広小路のふしぎなお店

FZ100

広小路のふしぎなお店

 港から国どうをわたって細いろじに入り、家なみがつづく中をずっと歩いていきます。

 しっくいのぬりカベにこうし戸の古い家がのこっていたり、お寺さんも何けんかあったりして昔からかわらない姿です。

 ほうじゅいんという古いお寺さんが見えてきました。

 ちょうどお寺の門前で道がTの字になっています。

 左手に目を向けると、えびす町の広小路といってそこで急に道はばがひろがります。

 どっちへ行けばいいのだろう?

 ここにさしかかると方がくがふと分からなくなったような迷ったような感じがするそうです。

 おや、広小路の方へ曲がります?

 でも、今日は曲がらずまっすぐ細い道をいってみましょう。


 広小路で曲がらずまっすぐ進むと、すぐ行きどまりとなっていて、そこで道が左右にわかれています。

 右はハチマンさんの神社。

 左をみやると……おや、何かカンバンが立っています。

「ふしぎなタネあります」

 どうやら何かを売っているようです。

 はい、広小路のろじうらでひっそりお店をかまえている女の子がサキちゃんです。

 しょうがく五~六ねんせいくらいでしょうか、みんなのお姉さんくらいの年ごろです。

 黒目がちでバラ色のほおをしたかわいい女の子なんですよ。

 なのに、いつもだぶだぶのオーバーオールをはいて花がらのエプロンをしているんです。

 何でもそれがサキちゃんのトレードマークなんだとか。

 ドアを開け、お店に入るとサキちゃんがとびきりのえがおでむかえてくれました。


 朝です。

 ふしぎなタネのお店の一日がはじまります。

 今日はがっこうがお休みだから、サキちゃんが店ばんです。

 まずはおそうじ。

 はたきでちりやホコリを落として、それから床をモップでゴシゴシとふきます。

 それが終わると、サキちゃんはタナにならんだビンを一つ一つたしかめながらていねいにそろえていきます。


 時かんがきました。

 たてカンバンを外にだしてお店をひらきます。

 どうしたのでしょう、だれも来ません。

 でも、サキちゃんはのんびりほおづえをついています。

 人が来なくても気にしない、気にしない。

 サキちゃんはそう言いたげです。


 ほら、やってきた。

 さいしょのお客さんです。

 いつもは広小路で曲がるのに、今日はどうしたことかまっすぐ進んでみよう、ふらりと足をはこんだわけです。

「いらっしゃい」

 黒目がちのサキちゃんがえがおでむかえます。

 はじめて入る店だ、ヒゲづらの年老いたお客さんは店の中をふしぎそうに見わたします。

「何かさがしものがあるの?」

 サキちゃんがたずねると、スクモという名のおじいさんが答えました。

「世かいのどこかに千年も万年もつきない宝ものがあるらしい。その宝ものって一体何だろうね?」

 サキちゃんは小首をかしげました。

「はて、何かしら」

「だろうねえ。だれか答を知らないものか」

 気になってしかたないのでしょう、ああでもない、こうでもないとスクモさんは考えこみます。

「茶臼山に――」

 サキちゃんが言いかけると、スクモさんはとても知りたげにズイと身をのりだしました。

「何かね?」

「茶臼山にシロナンテンの花が咲いていて、その根もとに金の茶ガマが埋められてるそうよ」

 そうか、それはいいことを聞いた。こおどりしたスクモさんはよろこびいさんで帰っていきました。


 数日して、そのスクモさんが店をおとずれました。

 少しやつれたように見えます。

「どうだった?」

 サキちゃんがたずねると、スクモさんは首をふりました。

「山をあちこち探しまわったが、シロナンテンなんぞ咲いておらんかったわ」

「そうなんだ」

 道にまよったり、クマとばったり出くわしたり、さんざんな一日だったそうです。

 サキちゃんはうなずくと、タナのビンを取り出しました。

 中にシロナンテンのタネが入っています。

「千年も万年もつきない宝ものって、実はタネのことなの」

 そうか、そういういみか、スクモさんはうなずくとタネを買って帰りました。


 次のお客さんが来ました。サキちゃんのお父さんよりだいぶ若いでしょうか、スーツをきた男の人です。

「こんなところにお店があるなんて……」

 サコンという名のその人はおどろいた様子でタナを見まわしました。

