第一章

1 熱湯

 車のドアを後ろ手で閉めると、キーの施錠ボタンを押した。朝もやのなか、ドアロックの音があたりに鈍く響く。そのまま通りを横切って、向かいの木造アパートに近づいた。


 公園の前の通りは二車線あるので、車をここに停めておいても通行の邪魔にはならないだろう。実際、所轄の機捜車と思える車両やパトカー、鑑識が使用するワゴン車等、すでに数台が並んでいる。現場には稲城署からの制服警官たちも動員されているようで、数名がアパートの周囲で現場の確保と交通整理を行っており、あちこちに貼られた黄色いテープが、通りの反対側であるこちらからも、ちらちらと見えた。


 朝七時にセットしておいた目覚まし時計より、一時間も早く携帯電話で起こされたことで、徳島遼平とくしまりょうへいはまだ頭の芯がぼうっとしているような感覚をぬぐいきれないでいた。こんなとき、以前なら起き抜けの一服で脳をリセットさせたものだが、今はもうライターすら持ち歩いていない。


 徳島は、歩きながらミントキャンディのケースをズボンのポケットから取り出した。ケースを振って白い小さな粒を手の平に三個落とし、口の中に放り込む。禁煙を始めてからというもの、この錠剤の形をしたミント味のキャンディが手放せなくなっていた。


 徳島の携帯電話にかかってきた連絡は、稲城市のアパートの一室で男性と女性、おそらく夫婦と見られる遺体が発見されたというものであった。発見者は地域課の制服警官で、深夜、幼い男児が一人で歩いているという通報で出動し、子供の自宅で遺体を発見したらしい。


 稲城市は、徳島が住んでいる国分寺から七キロほど南に位置しているので、車で直行すれば三十分もかからない。早朝に発見された事件の場合、現場に近い場所に住んでいる捜査員が駆り出されることはよくあることだった。


 警視庁の捜査一課に属する徳島に、初動捜査の要請が入ったということは、見つかった遺体がまず間違いなく殺人によるものだと断定されているということだ。通常、遺体が発見された場合、まず所轄の警察官が検分して、事件性が認められるかどうかを判断する。たとえば一人暮らしの老人が自宅で亡くなっていたというのはよくあるパターンで、こうした場合は、所轄の刑事と監察医がまず事件性の有無を確認してから、無しであれば病死や事故死といった自然死として処理し、事件性有りということであれば本庁にも連絡を入れるということが多い。今回のように、事件発生からすぐに所轄の刑事課だけでなく、本庁の捜査一課にも連絡が回るということは、遺体発見の状況からして明らかに殺人であると判断されているからだろう。


 現場は、アパート二階の一番奥の部屋だった。徳島が外階段を上がると、一番奥のドアを開けっぱなしにした部屋の前で、同じ捜査一課の栗橋が鑑識官と何やら話をしているところだった。


「お疲れ様です。遅くなりました」

「おお、徳島。そうか、お前ん家ってすぐ近くだったもんな」


 栗橋は、徳島の先輩にあたる捜査員だった。年齢も三十代半ばと徳島より少し上なだけで、まだ本庁に採用されて一年半しか経っていない徳島の面倒を、何かと見てくれている。捜査一課の捜査員のなかでは肥満太りしている方だが、これでも柔道で黒帯だというから人は見かけによらないものだ、と徳島は思っていた。


「国分寺ですから」

「そいつは災難だったな。お前、昨日遅番だったんだろ?」

「まぁ、仕方ないです」


 そうだよなぁ、と栗橋は笑いながら呟くと、右手で徳島についてこいと合図してから先に室内に入っていく。


 徳島が室内に入ると、まず遺体の臭いがきついことに気がついた。これで気持ちが悪くなるほどの駆け出しではないが、さすがにいい気持ちはしない。


「結構すごいだろ。さすがにこの気温だからな。傷みも早いってわけだ」

「子供が保護されたと訊きましたが」

「この家の息子で、保坂真一。四歳だそうだ」


 部屋のなかには、数人の鑑識官たちが、現場の写真撮影を行っていた。彼らの邪魔にならないように、ダイニングテーブルの横を通って、遺体がある奥の部屋へと向かう。


 徳島は、家のなかに入ってすぐに、妙に寒々しい雰囲気なのが気にかかった。キッチン周りにもダイニングテーブルにも、子供用の食器や椅子が見当たらないし、よくありがちなアニメのキャラクターを使った商品が一つもない。四歳の子供がいる家にしては、子供を中心に生活をしているという感じが希薄だと思った。


