 それは、三センチはあるんじゃないかというぶ厚い本だった。表紙は色あせた小豆色の布地でおおわれて、金糸の刺繍が縁を飾っている。かなり年季が入っているようで、角の布はすり切れていた。表紙と背表紙には、見たことも無い文字らしきものが記され、いかにも魔法書といった本だった。

 ミカはその本の上に左手を乗せ、光の玉を持った右手を胸にそっと押し当てた。

 そして小声で何かつぶやく。とても高い声でキューキュー言っているような感じなのだが、良く聞き取れない。聴力検査の時の、高い音よりもっと高い音で、ちょっと耳が痛い感じだ。

 普段の声とは全く違う妙な声に、あかりは目を丸くしていた。


「不思議な呪文でしょう? 今、命の光をミカさんの中に戻してるんだよ」


 ユーリが解説してくれた。ミカのキューキュー声は、彼の様に翼を持つ仲間にしか出せない特殊な声なのだそうだ。この声を使う魔法は、どんなに勉強しても自分には使えないんだよね、とユーリは悔しそうだった。

 集めてきた光の粒を、こうやって自分の中に戻していくのかと、あかりは感心しながらミカを見つめた。

 少しして、ミカは胸から手を離した。手のひらにはもう何もない。光はミカの身体の中に吸い込まれたようだ。

 ドヤ顔をしているミカは、ちょっとうっとうしいが、命の光はとてもきれいだし魔法はとてもすごいと素直に思う。


 ミカは魔法書を開いてパラパラとめくり、止まったページをあかりに見せてくれた。そこには時計のようなものが描かれていた。古時計の歌に出て来る柱時計に似ているなとあかりは思った。

 だが決定的に違うのは、数字に当たる部分がよく分からない記号のようなものになっていることだ。それが、ミカたちの世界の数字なのだろう。

 こういうものを見ると、この人たちは別世界人なんだなとあらためて思い知らされる。

 その時計の針が、カチリと動いた。


「え?」


 時計は絵のはずなのに、確かに動いたのだ。見間違いではない。あかりが目を見張っていると、またカチリと針が回る。反時計回りに動いたのだ。


「この時計、カウントダウンしているんだ。オレの残りの寿命をね」

「あ、でも今のは逆回りだよ。カウントが巻き戻ったんだ。取り戻した分がプラスされたからね」

「でもまた、本来の時計まわりに少しづつ動いていって、二本の針が真上にきたら、さよならの時なんだよねー」

「…………か、軽く言いますね。早く、もっと巻き戻さないといけないってのに……」


 二人の話を聞きながら、あかりは口をパクパクさせていた。驚きで声が出ない。

 その時計の針は、あかりが知っている時計でいうところの、十一時三十分くらいを指している。十二時丁度がカウントゼロなら、あまり余裕は無さそうだ。

 なのに、なんでミカはヘラヘラしてるんだろうと思う。ユーリの方がヤキモキしているじゃないかと、呆れてしまう。


「でも、寿命少し伸びたんだよね?」

「そう。伸びたっていうか、取り戻したっていうのが正しいけど」

「どっちでもいいけど……。うん、まあ、良かったね」

「ありがと」


 ニヘッと笑って、ミカが長いまつ毛をバシバシさせてウインクしてくる。

 やっぱりうっとうしいヤツだ。


「それはそうと、昨日なんだか思いつめた顔してたけど、何かイヤなことでもあったのかな?」


 不意に、ミカがたずねてくる。歩道橋の上でもきかれたことだ。

 いきなりの話題転換に、あかりの心臓がドキンとなった。

 昨日のことを思い出し、一体どっから見てたんだろうとあかり思う。そして、多分空からだ、それで手すりの上に着地したんだ、とため息をついた。


 あらためて夢みたいな話だと思う。こんなことが自分の身に起こるなんて。自らを天使だとか魔法使いだと名乗る連中と話し込むなんて。

 あまりに現実離れしているから、友だちのさくらにも言ったことの無い悩みを、彼らになら打ち明けてもいいような気がした。身近な人には言いにくくても、別世界から来た彼らになら、かえって話しやすいかもしれない。


「もうすぐ、お母さんが赤ちゃんを生むの……」


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