 いつものようにサキちゃんはとびきりのえがおでむかえます。

「ここに来たのはね、きっといみがあるんだよ」

 そうか、そうだといいな、サコンさんはほほ笑みました。

「何が欲しいの?」

 ぼんやりとサコンさんがながめているタナのもの、それで何が欲しいかすぐ分かります。

「うーんとね、ユメがみたいんだ」

 サコンさんは答えました。

 よく学校のそつぎょう式のユメをみるそうです。

 そこでだれかを探しているのだけど、その人だけ見つからないそうです。

 それでは、とサキちゃんはタナをみて回りました。

「ごめんなさい、あいにく切らしてるの。またしばらくしたら来てくださいな」

 サキちゃんがそう答えたので、サコンさんは引きあげていきました。


 お店をしめると、サキちゃんは港に向かいました。

 漁からもどってきたたくさんの漁船がとまっています。

 魚のにおいが少しきついですが、サキちゃんは気にしません。

 港の北に小さな入り江があります。

 サキちゃんはその砂はまに向かいました。

 しばらくすると、ホウスウという大きなトリがやってきました。

 大きいけれどオオトリのヒナでウブ毛がまだ少しのこっています。

 それでもハネをひろげると大人十人分はあるでしょうか。

 砂はまにおりたホウスウの背なかによじのぼると、サキちゃんはそっと呼びかけました。

「タネの里までおねがい」

 ホウスウが羽ばたくと、あっという間に空へとびたちました。

 下を見ると、山のみどり、海のあお、そして海べに身をよせ合うようにならんでいるあかがわらの家なみが目に入ります。


 やがて火山が見えてきました。

 空のたかみから見おろすと、すりバチを三つさかさにおいたような山です。

 今はしずかな眠りについている火山のふもとにサキちゃんはおりたちました。

 森を切りひらいた平原の片すみにタネの里があります。

 わき水が山からたっぷりと流れてきて、その水をだんだん畑や田んぼに引いてやく草を育てています。

 サキちゃんは里の人にあいさつすると、花をつんで持ちかえることにしました。

「広小路のお店はどう? はやってる?」

 里のおばさんがサキちゃんにたずねました。

 サキちゃんは肩をすくめました。

「ちょうどいいくらい」

 広小路のふしぎなお店で売っているのはだれもが手にしてよいものではありません。

 だから、ほどほどがちょうどいいくらいなのです。


 サキちゃんがつんできた花びらをお母さんがエッセンスにしてくれました。

「眠る前にこれをお茶にたらしてみて」

 ふたたび店をおとずれたサコンさんはありがとう、そういって去っていきました。


 お店をしめると、サキちゃんは中庭のハチにうえたナエのせわをします。

 ジョウロで水をまきながら、きみょうなふしまわしでサキちゃんは歌います。


 このカニは いずこのカニぞ

 はるか ツルガのカニじゃ

 よこあるき よこあるき

 いずこに いたる

 いちじ島 み島について

 水にもぐって 息をつぎ

 上り下りの さざなみを

 すいすいと お出ましで

 コバタで あなたに出あったよ

 娘さん

 あなたの後ろすがたは すらりとして

 白くきれいな 歯ならびで

 とろとろと につめた

 まゆずみは ほどよいね

 あなたに 出あって

 ああならば こうならば

 むねは はりさけそう


 ことばにはふしぎな力がやどります。

 お日さまの光、月の光、星の光をふんだんにあびたナエにそうやって歌ってきかせるんだそうです。


 しばらくしてサコンさんがお店にやってきました。

「どうだった?」

 サキちゃんがたずねると、サコンさんは他人にはしゃべりたくなさそうににが笑いしました。

「思いきって声をかけたけど、だめだった」

 同じ学校をそつぎょうした女の人で、ちょうど二人ともこの町に帰ってきたところなのだそうです。

 では、とサキちゃんがタナをたしかめようとすると、サコンさんは止めました。

「いいんだ、うまくいかなかったけど、心の中で止まったままの時かんが動きだした気がする。だから、これでいいんだ」

 そうなんだ、サキちゃんはうなずきました。

「でも、その人もきっとおどろいてるよ」

「だといいね」

 お礼をいうと、サコンさんは去っていきました。