「ここの子な。虐待されてたらしいわ。さっき児童相談所の職員が来て、そう言ってた。周りの家から何件か通報があったらしい」


 栗橋が、徳島の不審な顔を見て、そう云った。

 ああ、それでか、と徳島は思う。子供を愛していない親が、子供を気にしなくてもいいように作り上げた生活。徳島にとっては、かつてよく肌で感じていた雰囲気だ。


 遺体は、なかなか衝撃的だった。ほぼ全裸の男が手を後ろに回されて結束バンドで縛られ、椅子の背もたれに固定されている。足も椅子の脚部にそれぞれ縛り付けられていて、完全に自由を奪われているようだ。だが問題は男の皮膚で、顔から胴体、手足に至るまで、そのほとんどがケロイド状に剥けてしまっていた。剥けずに残っている皮膚の部分も、赤いまだら模様になっているところがあちこちに見られ、水ぶくれになっている箇所は数え切れないぐらいだ。特に顔の損傷はひどく、思わず目を背けたくなるほどである。胸の下辺りに血だまりができているので、直接の死因は外傷によるものと徳島は推察した。


 遺体のすぐ横には監察医と見られる初老の男がいて、遺体の右脇腹に何かを刺し込んでいる。肝臓の温度を計って、死亡推定時刻を特定するのだろう。


 もう一人、遺体からちょっと離れたところに所轄の捜査員と思われる四十代の刑事がいて、栗橋と徳島が部屋に入ってくると声をかけてきた。


「朝早く、お疲れ様です。稲城署の寺尾です」


 徳島が挨拶を返すのと同時に、栗橋が寺尾に話しかけた。


「アパート住民の訊き込み、どうです?」

「だいたい終わってます。一人外出してるようなんですが、隣の住人の話によれば帰省してるらしいんで、ほどなく確認が取れるはずです」

「それっぽいの、ありました?」と栗橋が訊いた。

「目撃証言、ないですね。ほとんどの住民は寝てたらしいですから」


 徳島は、畳が広く濡れていることに気がついた。しゃがんで、濡れている部分をじっくり確認してみる。畳が濡れて、その上に血だまりができている。


「それな、どうやら水らしいんだ」徳島の視線に気づいた栗橋が云った。

「水?」

「正確には、熱湯だな。どうやら犯人は、被害者を殺す直前まで、熱湯をかけ続けたらしい」

「酷いことを。まるで拷問じゃないですか。被害者はここの住人ですか?」

「人相が変わっちまってるから確認が必要だが、背格好は、ここに住んでる夫婦の旦那の方、保坂武彦に似ているようだ」

「ああ、妻も殺されてるんですよね。どこです?」

「こっちだ」


 栗橋が、首を回して隣の部屋を指してから、そちらに向かう。徳島もついていった。


 保坂武彦の妻、香織は、夫が殺されていた部屋の隣、おそらく寝室に使っていたと思われる部屋で、首を絞められて殺されていた。夫と同じく裸だったが、こちらは下着も履いていなかった。

