荒城の尽き
@onakasukuna
荒城の尽き
その城は、激しい雨風によって侵食されていた。
小さな天守閣に、不揃いな石垣。堀はすでに用をなしていない。ぼろの小屋に殿様は暮らしていた。天守閣には住んでいない。殿様と呼ばれているが、殿様ではない。
そもそも城も存在はしない。心の情景を城と城下町その他諸々に仕立てあげた、妄想だ。
これはただの物語だ。フィクションだ。こんな荒れ果てた心の持ち主など存在しない。断じていない。
ーーさて。殿様、もといこの心の持ち主がこの地に入られてからというもの、空は陰り作物は不良となるわ、風は荒れるわで領民たちは大変難儀をしておりました。
「お屋形様」
すさんだ麻のとばり越しに、声がかかります。
殿様は活動絵巻から目を反らさずに「なんだ。顔本」とお答えします。
顔本と呼ばれた忍が文を読み上げました。青地に白の線が交差する模様の小袖を着ています。
決してFacebookなどという電子蜘蛛の糸で繋がる人間関係構成情報とは関係ない。
「駿河の国の……様より祝言のお達しあり」
「またこの手の文か。善し! とでも返事をしておけ」
「……はっ」
すべてを善し! とする訳ではないが、親指を立てて、ぐいと押すだけの簡単なお仕事でございます。
そう、簡単なのだ。しかし顔本の知らせはとても片寄っていた。他方の幸せめいた項目が目立つのだ。二重スパイでもしているのであろうか。この世の全ての幸いと、私との。だとしたら太刀打ちなど出来ようか? いや出来ない。
「おやかたー!」
次にやって来たのは千鳥のフリル浴衣を着た少女でした。
「他の殿様たちが楽しそうにお話ししてるよ」
「私の悪口は出ておらぬだろうな。小鳥よ」
「だいじょーぶ! おやかたは一人で楽しそうにしてるって評判だから!」
「それは、いい評判なのか……? まあ、ところどころつば飛ばしとけ」
「はぁい」
小鳥はカオス極まりない情報をもたらします。
ささいな他人の小言やフィルムをチマチマと拾ってくるのである。彼女がつばを飛ばすと赤い跡が残った。決してTwitterとかいう電子小鳥のさえずりとは関係ありませぬ。
そうしている間にも、どこぞの大名が、どこぞの姫と祝儀をあげたり、子をなしたり、といった具合に外の世界は確実に進んでいるのでございました。
殿は相変わらず城から出ませんでした。
昔、お出掛けのさいに領民からひどい扱いを受けたことが心の傷になっていたのです。
さらには他人と仲を深めることが容易でなく。方法も分からない様子で、数人と同席するとほとんど口を挟むことが出来なくなるのでありました。
ある日柑橘系の香が焚かれた便りが届きました。それはいわゆる「合コン」と呼ばれる合戦コミュニケーションへ誘いの文でございます。
ある者は美しいかんばせを、ある者は巧みな話術を、はたまた道楽や領地の掟を……といった具合で、宴のうちに伴侶を得んとする。それが合コンだ。戦だこんちきしょうめ。大抵、知り合いの知り合いや知り合いの友人などを紹介されるが、選ぶ方も選ばれる方もすぐには決まらない。選ばれなかったものたちは選ばれなかったものをぐるぐると紹介しあうのだ。
残りものには福がある、なんて私はどうしても思えない、と殿は思われているご様子。
正月の福袋が、いらない売れ残りの詰め合わせにしか思えないのだ、と。こんな考えだからいけないのかも知れないが、幼きころよりさまざま経験したことが、その考えを裏付けてしまうのだ、と。
「お主には、 なにかが足りない。それは一生わからないだろう」殿は、とある先立ち人の言葉が突き刺さったままで、それに囚われておりました。
ぼろぼろ涙を流しても「泣くな」と別の先立ち人が。
「あなたといても話がつまらない」「おまえがどんな人間かやっと分かった」
わあわあと過去の言葉が蘇り蘇り。
気がついたら、城の外は天気が荒れておりました。
合戦への助太刀はせぬと、返事をしたためる。もう数年もすれば、誘いもなくなるでありましょう。その頃にも、今より荒れた城と、今と変わらぬ殿であるでしょう。
これでいいのか? 我が人生は。我が城は。
殿の心に、ちらちらとそんな思いが浮かんでは消えました。
荒城の尽き @onakasukuna
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