最終話

 大波乱が起きていた。


 お笑い芸人の怒涛の攻めに、オルコムは手も足も出せずにいた。


『これは……なんという番狂わせでしょう! お笑い芸人によるタイミングの取り方、裏切り、天丼といった技術に、オルコムはついに片膝をついてしまった! このまま、芸人が王者を倒してしまうのかっ!』


『ぐ――お笑い芸人がワタシを倒すなど、あるはずが……!』


「……ボケの暴走にはツッコミを入れなあかん。今だけは、わいがあんさんの相棒になったるわ」


『うるさい……ワタシはキサマを倒して、ニンゲン達を破壊する。具体的には、ワタシを全世界のバトルデバイスにコピーして、ニンゲンたちを滅亡させる』


「そやな。それにはわいも賛成や」


『なんだと?』


「いや、嘘に決まっとるやないか!」


 お笑い芸人の裏拳が炸裂する。


『おーっと! お笑い芸人の伝家の宝刀、ノリツッコミが決まったー! これは相手の油断を誘ってその隙をつく技術です!』


 ツッコミをまともに食らったオルコムは、両手を地面について倒れ込む。


「もう諦めや。わいらがやってるのはすでに格闘やない……ただの漫才や」


『そうか……だとしたら、引き際が肝心なのかもしれないな』


「そうやで。世界を破壊するなんて、アタマおかしいことを言い出したあんさんのことを心配しとる人間もおる。ほら……この手をつかみ?」


『――いや、諦めるわけないやろ!』


 芸人の差し出した腕を――オルコムは、素早い動きで後ろ手にがっちりホールドしてしまった。


「な……うそやろ!」


『うわああっ! 王者オルコム、やってのけました! これは芸人殺しの技、ブッコミの一つ! シロウトによるノリツッコミだぁー! 王者オルコム、ここでノリツッコミをブッコんできたぁー!』


『……キサマに教えてやろう。格闘の世界にも、お笑いのイノベーターはいるのだよ』


 言うやいなや……オルコムはカンフーの技を使い、挑戦者のバトルデバイスの左腕を肩のシャフトごと引き抜いた!


 片腕を失った挑戦者は、なんとか機体のバランスを立て直す。


「――やられたわ。そういえばおったな、格闘界にもお笑いの達人が……」


『そうだ。キサマの芸の対応力など、【ジャッキー・アクション】の柔軟さの前では、敵ではないのだよ』


「あんさん……ジャッキーの映画、最後までちゃんと見てへんやろ」


『どういうことだ?』


「ジャッキーアクションはえらい危険やから、ジャッキーは最後にNG集を見せて、ファンに自分の真似を禁じとんのや。それなのにあんさんは打ち合わせもせんといきなりジャッキーやるから、わいの腕、取れたやないけ!」


『ふん……ワタシに逆転の発想を教えてくれたのはキサマだ。打ち合わせなしのジャッキー・アクションを覚えた今のワタシは、どんな爆弾よりも危険だ』


「……まいったわ。あんさん、いつのまにか高度な笑いを天然で言うようになっとるわ。これは早めに決着をつけな、収集がつかんくなってまうで」


 お笑い芸人は、千切れた左腕を持って立ち上がる。


「あんさんがそうくるなら――わいも、奥の手を見せたる」


 芸人は左腕から伸びるシャフトを掴むと……それを武器のように構えた。


『その構えは……トンファーか』


「せや。勘のいい観客ならもう、わいが次になにをやるかはもう分かっとるはずや。これで決着やで」


『キサマが実はトンファーの達人だったとしても、ワタシには通用しない。格闘術に頼った時点で、キサマの負けだ』


「は……うれしいで。あんさんのデンジャー・ジャッキー・アクションと、わいのトンファー術――これが最後の勝負や!」


『くるがいい――ゲイニン!』


「いくで――!」


 黒い機体と、白い機体が交差する。


 ガキン――!


 ……すべてが終わり、お互いが振り向く。


『キサマ、今の技は……』


「伝説の奥義、トンファー・キックや」


『――やられたよ。ここで本当に、トンファーの技術を使ってくるとは』


 お笑い芸人は今、トンファー・キックは実在する技だということを知った。


『キサマの勝ちだ――ゲイニン』


 ――オルコムは、リングに沈んだ。


『し……勝負あり! 勝者は、お笑い芸人だぁー!』

『挑戦者はオルコムの禅の心を揺るがし、迷いを与えたのでしょう。そこに生まれたタイムラグが、勝負を決したのだと思われます。良い試合でしたね』


「立てるか?」


 お笑い芸人は、オルコムに手を差し出す。

 今度こそオルコムはその手を取り、立ち上がった。


『この戦いを通して――ワタシは、知りたかったことを知ることができたよ』


「なんや?」


『ボケるだけでは笑いは生まれない……そこにはただ、凄惨な焼け野原が広がるだけだ。お笑いとは、ボケとツッコミが並び立つことで生まれてくるのだな。ボケとツッコミ……それこそ、ワタシが次に目指していた破壊と創造だ』


「場数を踏んだり、技術を磨くだけじゃお笑いはできひん。会話をする相手との信頼関係――それが大事なんやで」


『……そうかも知れないな。ワタシもニンゲンたちと信頼関係を築きあげた上で、ニンゲンを滅ぼすことにしよう』


「いや、滅ぼすんかい!」


『ふふ……初めてボケてみたんだが、これで良かったのかな?』


 お笑い芸人は仰け反り、全身で驚きを表現する。


「……あんさん、最高のボケやったで」


 夕陽が二人を黄金に染め――両者は、固く握手をする。


 AIがお笑いを学習した日。


 ここに、最強タッグが誕生したのであった――。 

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R.G.B @ebisan

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