 徳島は、香織の遺体をざっと検分する。


「やはり熱湯をかけられているようですが、夫とちょっと違うようですね。手も縛られていない」


 香織の遺体の肌は、やはり色が変色していたが、夫と比べると損傷の度合いは低いようだった。


「彼女の方は、死後にかけられたみたいだな。組織に生活反応が見られない」


 先ほど、男の遺体の横に座っていた初老の監察医が部屋に入ってきて云った。


「死んだあとだと、皮膚に熱湯をかけてもあまり損傷はしないもんだ。切っても出血はあまりしないしな」

「何のためでしょうね。死んでるのに、何故熱湯を?」

「それだけ、恨んでたってことさ」栗橋が、遺体から目を離さずに答える。「もしくは何らかのメッセージか。先生、死亡時刻出ました?」

「戻ってから正確な判定をするが、だいたい深夜一時から三時だな。奥さんの方はもうちょっと早くて、昨晩の二十二時から○時」

「妻の方が先に殺されてますね」

「あと、奥さんは死後に動かされているね。発見されたときの遺体の状況が、死斑と合わないんだ」


 室内で殺されたか、またはどこか違う場所で殺されて、ここに運ばれたか。もし外から運び込まれたなら、車を使った可能性があるため、目撃者が出ることも期待できるかもしれない。今日は一日中このあたりで訊き込みだな、と徳島は思った。


 初動捜査が一通り終わって、徳島たちが捜査本部として使われることになった稲城署の会議室に帰ってきたのは、すでに夜の十時を過ぎた頃だった。


 結局、男の遺体は、保坂真一の父、保坂武彦のものであるとすぐに断定された。武彦が通っていた歯科医院の診療カードがアパートで発見され、そこで入手した顎のレントゲン写真が、遺体のものと一致することが確認されたのだ。


 保坂武彦は二十八歳で、以前は市内の塗装会社に勤務していたが、勤務態度の悪さから社内でいろいろと問題を起こしたらしく、一年ほど前に退職して、現在は無職であったらしい。近所の評判はすこぶる悪く、隣近所から出た証言では「典型的なヒモ」とのことだった。


 一方、妻の香織は夫の二つ下の二十六歳で、京王線調布駅近くのクラブ「ジュエル」に勤務するホステスだった。クラブの店員からは、持ち前の美貌と明るい性格で、客受けも良く、遅刻や欠勤を滅多にしないが、最近は子供のことで悩んでいたという話も訊けた。


「なんか、子供が懐かないといって、随分ぼやいてましたなぁ」と、クラブの店員は話していたという。さらに夫妻の身辺調査を担当した捜査員は、香織の同僚のホステスから、香織が子供を虐待していたのでないかという話を訊き込んでいた。


 ホステスによれば、香織は何度か真一をクラブに連れてきて、控え室で過ごさせていたという。他のホステスも一人でじっと母を待っている真一をよく覚えていて、暇なときは遊んでやろうとしていたらしい。


「でもね、あの子、絶対に遊ばないんですよ。うちらがお母ちゃんが来るまでだからいいじゃんって云っても、怒られるからって、一人で控え室の隅っこでじっとしてるの」


 真一のことを気の毒に思ったホステスの一人が、真一の身体の傷に気づいて香織に詰め寄ったこともあるようだ。そのとき、香織とそのホステスが相当険悪な口喧嘩を繰り広げているが、結局クラブの店員が仲裁に入って、その場は収まった。それ以来、香織が真一をクラブに連れて来ることはなくなったという。


「遺体の状況だが」


 本庁の捜査一課で、徳島たちの班を統括する宮部警部補が、今日一日の状況をまとめ始めた。会議室内には、宮部班から今回の捜査担当になった栗橋と徳島、それと寺尾を中心とする稲城署の刑事課のメンバーが揃っている。


「保坂武彦の死因は、胸部への刺し傷による出血性ショック死。鋭利な刃物で心臓を一突きだったそうだ。ただし、死亡直前まで犯人によって熱湯をかけられ続けたため、全身に二度から三度の熱傷を負っている。検死によれば、最初に熱湯をかけられた部位の傷から、およそ二時間ほどはその状態が続いたものと見られる。口のなかに靴下を突っ込んだのは悲鳴を消すためだろうが、わざわざ全裸にして熱湯をかけてるからな。犯人は相当な恨みを抱いていた可能性が考えられる」


 徳島の隣に座っていた栗橋が、手を挙げてから訊いた。


「遺体から、何か薬物は出たんですか?」

「いや」


 宮部は首を振ってから、机の上にあったペットボトルの水を一口飲んだ。


「その代わり、遺体の首の右側に、直径二ミリほどの小さな火傷の痕が二つ、四・五センチ間隔で見つかった」

「スタンガンですか」

「おそらくな。いま鑑識がスタンガンの特定を急いでいる。それで、妻の香織の方だが、こちらもやはり旦那と同じく熱湯をかけられていた。ただし、生活反応がないのでかけられたのは死後のようだ。死亡推定時刻が二十二時から○時の間とのことだから、武彦より二時間から四時間早い」