 次のお客さんは若くてきれいな娘さんです。

「自分のまわりに見えないカベがあって、まるで外からさえぎられてるよう」

 長い黒かみをむすんでポニーテールにしたジュンというその娘さんはこぼしました。

 思いが伝わらない、伝わってこない、ジュンさんは世かいからひとりポツンととり残されたような気がしてならないそうです。

「朝、カガミをみて思った。この人だれって」

 まるではなれたところから自分をみているような、きみょうな感じだったそうです。

 サキちゃんは考え込むと、引き出しからノートを取り出してめくりはじめました。

 のぞいてみると、びっしりとサキちゃんの字が書きこんであります。

 うーん、そうだ、これならどうだろう。

 サキちゃんはペンで地図を書きはじめました。

「雨の日にここから四つ目の駅でおりて、近くの海がみえる公えんに行ってみるといいよ」

 ありがとう、うなずいたジュンさんは店をでていきました。


 しばらくして、そのジュンさんがやってきました。

「あそこはもの言わぬお姫さまの昔ばなしがあるのね」

 姫が他人と思えない、まるで自分のことのような親しみをおぼえたそうです。

 公えんはイソの上にあって、そこから海がみわたせます。

「てんぼう台に行ったら、海から流れてくる風がキリのようで、そう、まるで姫のたましいにふれているようだった」

 それでジュンさんの心ははれたそうです。

「カベを作っていたのは私の方なんだね」

 だれにも言えない、言いたくないなやみをかかえたジュンさんはいつの間にかほんとうの心の内までかくすようになっていったそうです。

「私が心をひらかなければ相手も心をひらいてくれないんだ」

 サキちゃんはそういうものかとじっと耳をかたむけました。

 どんな思いだったのだろう、子どものサキちゃんにジュンさんのなやみや苦しみがすべて分かるはずもありません。

 それでも、きっとこういうことなんだろうとそうぞうをめぐらします。

 聞きおえたサキちゃんはタナからエッセンスの入ったビンを出してわたしました。

「これを紅茶にたらして飲むと、心の中でよどんでいたものがきっと洗いながされていくから」

 ジュンさんはえがおでそのビンを受けとりました。


 それからある日、サキちゃんより少し年上のミチルというお姉さんが店をたずねてきました。

「ユメをみたの。洋式の古いお屋しきにきれいな女の人がいて、その人はすごく悲しそうな顔をしているの」

 近所の中学校のせいふくを着たミチルさんはつづけました。

「そうしたら、女の人のかたわらにカゲがよりそっているのね」

 いったいどういうユメなんだろう、ミチルさんはユメのいみが知りたいそうです。

 サキちゃんは考えました。でも、サキちゃんにもわかりません。

 それでミチルさんは引きあげていきました。


 サキちゃんは浜べでホウスウをよぶと空へととびたちました。

 どこかにミチルさんのいったお屋しきはないだろうか、サキちゃんはミチルさんが話したユメものがたりをたよりにあちこちとびまわってさがします。

 でも、それらしい古いお屋しきは見あたりませんでした。


 しばらくしてミチルさんが店にやってきました。

 サキちゃんの話をきいたミチルさんはうなずきました。

「でも、私がみたユメ、あれにはきっといみがある。そう……ずっと昔にあったことのような気がする。だから、さがしてもないんだ」

 どうしてそのユメをみたか、ミチルさんはようやく気づいたようすです。

「ああ、何となく分かってきた。私はきっとその娘とカゲのものがたりを書きたいんだ」

 ミチルさんがふとタナに目をやりました。

「それはバラのエッセンス」

 ミチルさんが見やったビンをサキちゃんは手にとりました。

「心が落ちついて、書きたいことがきっと心にうかんでくるよ」

 じゃあ、これを買うわ。にこやかにミチルさんはビンを受けとりました。


 そうやって広小路のふしぎなお店の一日はすぎていきます。

 次はどんな人がやってくるだろう。

 サキちゃんはのんびりと店ばんをつづけます。


 広小路にさしかかったら、たまにはそこで曲がらず、まっすぐ進んでみましょう。

 そこにふしぎなお店があるかもしれませんよ。


(おしまい)

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