 今度は徳島が挙手をして発言する。


「扼殺ですよね」

「うむ。前方から首を両手で絞められたらしい。気道が完全に潰されていたそうだ。あと、遺体の死斑が背中を中心に広がっているのに対して、発見時は身体の右側が下になっていたことから、死後に動かされた可能性がある」


 栗橋が、深いため息をついてから発言した。


「やはり、犯人がどこかで香織を殺してからアパートまで運び、そのあと武彦を殺したってことですかね」

「しかも発見時にドアの鍵が開いていた。鑑識からドアをこじ開けた形跡は無いという報告が来てるから、知り合いの線は濃厚だな。徳島、目撃証言は?」

「アパートの住民、および近隣から訊き込みましたが、芳しくないですね。昨晩アパートの前の通りに数台の車が停まっていたらしいんですが、あそこは公園の横なんで、いつも路上駐車してる車がいるそうなんです。これといって目立ったものは覚えていないという証言だらけです。ただ……」


 徳島は今日一日の成果が書かれている手帳をめくりながら答えた。


「アパートの一階の住民が、香織がアパートを出ていくのを目撃しています。夜七時頃だったそうです」

「どこかで誰かと会ってたと考えるのが自然だな。そこの足取りを追わないとならん。一応、全裸で発見されたことから、性交渉の有無も現在確認中だ。もちろん胃の残留物も鑑識が調べてる」


 宮部は、事件の経過を書き記したホワイトボードに、徳島からの情報を追加した。


「あとは、保坂夫妻が子供を虐待していたという証言が多いですね。これは、近隣の住民のほとんどが証言しています」


 実際、今日の訊き込みは、徳島の神経をすり減らすのに十分なものだった。保坂宅では、それこそ朝から晩まで、保坂真一の泣き声や、ときには悲鳴まで上がっていたという。何故警察はいままで放っておいたのかと、詰問までされる始末だった。


「そちらは、明日から寺尾君の班で引き継いでもらおう。栗橋と徳島は、明朝、町田の児童相談所の方に行ってくれ」

「息子の聴取ですか」

「そうだ。さっき児相から連絡があって、施設内での一時保護が決まったそうだ。保坂真一から話を訊いて、あと保坂夫妻宅での虐待の実態を、児相の担当から確認しておいてくれ」


 徳島は、昨晩、遺体の発見者となった二人の制服警官から話を訊いていたので、保坂真一のことはだいたい把握していた。明らかに、両親から虐待を受けていた少年。それも、全身に火傷の痕が残っているという。現状では、犯人の動機をまだ確定させるわけにはいかないので、このことを発言する者は一人もいなかったが、会議室に集まった捜査員全員が、おそらく胸のなかでこう確信していたはずだ。この犯人は、子供の恨みを晴らすために親を殺したのかもしれない、と。


 会議は、所轄の捜査員たちの報告の後、解散となった。鑑識から指紋や体液の鑑定結果が出るまで数日はかかるので、次の会議は三日後と決まった。


 徳島は、所轄の捜査員をまとめている寺尾に自分が今日訊き込んだ情報を伝えると、会議室を出て駐車場へと向かう。そこに、宮部警部補が声をかけてきた。


「おまえ、最近カミさんとどうなんだ?」

「どうって、別に何にもないですよ」

「そうか? 栗橋からちらっと訊いたんだが」


 宮部は神妙な顔をして、徳島に近寄ってきた。まったく困った先輩だ、と思う。確かに、先週栗橋に、妻の洋子のことを少しだけ話したが、まさかこんなに早く宮部にも伝わってしまうとは思ってもみなかった。


「刑事ってやつはな、どうしてもカミさんには苦労かけるもんだ。俺もうちの奴にはそりゃあ文句云われたもんさ。帰りが遅いだ、危ないことはするなとかな。でもまぁ、結局は謝ってほっとさせてやるしか手がないんだよ。危ない仕事なのは間違いないんだからな」

「はあ」

「最初のうちは行き違いとか、まぁ小さな誤解とかな。そんなことはたくさんあると思うんだが、とにかくすぐに謝って、まずは家に帰ってもらえ。奥さんが実家に戻っちまったのを長引かせると、あとで取り返しがつかなくなるぞ」


 どうやら栗橋は、洋子が何故実家に戻ってしまったかは云わなかったらしい。徳島は少しだけほっとした。


「大丈夫ですよ、班長。来週ぐらいにはちゃんと帰って来ます。もともと実家に戻る用があったにはあったんですから」

「ならいいんだが。おまえもここから忙しくなるんだから、やはり家庭がしっかりしてないとな。いろいろ大変だろ。まぁ、なんかあったらすぐに俺を頼ってくれていいんだがな」


 そこで、徳島はようやく気がついた。いまの宮部は、妻の洋子のことだけではなく、徳島の状態そのものを気にし始めているのだ。やはり、今回の事件が子供がらみ、特に児童虐待に捜査の焦点が絞られていくはずだと、いまの時点から宮部は考えているに違いない。とすると、宮部が徳島の行動に目を光らせようとしているのは合点がいくことであった。


 以前にもこんなことがあった。やはり子供がらみの事件を、徳島が担当したときである。

 あるスナックで酒に酔った客が、隣の客にちょっかいを出して店外で揉み合いになり殺してしまった。その加害者を逮捕して自宅を家宅捜査してみると、母親はおらず、餓死寸前の幼児が発見されたのである。幼児は後に一歳半であることがわかったが、発見時の体重が五キロちょっとしかなく、これが一歳半の幼児の平均体重の半分にも満たないことから、典型的な育児放棄とみられた。餓死寸前の子供が保護されたあと、徳島は加害者の取り調べで相当に強い物言いをして、挙げ句の果てに掴みかかってしまった。その場に同席していた栗橋が、徳島を力ずくで止めて事無きを得たが、いま思い出しても血が熱くなる。いや、正確に云えばざわつくのだ。我が子を殺しても何も思わない親を見ると、たまらなく心がざわついて抑えが効かなくなる。


 とにかく、そのときの徳島の行動から、宮部は徳島の報告を常に細かく訊き、逐一確認していたようだ。当時は、まだ捜査一課に配属されて間もない頃だったので、新人の行動が細かく監視されるのは当たり前ぐらいに思っていた。しかし、宮部は新たに配属された新人の経歴を、上から詳細に訊かされていたはずである。当然、捜査に支障が出ないように、問題があるかもしれない新人捜査員の行動を、注意深く見張っていたとしてもおかしくはなかった。特に、その捜査員が児童虐待に関連した事件に関わるときは、だ。


「わかりました。何か困ったら、すぐに班長に相談します」

「そうだな。あてにしてくれていい。栗橋よりは役に立つ」


 宮部は、それじゃあなと手を振って、徳島と別れた。


 正直、今回の事件で、宮部が徳島の状態を気遣ってくるのは、徳島も予想していたことだ。明らかに子供を虐待していたと思われる親が、その虐待を連想させる方法で拷問され、殺されたのだから、徳島のような過去を持つ捜査員は、やはり中間管理職として宮部も気になるはずである。今後も、それとなく行動を監視されると思っていいだろう。しかし徳島は、同時に期待されてもいるはずだ、と思っていた。ある意味、彼ほど今回のようなケースで鼻が効く捜査員もいないはずなのだ。


 徳島は、再び駐車場に向かって歩き出したが、ふと立ち止まって、ポケットのなかからミントキャンディのケースを取り出した。


 禁煙を宣言してからそろそろ一ヶ月経つが、ときどき無性に煙草が吸いたくなってたまらなくなる。肺と肺の間、ちょうど心臓の上の辺りがむずむずするのだ。


 煙草の煙を思いっきり吸い込んだときの快感を振り払って、錠剤のようなキャンディを三粒、手の平に落とす。急いで口のなかに放り込み、がりがりとかみ砕くと、ほんの少しだけ欲求が薄らいでいくのがわかった。

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